あの、さん。
あなたはやさしいひとですよね。
最初、ストテニ場で会った時だってあんなに慕われていて。
突然大勢で押しかけてきた俺達にだって笑顔で迎えてくれた。
なぁ、さん。
俺があなたをやさしいひとだって思うのには、もう一つ理由があるんです。
それはあれから一週間後経った雨の日でした。
あの日は朝から続く長雨で部活は休みだった。
『ほら。もう、濡れない』
その声は最近俺が意識している人の声。
振り返った先にはさっきまで目にしていた赤いオーバーシャツにジーンズ姿の
さんがいました。
その服装とは反して、青いビニール傘を差したあなたは道の隅でしゃがみ込んでいた。
声を掛けようと思ったその時、さんはあんなに気に入っていた傘をいとも簡単に放置した。
捨てた!?
俺の心がざわめいた。
違う。
何か事情があるはずだ。
あなたはびしょ濡れになりながらもそれに別れを告げるように微笑んでどこかに
歩き出した。
俺は信号が青になるのを待ってから小さな青空を覗き込みました。
ミー……。
…やっぱり、さんはやさしいひとです。
そこには今年生まれたばかりであろう黒と白の子猫が大人しく青空を見上げていました。
きっと、この雨は明日には止む。
その頃にはこの猫もいない。
だから、あなたはこの子猫に預けたんですね。
『この中に入っていると、自分にも青空があるんだって気がして好きなんだ』
別れ際に嬉しそうに話してくれるさんが晴れていないのに眩しく思えた。
何でだろう?
こんな気持ちになるのは……きっと…初めて。
苦しい気持ちと温かい気持ちが混ざり合う感覚。
でも、それと同じような想いが胸の中にある。
消えないでっ!
そう何度も手を伸ばしてもあのヒトは空に帰ってしまう。
いつもの朝、俺は泣いていた。
また、助けられなかった。
駄目ですね。
俺は強くなったつもりなのに、こんなにも涙が溢れてくる。
夢の後、俺は独りあのヒトのことを想っていた。
こんな気持ちになるのは俺だけ?
だから、手塚に聞いた。
部長だし、それにけしからんとか言ってくれると思った。
俺自身こんな中途半端な気持ちはごめんだから。
だけど、アイツは部室に行こうとする足を止めた。
俺だけじゃ…なかった。
あの夢を見ているのは自分だけだと思っていたのにそれは違った。
そして、手塚もあのヒトとさんを重ねてしまう自分に戸惑っている。
安心感と共にやってきた気持ちが嫌だったから俺は出来るだけ笑うことに専念した。
俺は嫉妬しているんです。
アイツだけじゃない。
きっと、他にもあのヒトの夢を見ている奴らがいるはず。
だから、俺はその存在を知るたびに今みたいに嫉妬するんだろうな。
あのヒトを助けたい。
そう思うと、あなたの横顔が脳裏を過ぎるんです。
きっと、俺がさんを意識しているのはやさしいひとだって思っているから。
あのヒトに似ているのは偶然だから。
俺はレギュラー陣と話し合うまでそう思い込んでいたんです。
♯後書き♯
皆様、こんにちは。
Trial86「やさしいひと」はいかがだったでしょうか?
こちらも私が「企画」にて主催しておりますネット雑誌『Streke a vein』で連載中の
「ガラスのシンデレラ」Sideの手紙です。
Side手紙にてデビューを果たしました河村君はどうだったでしょうか?
バーニング状態ではないのですが、彼らしかったでしょうか。
と言いましょうか、書けませんし、何言っているんだか分からないものになりさがります。
今作を手掛けましてあぁ河村君って優しいなぁvと、作成者本人が萌えてしまいました。
それでは、皆様のご感想を楽しみにしております。