抑えきれない欲望

      「……まただ」
      七月中旬の都内の総合病院の一室で床に就いていた不二は何かに気が付くと、

      その蒼く冴えた瞳を開ける。
      時刻は既に深夜を回っているだろう、消灯時間にはカーテン越しに差し込んでいた

      月の光が失せ、それさえも夢で見たモノなのか現実で見たモノなのか解らなく

      なっていた。
      ただ一つ解るのは、体中が耳にでもなってしまったかのように分厚い壁のどこからか

      漂ってくる気配に侵食されていることだけだ。
      「あっ」
      照明が落とされた室内に漏れた欲望は次第に唇を噛むだけでは抑えきれず、闇の中に

      溶け彼を制するもう二つの声と木霊する。
      「…ふっ」
      「……っ」
      声の主は解っている、この病院の内科医で院長の息子でもある忍足侑士と脳外科医の

      跡部景吾だ。
      壁の向こう側で今何が行われているのかなんて下世話な事は敢えて言わないが、

      彼の心臓が狂ったように激しくなり、敏感すぎる部分が強く主張しているのは

      その堅さと同時にそれが顔を擡げた部分が微かに湿り気を帯びていることで

      自分が浴場している事を悟った。
      口に出さなくとも頭では雄弁に処理をしたのか、ズボンから取り出したそれは赤黒く

      頂の窪みから滴り落ちる蜜が先刻よりも量を増しているように思える。
      「はぁ…っ」
      躊躇うことなくそれに手を伸ばし、粘着質のある液体に掌を重ねて自身を煽る様は

      堂に入っている。
      もう何度この自慰行為を繰り返しているだろう、そう悩む前に高ぶった体中が

      熱くて下着と一緒に刷り下ろしたズボンをベッドの上に残して壁に両手を付いた。
      「はあっ、はあ…」
      病院特有の飾り気のない壁が今この時はありがたく、ひんやりとした感触が

      気持ちいい。
      一人きりの個室に響く自分自身の声色にさえ反応してしまい、享楽した鼓動が壁の

      向こう側から聞こえてくる吐息の主達を求め、やがては不二自身の唇まで

      こみ上がる。
      「跡部っ…忍足っ…ああっ」
      一つ二つと息を整えたのを糧とした妖しくも美しい掌が下腹部の方に舞い降り、

      双丘をするりと這って今一番疼いている場所に指を忍び込ませる。
      爪で少し引っ掻いただけで飢えていたそこは何かを溢れさせ、新たな刺激を求めて

      びくびくと動いているのが解って体が熱くなった。
      誰も見ていないはずなのに恥ずかしがるなんて自虐も良い所だ、そんな趣致が自分に

      あったなんて考えたくもないが今こうして自身を貫いている姿はそれを無言で

      肯定する。
      アノ二人にココを弄ばれたらどんな感じだろう、そんな事を口にするよりもその

      艶めかしい吐息と熱に浮かされて定まらない瞳が雄弁に語る。
      「っ…あっ…あっ…」
      胎内に入った指が増えていくたび擦られていた肉壁が食い千切らんと攻めているのが

      新たな罪を彼に教える。
      どうかしている、自分はこんなにも欲に男に餓えている。
      「…いてっ……抱いてっ」
      目から涙が頬を伝って輪郭を描いて顎からこぼれ落ちたように今一番言葉にした

      かった想いが白い欲望と一緒に放たれる。
      照明が消された病室の床に崩れ落ちるように膝からその場にしゃがみ込み、乱れた

      呼吸のままその碧眼を先刻まで凭れていた壁に向ける。
      消灯時間が過ぎてから寝ずにあの声とも似つかない吐息を待ち続けていた不二

      の瞳は闇で満たされた病室に慣れ、本来の色が失せたそれもハッキリ見えた。
      二つの部屋を遮るそれにべったりと粘着質を持ったそれは付着し、妖しい動きで

      床の方に向かって這っているのを知ってまた体の中心がかぁと熱くなる。
      「ククッ、…恥ずかしいやっちゃなぁ、不二周助」
      「っ!?」
      弾かれたように倦怠感も忘れてその声がした病室のドアを見る。
      廊下に灯された照明の光がご来光となり、闇に満たされていた部屋にその影を伸ばし

      反射的に振り向いた彼の視線を一瞬遮ったがそれは無機質な靴音が近付くと

      共にすぐに閉められた。

      「過労ですね。念のため一週間入院をして頂きます」
      一週間前、勤め先の編集社でいきなり強い目眩に襲われ、倒れた不二が再び見た空は

      酷く消毒薬の匂いがする古びた壁だった。
      白塗りのそれは長い年月を生き抜いた所為ですっかりニコチンの色に染まり、

      彫りの入った中年看護婦に支えながら上半身を起こされてやっとここが病院の一室の

      中だと気づいた彼の耳に機械的な何の温度差も感ぜられない声が入る。
      まだ夢想とも現とも落ち着かない視線の先の人物は白衣がまだ真新しい若い男性

      だが、胸ポケットに何本か刺したボールペンの一本を引き抜いてカルテに何やら書き

      込んでいる様は年配の医師にも劣らない。
      彼からは薬品の匂いと一緒に微かに漂うタバコの匂いがし、それが妙に気持ち

      を落ち着かせ青臭い気持ちは起きなかった。
      もっとも、30手前の男が先刻の言葉をどう読み取るかは知らないがそれに全身の

      毛を逆立てるように激情するなんて余程のことかそれとも単なる短気でない限り

      ありえないことだ。
      「では、田上さん。EPN室にご案内よろしくお願いします」
      「解りました。では、ご案内致します」
      まだ足下が覚束ない不二を気遣ってか用意されてあった車いすに乗り、事情が

      良く飲み込めないままその場を後にする。
      自分の母親よりも年上だろう女性に押して貰うと何だか申し訳ない気分になり、

      彼女が話しかけてくるまでお互い何も口にしなかった。
      「心配されなくても大丈夫ですよ。跡部先生、若いですけど腕は他の先生方と

       さほど変わりませんよ」
      エレベーターの前まで来るとそう言いブレーキを掛けてからupのボタンを赤く

      点滅させた。
      きっと、診察室から出ても一言も喋らないのを不安がっていると思ったのだろう、

      振り返った顔は母親が泣き出しそうな我が子を慰めるモノと似ている。
      確かに自分と同い年くらいの若い医師に心配なるのは普通の考えだし、逆に信頼

      しきっているのもどうかと思うが今の不二は何故か後者に傾いていた。
      それが何故だか解ったのは彼らに「EPN室」と呼ばれていた病室に通された

      その日の夕方まで待たなければならない。
      車いすで護送される前に簡単に澄まされたフルネームにはどことなく懐かしさを

      覚え、彼から差し出された掌に吃驚しながら掴んだ感触が今も指を曲げる自由

      さえも許さない。
      「跡部先生、人気あるんですよ?私達看護婦にも気を遣って下さいますし腕も申し分

       ありません。何よりあの外見ですから患者さんにもとても人気があるんですよ」
      勿論そう言うものはお断りしているんですけどねと苦笑する田上を横目に不二

      は全く違うことを考えていた。
      あの感触にもあの低くどこか色香を漂わせる声にも覚えがある。
      それがいつのことだったのか糸を手繰り寄せるのに再び横になったベッドから天井の

      白さを仰いだ数秒後、軽い倦怠感を瞼に覚えた。
      「んっ…」
      どうやらいつの間にか眠ってしまったらしく、病室に一つしかない引き戸式の窓の

      外は通された時はまだ正午前だったのに今はオレンジ色の空が額縁を占領している。
      不二が眠っている内に家族が見舞いに来ていたのかベッドの横には旅行用の大き

      めのボストンバッグがあり、中には着替えや歯ブラシなどが簡単に収納されてある。
      車の付いたテーブルの上には剥かれた林檎がラップに薄く霧を吹きかけ、その皿の下

      には官製はがきを四分の一のサイズに切り取ったようなメモ用紙が置かれてあった。
      まだ眠気が残る指でそれを摘み取り、目を通してみる。
      伝言の主は彼より少し歳の離れた姉で綺麗な字で、これに懲りたら少し休みな

      さいと窘められた。
      昔から気の強い彼女らしさに思わず口の端を緩めるとドアの方からノックが聞こえ、

      まだ寝ぼけていた体を起こし、どうぞと返す。
      多分、あの跡部と名乗った担当医師がやって来たのだろう。
      結局解らず終いのこの感情に内心苛つきながらドアノブを掴んで入ってきた人物に

      不二の疑問は更に深まった。
      脳外科の診察室で会った彼の後ろからもう一人、長身の眼鏡がよく似合う男性がドア

      を閉める音がまるで、鼓膜まで響くように聞こえたのは多分気のせいではない。
      彼にもまた跡部と同じく覚えのある顔だ、この二人の存在感ならば一度会ったら

      そう簡単に忘れそうもないのだが、事実それに苛まれているのが何とも情けない。
      影のように彼の背後から現れた男性は忍足侑士と言い、この若さで次期院長が

      約束されている内科医らしい。
      直感で温室育ちかと思ったのは、ささやかな仕返しだった。
      「お加減はどうですか?」
      「先刻まで寝ていたので大分楽になりましたが、まだ少し頭痛がします」
      「そうですか。では、処方箋を出しますのでこの一週間で経過を見て行きましょう」
      お願いしますと唇を動かし掛けたのを後から入ってきた男が吹き出したのが

      遮り、この間で成立しそうだった医師と患者の空気を剥片も残さず粉々に砕か

      れた気分になる。
      当の本人はニヤニヤと御曹司らしくない下品な笑みを浮かべては先程まで彼の姉が

      座っていただろうイスに断りもなく腰を下ろし、眼鏡のフレームを外す。
      「跡部から話は聞いとったんやけど……っ……まさか、ここまでやなんてな」
      よう我慢したなともう一人の医師に視線を向けるがそれは同意を求めているような

      可愛いモノではなく、どちらかと言えば獲物を見つけた肉食獣が仲間に送る

      合図に似ている。
      「何の事ですか?」
      「まだ解らんのか?俺や、俺……氷帝の忍足侑士や」
      「一週間も保たないのかよ、お前の種明かしは」
      「何や、自分いつまでその『お医者さん』続ける気や?」
      「ハッ、愚問だな。俺様の美技に果てはねぇんだよ」
      「あのぉ…」
      目の前で繰り広げられる成人男性達の日常会話はコントに近く、不二の事も半ば

      忘れているのか二人の視線は先刻から互いを映したままだ。
      弱々しく声を掛けてはみたがそれに反応することなく、二人の世界はいよいよ

      明後日な方向に進もうとしていることに今度は両手で米神を抑え強く言ってみる。
      「あのっ!」
      「っ?!」
      しかし、予想よりも声が大きかったようで頭は先刻よりも痛みが酷くなり素性

      を明かした彼らも驚いた様子でこちらに振り返っているのが妙に羞恥を感じる。
      「どうしたんや、不二…」
      ベッドの傍に腰を下ろしていた彼は子どもを宥めるようにその色素の薄い髪を掴もう

      とするが、本人が揺らして頑なに拒んでいるのを見て伸ばしかけた手を元に戻した。
      「あなた達は誰なんですか?僕はあなた達を知っているんですか?」

      中学を卒業した記憶はない。
      目が覚めたら家族だと言う人々が泣いていて、翌日からは共に全国大会にまで

      行ったらしい男子テニス部のメンバーが見舞いに来てくれたが彼の夢は覚めることは

      なかった。
      あれからほぼ生き甲斐に近かったラケットを置き、学生時代に旅行先のイギリスの

      空を撮ったのがきっかけで今ではフリーカメラマンとして生きている。
      だが、何故だろう、毎日充実しているはずなのに心のどこかで空虚を感じていた。
      それが何を指しているのか具体的には解らないが、失くした記憶の更に奥深く

      に関係しているモノが今の自分に訴えかけているのだろう。
      それがとても大切な事か否かは今の不二周助には判断できないが、この記憶の一片を

      時の静寂の中に置いてきてしまったままではいけないだけは理解できる。
      でも、実際はそれをどうすれば取り戻せるのか解らず仕事の中に居場所を求め

      ている内に体も精神もボロボロになってしまったなんて滑稽すぎて涙も出ない。
      オレンジ色で満たされた「EPN室」に入室してきた担当医の二人の男性は自分の

      返答を聞いても家族のようにあからさまに驚く事はなく、ただ悲しそうに顔を

      顰めていた。
      きっと、彼らも記憶喪失になる前の不二周助を知っているのだろう。
      本来ならば「久しぶりの再会」となるはずの話の腰を自身で打ち砕いても実のない

      謝罪を述べるだけで済んでしまうのが跡部達に悪い気がして、俯いた拍子に疲れたと

      嘘を吐いて半ば強引に退席を乞い掛け布団を頭まで被ったのが今では子供じみた

      ことだったと後悔している。
      二人が病室を後にしたのを確認してからまた眠ってしまったのか、再び気が付いた時

      には林檎が乗っていたテーブルにはトレーに何品か盛りつけられてある夕食が

      あり、さらにその横には一週間分の処方箋がセットされていた。
      あれから数分経ってから舞い戻ってきた彼が置いていったのだろう、眠っている

      自分の姿を見て記憶の中の『不二周助』と照らし合わせていたに違いない。
      今の自分は偽物であって、彼らもまた家族と同じく中学生のまま置き去りになった

      もう一人の自分を欲しがっていると思うと何だかとても悔しい気持ちがこの空虚な心

      を満たしていく。
      今の不二周助を誰も求めてはくれない、それは幼子が抱く嫉妬とも拗ねる様に

      も似ている。
      そんな今の自分が嫌で薬だけを飲んで寝てしまおうとも考えたが、生憎処方箋に

      記された服用方は三食とも食後に円を描かれていた。
      仕方なく少量を胃に押し込めてから薬を含み照明を自ら落として再びベッドに身を

      投げ出したが、空腹が満たされた所為も助けたのか何度目かの眠りは直ぐ不二

      に訪れたのがまさか跡部と忍足の策略だったと気が付くはずもなかった。

      「どうしてっ……ここに?」
      夢から覚めない眼差しでようやくそう尋ねるが、その視線は医者という肩書きの彼ら

      をただの男にするだけで求めた答えは妖しく病室に響いた。
      「そんなに感じたんか?ここなんてベトベトや」
      「…やめっ、あっ」
      忍足は床にしゃがみ込み、蜜を掬うように一番敏感な場所の裏筋を頂の窪みまで

      勿体ぶるように這わせその刺激的な動きに素直に感情が声になってしまいそうで片手

      で口元を押さえようとしたがいつの間にか近付いてきた跡部に腕を掴まれて阻止

      されてしまう。
      「俺様のことを忘れてるンじゃねぇよ」
      背後から拘束された形で両手首を掴まれ頭上に掲げられると、彼の洗練された顔が

      近付いてきたのに気づき何をされるか考えずに強く瞼を閉じた。
      この病院に運び込まれてから夜な夜な繰り返された二人の自慰行為に傍耳を立て

      自分もまた合わせるかの如く快楽に啼いてから本人の顔がまともに見られず、

      それだけで勃ってしまう。
      この人達に抱かれたいと感じたのはあの声を聞いた翌朝の検査だった。
      触診のため忍足に「脱いで」と言われたことに変に動揺してパジャマのボタンを

      なかなか外せなかったり、跡部が若い看護婦と何やら話し込んでいるのを目に

      して無性に腹が立ったことは今でも昨日のことのように覚えている。
      「甘いなぁ、自分」
      「っ!?」
      いきなり耳元で妖しく囁かれて弾かれたように目を開くと同時に先刻まで目の前に

      いた彼に唇を奪われる。
      今あの跡部にキスをされている、その実感が無防備な口腔内に忍び込んできた

      舌のイヤらしい動きで解りまた体が熱く火照る。
      飲み干せない唾液が口の端を伝って衣服にシミを作るが、先刻までの自慰行為でシワ

      だらけになったそれは既にぐっしょりと濡れていた。
      目の前ではテラテラと光る人差し指を見せつけるように舌先で舐める彼がこちらを

      凝視して目を反らす事を許さず、舌で執着にかき回された唇が外されるのを待って

      それを差し込んでくる。
      「どうや、自分の味は」
      苦い。
      けれど、先刻の光景を見ていた後では一慨にもそう言えず、命ぜられるままその男

      らしい指をさも美味しそうに舐め羞恥心を堪えてそれを飲み干した。
      「よぉやったなぁ…ほな、ご褒美をやんなアカンな」
      抜き取った指に新しく帯びた唾液を満足そうに見ると唇の端をつり上げ、慣れ

      た手つきで胸元に忍び込み直に肌の熱さを確かめてくる。
      舌先で首筋を舐められ、指と指の間で突起をグニグニと挟まれると先刻とは全く違う

      感情がこみ上げ意識してなくては変な声が飛び出してしまいそうで泣けナシの

      力で唇を噛んだ。
      だが、そんな抵抗はすぐに崩れ片手で両手首を拘束している彼に片手で乱れた

      パジャマを引き千切られ嬲られていない方の粒を口元に含まれる。
      「あっ!」
      解りたくもないのに舌の動きに合わせて堅く尖っていくのを感じて思わず瞳を強く

      閉じ、双方で相対する刺激に涙が一筋頬に流れた。
      あんなに欲しがっていた二人が今自分を求めてくれる、それは乾ききっていた

      彼の心を満たし感謝の言葉を素直にもたらす。
      嬉しいと言う気持ちから愛しいに変換する頃、以前もこんな風に誰かに愛された

      のではないかと疑問が浮上してきたが今の不二には考える余裕などなかった。
      清楚な色をしていたはずの胸の突起は彼らの唇から解放される頃にはぷっくり

      と尖り、淫らな彩りを帯びて天を仰いでいる。
      下半身が今どうなっているかなんて恥ずかしくて気づきたくもないが、この締めつけ

      られる感情が本当ならばスゴイことになっている。
      「気持ちが良いのか?ココなんて俺様のを欲しがってこんなに動いてやがる」
      跡部の示した言葉の意味を飲み込めたのは先刻まで弄ってならした部分に明ら

      かに自分のモノではないしなやかで筋肉質がある指が一本潜り込んできた時だった。
      十分なスペースがあると思ったのかそれとも物足りなかったのかそれは数秒も

      経たず数を増し、ゆっくりとした動きで円を描いていたのが次第にバラバラに動いて

      肉壁を軽く引っ掻いて胎内から何かを掻き出すような動きを繰り返される。
      「跡っ…ああっ…もっ……やめっ」
      「何を言ってやがるかと思えば、こんなに悦こんどいてやめて欲しいのか?」
      「っ…!」
      それまで胎内に居座っていた指が一挙に引き抜かれ毎夜重ねていた自慰行為で

      イッタ後よりも強い倦怠感が体中から力を奪い去り、その拍子に外された両手首は

      まるで糸の切れたマリオネットのようにだらりと垂れ下がり背後の彼に凭れ掛かる。
      「不二…お前が俺を忘れても俺は覚えているぜ」
      「アッ…!」
      それは序曲に過ぎなかった、悲しそうな跡部の声に虚を衝かれた彼はまだ疼い

      ている場所に何かを突き立てられたのを感じ汗ばむ掌で何とかその腕を掴んだ。
      大きい…先刻までの指とは比べようもない脈動する硬い何かが自分を貫いている。
      初めはその大きさに入り口がズブズブと淫らな音を立てていたが、この一週間

      で随分慣らした所為だろうかそれが不二の胎内を切り裂く痛みは奥へ奥へと擦られ

      るたび薄れていった。
      気持ちが良い……自分はこうなることをずっと待ち浴びていたなんて恥ずかしく

      て口に出来ない代わりに喘ぎが口元から零れて次第に幸福で満たされていく。
      (ああっ…そうっ……だ……僕はっ)

      「どうして僕がこんな格好をしなくちゃならないんだい?」
      「EPN室」の壁の向こう側の院長室では不機嫌な彼が怖い笑みを浮かべながら足を

      組んでイスに腰掛ける忍足を睨んでいた。
      その表情は今にでも噛みつきそうな険しいモノだったが着用しているのが、この

      病院指定ではないピンク地のミニスカナース服だとせっかくの覇気も台無しである。
      しかし、次期院長様は悪びれる様子もなく逆に不二がデスクに体重を掛けるたび
      にニヤニヤとイヤらしい視線を足下に向けていた。
      「よう似合うとるやないか。何がそんなに不服や?」
      遮られたデスク上には膨大の資料と灰皿が整頓されずぐちゃぐちゃに並べられてある
      なかにそれらとは全く不似合いなリモコンが置かれてある。
      それはエアコンや空気清浄機のモノよりも複雑で、ボタンの数がまるで掌サイズ
      のパソコンのキーボード並にある。
      コレは「EPN室」のコントローラーのようなもので、簡単に言うとこの一週間
      彼が入院生活を送っていた事は全て筒抜けだったのだと全てを思い出した後
      告げられた。
      「ETN室」はEXPLOSIONの略で、開発すると言う意味がある。
      その名の通り、あの部屋は患者は勿論の事その家族に対しても十分な配慮が出来る
      ようにとわざわざ院長室の隣に設計されたのは現院長の息子である忍足侑士が医師と
      なってこの病院の内科医として勤務が決まった日からだそうだ。
      その部屋を病室として不二に提供したのは勿論、友人としての真っ白な善意から
      ではない。
      処方箋の中に媚薬を混ぜ深夜を過ぎてから以前編集しておいたのを壁越しから聞こえ
      てくるような音質で再生し、マジックミラーの壁に映る彼の淫らな姿を見ていたのだ。
      「やっぱ思っとった通りや。自分だったらこのナース服が似合うと見た俺に狂い
       はなかったわ」
      「…答えになってないよ、忍足」
      「アカンなぁ、ここでは「先生」を付けなきゃ……そんなナースにはお仕置きや」
      「あっ、あぁ!」
      彼が妖しく口の端を上げたのが合図に手にしていたまた別の小降りのリモコンを

      OFFからONに切り替えられ、今まで強気な言葉しか出なかった口から甘い吐息が
      溢れこのまま立っているのも辛くてデスクに手を付いて自然に腰を持ち上げた。
      こんな恥ずかしい格好をさせられてすっかり忘れていたが、下着の中にはローター

      が敏感な部分に差し込まれておりそのコードはイスに鎮座している彼にまで
      延びている。
      バイブの勢いがこのままイキそうなぐらいに気持ち良かったのに急に緩く速度を

      変えられ、言葉の代わりに腰を振って強請ってしまうのに羞恥心が不二を満たす。
      テニスを通じて交流が合った三人がそれ以上の間柄になるのもまた運命と言うのか、
      全国大会が閉会し彼らに残された選択肢はライバルのまま別れるか倒錯の世界に
      身を委ねるかの二つだけだったがその答えは既に決まっていた。
      だが、失われた記憶の断片はそれを許さなかったのだろう。
      中学の卒業式後、何者かに後頭部を鈍器のようなモノで殴られた所で終了していた。
      彼が病院に運ばれて数時間も経たない内に流れたニュースで氷帝の女子生徒数名が関与

      していたことが発覚し、殺人未遂で逮捕され今はようやく釈放されただろう。
      彼女達の動機は跡部と忍足に近付く存在が許せないからと、何とも身勝手なモノ

      だった。
      しかし、全て思い出した不二にはその気持ちが理解できるなどお人好しも良い所だ

      と二人に呆れられてしまうだろう。
      彼らは何とか記憶を戻すために同じくテニスを捨て代わりに白衣を選んだのだが、
      まさか自分達が勤務して一年も経たない内に中学三年生のまま時を止めてしまった
      本人が過労で担ぎ込まれるとは思慮には入っていなかったとEPN室で朝焼けを
      見ながら紫の煙を吐き出していた。
      「俺様がいない間、何愉しいことやってんだ。アーン」
      もう下着もぐっしょり濡れてしまっているだろう、アソコからガーターベルトで薄く

      白に染まる足にも蜜が滴っている光景が見なくても解り恥ずかしさが彼にイヤイヤ

      をさせる。
      扉をノックする音で頭が一瞬にしてパニックになるが、入室してきたのが跡部だと

      気が付くと不謹慎にも安堵してしまった。
      こんな自分を他人には見せられない、それは血の繋がっている家族にも記憶の中

      で眠っていた友人や同期の仲間にも言える。
      「すまんなぁ、不二ナースが俺を「先生」って呼ばへんからお仕置きをしてたんや。

       出し抜いたとちゃうで」
      「ハンッ、解るか。俺だってこんな淫乱な看護婦と二人きりなら有無を言わさず

       その場で犯してやる」
      扉を閉めた跡部は彼に近付くとナース服のボタンを外し既に主張している胸の粒

      に掌を滑らせ、指の腹でそれを転がし上下から同時に攻められて喘ぐ唇を塞いだ。
      ずっと待ち浴びていた感触に涙と吐息が溢れて滲んだ瞳を閉じる事でYesのサインを

      彼に送る。

      ―――・・・終わり・・・―――

      #後書き#

      まず先に、「サイト五年目企画」の作品を心待ちにしていた方々に延期の告知

      もなくずるずるとupするのが遅れてしまって本当にすみませんでした。
      暑苦しいですが、久しぶりに裏BL小説をしかも初3P(3P言うな)モノにしたので

      いつもながら作業に大幅なズレを生じたことを深くお詫び申し上げます。
      この五年間で複数(攻め受け両方で♪)を考えていたんですが、その際作業と

      同じくして大きな問題があって今日まで来てしまいました。
      その問題というのはっ!……この場合のCPって何て表記すればいいんだろ?です♪
      お後が宜しい所で、当サイト且つ不詳管理人柊沢のどうでもいい誕生日を祝って

      下さると光栄です。
      それでは猛暑が続きますが、病気ケガのないよう健やかに毎日をお過ごし下さい。