夏が終わる前に...―――丸井編―――

      「えっ…?」

      「「えっ…?」じゃないだろ。ま、こっちはずっと握りたかったの手を握れ

       たんだし良しとすっか」

      整理のつかない頭で何を声にすれば良いのか戸惑っていた。

      
右手を握りしめられたおかげでどうにか砂利道に点灯する事態を免れたが、

      運命は時に意地悪になる。

      
紺と青の縦縞模様の浴衣から伸びる腕に体重とまでいかないが支えられている

      ことには変わらない。

      
だが、傾きかけた体制は左足を砂利道へ戻したことにより問題は解決したが、

      手はそのまま二人の間で握りしめられてある。

      
こうして手を繋ぐなんて何年ぶりだろう、思い出せば幼稚園時代から見えない

      感覚で異性を覚え始めていたのかもしれない。

      
ただ、当時はお互い幼すぎて大した意味は理解できなかった。

      
実際、それらしい会話をしても「オレさぁ、おおきくなったらオマエをヨメに

      してやるよ」や「うん、ブンちゃんのおヨメさんになる!」と言う子どもの

      約束を交わした程度だ。

      
勿論、それに至った経路は覚えてはいない。

      
やがて、薄い雲が風に流れ月を隠し一瞬、彼の姿が見えなくなる。

      
神社の周辺に赤々と点灯した電気具がなければこの場は本来の闇に支配されて

      いたことだろうが、生憎文明は発達したため少しの天災は逆に人間を安心させる。

      
ただでさえ、繋がれたままの手の甲は丸井の温もりで満たされているため不安や

      怖さと言った感情は浮上してこない。

      
しかし、それは単なる過ぎるだけではなく空を仰ぎ見ていた彼女の胸の奥にまで

      靄を落とし、再び現れた月に体を固まらせた。

      
通り過ぎた雲の銀の縁より出でる光につられて自分の左隣にいる彼に視線を

      落としてしまった。

      「あ…」

      「っ!」

      身長差も違えば性別も異なる二人だがその瞳が重なるのはほぼ同時だった。

      
暗がりから浮かび上がった真田がいつも以上の色っぽさを感じ、は思わず唾を

      呑む。

      
それを目にしたからではないが、無意識に浴衣の胸元を確かめる。

      
別にいきなり豹変する……なんてことは考えてはいないが、この光と闇が彼女に

      余計な不安をいたずらに手渡していた。

      
それでも自分にはそんな魅力はないと、理性は十分理解している。

      
だから、彼にもし、その気があったとしても駅前で可愛い娘をナンパすれば良い

      し、もっと手軽に用を足したければすれ違い様に薬を嗅がせてそのままテイク

      アウトを……なんて考えたところで絶対イヤだと、本心が暴露した。

      
勝手に妄想したこととは言え、この人が自分以外の誰かを抱いているなんて

      とてもじゃないけれど耐えきれない。

      
やっぱり自分はと、唇を強く噛みしめ胸元に置いたままの手のひらを拳に変え、

      ぎゅっと力強く握りしめた。

      
気がつけば、彼の手から抜け出し今にも壊れてしまいそうな心音の速さを体中で

      聞きながら走り集中豪雨のような夜露に身を捧げていた。


      「はぁ、はぁ、はぁ」

      乱れた呼吸に我に返る。

      
一体、自分はどこまで走ってきたんだろうか辺りをきょろきょろ見回してみる

      が、夜の闇や大して視力が良い方ではないには見当もつかない。

      
では、何故眼鏡をしてないのかと言うと簡単で、浴衣には似合わないかなぁと

      眼鏡ケースの中に閉まってきただけである。

      
とにかく、今いる場所が駐車場ということが分かり、ちょっと厚かましいが

      雨宿りができる場所がないか辛うじて分かる視界を頼りに足を運ぶ。

      
とは言え、車の停泊していないのだから半分は役立たず、今の彼女にとっては

      黒いスカーフの中から景色を見ている状態で、足下と極近距離がぼやけて見える

      だけでも安心する。

      
だが、進めば進むほど深まる疑惑があった。

      
マイカー通勤をしている訳ではないが、この駐車場の配置も少し歩いた先に

      昇降口に通じる階段がある所も立海大附属中学校に似ている。

      
こんな時間にとは思ったが、明かりが点いてあることを確認した上で音も立てず

      に事務室の前の窓を開けて侵入する。

      
中は、外とは全く色が違い、あちらこちらに緊急を促す赤と緑のランプは見える

      が、やはり真っ暗だ。

      
しかし、何故か通い慣れた気がする道を濡れた足に気を付けながら歩く。

      
もし、ここが三年間と四ヶ月も通い慣れた場所ならば、事務員室と用務員室を

      超えた次の部屋が保健室のはずだ。

      
目を懲らして鍵穴らしき物体を見つけ、浴衣とは違える紅の巾着を無造作に

      ごそごそと鍵を探すとそれに宛がう。

       …ガチャ。

      これで疑惑は確信に変わった。

      
ここは立海大附属中学校だ、どうやら知らぬ間にここを目指していたらしい。

      
何はともあれ嬉しい偶然はないよりあった方が良い、遠慮なく中に入ると

      薬品の匂いが心地よく を出迎えた。

      
養護教諭とは言え夜勤の届けを申請していない彼女は勿論、ただの部外者と

      何ら変わりもない、今は出勤している誰かに見つかったらやばい。

      
まして、この豪雨の監獄に閉じ込められた哀れな教職員があの口うるさい10代

      目の御年46歳と言う若さにして就任した教頭だったら何を言われるのか想像した

      だけで、どんなにランクの高いホラー映画よりも背筋が凍る。

      
内鍵を掛けて万が一気づかれてしまっては終わりだ、は最新の注意を払い亀の

      ように室内から首を出した姿で一階の廊下の左右を確かめてからまるで躾が厳しい

      家のようにひんやりとした木製の床に正座して閉めた。

      
早速、デスクの左脇にある様々な薬品が眠る棚の隣にそれとは対照的に、

      こぢんまりと部屋の隅に収納されてあるロッカーから予備のジャージを取り出し、

      終了式後にクリーニングに出した掛け布団もシーツも枕もない裸同然の三台の

      ベッドに乗せて着替え始める。

      
帯に手を掛け、着る時よりもスムーズに床にそれとは違った冷たさを持っている

      帯と浴衣を豪快に落とす。

      
身につけている下着も勿論濡れているが替えなどある訳がなく、とりあえず

      この水気を孕んだ浴衣を今すぐ脱ぎ捨てたくて久しぶりのジャージに身を包む。

      「これでよしっと。うっ、ちょっと胸大きくなったのかな?何かきつい」

      ジャージは、男子生徒も着られるようにとの学校側の配慮でSからLLまで

      サイズが用意されてある。

      
当時も現在も、彼女のサイズはMのままのはずなのに、ジャージのチャックを

      鎖骨が少し見える程度まで持ち上げてみたが、やはり豊かになってしまった部分

      までファスナーが戻ってしまう。

      「どれどれ、俺にも触らせろよ」

      「ひゃっ!?」

      これでは恥ずかしくて自宅に戻れない、仕方なくもう一つ上のサイズを着るかと

      ため息を吐くのよりも先に聞き慣れた声が背後からして驚いて振り向く前に、

      その主は双丘を掌で覆い遠慮なく揉みしだく。

      「っ、はぁ…ん」

      裸同然の下着とジャージの何とも心許ない格好の所為か暗闇に抱かれている所為

      か、妙に胸を包む熱と指先の動きがとてもいやらしくて声が出てしまう。

      「…何だよ、そんな声するなんて反則だぜ」

      「そんなっ…こと…言うなら離して、よ」

      「やだね。のあんな声聞いちまったら俺、もう止まんねぇ」

      丸井は闇夜で視界が利かないのにも関わらずジャージのファスナーを下ろし、

      ブラジャーを捲り上げ、今度は直に露わになった胸を揉み始める。

      「ブ…っン太く……まっ、ああ」

      「待てねぇ。つぅか、ジャージを着ていると、中学生ん頃のを抱いているみてぇで

       エロいな」

      なんてオヤジみたいなことを言うんだろう、と言いたいが口を開けば

      サスペンス劇場のラブシーンで聞いたような喘ぎしか出せない。

      
普段、職場として使用している保健室で初めてを体験するなんて

      誰も思わないだろう。

      
これで夏休み前には生徒や疲れた先生方が休みに来る寝台なんだと考えれば、

      余計に気持ちがいっぱいいっぱいになって体が火照る。

      
下から上に持ち上げるの繰り返し……一体、どこでこんなイヤらしい

      触り方を覚えてきたのだろう。

      
背後から名前を呼ばれたかと振り向くと、暗がりで良くは彼の顔が見えないが

      乱れた呼吸が耳を、室内を犯して唇を貪り始める。

      「っ……ふぁ…」

      初めての感触に驚いて歯でガードすることを怠った口内に、チャンスと

      言わんばかりに舌が差し込まれショックを起こしている間にテリトリーを

      拡大し、四方八方に行き場を失った舌を見つけて絡める。

      空気が欲しくて彼女が口を少し開ければ、それも計算済みのようで角度を変えて

      また深いキスに夢中にさせる動きは何も考えるなとでも言っているようにも

      感ぜられる。

      丸井の要望に答えて……ではないが、頭の芯が何だかぼやけているみたいで、

      ただ今は胸を揉まれる刺激と彼の舌に付いていくことしか考えられない。

      濃厚なキスに夢中になっている間に上着は床に落とされ、その上に容赦なく

      フォックから解放された赤いブラジャーも落とされた。

      下着の締めつけから自由になった双丘の頂はまるで丸井を待っていたように

      形を変え、顎のラインをなぞり終わった舌がその尖りにも湿り気で濡らす頃には

      立っているのもやっとで、理性が後もう少しで投げ出してしまいそうだ。

      「あっ」

      「…良い声で鳴くじゃねぇかよ。俺のここも狂っちまいそうだ」

      下半身の痛みで顔を歪める彼を勿論は知らない。

      暗闇ということもあるが、初めての経験で瞼を強く伏せてこの名も知らない

      刺激に耐えていた。

      こうでもしてないと、今にも自分が自分でなくなってしまいそうで怖かった。

      「好きだっ…お前を誰にも渡せねぇ」

      「あっ…んんっ」

      「子供の頃からずっと……っ……この日が来ることを待っていた」

      胸の先端を口に含まれながらそんなことを言われてしまったら羞恥心のあまり

      どこかに行ってしまいたい。

      「…イイぜ。…っん…俺がイカしてやる……っ」

      無意識に思ったことを言葉にしてしまったようで、暗闇の中にいる丸井が腹部に

      痛みのあるキスを一つし、とうとう唯一下半身を守っていたズボンを下着ごと

      下ろされても頭が働かなく、ただぼぉーっと、立つことしかできない。

      動物的に、本能の赴くままに、体全身で呼吸を繰り返す。

      だが、いずれも深さを許されず、浅い呼吸を体中で何度もするその姿はまるで

      心臓の一部にでもなってしまったようだ。

      「……ここ、すごいことになっているぜ」

      震える足を開かせ片腕で腰を抱き寄せ、そのまま下半身に顔を埋めて今も艶めか

      しい音を立てて床を汚している蜜をまるで、ペロペロキャンディーのように

      遠慮なく舌全体で舐め取る。

      「んっ…あぁ……そ、そんな……だめぇ」

      堪えられなくなって彼をそこから退かそうとして手を伸ばしたはずなのに、

      逆に柔らかい髪に指を絡めて男を煽る。

      何故なんて考えることは容赦なく拒否され、太股に付着した蜜も丁寧に吸い

      取られ、彼女の中で何かが大きく頭を擡げた頃にはもう、理性は残ってはいない。

      「んっ……何か…ヘン」

      「おいおい、養護教諭がそんなこと言うか?変じゃなくて気持ちいいんだろ」

      口の端の蜜をわざとだらしなく垂らした丸井は呆れて答える。

      でも、厭そうではなく笑っているようにも照れているようにも聞こえる。

      彼に指示されるまま骨組みだけの惨めなベッドに唯一残されたマットに手を

      置き、半ば下半身を差し出す姿になる。

      暗闇の中とは言え、こんな恥ずかしい格好をさせられるなんてイヤだと

      思っているのに心のどこかで次の刺激を待っていた。

      「こんなにひくひくさせて...そんなによかった?」

      「あっ!」

      「じゃ、ここも見せろよ……の全部を俺に」

      一番敏感な部分に何かが侵入してきた。

      肉壁が動くたびに痛みを感じるが、敢えて拒絶したいとは思わない。

      これは……丸井の……

      「ゆ、指…ああっ」

      蕾を捲られ再び舌を這わされる感覚と二、三本と増やされていく指が

      バラバラに動かされる感覚にもう一度、イきそうになる。

      イク?あぁ、そうかこれが「イク」ってことなんだ。

      「っ…そんなに気に入ったか?俺の指を離してくんねぇんだけど」

      「あ、そんなっ言わない…で…っ」

      フルフルと、左右に首を振る。

      敏感な部分からはその言葉だけで蜜が溢れてくるのを感じる。

      「ブン太…君っ」

      必死でマットを握りしめ、体中が震えるのに耐える。

      彼の指が何の前触れもなく引き抜かれると、何だかとても寂しい。

      無意識に涙腺が緩んで丸井に振り返れば、見るなよ、と唇を奪われる。

      「お前が俺に感じてくれているだけでヤバイってのに……お前の

       そんな顔見ちまったら優しくできねぇ」

      ああ、それでか、丸井が何故辛そうな声をしているのか理解して顔が

      熱くなる。

      彼が丹念に舐め取っても、アソコからはまた別の蜜がどっと溢れ、太股の

      何箇所に咲き乱れた花が指を抜く時に掻き出されたモノに濡れて汚される。

      「ブン太…君っ……して?」

      震える声で精一杯の勇気で答えを口にする。

      こんなことを言葉にするなんて穴があったら入りたいくらいだが、

      現実には用意されてはいない。

      「覚悟しろよっ」

      熱いモノが秘所に宛われ、その先端が中に入っただけなのに、こじ開けられる

      激痛がの体中を駆けめぐる。

      「っく…きっつ……俺のことそんなにほしかったんだろぃ。こんなにここ、

       動かしちまって…淫乱だな、お前」

      それは高ぶったもう一人の自分を熱い獣道に這わせている丸井にも同じことが

      言え、強がりを口にしているが、その表情は眉間にシワが寄っている。

      自分も相手を精一杯感じているのなら相手も自分を感じている、そんな当たり

      前なことでも今の二人には幸せと呼べる時間だ。

      体の中で愛する人と結ばれている。

      今、この瞬間が何であっても阻むことを許さない。

      例え、夜を覆う闇でも…空気でさえも…。

      軽口だと分かっているのに、それに反論したくても痛みといくつかある

      敏感な場所を彼が擦って言葉を声にすることができない。

      しかし、背中に僅か掛かる吐息の熱さに嬉しさを感じて気がつけば自らも

      腰を動かしている。

      もっと、丸井が欲しい。

      それは、彼も同じことを望んでいる。

      下半身から聞こえる肉がぶつかり合う音とイヤらしい水音が保健室を汚す。

      いつもは消毒薬の匂いしかしない清潔な場所が今は、艶めかしい熱気と

      声色が奪う。

      そう言えば、今更思うが、保健室ってこんなに危ない所だったんだ、と

      自分の無自覚さに呆れた。

      ベッドがあれば鍵もある、これで留守の札や放課後になってしまえば密室だ。

      今まで、丸井には苦労させていたんだと分かって腰を掴んでいる手の甲に

      掌を乗せる。

      「はぁ…ああっ」

      頭から爪先まで痺れてまるで、自分の体ではないみたいだ。

      いつもはまだ学生のようなことを言う口が今は、熱い吐息を自分のためだけに

      吐かれている。

      それが愛しくて無意識の内に侵入した彼をきゅっと締めつけてしまう。

      「くっ……お前…はぁ…もし、かして……よくなってる?」

      「えっ?…ぁう」

      自覚はない……性質の悪い女だ。

      だが、それならそれでこれから教えていけばいい。

      最奥へ辿り着く前にこんなに歓迎されてはご期待に添わなければ悪いって

      言うものだろう。

      突き入れたモノを引き抜き押し入れるのを繰り返す。

      案の定肉壁はぶつかる度に悦び、次第に道が通り易くなるが、丸井はそれを

      不思議がらなかった。

      「もっ…と…」

      己の下で四つん這いの姿勢になって喘いでいる幼馴染み、それが今、

      この瞬間で恋人という存在に姿を変えた。

      幼い頃は一緒に湯船に浸かったことがあるのに、今、こうして裸同士になると

      当たり前だが、すっかり色気を変え中学生や高校生の頃よりももっと、

      夢中になっている自分がいる。

      今までよりも大切にしたい反面、滅茶苦茶に壊してしまいたい気持ちがある。

      それを押さえようと努力していたのに、彼女はすべてのタガを外させて

      しまう。

      「何?もっと、激しくしてほしいのか」

      彼は押さえていた腰を自分の下半身に抱き寄せると、今までの動きとはまるで

      違った荒々しい動きをし始める。

      「ああっ……イイ…すごっ」

      言葉が続かない。

      それは勿論、荒々しさの中に消えているのだから。

      肉壁が擦れる度に気持ちが良くて…声が押さえられない。

      「押さえるな、よ……お前の声、……もっと聞きてぇ」

      ……どうやら、また、思っていることを言葉にしてしまったようだ。

      全身が揺れる度、双丘もだらしなく垂れ下がって震えているのを荒々しく

      捕まれ、乱暴に揉まれる。

      「っ」

      呼ばれて振り返ると、至近距離に彼の燃えるような髪が目に入り、そのまま

      唇に舌を差し込まれる。

      もう、意地悪なことばかり言うくせになんて優しいキスをするんだろう。

      遠慮がちに舌を差し出すと、躊躇わずに彼のモノが絡みつく。

      片手で胸を愛撫され言葉を忘れた唇は奪われ、それだけでまた秘所から

      蜜が溢れてくる。

      濡れた獣道は走りやすいのか熱い塊が彼女の中を行き来する速さが変わる。

      「ブン太っ…くん、もうっ」

      解放された唇の端に銀の糸が垂れている。

      まるで、夢を見ている子供のようなあどけない姿が丸井の中にある欲情を

      更に掻き立てた。

      「仕方ねぇ…な…っ……俺がイかせてやるっ」

      首を縦に振る前に彼が大きく引き抜き、それに伴って脱力感で体が倒れ込む

      前に再び腰を掴み、一気に最奥を貫く。

      「ああっ…あああぁっ!」

      目の前が白くぼやける。

      腹部で何かが大きく脈を打った途端に、目眩に似た感覚が押し寄せてくる。

      その嬉しさと疲労感のあまり、そのまま分厚いマットの上に倒れ込んだ。

      はぁぁ...なんてベッドの上は柔らかいのだろう。

      「はぁ…ぅぅ」

      吐き出した丸井は荒い息を体中で繰り返し、痙攣を起こしているの体を

      抱きしめた。

      その手は先程、荒々しく腰を掴んだとは信じられないくらい優しい。

      「愛しているぜ…お前は俺のモノだ」


      8月31日、今日は生徒にとっても教師にとっても長い一日だった。

      しぶといアブラ蝉が天地に響いて暑さを呼ぶ。

      今日も最高気温は軽く三十度を超え、昨夜も寝苦しかった。

      出勤して保健室に入ると、用務員の誰かが回してくれたのか冷房が作動して

      おり、朝だと言うのに地面にのめり込むような灼熱地獄を歩いて来たにとって

      は天国にも等しい。

      しかし、そう思いかけてピンクのノースリーブに白衣を羽織、昨夜のことを

      思い出し口元に笑みを含んだ。

      「ああ…っ…んんっ」

      保健室で最初の夜を過ごしたことで、携帯電話には夜這いのコールを掛けられ

      そのまま抱かれるのが増えていった。

      熱い息を吐きながら何度も彼に名前を呼ばれる度、その愛を一身に受け入れ

      たくてもっと触って欲しい、と大胆にもお願いしてしまう。

      その度に丸井は小さく笑って自分で射れてみろとか舐めろとか恥ずかしい

      代価を払うよう要求するのが近頃の二人なのだが、昨夜は違っていた。

      「はぁ…はぁ…んっ……はあ、うっ」

      余裕がないのか性急に体を繋ぎ、彼の荒々しさに溺れそのまま人形のように

      抱かれてしまった。

      だが、こんな一方的な抱かれ方も嫌いではない。

      「なぁ…俺さ、教師辞めようと思うんだ」

      「えっ」

      突然の告白だった。

      後始末をしてもまだ裸で抱き合っている時、不意にそんな相談のような

      独り言のようなことを言われた方は何のことだか判らず、しばらく瞬きを

      繰り返す。

      辞める?教師をっ!?

      何分掛かっただろう、ようやく丸井の意味指すことが解り、シングルベッドに

      二人で寝ころんでいた体制から上半身をお越して勢いよく振り返る。

      今、顔に血管が浮き上がっていないか気になったが、そんなことを言って

      いる場合ではない。

      「どうしてっ!どうして、辞めるって言うの!?」

      「おい、落ち着けって」

      「この状態で落ち着いているブン太の方が変っ!!」

      彼の妙に冷静な態度が気に入らない彼女はキッと、睨み返す。

      何でこの人はこんなに落ち着いていられるのだろう、信じられない。

      それは夏休みが永遠だと信じている子供と同じ、無邪気で自分勝手な

      気持ちと似ている。

      きっと、丸井にも何か事情があるはずなのに、今、理由を聞く気になれない。

      不燃焼の怒りを沈めたくて背を向けて寝ると、背後から抱きしめられる。

      「ごめんな?に相談しねぇで勝手に決めちまって。それに、同じ学校に

       二人も「丸井」はいらねぇだろ」

      そう言うと、何かを取り出しそれを大きく指で弾く。

      ぶつかったモノは随分重く、答えに戸惑っている間に彼に左手首を捕まれ

      宙に掲げられる。

      すると、数秒も経たない内にキラキラ輝くモノが薬指に舞い降りた。

      「えっ?」

      「っし!決まった!俺の天才的妙技「ダイヤモンドダスト」っ!!」

      「つっても、お前にしか見せねぇけどな」

      指が震える……だって、今、薬指にはまっているのはどう見たってダイヤの

      指輪だ。

      こんなの深夜にこっそり見るドラマの中でしか見たことがない。

      「教師の安月給で買っちまったけど、サイズがあってよかったよかった。

       それ以上、太るなよ」

      「なっ!失礼な。って、これって…そのぉ……アレだよね?」

      掌から手の甲を向け、キラキラと輝く石を丸井に見せるようにする。

      彼は面倒臭そうにだけれど、恥ずかしそうに口の中をもごもごさせる。

      何だか、いつもの仕返しのようで少しだけ嬉しい。

      「何って……婚約指輪に決まっているだろぃ!言わせんな、バカ」

      それだけ言うと、耳まで真っ赤になる。

      丸井はを追いかけて教師になることを決めたが、プロテニスプレイヤーに

      なった学生時代の友人からの誘いは耐えなかった。

      真田とは違って夢を諦めてはいない彼は、プロポーズをきっかけに……と

      言うわけではないが、テニスコートに戻ろうとしているのだ。

      「ふふっ、行っておいでよ。でも、条件は呑んでもらうわよ?」

      「お、おう」

      断れることを覚悟していたのか、彼女の許可があっさりと下りると何だか

      間の抜けた顔でこちらを見ている。

      
本来ならここで行かないで、止めるべきなのだろう。

      
だが、丸井が自分のことで夢を押さえていたなんて聞いたら嬉しくて

      これ以上束縛する気にはなれない。

      「ちゃんと言って…これってプロポーズなんでしょ?」

      は再び彼の首に腕を伸ばし、抱きしめる。

      
丸井は素っ気なくそっか、と言うがその顔はやや恥ずかしそうだ。

      「俺と結婚して下さい。俺のために飯も子供も作って、一生、俺の傍で

       応援して欲しい」

      はい、と答えた声はっしゃー、と喜ぶ彼の声に掻き消された。

      
クーラーの利いた保健室の窓辺に立ち、太陽に左手の薬指を眺める。

      
光に反射してまるで、夢のようだと思っていたことを現実に変える。

      
昨夜、大学生になってから一人暮らしをしている彼のベッドの中で

      プロポーズされた。

      
今年も、夏が終わる。

      
夏が終わる前に結ばれた二人は歩む道は違うが、長い時を経た二人なら

      大丈夫だから。



       ―――・・・終わり・・・―――



      ♯後書き♯

      
『夏が終わる前に・・・』の丸井編はいかがだったでしょうか?

      
今作は那樹 遊離様の「真田君とブン太君のVSドリーム小説」との

      リクエストを頂きましたので作成致しました。

      
真田編共々、長らくお待たせしてしまして申し訳ありません。

      
お気に召しましたら、掲示板の方に足跡を残して下さると幸いです。