「皆、今日までありがとう」
(行くな)
「私は元の世界に帰ってしまうけれど…どうか元気でいて下さいね」
(行かないでくれ)
「…どうか……幸せに」
(っ!)
12月31日大晦日。
それは、起こった。
京の混沌とした気が手の施しようのないくらい膨れ上がり、百鬼夜行が墜に姿を現したのだ。
白龍の神子は選ばれた八葉と共に果敢にも立ち向かっていったが、一度溢れ出した気の乱れが
圧倒的に強く、倒してもまた甦ってしまう。
だが、彼女は決して臆することもなく、竜神を呼び神子は元の世界に戻り京は再び平安を取り
戻したのだった。
残された星の一族や八葉達も今まで通りの生活に戻るはずだった。
「泰継殿!どうなされたのですか!?顔色が優れないようですが」
「問題ない」
神泉苑で独り佇んでいた彼に何者かが駆け寄ってきた。
陰陽師であるため気の流れで一々振り返らなくても解る。
もっとも、その前に半年に渡って仲間として活躍していたのだから言動だけでも
容易に知れた。
「はぁはぁ……何が「問題ない」なのですか?少し遠くにいた私でも解るほどお顔が真っ青
ですよ!」
薄い紫がかった長髪を揺らしながら駆け寄ってきた源泉水は肩で呼吸をしながら心配そうな
顔をする。
彼を八葉時代でもこんな顔をすることが多かった。
この青年は院を父とする身分でありながら出家の道に身を置いている。
当初は勢力争いから逃れたいためだった。
しかし、八葉としての務めが終わってからは今まで以上に神仏に身を捧げるように日々
精進している。
それは単に三歳も歳の離れた龍神の神子に出会った所為だろう。
彼女の笑顔、涙、怒り…そのすべてが八葉のみに留まらずこの京の人々にどれだけの勇気を
教えたかもしれない。
「すまない……独りにしてくれ」
「泰継殿…」
彼には残されたものがある。
だが、この自分はどうだろうか。
彼女の残り香を探すだけの毎日が日入り果てても続いている。
人間になってもまだ限界とか諦めと言うものが理解できなかった。
いや、理解できないのではなく、理解したくないのだ。
今から七ヶ月前、この場所からあの愛しい少女は帰った。
置いてきぼりになった青年の心の中はいつでも隙間風が吹き止まない。
(……)
アレから大分時間が経ったと言うのに、また新しい朝を迎えると、彼女の残像を探してこの
場所を訪れる。
そんなものどこにもないのに…。
何も伝えることができなかった。
ありがとうとも…愛しさも…。
少し歩いた先の泉に映る自分の顔を見る。
そこには泉水が忠告したとおりの彼がいた。
青白い頬は少し痩せたように見える。
(私は……何をやっているのか)
細長い指の腹で右目の下を触る。
数ヶ月前には確かにあった宝玉は既になかった。
八葉の契約が切れてしまってすぐにそれは、消えてしまった。
(私は、何と言う臆病者なのだろうか)
指を離すと、そこには新たな宝玉ができている。
しかし、それは支えを無くしてしまったために頬を伝い、神泉苑の一部となった。
「…弱くなったものだな。…私は」
目元を軽く指で拭ってもまた新たな涙が流れた。
滲む視界には優しく微笑んだ姿が浮かんでくる。
こんな時、泰継はズルイと思った。
いくらこうして泣いても、いつでものために悲しんでいたいと願ってしまうからだ。
それが苦でもその時だけは、いつも彼女を近くに感じられるから。
「泰継殿」
一頻り泣いてから自宅に戻ろうとすると、今度は先程のものよりも落ち着いた青年の声が
背後からした。
今は、誰とも会いたくはない。
だが、そんなことを言っていられる相手ではなかった。
「何か用か?幸鷹」
胸の奥で熱くなる思いを押し殺しながら努めて冷静な声で応える。
先程とは違って今度はあの青年同様に振り向きはしないで、そのまま相手の名
を言い当てた。
今日は、本当に最悪な日だ。
七ヶ月前から顔も合わせたくない本人に呼びかけられてしまったのだ。
「こちらにお顔を向けてはくれませんか?泰継殿」
「何故だ?顔をそちらに向けずとも話しはできる。それともただ呼び止めただ
けか?」
「いえ!決して、そのようなことはありません」
「ならば、話してみよ。私は忙しい。出来れば、手短に願おう」
「はい……」
何故だろう。
七ヶ月前から彼の気が弱かった。
そんなことを考えていながらも、どうしても譲れないものがある。
それは…
「他ならぬ、神子殿のことです」
「何っ!」
神子という単語に弾かれて思わず振り返ってしまった。
視界の先には気同様に少しやつれている幸鷹が立っている。
「神子がどうしたと言うのだ。私にはもう、関係がないことではないか!」
自分で言っているくせに涙がまた瞳を潤ませようとしている。
「落ち着いて下さい、泰継殿」
「これが落ち着いていられるか!私の前で神子の話などしおって。そんなにも私が目障りか?
それならば、最初から言えば良かろう」
「何を仰るのですか!?」
「白を切るつもりか?私は見たのだぞ。お前が大晦日のあの日、神子に想いを伝えていた
所をな」
そう、彼は見てしまったのだ。
大晦日の決戦の朝、この青年が通常ではない気を帯びて彼女に言の葉を伝えている場面を。
自分には出来なかったことをあの堅物と他の八葉に言われていた男がそれを軽々とこなした。
これはカルチャーショックを通り過ぎて、傷をつけられた、裏切られたの類に値する。
そんなのは勝手な嫉妬だと言うことが解っているのに、自分ではどうしようもなかった。
これが人間なのかと思えば、煙たがる一方で興味深い。
「私は……」
「…」
山奥の庵で独り夜空を見上げる青年がいた。
隠遁生活を送っている泰継にとっては当たり前の日課なのだが、どうも最近は星の動き
を察知することが困難に感じることがある。
それは人間になってしまった彼への罰かそれとも試練なのか。
そう考えようとしては解いた淡萌黄色の長髪を揺らした。
これは罰だ。
怒りと嫉妬で真実を歪めてしまった。
「私はあの時、確かに神子殿に自分の想いを打ち明けました。ですが、断られてしまい
ました。誰よりもあなたのことを想っているから…と」
昼間の幸鷹が言ったことを思い出す。
信じられなかった。
彼はそう言うと、苦笑いを浮かべながら神泉苑に向かった。
きっと、あの青年にも彼女の幻影が見えているのだろう。
風の噂で大納言の娘との縁談が進められていると聞いた。
恐らく、幸鷹自身が望んだことだろう。
今までが、仕事に熱中して断り続けていたらしく、この噂は既に京中に広まってし
まっている。
彼には本当に申し訳のないことをしてしまった。
願わくは、生涯あの青年のために生きていたい。
それが、自分に出来る償いだ。
「なぁ、。私は何て愚かな男なのだろうな。お前がせっかく残してくれたものに
私は全く気づかなかった」
白い夜着が夜の闇と対になって哀しいほど栄えている。
「何だ?月が……星が滲んで見える」
頬に伝うのは、夜雨。
脳裏に過ぎるのは、愛しい君の名。
胸に過ぎるのは、甘い軋み。
「逢いたい……」
その時だった。
「くっ!」
突然、目の前が光出したと思えば、そこにはこの七ヶ月間残像としていつも傍にいた
少女だった。
「やす……つぐさん」
視野がおかしくなったのかと思えば、久しぶりの声で自分の名を呼んでくれた。
「っ!」
「泰継さん!」
裸足など気にせず野に咲く一輪の可憐な花を手折るために走り出す。
その姿は京にいた頃のままで、水干姿で短い腰巻のようなものを穿いているだけで
白くて細い足が丸見えだった。
「っ!?…」
「泰継さん、逢いたかった!ずっと……ずっと……!!」
自分に抱きついてくる小さな体。
胸の辺りは薄い夜着だ、すぐにうっすらと何かが湿ってくる。
恐らく、彼女が泣いているのだろう。
それなのに、先程とは違う感情で胸が速く脈打っている。
「」
もう一度、彼女の名を呼ぶ。
出来るだけ優しく。
出来るだけ甘く…
「…泰継さん?ん…、んんっ」
そうすれば、愛しい君が再び自分を瞳に宿してくれると本能的に知っているから。
目元にまだ涙を宿したの唇をまるで獣のように貪り、息継ぎをする暇も与えない。
二人の髪の色が月明かりに照らされて光る。
それは、始まりの序曲に過ぎなかった。
強引な接吻で既に腰が崩れてしまった少女の体を横抱きにしてそのまま庵の中へと
歩く。
「泰継さん、ここは?」
「案ずることはない。ここは私の家だ」
殺風景過ぎる部屋。
そこにあるのは陰陽に使われる道具と一枚の寝具だった。
「今宵は寝苦しくなりそうだ」
「えっ……ひゃ!!」
夜着のように白い敷布団の上に下ろされ、瞬く間も無く彼が覆い被さってきた。
「お前が欲しい。すべて私のものにしたい」
「泰継さん!?……はい」
同意を得てから水干を脱がせ、再び口づける。
服の上からまだまだ未発達な胸を触ると、健気にも体を震わせた。
「ああっ、泰継さんっ」
手探りで異国の服を脱がせ、下着姿になった少女を再び愛した。
胸を揉みながら鎖骨に首筋に紅い証を焼きつけてから指を口に含む。
「やっ…つぐ……さぁん」
まさか、この場所を攻められるとは思ってもみなかったのだろう。
第二関節まで丁寧に舐め上げると、すっかり少女から女に変わってしまった。
その声も聞き慣れた自分の名である言葉もすべて愛しい。
「」
「ん、ぁ…っ」
下着をずらして胸の突起を口に銜えながら彼女の名を呼ぶ。
答えるように甲高い声を上げた顔も体もうっすらと朱に染まってまるで夕焼けのよ
うに美しい。
ほのかに色づいた頬がよりいっそう彼を虜にさせる。
「ふぁ、んんっ……だ、め」
互いの下着もすべて脱ぎ捨て股の内側に唇を押し当てると、は呻くような声で
呟いた。
「何だ?」
「だっ……て」
顔をさらに赤くする所が何だか例えようもない感情が溢れ出してくる。
しかし、人間に成り立ての青年には言葉が足りなさ過ぎた。
「このまま…良いか?」
目の前に広がるのはもうすっかり濡れている茂み。
このまま舐めてしまいたい衝動を抑えながら脚ごと抱きしめる。
「はぁはぁ……は、い…」
もはや、言葉を返す気力も残ってない彼女が熱に浮かされたような顔で吐息と
一緒に頷いた。
あくまでもの了承を待つのは、これが現実だと思いたいがため。
アレから七ヶ月、どんなに今日、この日を思い描いただろうか。
組み敷いた彼女の肌と汗の交じる瞬間。
ずっと待っていた。
「あっ、ぅ…ん」
ズッと音を立てて鈍く重たいものがの中に滑り込んだ。
キツク顔を閉めさせてしまうのは自分だけだと思いたい。
小さな体を抱きしめたまま硬くなった己をさらに突き進ませると、何かが行く手
を阻んだ。
「いっ…」
これではすっかり硬くなった分身が入りきらないし、彼女も顔を歪ませたままだろう。
「……くっ」
「あっ……ぁぁ…」
「愛してる」
次の瞬間、それは簡単に破れた。
それと同時にが青年に凭れかかる。
もう、彼女は自分のものだ。
そう思うと、彼もまたを押し倒した。
「っさん…泰継さんっ!」
「?」
呼ばれて目を覚ますと、辺りは眩しかった。
時刻はすっかり朝を迎えたようで、耳には何処からともなく蝉の鳴く声が耳に入る。
昨夜の夢は今まで少女の残像を追い求めていた結果だろう。
「……」
「何ですか?」
呼んでは返って来ない言葉が、目尻を熱くさせる。
それでも夢の中で確かに彼女を抱くことができた。
ずっと言えなかった言葉も一緒に。
「愛してる…。ずっとお前だけを愛すると誓う」
「泰継さんっ!?」
「っ!?」
耳元で夢の中で確かに聞いた声がして起き上がると同時に布団を引っ張る。
「い、いきなり起き上がらないで下さいよ!私……はっ、裸なんですからね」
そう言って頬を染めた彼女を見て昨夜のことはすべて現実だったことを知る。
この七ヶ月もの間禄に寝ていなかった。
途切れた記憶を辿ればまだ己は少女と共にいるだろう。
恐らく、弾けた感度と一緒に睡魔が襲ってきてそのまま寝てしまったのだ。
最中に寝てしまったなんて何と場の悪いことをしてしまったのだろう。
「すまない。」
「えっ?…ひゃ!?」
一言、彼女に謝ってからもう一度その華奢な体を組み敷いた。
「愛してる。っ……続きをしよう」
―――…終わり…―――
♯後書き♯
Trial101「愛してる」はいかがだったでしょうか?
本来ならば、このお題をお借りしてきました当初から作業をするべきでしたが、なかなか
思うように手がつけられず、随分、開かずの間状態にさせてしまいました。
今作は柊沢の誕生日作としてupすることを初めに、次回からは下から上に上がっていく
形式で作業したいと考えています。
泉水さんと幸鷹さんを何故、作品中に出演させたかと申しますと、柊沢が一番最初に
泰継さんをプレイした際に同時に告白されたのがこの二方だからです。
今回は、幸鷹さんに辛い思いをさせてしまったなぁ、と黒いワリにはある良心が痛み
ましたので、機会を見計らって彼作を頑張ってみたいと考えています。
それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。