Distance

        …事は、ある早朝に起こった。

        まだまだ外は眠気が覚めるくらいに寒いが、仕事上そうは言っていられない大人たちは

        自分を守るため家族を守るためにと足を勤務先に進めていた。

        どこから乗り継いで来たのか分からない老若男女がまるで焼きたてのパンのように

        汽車から何千人もの人間が中から姿を現す。

        そんな朝の風景は都会では当たり前の風景だった。

        季節はすっかり冬から春に色を換え、様々な花が芽吹いている。

        その香りは今までのツンと張り詰めた空気を凌駕する力を持っていた。

        こんなに冷え込んだ朝だと言うのに、自然と言うものは健気なもので、それでも空

        を仰いでいる。

        ここ、セントラルシティにある司令部の窓からも一人の男が空を見上げていた。

        ロイ・マスタング大佐、その人である。

        彼は若くして大佐の地位に伸し上がって来た実力の持ち主である。

        ロイの急激の登場により軍の将来に希望を持つ者もいれば疎んじる者も必ずいた。

        それは、光と影に忠誠を受けた証なのかもしれない。

        だが、当の本人はそんなことはどうだって良かった。

        結果が全て。

        彼の中にはいつまでも消えない光景がその瞳に焼き付けていた。

        それが正義といって恨みも何もない人間を殺さねばならない現実。

        上の者の言うことを黙って聞くことしか出来なかった弱い自分。

        初日は窮屈だったのに、いつからか有り余る錬金術師用テント。

        昨日まで生きていたであろう味方とも敵とも解らない顔の潰れた死体。

        思わず屈んで嗚咽をしてしまう滴り落ちるどろどろとした液体。

        その臭いは今もロイの心を捉えて放さない。

        いや、本当は放すことが出来ないといった方が正しいのかもしれない。

        この指を離してしまえば自分には何が残るだろうか。

        出世することだけが狙いで軍人を続けているわけはなかった。

        ただ、誰でも良い。

        誰かをこの手で救いたかった。

        触れば微笑んでくれる人間が今、死んでいる。

        そんな現実をこの世から無くしてしまいたかった。

        彼の視線の先には一夜を掛けてやってきたのであろう重たい雲が立ち込めている。

        何重にもあるためだろうか、日の光がそれから漏れてくることはない。

        それは、彼の心の闇を表しているようだった。

        「行かないで、ロイ!」

        何故だろうか。

        不意に出兵のあの日を思い出していればあの甘い声が脳裏を駆け抜けた。

        行ってくると背を向けた刹那、抱きすくめられた感触が今でも覚えている。

        振り向いては駄目だと必死にそれを振り払い、駆け出した耳に遠くで誰かが力なく

        道に座り込んだ音が聞こえた。

        彼はそれが分かっていたのにも関わらず、必死に吐く息を押し殺すように強く歯を

        噛み閉めて前へと進んだ。

        アレが帰ってきた自分をどう出迎えるかなんて考えずに…。

        もう、忘れよう。

        そう、何度も呟いたが、結局は瞬間的にもそんなことは出来ずに求めていた。

        現実なんてそんなものだ。

        どんなに困難なことでも欲しいと願ってしまえば、それのことしか考えられなくなる。

        まるで、錬金術の等価交換のように。

        あの言葉が自分をあの場所から動かせない。

        呪縛のような甘い痛みが今も彼の脳裏を駆け巡り、何かを強請っている。

        しかし、そんなことなどできないんだと何度頭を振ったことだろうか。

        遥か彼方には、後数分も足らずに消えてその場には最初から無かったかのように

        思わせる小さな千切れ雲があった。

        それは周囲のものとは違って手が届きそうなほどの距離を浮かんでいる。

        田舎とは違って蒸気と何らかの煙で空気が悪いだろうに、それでもその雲は白かった。

        何処から迷い込んできたのかと、不意に疑問に思えば、やはりと言おうかそれは

        瞬間移動のように消えてしまう。

        「っ!?」

        何故だろう。

        自然と右手が上がり、掴めるはずもないのに空を軽く握り締めた。

        自分は一体、何をやっているのだろうか。

        届くはずのない自分の想いなんてあの雲のようにあの人物の中では消えてしまっている

        と言うのに、それでも強がっていたいのは愚かなことだろうか。

        手のひらをそっと開いても当然元にあった場所にも、何もあるはずがなかった。

        もう、彼女には届かないのだろうか。

        確かにあの日まで大切にしていたし、今も気がどうにかなってしまいそうなくらい

        心の中にあの女性のことを考えてばかりいる。

        楽しかった日々のことや出会ったばかりのこと……そして、あの時のことを。

        何故、自分はあんな態度しか取れなかったのだろうかと、今まで幾度も後悔を

        繰り返している。

        だが、何度も返ってくる答えは同じで、それが無性に情けなかった。

        つまり、ロイは怖かったのだ。

        これから戦場に赴くことも自分たちが軍人としてではなく単なる「生物兵器」として

        扱われること全てに恐怖を感じていた。

        振り切ったのは弱い自分自身。

        あの場所で彼女を抱きしめてしまったら軍部に追われることを恐れてしまったから。

        だから、ああなったのはすべて自分の責任なのだと頭では解っている。

        それに対し、心ではそれがどういった経緯で起こしてしまったのかとこんがらがった

        糸を解こうとしても逆に、複雑に出口のない迷路へと変貌させてしまっていた。

        アレから何年経っただろうか。

        ロイの中では何十年も朝を見送っているように感じているが、現実は数年しか夜明けを

        迎えていない。

        それはこの男にとっては残酷であって、苦痛の序曲に過ぎなかった。

        離れた場所で何度あの女性を抱いた夢を見たか知れない。

        何故、こんなにも未練がましい男になってしまったのだろうか。

        これでもロイは何十回も恋をした。

        しかし、出会いには全て別れと言うものが当然あって、その度に彼は何事もなかった

        かのように平然と手を振っている。

        本当は恋愛といった熱情に会いたくて何人もの女性に声を掛けていたのかもしれない。

        多分、相手も大人の付き合いを高級なデザートか何かのようにしか考えてなくて、

        安易にロイの誘いに乗ってしまったのかもしれない。

        だが、それでも良かった。

        自分以外の誰かが傍にいるだけで我ながら安心していた。

        しかし、今、彼女は傍にはいない。

        それにこれまで以上に不安を感じるのは何故だろうか。

        あの存在に出会ってしまってからというもの彼は変わった。

        デートの日も仕事のおかげですっぽかしてしまう場合もこまめに連絡を入れ、後日

        手土産をポケットの中に忍ばせて驚かすのが日課になっていた。

        彼女の姿が、声が、表情のすべてがロイを虜にしてしまっているのだ。

        もしも、体中にあの優しい人物を覚えていないかと問えば、間違いなく、Noと

        答えるだろう。

        彼女の美しさも香りもこの腕に抱きしめたことも鮮明に脳内に映し出せる。

        今だって本人に愛を幾度も囁く自信があるのに、彼はそうすることができなかった。

        ロイの背後にある机の上には清潔そうな白い手紙が開かれてある。

        独特の文字で綴られているその文は何度も黙読をしたようで、その雪には指の

        跡らしきものが付いていた。

        その色が身の潔白を訴えているのか変わらない色をこちらに思わせるためかは

        判らない。

        だが、あの日に置き忘れてきた思い出が目の前に広がったかのように彼が後悔に

        苛まれたのは言うまでもなかった。

        この文の主は、今更言うまでもない彼女である。

        あの時からあまり十分な睡眠が取れず、こうして早朝に出勤することが日課になって

        歳月が経った今、自宅の郵便受けに新聞と一緒に投函されているのを見つけたのだ。

        差出人名を目にした瞬時にあの場所で味わった罪悪感と同時にどうして今更と思う

        憎悪があった。

        アレから自分がどんな思いで生きてきたかなんて想像もできないだろう。

        自分無しではこんな惨めな男が存在するなんて理解も出来ないだろう。

        しかし、どんな侮蔑を吐こうとも会いたがっている気持ちはいた。

        どんなに自分が汚れてしまっても構わない。

        せめて、に会いたかった。

        あなたと会いたいです。あの場所で待っています。

        手紙の最後に書かれた文字が妙にロイを引き付けていた。

        それはパンドラの箱に唯一残った希望なのか、それとも振り返った先に待つ絶望

        なのか。

        彼はこうして彼女が自分宛に寄越してくれた久しぶりのラブレターと窓際を行ったり

        来たりしている。

        これが郵便受けに投函されたのは、新聞が配達された後だったことが重なるように

        乗せられていたので容易に推察することができた。

        浅い眠りから覚めた彼がそれを手にするのはいつだって20分後である。

        起床はもう少し早いが、美味しくもない朝食を無理やり胃に押し込んで、支度を整えて

        から出かけると大抵はこの時刻になってしまうからだ。

        最近になって一人で食事をするのも慣れてきたところだったのに、やっぱり視線は

        見えないばかりを追っていた。

        まもなくほかの仲間もこの室内にやって来る時刻だ。

        もう、躊躇する暇はない。

        ロイは身を翻して駆け出した。

        その瞬時に起こった軍服の重たそうな音がまるで、止めろと言っているように思える。

        だが、もう、自分の心は決まっていると、扉を開いた。


        出会いは今から4年前のある冬の日だった。

        その頃はまだ東方勤務で身分はまだまだ兵の位だった。

        とは言え、十分に出世街道を走っていたロイは帰宅途中の車内で今日も一日が

        終わったなぁとぼんやり外の景色を見ていた。

        車内には当然のことながら彼と運転手の男性しかいない。

        後部座席に長身を沈めたロイの瞳はその気持ち良さを訴えているように細かった。

        今日は朝から雲行きが悪く、昼頃に心配し出してから泣き始めている。

        彼は雨に興味がない。

        それだけではなく、気象現象やすべて説明のつくものは眼中にはなかった。

        これが錬金術師というものなのだろうなとふと思えば、まったくロマンの欠片もない

        道だなと笑いたくなった。

        ロマン続きで忘れていたが、最近仕事が忙しすぎて三ヶ月前に付き合い出した

        「酒場のマドンナ」と呼ばれている女性とはデートをしていない。

        連絡も勿論してはいなく、半ば自然消滅に近い状態である。

        まずいなぁとは思いながら今日まで彼女に会いに行こうとはしなかった。

        向こうもこれまで自宅に押しかけてくることがないということは、軍人との恋愛

        といった美酒を味わってみたかっただけだろう。

        それなら、こちらこそそういった関係を願っていたわけだから文句はない。

        ただもう潮時かなぁと、いつ暇が取れそうかと考えていた。

        「ん?」

        窓の外に不審な点を見つけたのかロイは目を細め顔をそれに押し当てるように

        近づけた。

        「どうかしましたか?」

        運転中の彼はバックミラーから身を乗り出している上司の異様な姿を眺めている。

        その問いかけに答えることもなく、ただ一点だけを見据えた。

        しばらく続いた沈黙の後、発覚する事実に彼が混乱して危うく事故を

        起こしそうになったことは言うまでもない。

        初夏の梅雨とは違ってしとしとと降る真冬の雨のおかげで大して視界に困ることは

        なかった。

        「止めろっ!!!」

        「はいっ!」

        しかし、その物体が車と同じ方向に向かって雨雲で立ち込めた空を移動しているのを

        確認すると同時に彼は車内中に響き渡すような大声を上げた。

        それに体を強張らせる運転手は行動のすべてがそれを物語ってしまったために安全

        という言葉が見事に欠けてしまい、ブレーキを踏みしめた結果、キレイなスリップを

        起こした。

        「くっ……おい、大丈夫か?」

        「……」

        車体は円をメチャクチャに誰もいない道路へ描いたかと思えば、道を沿う街灯に

        聞いている側までもが痺れてしまう音が衝撃と共に二人を襲った。

        舗装された石畳の上は土よりもすべり易く、まして何十年も経っているものならば

        コケなどの問題でさらに増える一方である。

        横転を何度か繰り返した車体は街灯に激突したらしく、衝撃の振動に耐えた目を

        恐る恐る開けば助手席の方から白い煙が上がっているのが見えた。

        これはまた始末書を書かなければならないなと苦笑してから運転していた彼のことが

        気になり、視線で無事かどうかを窺う。

        歯を噛み締めて何とか彼は何とか耐えたが、運転手のように完全にのびてしまった。

        が、後部座席から長身の体を折り曲げて彼の様子を窺うと、自分がしでかした

        ことだが、やれやれと首を振っては軟弱者めと吐き捨ててドアを勢い良く開け放ち

        扉の向こうへと駆け出した。

        その視線の先には先ほどまでロイの瞳を捕らえているものはまるで鳥のように真上へ

        現れたかと思えば、音も立てずにゆっくりと地上に足を下ろしているところだ。

        あの時、確かに黒い点が浮かんでいるように見えた。

        当初は馬鹿げていると目を通さなかった事実。

        それは錬金術師になってしまった男が認めたくても、認められない現実だった。

        軍事報告書に書かれていたことを身を持って証明したことになる。

        ロイがずっと熱い視線を投げかけていたのは一人の女性だった。

        濡れた石畳に黒いブーツの踵を鳴らしながらこちらに駆け寄ってくるその存在は

        何処にでもいるような町娘でもまして酒場のマドンナでもない。

        黒いローブを身にまとった彼女は大丈夫ですかと可愛い声で言ったか思えば、自分の

        すぐ横を通り抜けて運転席でのびている男性の体をそっと揺すったりしてみるがやはり

        応答は返ってこない。

        しかし、全身黒ずくめの女性は肩を叩いたり耳元で声を上げたりして懸命に

        なっている。

        その姿を見るまで固まって声も出なかった大の男である彼は今はそんなことを

        考えている場合ではないと頭を強く振って駆け寄った。

        「……良かった。ちょっと頭を打っただけみたい」

        「すまない。見ず知らずの君にこんなことをさせてしまって…私はイーストシティー

         軍部に勤めるロイ・マスタングだ」

        「あなたがっ!?お噂は伺っていますが、まさかこんなに若い方だとは

         思いませんでした」

        自己紹介が信じられないとでも言うように彼女は自分の隣へと駆け寄った彼の顔を

        マジマジと見つめる。

        その瞳は想定する年齢よりも幼くて、燃え盛る太陽を閉じ込めたように紅かった。

        白い肌に覆われたそこだけが妙に目立って、そこから視線を容易に外すことは

        出来ない。

        唇はうっすらと紅を引いているのか小さなそれは立派に顔の一部として

        活かされていた。

        そんな可愛らしい顔を間近に見ると、昔、母が語ってくれた物語のヒロインを

        思い出してしまう。

        「あっ、あの、私っ……」

        彼女は何かを言いかけて口を強く閉じた。

        その表情はどこか儚げで今にもこの空気の中に消えてしまいそうだ。

        「君は……魔女だろ」

        ロイは彼女を見つめたまま淡々とした口調で正体を口にした。

        全身黒ずくめの服、そして、何よりも先程まで彼が目にしていたことが証拠である。

        軍事報告書によるとこの周辺で魔女らしき人物が発見されたのだ。

        だが、ロイはそんな話など馬鹿げていると何の対策も行わなかった。

        数十年前までは確かに存在していた魔族。

        しかし、彼らの理論と思考に付いていけなくなった軍はある深夜、不意を狙って今の

        東の大砂漠の周辺に住んでいた彼らを滅亡させたのである。

        だから、出来すぎた物語だけの存在となってしまっていることを知っていた彼は

        報告書を今まで無視し続けていたのだ。

        「……だったら、どうします?」

        雨はまだ降り止まない。

        二人の身なりはうっすらと雨粒で湿り気を帯びていた。

        車内に一人だけ残った運転手だけが平然とした日常を感じさせる。

        彼女は顔を俯かせ、肩を小刻みに震わしていた。

        服装同様に黒い髪が表情を覆っているため確認は出来ないが、それから容易に

        推察できる。

        「私を殺しますか?そうすると、またあなたは昇進できるんでしょうね。たった

         一人の女の私を殺して」

        「くっ…」

        思わず言葉に詰まって顔にシワを寄せて黙り込んだ。

        この名も知らない魔女には軍に恨みを持つ正当がある。

        だから、ここで仇討ちをされても自分には何の権利もないのだということが

        悲しかった。

        彼女は今までどんな気持ちで生きてきたのだろうか。

        恐らくあの事件を逃げ延びた少数の魔族の生き残りだろう。

        周りの人間とは完全に違う自分をどう感じてきたのだろうか。

        きっと、錬金術師とは違ってその力を封じて密かに暮らしてきたに違いない。

        パンッ!

        「?」

        考え事をしていたら、急に軽いものを叩くような音がして視線を元の存在に戻した。

        すると、彼女は両手を頬に宛がったまま強く瞼を閉じている。

        先程の音は確かにこの場から発せられた。

        ロイは耳の良い方ではないが、悪い方でもない。

        彼女が再び瞼を開けば、こぼれてしまいそうなルビー色の瞳が現れた。

        「あっ」

        それと同時、明らかになった事実に思わず短く叫んでしまった。

        両手が軽く離れた場所は、先程にはなかったうっすらとした赤みが浮かんでいる。

        「ごめんなさい・・・ロイさんの所為じゃないのに。八つ当たりをしてしまって」

        そう言って彼女は今まで見せたこともない笑顔で自分を見つめてくれた。

        何と強い女性だろうかと、彼はその時心の中に思っていた。

        もし、この場で身の危険と一緒に一族の仇討ちを取られても自分には何の拒否権も

        黙秘権も用意することは許されない。

        それなのに、彼女はこうして自らその権利を放棄して笑ってくれている。

        ドックン…ドックン…

        「ロイさん?」

        「あっ、いや……」

        妙にこの名も知らない女性を意識してしまう。

        胸の高鳴りが甘くそれでいてどうしようもなく苦しい。

        そう言った感情は今まで味わったことがなかった。

        恋とは別段意識もしていないそれも突然にやってくるものとはよく言ったものだ。

        それは間違っても軽い気持ちで起こったものではない。

        今まで彼の恋愛とはそう言ったおつまみ感覚のようなものだった。

        あるものは酒のようにほろ酔い気分を味わいたくて、またあるものはデザート感覚で

        心の隙間を満たして欲しかったのかもしれない。

        頬が熱くなり出すのを見計らって咳を一つ吐いて、こちらも笑い返した。

        「君の名を私に教えてくれないか?」

        「あ、はい。です。ですっ」

        そう言ってまた笑った。

        その柔らかい表情が不思議と心に温かさを覚えさせる。

        自分にはまともな恋愛が出来ないと思っていた。

        だが、それは間違っていた。

        彼は地平線の彼方に移った彼女を見た瞬間に恋をしていたのだ。

        「では、私はこれで…」

        「待ってくれ」

        気付け薬を手渡すと来た時と同様にほうきに跨ろうとしたの手のひらをぎゅっと

        握り締めた。

        「っ!?」

        このまま飛び去ってしまったら、次に会えない気がした。

        もちろん、身を隠して生きているのだから当たり前のことなのかもしれない。

        しかし、この覚えたての感情をこのままにするほどロイは冷静ではいられなかった。

        「あ…いや、今度、食事をしないか?その、お礼も兼ねてだな」

        女性に誘いを掛けるのは無論、初めてではない。

        だが、声は上ずって思うように言葉は口を通ることを躊躇らった。

        平静を装ったつもりでいても体は正直で、頬が赤らんでしまう。

        だが、よく考えてみれば彼女はもう絶滅されていると考えられてはいるが、軍に命を

        狙われている身だ。

        そのを人目に晒して良い訳はない。

        「すまない。今のはやっぱり……」

        「喜んでっ!」

        「えっ?」

        手を離そうとした刹那、今度は逆に握り締められていた。

        彼女に視線を合わせば、頬を染めて慌ててそれを振り解かれてしまった。

        「あっ、ごごごご、ごめんなさい!私、嬉しくてついっ!!」

        「い、いや」

        一瞬だけ感じて紅葉はひんやりと冷たかった。

        まぁ、こんなにも濡れているのだから仕方がない。

        彼は彼女を家まで送ろうとしたが、当の本人は慌てて食事の日程を捨て台詞に、まだ

        泣き止まない空へと飛び去ってしまった。

        手には薄い緑色の液体が入った小瓶との感触が残っている。

        空に飛び去る際にチラッと見た横顔は自分が創り出すどんな焔よりも美しかった。

        「……期待しても良いのだろうか」

        先程まで冷たいと感じていたはずの雨が今ではもっと降り注いで欲しいと強く

        願っていた。

        今の自分は運動をしたかのように体中が熱い。

        軍用の車内のシートには、ロイとは違って全然濡れてはいない運転手が

        眠り込んでいた。

        いつもなら、いつまで寝ているんだと叩き起こすはずなのに、今は一分でも長く

        目を覚まさないでくれと願っている。

        迸る雨垂れを見上げれば、彼の熱にヤラレてしまったのか、朝から泣き出していた

        空は急に大人しくなった。

        それから何度も彼女と食事をするようになり、機会を見計らって自分から告白をした。

        紅く光るその瞳に見つめられるたびに何度だって恋に落ちた。

        自分の傍でいつも笑ってくれるがどんなことよりも愛おしい。

        こんなにも誰かに溺れるほど惹かれるとは思ってもみなかった。

        初めてキスを交わした午後六時、あの感触が今でも唇から離れない。

        もちろん、口づけくらい何度も交わしたことがある。

        しかし、この唇は甘くそれでいて辛い酒のように痺れさせる。

        「愛しているよ」

        「ロイっ!?……私も」

        「何?ちゃんと言ってくれなきゃ分からないなぁ」

        「もう、知ってるくせに!」

        「そんなに可愛い顔をしているとこの場で頂いても良いんだが」

        「頂くって!あの、ですね!!」

        顔を真っ赤にして自分を睨めつけてくる女性をもっと、自分のものにしたかった。

        他の誰にも手が届かないように。

        こんなにも恋という底なしの沼に嵌っているのは自分だけなのかと疑問に感じて

        しまうから。

        今、彼がいる場所まで彼女はこの味に酔っているのだろうか。

        それともまだほろ酔い気分なのか。

        だが、あの真紅の宝石はいつも無言で答えるだけだった。

        もう、ずっと前からロイ・マスタングという存在をずっと底の周辺で待っている、と…。

        「…愛しています」

        先程まで恨めしそうな顔をしていたは一瞬微笑んだかと思ったら、今度は

        爪先立ちで自ら唇を強請って来た。

        彼もまたその行動を助けるように彼女の腰に手を回して屈む。

        そんなささやかな行為でも、このまま時が止まってしまえばと考えていた。

        仕事上将来有望である自分に上司から縁談話が舞い込んでくる。

        しかし、ロイはどれにも首を縦に振らなかった。

        こんな刺激を与えてくれるのはあの優しい存在だけだから。

        彼女だけいれば他に何もいらないから。

        その時はまだ、この幸せが永遠に続くものだと信じていた。


        「はぁはぁ、っ」

        軍人になってからこんなにも走ったのは何年ぶりだろうか。

        彼は今、イーストシティの町外れの時計台に来ていた。

        辺りはすっかり昼下がりの一時を醸し出している。

        まだ、つぼみを付けている木々が目立って、緑が少ない。

        この場所は、何のために作られたのか良く分からない公園の成れの果てである。

        ただ、予算の関係が理由であろうが、こんなに町から離れた場所に対して足を

        延ばす者がいるはずもなく、こうして自然と人口物が共に歴史を語っているのだ。

        両膝に手を付いて呼吸を整えてから時計を見上げた。

        時刻は2時32分。

        辺りは鳥のさえずりだけが耳に入った。

        「!何処にいるんだ。私だ、ロイ・マスタングだ!!」

        だが、答えはすぐに返っては来なく、無情にも木霊だけが返って来た。

        この場所は初めて唇を交わして場所でもあり、最後に別れた場所でもある。

        日と目に付かないと言うことで、最初にデートをした日から待ち合わせはここと

        決まっていた。

        「行かないで、ロイ!」

        そう、背筋に感じた温もりを気持ちと一緒に振り解いてからロイはその報いを受けた

        かのような地獄を見た。

        最初はぎゅう詰めだった寝床は翌日は必ず広くなっていた。

        何の恨みもないのに上の命令で無抵抗な人間を何千人の命を奪った。

        気が狂いそうになっても、それでも地を踏みしめて立っていられたのは偏に

        彼女の笑顔があったからだ。

        この地獄を乗り切ればまたに会うことが出来る。

        そうしたら、抱きしめてもらおう。

        自分の居場所がここだと落ち着くまで。

        こんなことを自分以外の誰かに言ってしまえば、なんて情けない奴だと馬鹿にされる

        に違いない。

        実際、考えた本人も心の底で苦笑いを繰り返していた。

        いくら弱い自分だと他人に愚弄されても結構だ。

        さえ、傍にいてくれればそれだけで満足だった。

        それなのに…。

        バサバサバサッ!

        感慨に耽っていると、遥か頭上の方で大きな鳥が羽ばたく音が聞こえてくる。

        「久しぶりね……ロイ」

        それを仰ぎ見ていると、女性の声が不意に地上から掛けられた。

        その声はとても懐かしくてあの頃手放してしまったもの。

        「

        つやのある黒い髪は数年前より伸びたのか、肩を過ぎた辺りまでのものが短く

        後頭部でまとめられていた。

        雰囲気もどこか違って見えて、それが無情にも歳月が流れていることを彼にいやと

        言うほど思い知らせる。

        もう、彼女はロイのモノではない。

        それが現実なのに、解っているのにも関わらずこうしてを目の前にしてしまうと、

        やはり認めたくはなかった。

        イシュヴァールから帰還した疲れ果てていた彼が見たもの、それは、自分と同じく

        ぼろぼろの衣服を身にまとった若い男と抱き合っている場面だった。

        通常のロイならばその正体を確かめようとしただろう。

        しかし、そんなことが出来るほど冷静ではいられなかったし、理性的でも

        いられなかった。

        目の前では見知らぬ男と自分の愛する女性が親密にもほどがあり過ぎるほどに熱く

        抱き合っている。

        どんなことがあっても離れることの内容にと言った風に。

        捨てられてしまった。

        その時、彼は別れ際の自分がしでかしてしまったことを後悔した。

        本来ならば、ロイはあの内乱で命を落としていたのかもしれない。

        だが、彼女への強い未練のため今、この場にまで帰ってきた。

        真実を知るために。

        これが最期の審判ならばもう、未練なんて微塵も残ってないからあの世に連れて

        行ってくれと頼んでいただろう。

        しかし、それは彼の妄想であって現実にはこんなにも胸が張り裂けんばかりに痛んだ。

        どうして、何故、そんな言葉ばかりを考えながらその場を後にした。

        自宅に着いた後なんてろくに覚えていない。

        うっすらと記憶に残っているのは雨が夜通しで降り続いたことぐらいだった。

        「元気だった?」

        少しずつ自分の方に歩み寄るが愛しくて……憎くて仕方がなかった。

        元気でいる訳なんてない。

        何故、その言葉を第一声に選んだのか正直言って燃え上がる焔が心の中にあった。

        あのロイを虜にした紅い瞳だけはあの時のまま優しさを湛えている。

        そんなキレイな気持ちで自分を見つめて欲しくなかった。

        彼はあの頃よりもどす黒く軍に染まっている。

        弱かった自分を戒めるように確実に出世街道を走っている。

        その道には誰もいない。

        彼だけがそこを通る権利があるから。

        揺るぎ無い決意がある者ならば許される通行手当て。

        今の彼はそれを所有することを認められている。

        「あのね、私、ロイに話が……」

        「話なんてない」

        「えっ?」

        目の前の女性が長く伸びた前髪から自分を見ている。

        その瞳はいつかのように揺れていた。

        あの名も知らぬ男に抱かれていた時のように…。

        ロイは彼女を浚うように腕を伸ばしたかと思えば、いきなりキスをした。

        「ちょっ、…ん!?」

        突然のことに当たり前ながらその行動に付いていけるわけもなく、は身を

        固まらせている。

        だが、そんなことを彼が許すはずもなく、その一瞬の隙を突いて後頭部と腰に腕を

        回し強い力で引き寄せた。

        「はぁ、どっ…やん…んんっ」

        何度も角度を変えて唇を味わい、酸素が恋しくなった隙間から舌を滑り込ませる。

        その間も唇に自由を利かせる事を許さない彼はそれを甘く噛んでは彼女を虜にさせる。

        「ああ、ん……はぁ……ぁ」

        繋がった部分から漏れてくる声はOFFになったサイン。

        「感度が良いな。もう、あいつとヤッたのか?」

        「あいつ?」

        ようやく唇が離れた頃には銀色の糸越しに赤い泉を潤ませていると視線が合った。

        どうやらこの濃厚なキスだけで腰が砕けてしまっているようで、ロイが回した

        腕に寄りかかっている。

        何を言っているのか分からないと言った顔をした彼女の顔が嫌で黒いローブの上から

        胸を片手で覆い、荒々しく揉み出した。

        「や、やめて……アっ」

        「いやって言う割には息が上がっているな、

        首筋にキスをしながら前歯で跡が付く程度に噛みつく。

        指で突起の感触を確かめると、すぐに鋭く尖ったのが分かった。

        この体がもう、自分ではない誰かに抱かれたかと思うと腹が立つ。

        「っ?!そ、そこはっ!」

        彼女の体を時計台の柱に凭れさせた形にして空いた片手でスカートの裾を器用に

        手繰り、一気にその中へと入り込む。

        その瞬時に体をビクっと反応させた彼女が愛しいのと一緒に何故なんだと責めていた。

        もちろんそれは、ロイの正直な感情がそうさせているだけで、頭では自分が何故

        捨てられてしまったかなんて理解している。

        答えはいつだって自分の弱さが原因だって分かっているのに、それでも

        受け入れたくなかった。

        「それでも…俺はずっとお前を想って生きてきたっ!」

        「ひゃあっ!」

        黒いためきっと地の厚い素材で作られているんだろうなと知り合った当初、が身に

        着けているローブに夏場はどう凌いでいるんだろうかと心配になったこともあったが、

        外見とは打って変わって通気性のある快適なものだった。

        「っ、ロイ……!」

        下着の上から彼女の敏感な亀裂を指で何度も擦り、今にも泣き出しそうな女性の

        顔を冷たく見下ろした。

        「濡れているな。私はそんなに巧いか?」

        「んぁ、…ゆ、指を……っ……抜いて!」

        「それともここが外だから余計感じているのか?」

        「わかんなっ…!」

        「は嘘吐きだな。こんなに体は正直なのに」

        下着の上からも分かるほどそこはすでに滑って往復する指の速さを増させた。

        こんなにも愛しているのに、彼女は自分を裏切った。

        理性も冷静さもどこかに消え失せ、今はただという存在が憎い。

        それは一方通行であって、かなり身勝手な行為だ。

        そんなことが分かっていながらもこの指を止めることはできなかった。

        「痛いっ!」

        「えっ?」

        下着の上から中へと滑り込もうとした時、柱に押し付けたままの彼女が短く叫んだ。

        その言葉は野獣と化していた彼を一括で正気に戻す。

        目の前にはうっすらと瞳を潤ませている愛しい女性がこちらを見つめていた。

        「今、……なんて…」

        言葉が思うように出てこない。

        信じたいがやはり彼も人間で、100%そうすることなんてできなかった。

        否定されるのが怖いから…受け入れられない自分を認めたくはないから…。

        先程まで胸を揉みしだいていた手のひらで頬を柔らかく包み込む。

        それが赤らむ頃泣き出した空から雫が一滴ずつ大地を濡らしたことは

        言うまでもなかった。

        はまだ処女だ。

        経験者であの場所に刺激を与えて苦しむなど極端な者くらいだろう。

        しかし、あの日に目にしたものは確かに彼女だった。

        体力的にも精神的にも疲れ果てたロイがそれでも欲しがっていた

        見間違えるはずがない。

        「はぁ、はぁ……ロイ」

        「何故だ。お前はもう、奴のモノではないのか?」

        「さっきから、奴って誰のことを言ってるの?」

        「惚けるなっ!私は見たんだ。俺が出兵から帰ってきた日、が別の男と

         抱き合っているのをな」

        彼が力を込めて言い放てば少し考えた後で瞬きを何回か繰り返してこちらを見つめた。

        「何を考えているのよ!私はあなただけを想っているし、第一そんなことをしたら

         近親相姦よ!!」

        怒りで体に力が戻ったのか彼女は拳を握り締めて天に向けて振り上げる。

        それはわなわなと震えていている。

        叩かれると思って覚悟をしていたが……。

        「っく……ばかぁ!」

        その手を大きく円を描くかのように振り下ろし、ロイの首を抱き寄せて胸に顔を埋めて

        泣き出してしまった。

        「近親相姦って………」

        事情が飲み込めない彼はその肩に恐る恐る手を触れた。

        それはいつかのように震えている。

        快感ではなく、悲しみの涙を零させてしまっていることにすっかりロイの頭を真冬の

        目覚めたばかりの朝のように冷え切っていた。

        出会った頃のようには雨が降ってはいないが、空は今にも彼女と同じく

        泣き出してしまいそうなどんよりとした雲がある。

        今度は背中越しではなく、真正面から泣き崩れる女性を抱きしめながらすまないと

        何十回も心の中で謝罪を呟いた。

        やはり、あの日からに泣かれることに弱くなっている。

        それだけでどんなにどす黒く染まってしても洗い流してしまいそうだ。

        「あの時ここにいたのは…兄なの」

        「何っ!?」

        とんでもない思い込みも良い所だ。

        あの時、この場で彼を待っている際、彼以外の誰かが近いづいてくるのが分かり、

        木々の身を潜めた。

        恐らく、その面影に見覚えのあった彼女がその青年に抱きついている場面を

        目撃してしまったのだろう。

        魔族は人間とは違って寿命が長い。

        だから、あの奇襲攻撃があったあの時外見が人間で言う12歳だったは覚えていて、

        あんなにも軍を恐れていたのだ。

        「あの日、私には4歳離れた兄がいたの。でも、家族で逃げている途中で……崖から

         落ちて…」

        彼が見えなくなってもその場で佇んでいた彼女を庇って両親はわざと捕まりに行き、

        射殺された。

        我に返った頃には無常にも銃声の音が鳴り響いた後だった。

        「アレから何ヶ月かしてこの場所までたどり着けたの。知ってた?ここ魔族の緊急

         避難場所だったの」

        無理をして笑おうとするが儚くて、強い力で支えていなければ消えてしまいそうで

        怖かった。

        何ヶ月後にたどり着いた安住の地。

        そこに待っていたのは絶望だった。

        生き残ったのは、幼い彼女しか立っていなかった。

        涙も枯れ果てた。

        先にたどり着いていた者は両親のように射殺され、酷い者は何箇所も刺されていた。

        自分達が何をやったと言うのだろうか。

        ただ、平和に過ごしていただけなのに、それが誰かの迷惑だった。

        アレから何十年も身を隠して生き、ようやく魔族絶滅説が世の中に出回った頃を

        見計らって出会った頃のように空を飛んだのだ。

        そうすることで、失われた命に会っているような気がして自分は大丈夫だと

        分かるから。

       「だけどね、あの日やっと会えたの。生き残っているのは私だけ

        じゃなかったって、っ!」

        我慢ができなかった。

        喜びを口にした唇を自分のもので覆い、腕はしっかりとした力で包み込む。

        知らなかったとは言え、に何十もの悲しみを味わせてしまった。

        それの謝罪の意も込めて彼女と一つになりたい。

        「…良いか?」

        その問いかけには黙って、顔を赤らめて頷く。

        「あ、ふっ……あぁ、ロイ…っ!」

        同意の上、の衣服をすべて脱がし、先程までの続きをした。

        下着を取り去った場所に指を滑り込ませると中は熱く、このまま溶けてしまうほどに

        心地が良い。

        動かすたびにくちゅくちゅといやらしい水音がして、背筋をゾクゾクとさせた。

        「君は本当に感度が良いな。ますます気がどうにかしてしまいそうだ」

        「あっ、あ、あ、ああ」

        「好きだ。…こんなにも人を愛したことがないほど、俺はお前に惹かれている」

        「ふあっ!?」

        下腹部の痺れで我慢できなくなった彼は指を引き抜き、力の無い脚を抱き寄せて

        熱い塊を中心へと宛がった。

        その脈打つ感覚はその場所から彼女へと伝わっているだろう。

        「力を抜いていなさい」

        「あぁっ!」

        彼の幾度も吹き上げた先走りの所為かそれともが感じてくれているおかげが

        熱いそれはすぐに成就することになった。

        「お前の中は熱いな。……それに、酷く狭い」

        「あ、イっ……あっああっ」

        繋がっているその場所から新たな痺れが生まれてきて互いにしばらくの間動けなかった。

        だが、それに酔っているほど二人は満足はしていなかった。

        彼女の背中を抱きあげると、一気にロイが彼女の中に入いる。

        「はあっ…んん、ロイっ!」

        「っ、

        膝の上に乗せた彼女の姿が眩しくて切なそうで名を呼ばずにはいられなかった。

        体中で呼吸を繰り返しているのが触れ合う肌の感触で分かる。

        それが何とも言えない嬉しさをこみ上げさせた。

        「くっ…ぅ、……はっ」

        「あ、ふぅ…っ」

        腰に両手を回して激しく動き出す。

        その刺激が得体の知れない感覚で、声にしようとすると甘い感覚が妙に痺れさせた。

        何度もこの狂おしいほど愛しい女性を下から突き上げ揺さぶっただろうか。

        「くっ……は、…っ」

        彼は何度も深いキスを欲しがっては自分に溺れていくを見ていた。

        彼女もあの真紅の瞳でロイを見下ろしている。

        息が乱れたまま軽くキスをするにしても何だか眩暈がして視界が思うとおりに

        定まらなかった。

        「君の、中は…くっ、気持ちが良いよ」

        「あ、あぁ…!」

        「熱くて、出会った頃のように濡れていて…俺を締めて……っ!」

        互いの体を抱きしめて、雨で濡れてしまっている道をひたすら駆け抜いた。

        「っ…く、……もうっ!」

        進めるたびに締め付けてくる内壁にロイは思わず顔を歪めてしまった。

        「……くっ!」

        「あっ!!」

        爆弾がの中で弾けた瞬間、無意識に愛しい女性を抱きしめる。

        白い欲望もこの強がってばかりいる自分も包んで欲しいから。

        「……愛している」

        消えかかる意識の中、吐息のようにアレから心の中で封印し続けた言葉を囁いた。

 


        「ただいま」


        セントラルから何時間か掛けて自宅に帰ってきた彼はポツリと言った。

        大して広くもない木造建築のために、ドアから数分も経たない内に誰かの寝顔と

        ぶつかる。

        しかし、それは今までが狸寝入りだったかのように瞼を開き、容赦もなく鋭い目つきで

        こちらを睨んできた。

        あれから一年後、二人は結婚をして彼女の家で暮らしている。

        薄暗い空気には慣れたが、未だに慣れないものが一つあった。

        「いい加減止めて下さいよ、お義兄さん」

        「いいや。お前のことだ、妹の寝込みを襲うかもしれんからな。俺が見張っていないと

         何をしでかすか解ったもんじゃない」

        小声で喋ってはいるが、その言葉の一つ一つに棘が刺さっている。

        自分は肉食獣の何かかと言い返してやりたいが彼の後ろのベッドで眠る愛しい妻を思う

        とそうは出来ずにただ黙っていた。

        が何年もロイと連絡を取らなかった理由。

        それは、このシスコン兄に彼のことを説得していたからだった。

        好きな人がいる時点でもNGゾーンだと言うのに、それがあの軍人ともなれば却下の

        嵐だったそうだ。

        だが、の熱意に押し切られ、可愛い妹のためと受け入れたは良かったが、

        今もこうして隙あらばと彼女と同じ紅い瞳で監視の目を光らせているのだった。

        ロイは夜着に着替えて床に就きながらあの日のことを思い出していた。

        「今、……なんて?」

        それは、いつかの帰り道、偶然、ほうきに跨った姿のと会った時だった。

        彼女は笑って立ち去ったが、確かにあの可愛らしい唇はこう言った。

        「来年の今頃は、ロイはパパだよ」

 

 

 


        ―――・・・終わり・・・―――







        ♯後書き♯

        皆様、こんにちは。

        今作は、私の友達であるめいめえ様のリクエスト『ハガレン・ロイ大佐のドリーム

        【嫉妬】』を作成しました。

        はい、もう、随分とずるずると来ちゃいましたよ。(土下座)

        ネタが複数も思い浮かんでは「これは失礼かな」と篩いに掛けましたのが、

        「Distance」です。

        今回、ヒロインを生き残りの魔女にしたのは、重たいものを背負わしたかったのと

        彼が驚くシーンを書きたかったからです。

        そして、またもや、やってしまいました瞳。(笑)

        色を紅くしたのは、単に誕生石を意識したのもありますし、一般的にも赤は人間の

        目に残る色と言われているので決めました。

        そして、最後になりましたが、今回も大変長らくお待たせしまして

        申し訳ありませんでした。

        こんな【嫉妬】をお気に召して下さると、光栄に思います。

        それでは、ご感想をお待ちしております。