Trial26―――目にみえないモノ―――

      さん。

      あなたは誰なんですか?

      『俺は。今年の三月大学を卒業したクセに社会人になり損ねた大人の成れの果てさ』

      青学のテニスコートに初めて立ったあの日、部員全員にそう挨拶をしていた。

      さん。

      あなたの笑顔には何が込められているんですか?

      夜毎過ぎるあの人と重なる微笑み。

      覚えている俺を呼んだあなた。

      口にしたくて言えなかった好きと言う気持ちが俺を苦しめる。

      俺はいつだって弱くて手を伸ばしてもあの人のきれいな指先を掠めることもできない。

      見ていたくて見ていられないあなたの涙。

      そう、夢の中では笑えないんですね。

      さん。

      俺はそんな目にみえないモノを信じるような男ではありませんでした。

      ですが、あなたと知り合ってからと言うもの鮮明さを増す夢を繰り返し見ている。

      俺はという男に興味を持った。

      外見は何と言うこともない華奢な体をしているのに、その実力はあの手塚や不二も苦汁を

      飲まされてしまった。

      こんなことを言っている俺だってあなたに負かせられた情けない男だ。


      さん。

      あなたは一体誰なんですか?

      自惚れているわけではないですが、ウチがこんな一方的に全滅するような形になるほどの

      力を持ったさんがプロではないなど信じられない。

      それにあなたが今年の三月に卒業したと言う大学名を語ろうとはしない。

      訊こうする俺をいつだって軽くかわしてしまうさんはあの人とは違いに微笑んでいた。

      俺はそんなあなたに惹かれながらも胸が苦しかったんです。

      決して俺はさんを泣かせたいわけではない。

      なのに、俺は哀しかった。

      俺はあの夢の続きを今、目にしているようにあなたを助けられない。


      さんにそんな微笑をさせたいのではない。

      あなたはいつだってガラスの中から俺達を見ている。

      本当のという人間はとても弱くて、とても強い女性。

      データテニスを得意としている俺としては何の確証もないことを何故こんなにも信じて疑

      わないのか解らない。

      俺の前にはと名乗る男性が立っているはずにも関わらず、心のどこかで女性

      と確信している部分がある。

      それは今から47日前にあんなことがあったからなのかもしれない。

      俺は偶々書店に立ち寄った日。

      あなたが一つの箇所で立ち止まっているのを見つけた。

      『何をしているんですか?』

      『っ!?乾君!

      俺の声に瞬時で振り返ったさんは泣いていましたね。

      小説の2500ページ目で。

      急いで目元を強引に手の甲で脱ぐって次に顔を上げたらいつものように笑っていましたね。

      俺はそれだけで確信してしまったのかもしれなかった。

      あなたが夜毎俺の夢枕に立つ女性なのだと。

      瞳に溢れるほどの涙を湛えたさんの姿はあの人そのものだった。

      それ以上の物的証拠など俺には要らない。

      あなたが立ち去ったあのコーナー。

      それは俺には全く縁がないファンタジー界の神とも呼ばれている人物のコーナーだった。

      もし、俺が何を読んでいたのかと不意に考えなければ更なる疑問が生まれることはなかった

      だろう。

      だが、俺は知ってしまった。

      その場所は京一と言う作家のこれまでの作品が並べられていた。

      さん。

      あなたは一体、誰なんですか?



      ♯後書き♯

      Trial26「目にみえないモノ」はいかがだったでしょうか?

      今作は第三章まで何作かupしていました企画にて柊沢が主催しておりますネット

      雑誌『Streke a vein』で連載しております「ガラスのシンデレラ」side手紙です。

      閉めだからでしょうか、少し長くなってしまったのはご了承下さいね。(苦笑)

      あはは、何か自分で書いていて一番確信に迫らせてしまいました。(汗)

      このside手紙も割りと好評なので、第三章が無事に終了したとしてもまた作業してみたいと

      現時点では考えています。

      それでは、皆様のご感想を心よりお待ち申し上げております。