ねぇ、さん。
どうしてわざと負けたんだよ?
俺のことそんなに弱い奴って思ってるの?
失礼な人だね、アンタは。
堀尾達に話したのは嘘じゃない。
俺は本当にさんを倒したい。
そんな風に考え始めたのはあの日からだった。
そう言えば、女の人が桜の樹の下で消える不思議な夢を見始めたのも
ちょうどあの日だった。
俺は良く覚えていないけどあの人を下の名前で呼んでいたような気がする。
アレから何度も見る夢で段々解ってきたこと、それはどうしてもあの人を
守りたくて傍にいて欲しくって抱きしめたいって気持ちだった。
『ふふっ…やっと起きたね』
あの日、夢から俺を覚ましたのは一人の男の人だった。
なのに、俺は初めて会ったのに、ずっと会いたかった気持ちと良く分からない
熱い気持ちが湧き上がってきた。
それは、……俺に舞い降りた初めての恋。
アンタを前にすればうまく言葉にする事が出来ない。
あの夢を現実にする勇気がすぐそこにあっても手を伸ばすことができなかった。
だって、さんはあの時のような顔で笑っているから。
「はぁはぁ…君、強いね」
俺ン家のコートで試合をしたあの日、アンタはそう言って笑っていた。
息を乱して汗だくで、さ。
『っ!……俺のこと馬鹿にしてるンすか!!』
俺は誰かに負けることなんて考えてないし、怖くもなかった。
だけど、あの俺を試すようなさんの顔がイヤだった。
俺じゃあの人を助けられないとでも言われているようで。
「ははっ、そんな顔をしていると、良い男にはなれないぞ、ん?」
そう言って、俺の頭を一撫でして帰っていった。
去り際にPontaをこっちに投げて。
…子供騙しだね。
俺がこんなんで機嫌良くなるって思ってるの?
だったら、まだまだだね。
俺はそんなにガキじゃないし、甘くなんかないから。
なのに、……どうしてだろ。
俺はキャッチしたそれを右の頬に当ててアンタが消えてった方をずっと見ていた。
ねぇ、さん。
俺は諦めていないよ。
あの人の夢をいつも見るたびに強くなる想いと涙した数。
それはきっと俺を今まで以上に強くさせる。
俺にはあの女の人を救いたいって気持ちがあるから。
だから、アンタとまた試合をして今度こそ本気のさんに勝ってやる!
先輩達が全然歯が立たなかったっていうアンタを。
そしたら、さんは俺をガキ扱いできなくなる。
そしたら、俺のことだけしか考えられなくなる。
追い詰めて、もっと、追い詰めて……。
逃げ場が無くなれば俺を見てくれる?
なんて性に合わないから意地でも言わないけど、その気にさせるから
覚悟しておいてよ。
十も離れている俺に落ちることを、ね。
♯後書き♯
Trial80「子供騙し」はいかがだったでしょうか?
越前君のDream手紙は久しぶりだったのですが、策略っぽいことをさせたのが
面白かったですね。
今作も私が「企画」にて催しておりますネット雑誌『Streke a vein』にて連載して
おります「ガラスのシンデレラ」side手紙です。
彼はなかなか生意気で大人っぽいですからね。
それが案外面白くて作業しやすかったのですが。(笑)
それでは、第三章もご期待下さい。