Trial9―――眠い―――

      なぁ、

      お前って俺様に興味があったんだな。

      今日は3月14日。

      ホワイトデーだった。

      俺様も本来なら何かをしなきゃなんねぇんだが、さすがに全員に配る訳にもいかねぇ。

      …卒業かぁ。

      氷帝に入った頃はそんなのちっとも感じてなかったけど、やっぱ三年間ってのは

      早いのな。

      こうしてこのコートでテニスボールを追っかけるのも後僅かだと思うと何だか俺様

      らしくなくセンチに浸りたくなる。

      『跡部っ!』

      その時、威勢の良い声がテニスコート中に響いたと思ったら、ギャラリーから

      俺様目掛けて一人の女が走ってくるのが見えた。

      それは...だった。

      お前はいつもクラスの中に居座っているだけで大して目立った存在でもない。

      まして、こんな怒りに狂ったような顔を見たこともない。

      『跡部っ!!』

      『な、何だよ』

      俺様としたことがあまりのことにどもっちまった。

      すると、ボールを相手コートに打ち返すよりも軽い音と同時に痛みが頬に走った。

      『......つぅ』

      俺より背丈の小さい女に叩かれた。

      それも理由だってわからねぇ。

      何か勘違いしているのかと考えていると、急にはさらに訳のわかんねぇことを

      言い出しやがった。

      『あなたねぇ、気がないんだったら使用人さん達にお返しをさせることをしないでよ!

       おかげで妹もすっかりその気になっているじゃない!!』

      何のことだ?

      そりゃ、俺様が校内中の人気を独占して女からチョコはもらった。

      だが、返しなんてこの三年間したことがないし、どうせするならマジになった女

      ただ一人にしてぇと思っている。

      顔色を変えないお前がすげぇ可笑しくて思わず吹き出しちまった。

      何笑っているのかって問い詰められた時、俺は余裕をかましてスイッチを押してやった。

      この三年間俺様が見てきたという存在を崩壊させる輪舞曲を…。

      『作っていやがったのか。これまで』

      なぁ、お前はそれを聞いた途端今までの色を失ったかのようにその場に座り込んだよな。

      俺様はな、ずっと気づいていたぜ。

      舞台を見続けたからだろうな。

      つめてぇコンクリートの上に座り込んだままがくがくと体を震わせているの隣に座り

      込んで耳元で囁いてやった。

      『きっと、お前が見たのは俺が一時でも世話になったからって主人の代わりに

       やっているんだろうよ。俺は今まで知らなかったけどな』

      嘘と短く呟くの膝の上に頭を乗せる。

      意外と心地良くて目を細めて俺が今まで嘘を吐いたことがあるかよって返したら、

      言葉に詰まりやがった。

      ふっ、まいっちまったな。

      今まで俺様の好みとは反対だったから意識はしてなかったが、さっきの平手打ちが

      こんなに効くとは思わなかったぜ。


      は次第に落ち着いてきたのか俺様を見下ろす。

      『あっ…あのっ、跡部君』

      顔を赤らめたお前に眠いから膝を貸せと嘘を吐いて了解も得ずに瞼を下ろした。

      このくらいの嘘なら罪にならないよな?


      もし、今日に限って神がいるのならば見逃してくれるよな?

      そんなどうだって良いことを何かの呪いみたい心の中で思っていた。


      が俺様の名をいつも耳にしていた声で呼ぶのが解っていても、瞼を閉じ続けた。

      お前も俺様を膝の上から下ろそうとはしなかった。

      『跡部…』

      それから何分しただろうかが急に俺様を呼んだ。

      しかし、それは俺様であって俺様でないお前の中の跡部景吾だった。

      薄く瞳を開けると、が頬を赤らめてこちらを見下ろしている。

      『好きだったよ、この三年間。でも、忘れようって思ってたけど、駄目だった。

       最後にこんな思い出をくれてありがと…』

      その続きなんて聞きたくなかった。

      お前は外部の高校を受験して見事受かった。

      だから、エスカレートで高等部に行く俺様とはこれっきりで縁が終わるってわけだ。

      それなら、俺がここで消えない記憶を植えつけてやろうじゃねぇか。

      俺様から二度と離れたくないって思うほどにな。

      さっと素早く右手を上げの後頭部を鷲?むと、前に倒れこませる。

      『んっ』

      短くお前の声が俺の耳を撫でた。

      だが、それは否定的なものではないくらい俺様でも判る。

      柔らかい唇は熱かった。

      きっと体中が火照ってんだろうなと、想像すればするほどが欲しくなる。

      それはお前が俺様を誘っている罠か、それとも俺様が惑わされているだけなのか

      良く分からなかった。

      ただ、熱くて...何も考えられなくて……気づいたら、愛していた。

      唇を離した後、俺は立ち上がって泣きじゃくるを抱きしめた。

      この学校で過ごすのは後僅かだが、俺達が過ごしていく時間はこれからが始まりだ。

      なぁ、

      これからは俺様にあんな真似をさせるなよ。

      俺様が寝顔を見せるとしたらベッドの中だから、な。



      ♯後書き♯

      Trial9「眠い」はいかがだったでしょうか?

      今作は白い吐息企画に作成しました。

      跡部君は今まで手紙ではBL関係にしか登場させなかったので、今回はdream手紙として

      頑張って頂きました。

      三月と言えば、ホワイトデーと続いて卒業シーズンですからね。

      まぁ、早いところは14日前にあるのでしょうが、一般的には中旬くらいかなっと織り

      交ぜてみましたが、皆様にその切なさと一緒にお届けできたら幸いだと思っております。

      それでは、白い恋をあなたに…。