First X’mas
「はぁ…」
12月23日の深夜、はばたき学園数学教師である氷室零一は深いため息を吐いた。
カウンターの上に置いたグラスを一気に飲み干せば、また、生気のない視線を木目に落とす。
友人が切り盛りをしているジャズバーに毎晩通うのが彼の日課になっているのだが、今日と
言おうか秋が深まってきてからここ最近こう言った調子であった。
普段耳に心地良いリズムが哀愁に聴こえ、誰にも気づかせないように歯を強く噛むのが癖
になっている。
そんなことは当の本人も解っているが、そうでもしていないと胸の内が溢れ出してしまいそう
で怖かった。
こんな気持ちを氷室に教えた少女が脳裏に過ぎっては、離れない。
いや、正直に言えば彼が放したくなかった。
「…ほらよ。俺のおごりだ」
頭上で声が掛けられ、空になったグラスがカウンターを滑る音が聞こえた。
「何だ?気持ちが悪いな」
「気持ちが悪くて悪いね、氷室先生。だが、こう毎日毎日ここに座ってため息を吐かれちゃ
聞きたくなるってもんだぜ」
細長いフレーム越しに見たほとんど悪友とも呼べるここ「CANTALOUP」の店主益田
義人とは、小学生時代からの付き合いである。
その腐れ縁とも言う関係もあってか彼の気持ちを把握しており、今の今まで黙って見守って
いたのだが、明日に迫ったイヴが目の前に突きつけられている現状と立場上とで客の悩みを
聞かなくてはいけない衝動に駆られてしまったというわけだ。
再び深いため息を吐いてから頭を左右に振った。
「気にするな、何でもない」
「お前がそんなことを言う時は、何か裏があるって相場は決まってるんだ。ほれ、話せよ。
客だってこんな時間に来る奴なんていないんだからさ」
「そんなことは、開店当初から知っている」
「だよな」
彼は白い歯を出して他人事のように笑う。
その天真爛漫さがこの店を今まで営業させて行っている糧となっているのだろう。
カウンターの上にある益田が置いたグラスの中では菊水がカランと音を響かせて氷が解けた。
「んっ…」
8月18日。
辺りは薄暗く遥か西の彼方には、空に解けた夕日が小さく見えた。
街を臨む丘には二人の男女がそれを背景に唇を合わしていた。
彼らのほかには誰もいなく、その事実が余計に感情を高ぶらせているのか腕は自然と力
が入ってしまう。
美術館に置かれている彫刻のように彫りの深い端整な顔立ちをしたその横顔は雪が解けたかの
ように白い。
190cm近い長身を折り曲げる形で唇を吸う姿を誰が想像することだろう。
対する彼女はまだ幼さが残る顔立ちで一心に氷室を見上げていた。
それもそのはずで、は、今年の三月までは彼の担当するクラスの一生徒であったのだ。
常の彼は「アンドロイド」ではないかと密かに噂されるほどの厳しさで恐れられている。
だが、その中でも物好きが存在し、偶に仕事帰りの鞄の中に数枚のラブレターが入っていたり
する。
氷室はそれを見つけるたびにため息を深く吐き、念のため中身をチェックしてからゴミ箱にま
とめて捨てていた。
いつだか「CANTALOUP」で勘定を済ませる時に一枚鞄の中から落ちてしまい、益田
に冷やかされたこともある。
しかし、その返事のない手紙の行き着く結末を話せば、「そんな勿体無い事するんなら俺にく
れ」と言った彼をキッと睨んだ。
いくら小学以来の親友だからと言って大事な生徒を任す訳にはいかない。
まぁ、そう言う所に恐らく女子生徒だけだと思われる学生は彼に理想を抱いてしまうのかもし
れない。
しかし、氷室はどの手紙にも答えを出さない。
それは自分で見つけなければ意味がないからだ。
盲目的に彼を追いかけている者もいれば、ほんの暇つぶしで大人の男を求めて楽しんでいる
者もいる。
諭してやるのも教師の勤めであって、こうして頑なで居続ける義務があるのだ。
だが、それも秋口からだろうかガードがもろくなり出している。
「それでは、おやすみ」
車で彼女の家まで送るのが数少ないデートの終了時であった。
「……」
しかし、この日だけはいつもと違った。
「?」
助手席に座ったまま俯いている彼女に気がついた彼はシートベルトを外し隣へ顔を向けた。
何回目かのデートのちょうど今と同じく別れ際に氷室から呼んだ恋人の証だった。
彼の中では何かと葛藤があり、このままと呼び続けるかそれともと呼ぶべきかと
悩んでいた。
だが、では今までと同じで何も変わっていない。
しかし、名前を呼ぶことには抵抗があった。
自分たちは昨日今日までが教師生徒の仲であった上に年の差が十歳ばかりある。
そんな関係の所為だろうか理屈ばかり考えていた。
だが…
「……」
クルーネックのTシャツに丘を登りやすいようにだろうか、穿いたサブリナパンツ姿の彼女
にはたくさんのことを学んだ。
無色透明だった彼の世界に裸足で入ってきた少女はいつの間にか大切な存在へと昇進した。
だが、そんな個人的な感情は許されるはずはない。
氷室はあくまでも一人の教師である。
しかし、花が咲いたような笑みをこぼすとすれ違うだけできゅっと、軋むネジが彼女を求めて
いた。
こんな気持ちは学生時代に置いてきた異物が彼の心で暴れているのだろう。
「零一さん…」
助手席のシートベルトを外すと、待ちきれない唇が彼女を捕らえた。
「んっ」
抱きしめたの肩だけでは物足りなくてこのまま助手席を後部席との架け橋のように倒してしま
いたい衝動に駆られるところでストップを掛ける。
唇が焼けてしまうくらい甘い彼女の吐息だけで理性を保つのが精一杯だった。
初めてのキスは、限られた最初のデートの帰り、誰もいないのを見計らって少女の自宅前で
交わした。
当時はあまりにも刺激的な行為に自ら口づけを求めたくせに、瞬時に離れてしまった。
彼女は瞬時の犯罪が信じられないといった顔で自身の唇を指で触っていたのを今も鮮明に
覚えている。
あの時ほど感情的な行動などない。
強いてあげるとしたらと知り合ってからの自分であろう。
この少女といると、今までの氷室零一が180度も変わってしまうような気を起こさせる。
「んっ!」
その声にわれに返ってみると、甘美な花のつぼみに唇を合わしたまま彼女の後頭部を片手で
支えて角度を替えて味わっていたことに気が付いた。
「すまない!こんな…苦しくなかったか?」
「は、はい」
彼ら二人は真面目過ぎた。
唇を求めただけでこんな会話の切り出し方を懲りずに毎度口にする。
決まって頬を微かに染めて謝罪を述べるのは彼の役割だった。
対する少女は顔を真っ赤にしてから笑うのが常である。
だが、今夜は口元に笑みを浮かべたかと思うと、「それじゃ、おやすみなさい」といつもの
別れ際の挨拶を口にしただけで助手席のドアから自宅の玄関まで小走り気味に歩みを進めた。
その後姿が次第に小さくなっていくのを見届けていると、とても心が痛む。
これからはばたき学園恒例の修学旅行へ向けての準備やらでしばらく会えないことをあの
思い出の丘で伝えた。
一瞬見せた悲しそうな表情が印象に残って脳裏からなかなか離れてはくれない。
もちろん、のことは一度たりとも忘れたことはないが、それでもこれがあの氷室零一かと疑
問を抱かれてしまうほどに負いっている。
「そうですよね。わぁ、去年の今頃を思い出すなぁ。お仕事頑張って下さいね!!」
夕焼けに染まる彼女の顔がとても儚げに思え、唇を合わさずに入られなかった。
あの日、あの時、あの場所で一緒にいたいと誓い合ったのに。
唇はの残像を覚えているまま彼女を求めている。
だが、秋口に差し掛かれば深まるほど忙しさは落ち葉のように積もっていった。
修学旅行が終われば学園祭やテストの山である。
しかも、高校三年生を受け持ってしまった教師には悲惨なことに生徒一人一人が希望する
進路に向けての模擬を用意しなければならない。
筆記もあれば面接もある中で、一人の生徒の人生が決まってしまう。
そうとまでいかなくても、重んじなければいけないのが教師の勤めであり、義務だった。
今更言うことでもないが、教師が天職だと豪語する彼は自分を犠牲にしてまでも自分に教えを
請う学生たちを何とかしてやりたいとより一層力を入れたことは言うまでもない。
「はぁ…っ!?」
思わず益田がいる前でため息を吐いてしまったことに気づき、口を掌で押さえたが、それは
後の祭りだった。
他に何かを作るとしても軽いつまみ程度で、厨房は敢えてうなぎの寝床である。
だから、当然のことながら今、目の前には彼がしてやったりと言う風な表情でこちらを見下
ろしているわけだ。
「ほれ、やっぱり、俺の言うとおりじゃないか。話せよ、こう見えても客のお悩み相談は良
く受けているんだぜ」
「ここがそんなに客受けする店とは思えんが」
「だよなって皮肉言っている元気があるなら彼女をクリスマスデートに誘えよ」
「知ってたのか!?」
「おうよ。一体、何十年零一の親友をしていると思っているんだ?」
こみ上げる笑いを口元に湛えながら一枚のチケットをカウンターに置いた。
それは、「CANTALOUP」のクリスマスイヴに催される現役音大生のジャズリサイタル
のチケットだった。
「ちゃんの分は俺がおごってやるからお前の分は自己負担しろよ」
「……いや、チケットは二人分俺が買う。酒はお前に貸しを作ったからな」
もう、迷わない。
彼女にはしなくてもいい辛い思いをさせてしまった。
一流大学は今日から冬期休暇に入ったと風の噂で聞いた。
朝になったら、モーニングコールと共に、久しぶりのデートに誘おう。
財布から今日の勘定とチケット代を支払うと、自然と口元に笑みを含んでいるのが解った。
こんな感情は今までどこに眠っていたのだろうか、ここ最近の彼には微塵もなかった。
やはり、は不思議な少女だ。
半透明な氷室零一の中でも生き続けただけでなく、気づいたら彼のすべてを変えてしまうのだ。
普段目に優しい程度の照明が何故だか眩しくて益田は目を細めてレジから出てきたおつりを
手渡す。
こんなにキレイな表情を見せる客は何度も見てきたつもりだった。
店主をしていると、自分のことよりも他人の幸せを見たくなる癖が付いてしまう。
かと言って過剰にはならない程度がなかなか技巧が必要とされた。
だが、こうして重たい気持ちを引きずってやってきた客が新たなる羽を手にしてベルドアの
外に飛び去るのを見送っていると、この商売も捨てたものではないなと、疲れも笑みの中に
消えてしまう瞬間が彼にとっては至高の瞬間に感じられた。
「Good luck!」
一人残った益田は先程まで氷室が座っていた木目のカウンターに折れた羽根を見つめながら
独り言のように呟いた。
店内に響くジャズの音色がどこか物悲しく聴こえてしまうのは伴奏者の気持ちがピアノの
旋律に溶け出してしまうのだろうか。
大して広くもない「CANTALOUP」のあちらこちらには一体どこから集まってきたのか
と不思議になってしまうほど客で賑わっている。
これはもはや、「類は友を呼ぶ」の方式でとしか考えられなかった。
ただ、これだけいると、鼠算も良いところである。
だが、いくら数学教師だと言えども久しぶりのデートを無視して仕事熱心することなどしない。
昨夜、二人きりだったこの店で購入したチケットで早速、彼女の携帯電話に連絡を入れた。
約四ヶ月ぶりに聞く受話器越しのはやはり緊張しているのか、声が上ずっていた。
その可愛らしさに一層の愛しさを募らせる彼も鼓動が妙に高鳴ってしまって思った言葉をなか
なか口にすることが難しかった。
ようやく彼女をクリスマスデートに誘ったのはそれから30分後である。
受話器越しの少女よりも一回り近くも違うというのに、彼女はそんな現実さえも無視させてし
まう。
今でははるか昔のように感じている胸の内だって再起動をさせている。
歳を取るということは悲しいことで、「諦め」というのを平気で用意してしまう。
しかも、それが大人の美点でもあるから性質が悪い。
だから、お気に入りのカウンターの席に彼女と一緒に腰を下ろしている氷室も以前、諦めよう
としたことがあった。
それは、小さいけれどもどんなに風が吹いても消えない灯火だった。
「素敵ですね…」
「あぁ、そうだな」
普段聴きなれないであろうジャズのメロディーにが目を輝かせたまま隣に座る彼にため息のよ
うに呟いた。
すっかり気に入ったようだ。
頬を蒸気して見つめる先のグランドピアノには一人の青年がとても耳に心地良い旋律を奏でて
いる。
さすが現役音大生、とでも言うべきであろう。
聖なる夜を飾る前夜祭としては素晴らしい音色である。
だが、氷室には一つ気に掛かることがあった。
その火種ははじめ消え入りそうな弱いものだったのに瞬時でそれは静かに燃え滾る焔と化した。
(何を考えているんだ…俺は)
見ないフリを決め込むが、それはすべてを燃えつくす勢いですべてを朱の中に包み込む。
カウンターの上にある10%割引されたレモネードを備え付けられていたストローを使わず、
一気に飲み干す。
情けない。
自分はあの名の知らない青年に嫉妬をしている。
旋律で掻き消されたグラスをカウンターに置いた衝撃が波動となって心に響いた。
だから、彼女には当たり前に聞こえない。
自分だけの空白な世界。
そこはいつも一人の少女を求めている。
彼女がいなければ色を持たない世界。
それは、結局は大人特有の「諦め」の一種なのかもしれない。
だが、それでもは笑ってくれるから。
「」
「え?……んっ!?」
彼は瞬時に厨房や店内を見回して彼女を呼んだ。
その愛しい名を。
益田は場を読んだのかそこにはいなかった。
店内の客達も薄暗い照明で良くは見えないが、恐らく彼しか見えていないだろう。
氷室は頬を上気したままこちらを向いた瞬時に顎を細長い指で固定をすると、キスをした。
今までの彼だったら、こんな公の場で口づけを求めることはしない。
しかし、感情的になった一人の男にはもはや、どうでもいいことだった。
「ん、っ……はぁ」
右手で顎を捉え、左手で少女の後頭部を覆った。
それは、あの8月18日の続きだった。
久しぶりに味わう彼女の唇はあの頃のまま氷室を誘惑する。
甘く…優しく…。
そして、酔わせる。
「零一さんっ……」
唇を一端離せば、自分を呼ぶの声で高揚する。
瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
それが又、氷室を逆撫ですることとは知らずに。
パチパチパチッ!!!
「っ!?」
二人が薄いすだれ越しで向かい合っていると、いきなり拍手喝さいが耳に入ったかと思う
と、次の瞬間、店内の照明が一成に元々の明るさを取り戻した。
通常目に優しい程度の光しか放たないのだが、暗がりに慣れてしまってはただの太陽に
過ぎない。
人々が目を閉じるであろう一瞬を見計らって二人は離れた。
だが、その頬は赤く先程まで何をしていたのか容易に察することができる。
まだ彼の鼓動は速く脈を打っている。
きっと、も同じなのだろうと考えると、なかなか気恥ずかしいものである。
「長らくご清聴頂きましてありがとうございます。さて、私の曲の方は先程のもので終了とさ
せて頂きますが、どなたか一曲如何でしょうか?」
中央のグランドピアノで演奏していた青年はイスから立ち上がると、辺りをゆっくり見回した。
今まで彼が座っていた席は普段氷室専用である。
だが、これといって執着心はなかった。
ここはジャズバーであって誰でも自由にこのピアノに触れることができる。
ただ、彼はその回数が多いというだけだった。
手を挙げる気などさらさらない。
先程の件が氷室に意地を張らせた。
しかし…
「はいっ!」
「っ?!」
彼女は彼の手首を掴むと、頭上に持ち上げる。
一瞬の出来事で力が抜けてしまっている掌が何とも情けない。
しかも、愛する少女に掲げてもらうなど男が廃るといったものだ。
「分かったから離してくれ!」
小声で叫ぶが本人は楽しそうに笑うだけで実行を試みてはくれなかった。
「はい、そこの方。どうぞ、こちらにいらっしゃって下さい」
店内に良く通る青年の声が観客の視線を氷室へと走らせる。
掴んだ手と手。
自分のものよりも小さな少女の掌がほのかに温かかった。
「零一さん、私、あの人よりもあなたのピアノが聴きたいんです。零一さんがいつも楽しそう
に笑ってくれるから」
「……」
そこには、約四ヶ月ぶりの彼女の微笑があった。
「零一さんはどうしてピアニストにならなかったんですか?」
信号待ちの車内でそんな一言をポツリと口にする。
白のロングコートを羽織ったは、こちらを向いたまま目を逸らさない。
氷室は軽く考えてから彼女の方に視線だけを向けた。
「は俺にピアニストになって欲しいのか?」
「そうじゃないですけど、何であんなにピアノが上手いのに先生になったんだろうって
思って」
確かに、彼自身も考えなかった訳でもない。
ただ、自分は幼い時から両親の背を見て育った。
だから、ジャズもクラシックも弾けることは当たり前なんだと考えている。
しかし、0か1かそれが全てだった氷室は迷わず教師の道を選んだ。
ただそれだけの話だ。
「特に理由はない。だが、教師が天職だと選んだから今がある。ただそれだけだ」
信号が青になり、動き出した車内は静かだった。
少女は流れる景色をじっと見ている。
その瞳の奥で何を考えているのか、時々寒々とした色に染まることもあった。
「着いたぞ」
いつもの家前。
それは、この久しぶりのデートの終盤を指している。
「?」
彼女は身動き一つしない。
それは、あの日のリプレイだった。
少女はやはり、悲しそうな顔をしている。
「…」
再び彼女の名前を呼ぶ。
シートベルトを外し、助手席の少女を抱きしめた。
あの日、あの時、あの場所で……。
「寂しかっただろ?」
抱きしめたまま言う氷室もそうだった。
ささやかな幸せでもに逢える、それだけで良かった。
だが、そんな小さな願いも時は叶えてくれない。
彼女はまだ歩き出したばかりの未成年だ。
こうして夜中に誘い出すマネはできない。
「はい」
蚊の鳴くような声を出したかと思うと、自分を抱きしめる彼の胸に顔を埋める。
ヤダ!
ソバニイテホシイ…
あの時、少女の背中に感じた言葉は彼の心を鷲掴んだ。
助手席のシートベルトを手際良く外すのと同時にドア近くにある紐を引っ張る。
「えっ?…きゃ…」
数秒の空中浮遊の後、彼女の体は後部座席との架け橋になっていた。
「、愛している」
もう、限界だった。
彼女に覆い被さり、唇を求めようとした。
「まっ、待って下さいっ!」
だが、それは未遂に終わった。
彼女の声が先程とは違って静かな車内に響いた。
その事実に自らも赤くなり、どうするべきかを視線で探している。
「どうした?」
極度に動揺させないように努めて優しい声で聞いた。
本当は自分がこの少女に嫌われてしまったのではないかとびくついているくせに。
「あのっ……私今日、独りなんです」
精一杯の声がなんとも可愛らしい。
宥めるようにの頬にキスをする。
柔らかい弾力がますます氷室を昂ぶらせた。
「ん…だから…だからっ……私の部屋に来ませんか?」
「あ、あっ…」
誰もいない闇の中、生まれたままの姿でじゃれ合っている男女がいた。
遠くから聞こえてくる生々しい水温が徐々に二人の意識を昂ぶらせる。
眼鏡を外した氷室は理性を失っている野獣としか思えないほど普段の彼とは別人だった。
自分で脱ぐと言った赤いパーティードレスのファスナーを何の躊躇もなく下ろす。
自らもグレーの上着を床に落とし、ネクタイも慣れた手つきで情けない音を立てて外した。
「はっ…いつもの、あっ……零一さんっじゃないみたい」
首筋に赤の刻印を施し、体中を愛撫する。
体中で少女を一人の女性にしたい。
自分だけのに……。
それは、彼の身勝手な欲望だろうか。
「っ、愛してる……愛してるっ」
両の手のひらで二つの丘を揉む。
そこは、やはり温かかった。
「ん……あっ、アッ!」
彼女の手のひらや笑顔のように温かいその感触を脳裏に焼きつけてから頂を口に含んだ。
「あぁ…やっ、やぁ」
いつか味わったことのある感触を十分に舌で弄ぶ。
潰したり甘噛みすればするほどに形を鋭くさせた。
そんな当たり前のことさえも氷室は嬉しかった。
自分を体中で感じ取ってくれている。
ピンクのシーツを掴んでいる両手はベッドメイクが必要なほど皺が寄っていた。
「零一さ、…あぁ」
頬に雫を幾筋も流す彼女は既に一人の女と化している。
そうさせてしまったのは、教師の身である氷室零一だけだ。
愛を確かめ合うかのように唇にキスをした。
乱れた呼吸で交わす口づけは眩暈がする。
だが、それはまるで悪い酒かのように何度も味わいたくなる衝動に駆られた。
「くっ……痛いかもしれないが我慢してくれ」
力が入っていない足を別け入った彼自身も今まで感じたことのない感覚に襲われ、思わず瞳
を強く閉じてしまう。
「あ、そこは……っ」
氷室の視線に気がついた彼女は目のやり所に困って瞼を強く瞑った。
「くぅ……っ」
「痛っ、…ぁ…アッ!!」
昂ぶった氷室が彼女の中に侵入していくのと同時に、の背が反り返る。
先程まで味わっていた頂は天を仰ぎ、その不自然な姿勢が腰を動かす速度を増させた。
「あ、…やぁ」
「うっ」
初めて女性の中に自身を沈めたは良いが、あまりの狭さに表情を歪めてしまう。
しかし、ここで抜き差しを繰り返すほど二人にはもう、余裕はなかった。
「…あぁ!!」
甘い言葉を飲み込むように喉を鳴らして唾を一つ飲むと、の中にいるもう一人の
氷室零一が何かを吐き出した気がした。
「ねぇ、零一さん。本当に良いんですか?」
正座をする彼に隣で同じ姿勢をする彼女は訊ねる。
12月25日。
朝早くに見送られて後にした家を再び氷室が訪れたのは、昼時を過ぎた頃だった。
和室に通された彼はこうして家の大黒柱である彼女の父親を待っているのだ。
その理由は、ここに書き記すのは、やぼと言うものだろう。
「…もう、これからは一人にはしない」
♯後書き♯
皆様、こんにちは。
今作は、私の友達であるめいめえ様の「初ときメモGSクリア!」記念に作成しました。
本当はずっと前にこのお知らせをして頂いたのですが、本当にupするのが遅くてすいま
せん。(土下座)
それにしても、今回はなぜ12月23日とか8月18日とか日付設定をしているかと疑問に思われた
方もいらっしゃることだろうと思います。
まず、12月23日それも深夜というのはその時間に私が書き出したということです。
もっと早く作業したかったのですが、本業の方でまとめなくてはいけない締め切りがあったり
でこんな本番前に作業してしまいました。
そして、8月18日というのは私自身ヒロインのようにこれが最後だと思った一日だからです。
まぁ、どちらも印象に残った良い日でしたね。
それでは、最後になりましたがめいちゃん本当に初ときメモGSクリアおめでとう!!
そして、メリークリスマス!!!