愚者たちの鎮魂歌

      …春は、死んだ。

      四月がやってきた関東は暗闇に閉ざされ、いつもは地を照らす琥珀色の月も何処にもいない。

      今日は、18時過ぎに予報通りの雨が降り始め、一時間が経過した今もまだ空は泣き

      止まない。

      風は真冬ほどではないが、やはりまだこの季節に成り立てのものは水気を含んだ所為も

      
あってか、体を凍らせてしまうのではないかと心配になるくらい寒い。

      だが、吐く息は白く濁らず空気の中に溶けていってしまう。

      それは、あたかも置いていかれたような妙な気分にさせる。

      入学シーズンを過ぎた桜は既に花びらをアスファルトの上に散らしてしまい、残されたのは

      そ
れすらあった事を忘れたかのような青々とした葉が生まれたばかりの試練を受けていた。

      樹の下に無残にも証を残している。

      ポツポツと、水の筋が地上のものすべてを濡らしてしまおうと考えている中、一人だけ

      その体
をどうぞと言うように投げ出している人物が歩いていた。

      身に着けているものはおろか、首に長く伸ばした髪もトレードマークの伊達眼鏡さえも

      すっか
り雨垂れに打たれて雫を落としている。

      時間も遅い所為か、歩いているのは彼しかいない。

      まぁ、今、この人物を他人に見られるのはさすがにヤバイだろう。

      「雨にも負けず」と言うような精神に映ったら良いのだが、彼は全くそれから逸脱する。

      口には、水気を含んでもう煙を吐き出す事は叶わないのに咥えているタバコ。

      そして、頬にはこの寒さにも関わらず赤みを帯びていた。

      それは、よく見ると、小さな手の形がくっきりと浮かび上がって腫れている。

      しかし、彼は……忍足は、ただ歩き続けた。

      さすがに眼鏡が曇ってくると外し、それ以上にぐっしょりと濡れたジャケットの胸ポケットに

      
突っ込んだ。

      たっぷり雨に濡れて重たくなった前髪をかき上げる。

      やはり眼鏡を外し、髪型を少し変えただけでも別人のように見える。

      普段でもそうだが、こうすると格段に大人の魅力がある。

      氷帝学園中等部を卒業してから早八年目の春だ、それが上がるのは仕方がないことだ。

      無表情の口元に久しぶりの笑みを含むと、ただ一点を目指して歩き始めた。

      不器用な想いを伝えるために。

      「さよならっ!」

      「……」

      仕事帰り、自宅のドアを開けるのと同時に頬に刺激が走った。

      四月も半ばに入ったとはいえ、夕暮れ時は寒く人肌が恋しくなる。

      だが、そんな空間を切り裂くような音は短く響き、それを実行に移した本人は唇を血が出る

      
ほど噛みしめて出て行った。

      空には重たい雲が幾層も連なり、今朝の天気予報を予言に変えようとしている。

      一端は、鍵を開けた自宅のドアを閉めてそれに凭れかかり天を仰ぐ。

      やはり、自分が眺めた空は先程とは変わらず、ただ強風に呼ばれるままに雲の数が増えていく

      ばかりだった。

      「……俺って、最低やな」

      身震いがする。

      確かに、今、全身を通り過ぎる風は寒い。

      しかし、それとは違った鋭いものに抉られたような気分に襲われている。

      吹かれるままの髪は後ろに靡いたかと思えば、自慢の伊達眼鏡を狙い目の前は空と違った

      蒼になった。

      目が、心が重たい。

      今まで相手に嘘を吐きとうしてきた自分とその自分を押し殺してきた自身が憎かった。

      でも、それならアノ時どうすれば良かったのか。

      道を誤った時点から狂いだしたのか。

      この選択をすれば、自分は幸せになることを望んでいたのか。

      今、思えば、すべて愚弄できる。

      頬はまだ衝撃を覚えていて焼けるように痛い。

      けれど、本当にそう思っているのは彼女の方だろう。

      これで良かったんだ、と忍足家を飛び出す前に見せた涙をこの天気よりも早く零した雫を頬に

      伝わせながら。

      彼女のことは本当に好きだったし、結婚の事も考えていた。

      だから、同棲だってしていた。

      …なのに、自分はそれを認めていたくせに心の中では拒んでいた。

      最低な男だ。

      「なぁ……自分もそう思うやろ?俺はずっと自分のことを忘れられへんやったなんて、な」

      目の前にはいない人物に対して呟く。

      脳裏に描かれるのはどれも中学時代のもので、あの頃から動き出せない原因を再確認して

      
いる気分になって笑えた。

      それに答えたかは判らないが、空は何も言わず泣き出した。

      八年前の卒業式。

      氷帝ではそのままエスカレーター式に高等部に進学する者が多く、この時期に泣くのは

      
この時代と別れることか新しい人生が始まる事くらいだった。

      その中にはあの彼女もいた。

      「そんな泣きなさんな。可愛えー子には涙は似合わんで」

      ズボンのポケットに忍び込ませて置いたアイロンの掛かった鶯色のハンカチを差し出した。

      「侑士君は悲しくないの?……っ……もう、あの人とは会えなくなっちゃうのに」

      「だからって、俺の代わりに泣かへんでもええんとちゃう?ほんま、自分はええ子やな」

      「茶化さないでよ!

      「……もう、ええんや」

      気持ちを押し込めたまま、まだ泣き止まぬ彼女の唇に己のモノを宛がった。

      確かに、好きだった。

      彼女は東京に来て初めて知った許婚。

      最初は戸惑ったが、いろいろとお互いを認め合う度にその色は変わっていった。

      これが、普通なんだと何度も自分に言い聞かせて…。

      「あの人」、それは、あの青学三年の不二周助だった。

      こんな恋は普通じゃない、と理解しているのに、彼のことを忘れられなかった。

      同じ「天才」と呼ばれている人物。

      それはどんな視野で見ているのだろうか、と一度話してみたいと思っていた。

      関東大会で見た不二は自分の弟を倒した芥川と戦い、1-6で見事敵を討った。

      彼は自分と同じ勝負事には執着を持っていないと思っていた。

      それなのに、あんなにも必死になるとは予想外だった。

      自分も不二のように何かに燃える事があるのだろうか。

      だが、結局は、全国でも彼とは当たることもなく、試合にも敗れてしまった。

      あの「青い瞳」と会うこともなければ向けられることもなかった。

      彼女はその事を知っていて、忍足のことを好きになった。

      だから、こうも自分のことのように彼の心を察して心を痛めてくれているのだろう。

      そんな優しい少女を好きにならないはずはなかった。

      しかし、心の中ではまだどこかに引っ掛かている事に無視できるはずはなかった。

      だから、あんなに好きだったテニスを辞め、家業の医師を継いだ。

      中等部時代の仲間からは何度も引き止められたが、彼はいつもポーカーフェイスで

      断ってきた。

      寝る前、伊達眼鏡をケースに戻す際に薄く映った自分の目をじっと見たことがある。

      こんな自分はどんな風に映っているのだろうか。

      だが、どんなものとは大して変わらず、そこにはただの何十年も見慣れた自分の瞳がある

      
だけだった。

      この世の中に神と言う人物が存在するとすれば、随分と酷な性格をしているのだろう。

      あの時点で自分の頭の中から不二周助を抹消してくれたのなら、きっと、こんなに苦しまずに

      済んだし、彼女を傷つける事もなかった。

      (ごめんなっ……ごめんなっ)

      何度心の中で謝罪をしても足りない。

      それくらい自分は酷いことをしたのだ。

      彼もこんな自分を見たらきっと気分を害するに違いない。

      実際、大して話したことはないのだ。

      そんな人物がいきなり昔の対戦校のレギュラーと会ったとしても懐かしさに入るか入ら

      
ないかの微妙なラインだろう。

      それでも、この足を止めないのは彼女への鎮魂歌だった。

      少しだけでも確かに自分には彼女が特別だったと言う事実があるからその結果を知らなければ

      ならない。

      それが……どんな辛い事であっても。

      たどり着いたのはとあるテニスコートが付いてある施設。

      小学生からテニスを続けていた不二は今ではプロの仲間入りを果たしている。

      この前、入院患者の病室に検診に行った時、備え付けのテレビでインタビューを受けている

      のを見たことがあった。

      もし、あのままテニスを続けていたら。

      もし、あの時彼に告白をしていたら、何かが変わっていただろうか。

      あれからずっと振り切って悩みがふっと湧き上がって来ては虚無感の中に溶ける。

      広い門を通り抜け、分厚いコンクリートで固められた建物の中へ入ろうとすると、耳に

      
聞き慣れた音が聞こえた。

      ビュッ!

      それは懐かしいボールを打つ音。

      「!?」

      八年ものの歳月が経ったとしてもこれを聞いてしまうと、やはり、じっとしていられないのが

      あの日々に得てしまった癖だろう。

      こんな雨の中、普通は練習などしない。

      しかし、この音を発した主はそんなことにはお構いなしのようで、白い息を吐きながら

      
こちらに戻ってくる黄色い球体の方をずっと見続けている。

      気温は太陽の光を失った夜と一緒に湿気を帯びているため、10℃を下回っている。

      体中にまとわり付いているものは、滴り落ちる雫とも汗とも判別が付きにくい。

      繊細そうな肌から顎に向かって幾筋も流れては不二が呼吸するたびに震えて落ちた。

      それは、まるで当てもない涙のようにも思える。

      彼の目線の先にはコート同じ色の柵がある。

      だが、それとは全然違う誰かを見ているような気がしてならなかった。

      これは自分勝手な解釈であって本当の答えではないと解っているのに、頭は理性を

      捨ててしまう。

      「不二っ!」

      「っ!忍足っ!?」

      ガシャン!

      いきなり呼びかけられて体制を崩すとすぐに行き場を失った黄色い咆哮がフェンスに

      
ぶつかり、軽い音を立ててコートを跳ねた。

      二人の間を雨音が妙に耳に入る。

      本人は会ったもののこれからどうすればいいのかなんて悠長に考えなかった。

      忘れられていると思っていたからだ。

      なのに、彼は躊躇う事もなく自分の名を呼んだ。

      「俺のこと解るん?」

      牢獄のドアを抉じ開け、八年ぶりの彼の傍に歩み寄る。

      「解るのかって、君、忍足だろ。もう、伊達眼鏡はやめたの?」

      相手は今まで練習中だった所為もあってワンテンポ遅れて憎まれ口を叩いて来る。

      それはあの頃と何ら変わりなくて、心地良い。

      「アホ。誰がやめんねん。俺のチャームポイントやで」

      「相変わらずだね」

      「お互い様や」

      その深みがありそうな笑顔はアノ頃とは全く変わらない。

      唯一変わったとすれば自分と同じようにはぐらかすことを楽しんでいたのに、今では全てを

      肯定していることだ。

      それが嘘でさえ。

      「ねぇ、何で辞めちゃったの?テニス」

      「知っておったんか」

      不二がそれを口にするとは意外だった。

      中等部時代の仲間ならまだしもこんなに早く噂が広がるとは思っていなかった。

      しかし、彼はあの時と変わらぬ笑顔で頷いている。

      「うん。忍足は「氷帝の天才」って言われていたほどだからね。君がテニスを辞めて

       
家業のお医者さんを継いだ時は凄い勢いで噂が広まったよ」

      まるで、彼の心の中をお見通しなような語り口調だ。

      「ふっ、昔の話やそんなん」

      「僕はそう思ってないよ」

      「……」

      「戻っておいでよ。みんな待って」

      「「みんな」って、その中には自分も入っておるんか!?」

      「え」

      再び、耳元に雨音が返って来た。

      目の前にはあの瞳が見開かれている。

      雨で濡れた顔に妙な色気を漂わすあの魔性の色が、今、自分を見つめている。

      「もしかして、それがテニスを辞めた理由?」

      勘が鋭い不二のことだ。

      しまった、と思っている彼の気持ちなんてもう、解ってしまっただろう。

      「そーや!どや?幻滅したやろ。自分のことが忘れられへんで一人の女を傷つけてしもうた

       最低な男やからな」

      もう、こうなればヤケだ。

      どんな言葉が漏れたとしてもこの雫の所為にしてしまおう。

      だが、そう発してから不二に背を向け、後悔の念に苛まれる。

      想いを伝えるはずだったのに、八つ当たりに来たはずではないのに、この雨の寒さで気が

      どうにかなってしまったのだろうか。

      こんなお子様な告白なんて受け入られるはずがないのに。

      しかし……

      誰かが近づく気配がして振り返ると、不意に抱きしめられた。

      それは、すべてを包んでしまうほど優しい。

      「ううん。僕はそう思わないよ」

      「不二!?」

      「ねぇ…ちゃんと言ってよ。僕のことが好きだって」

      ぎゅっと、抱きしめられる腕の力が強くなる。

      密着している体には明らかに自分とは違う鼓動が伝わってきた。

      「僕だけをずっと想っていたって」

      雨に濡れてすっかり冷めてしまったお互いの体は思い出したかのように熱を突然発し、

      煩いくらいに心臓が脈を打ち出した。

      胸に押し付けたまま言う彼がとても愛おしい。

      だから、自分も真実を口にした。

      「好きや……めっちゃ、自分のことが好きやっ!」

      まだ雨が降り止まない。

      この天候の所為か誰もいない廊下に濡れた靴音を響かせ、三階の一室に入った。

      「んっ」

      扉に鍵を掛けると、それを背にして互いの唇を貪り合った。

      最初は冷たかったが、次第に湿り気を帯びて熱を発し出し、それは二人の顎にイヤらしく

      雫を垂らした。

      「っ…はぁ…」

      絡み合った舌から解放された不二はため息とも吐息とも判らないものを口にする。

      白いポロシャツの袖から忍び込ませた手をわざと肌を這わせながらボタンを一つ開けた

      襟首から出して彼の火照った頬に触る。

      「不二、愛してるで…」

      「あっ」

      こっちに向かせた形になった彼は鳥肌が立つくらい艶かしい。

      きっと、初めてであろう激しい口づけに溺れそうになったのだろう。

      瞳の端に煌く粒が不二の魅力を増している。

      「あ、忍足っ…」

      絡めた舌の先を繋ぐ銀の糸が何だが煽っているように思え、もっと彼が欲しくなる。

      唇を何度も確かめ合っているのを見計らってポロシャツの中に忍び込ませた手を中に引っ込ま

      せ、指の腹で小さな突起を擦った。

      「あっ!?」

      その途端に不二の体が震え、喘ぐ声がこちらまでも緊張させる。

      「……っ」

      手探りで彼の体を愛撫しているため、当然肌を這ってしまうのだが、その度に声を殺し

      ているような物音が少年を一人の男にした。

      「あ」

      不二の細い首筋に噛み付き、二人だけの傷跡を刻み、胸の突起を弄んでいた手を性急にも

      下半身に伸ばし直に昂りを掴む。

      「んっ…」

      それは嬉しいほどに濡れていて感触からしても仰ぎ向いているのが判る。

      「あっ、ぁ」

      「気持ちええ?」

      淫らな感触と音が互いを煽り、刺激を自然と選んでしまう。

      彼の自身を握り締めた掌は白濁とした想いが次から次へと滴り落ちる度に部屋中にイヤらしい

      音を木霊させ、感覚が湿り気を帯びてくる度に逸る気持ちを抑えられず
に喘ぐ口を獣の

      ように貪った。

      「もう、ええやろ?」

      「あっ…忍足っ」

      だが、吐息を吐くのに精一杯なのか、一向に言葉は返ってはこない。

      いつもは自慢の伊達眼鏡もこんな時はさすがに掛けていなくて良かったと、思った。

      顎に伝う不二の唇から溢れた唾液を舌先で拭い、軽く啄ばむとそれをバネに抵抗力がなく

      なった下半身から下着ごとジャージを下ろしテニスシューズと一緒にその場に脱がせる。

      既に自分を支える事も難しくなった青年の体は前屈みに彼に倒れ込む。

      しかし、忍足はそれを知っていたかのように直前に抱き上げ、素足の感触と床をポタポタと

      犯す欲望にまだ下着の中で首を持ち上げているであろう分身を突き立てたくて震えた。

      「んっ」

      胸に抱き上げられている彼がそう呟くと、こちらに蒸気した頬と同じ色をした唇を半開きに

      差し出している。

      キスを催促するのも随分うまくなってきた。

      「っ……んんっ…」

      だから、その答えに全身全霊を掛けて応えてやりたくて口内で舌をじゃれ合わせた。

      暴走気味の自身の中に眠っていた咆哮を抑えながベッドの上に出来るだけ優しく寝かす。

      「愛してるでっ……不二」

      それはまるで不意打ちだったようで、すっかり熱くなった不二の胸板に首筋と同じく

      強く吸う。

      唇を寄せると見た感じより遥かに解る早い鼓動がまるで、こちらを急かしているように思えて

      彼にバレないように声を殺して笑った。

      裸の肌だからこそ直に伝わる気持ち。

      体中の血管が狂ってしまっているのはこちらとて同じことだ。

      上半身だけ服を着ている淫らな姿に今更緊張してきた。

      だが、「やめるか?」なんて言わなかった。

      それは単に思考回路がショートしただけか、それとも……。

      「っ…やぁ……あっ!」

      力が無くなった不二の股は簡単に開けた。

      股間に顔を寄せると、何のためらいも無く空を仰いでいる雄蕊に舌を這わせ頂の窪みをその先で

      軽く突付く。

      今にも何かを噴出しそうな彼自身は湿り気を帯びていても鋭利な刃物のように硬い。

      ただ違うと言えるのは、それは濡れていて自分を欲しがっているということだろう。

      不二が目に輝くものを次から次へと頬に零しているのを見て、先走りを舐めていた舌をその

      口内に差し入れ自分の味をさも確かめさせるように念入りに攻める。

      絡み合う力が強くなれば強くなるほど欲する気持ちが大きくなる。

      自分とは違った吐息が股間から聞こえてくる事に対してか赤面した顔を両手で瞳を覆っている。

      それは衝動に流されないために理性を抑えているのかのように思える。

      だが、そんなことを彼は許すはずはなく、元々力の入っていない腕だ。

      容易に手首を掴むだけで乱れた白いシーツの上に下ろしたまま指を絡めた。

      遊びではなく、確かな愛情を刻んでいることを彼に解って欲しい。

      しかし、それは完全なる愚問のようで上体を起こすと、美味しいキャンディーを舐めている

      子どものように自身を貪り続ける忍足の後頭部を抱え込み震える手でその背を撫でた。

      それは、これから起きることを予知しているようだ。

      彼の長い指が粘り気を帯びて自分の体の中に侵入してきたと言う変な気分に残っている理性が

      悲鳴を上げても涙を流すだけで大した否定はしない。

      それは肯定とも言える。

      「ひっ!……おし…そこ…やっ」

      「いやや言うわりにはよう腰動かすな」

      艶かしい粘り気を帯びている不二の中は熱い。

      このまま彼の一部になってしまいそうだ。

      しかし、そう思った瞬時に指を抜き取り、既にジッパーを下ろし掛けている己を取り出し

      勢い良くそこに突き入れた。

      「っ……感じてるんか?そないに反応がええと…何や照れるわ……っ」

      締め付ける肉壁がきつくて思わず吐息が余計に漏れてしまう。

      それは、今まで受け流されていた不二の仕返しのようだ。

      だが、それに怖気づくほど忍足は聞き分けが良い男ではなかった。

      「そうか。ほな、……もっと……せなあかんな」

      抜き差しを繰り返す度に犯される脳裏と部屋。

      艶かしいシルエットがベッドを強く揺らす。

      される動きから生まれる「する動き」が明確になるほど愛しくなり、もっと乱れさせたくなる。

      そんなのは自分のエゴなのかもしれない。

      だから、もっと確かめたくなる。

      忍足侑士と言う人間は彼にとって必要なのかどうかを…。

      吐息を整え、まだ痙攣している背中に視線を向けた。

      今、不二の体の中には自分の放った欲望がいる。

      それが行き場のない想いを表していたとしても後悔などもう、しない。

      八年間の時を超えてやっと繋がった真実があった。

      初めてお互いが知り合ったあの日、彼は大して意識はしていなかった。

      卒業後、忍足がテニスを辞めたことを聞いて一度自宅の前まで来た。

      何故、コート上を自ら退いたのか。

      どうして、自分と試合することを諦めてしまうのか、その理由を知りたくて。

      しかし、不二が見たものは一瞬で、がらりとその疑問を崩れさせる威力があった。

      桜の花がアスファルトの上に落ちてしまった夕闇、全てのものが黄昏に染まる頃、自宅に

      戻ってきた彼を出迎えたのは同い年くらいの少女だった。

      初めは兄弟だと思い込んで、一歩踏み出そうとした時、二人は何の躊躇いもなく玄関先

      でキスをした。

      涙が出た。

      忍足のことを信じていた自分がバカだったんだ、と勝手な理由をつけて笑った。

      つまり、彼と知り合ったことで既に恋に落ちていたのだ。

      何故、あの時気づけなかったのだろう。

      中学時代の自分は嫌になるほど子供でまわりのことを考えることなんてできなかった。

      だから、一番気づかなければならないことに目を向けられなかったのだろう。

      どうせならば、このまま知らずにいられれば良かったのに、と何度も後悔した。

      だが、酷な物でその度にこの想いはますます強くなる。

      雨に濡れていると、自分と同じように泣いてくれている気がした。

      そんな思い込みは勝手だと知りながらも、この重苦しい天気が好きになっていた。

      ブラインドの隙間から外を見てみる。

      ボーダーラインにはあんなに泣いていた空がすっかり止み、今ではその跡形もない。

      小さく千切れた雲の中に丸いシルエットがある。

      良く目を凝らして見ると、それは白い影から姿を現し、雲の縁を照らし始めた。

      「なぁ、不二。起きれるか?」

      「んんっ」

      乱れた髪にキスを落とす。

      空に浮かぶ満月はただ、煌々と照っている。

      ―――・・・終わり・・・―――

      ♯後書き♯

      今年もやって参りました。

      今作は忍足×不二裏BL小説を作成致しました。

      急いで作ったので、何だか無理やりだなぁと、書き上げて撃沈しています。

      それでは、次号もご期待下さい。