Trial7―――遅刻―――


      『じゃあ、また高校のテニスコートで会おうね!』



      先輩。

      僕はあなたに会いたいです。

      去年、梅の色香に魅入られた先輩は青学を去りました。

      しかし、僕もあなたが残してくれたテニスコートも後少しで去ります。


      ですから、先輩。

      僕はその前に、あなたにどうしても会いたいんです。

      高校には晴れやかな気持ちで入学したい。

      それがどんな結果を胸に抱いていても……。

      正門で待っていた僕に先輩は驚いた顔で駆け寄ってきましたよね。

      ははっ、そんなあなたも可愛らしい。

      中学校と高校では走っても15分離れています。

      つまり、僕は遅刻をしようとしているんです。

      ちなみにこの返事のない手紙に自慢するつもりはありませんが、

      僕はこの三年間無遅刻無欠席です。

      そんな優等生に見える僕でも好きな女性には溺れてしまうのですよ。

      僕たちは場所を移して通学路を抜けた児童公園へとやってきました。

      『先輩にどうしてもお会いしたかったのです』

      あなたが私に駆け寄ってきた刹那、私はなんの躊躇いもなく口にしました。

      この気持ちはアレから言おうとした言葉の一部です。



      先輩を慕うこの気持ちは解って頂けるでしょうか?

      児童公園に来るまであなたは俯いて何かを考えているようでした。

      それは否ということですか?

      『大和君。あの…あのねっ、さっきのこと本当なの?』

      それならば、私はこのまま去りましょう。

      『いえ、どうかお気になさらないで下さい。ただ…久しぶりに、あなたにお会い
                     
       したかっただけですから。僕は遅刻ですが、先輩ならまだ間に合いますよ』

      僕はそれ以上何も言えませんでした。

      背を向けたとたんにあなたが僕を抱きしめるから。

      そして、泣いていたから…。

      『どうして、君はいつも私には何も言ってくれないの?』

      あの時は何を仰られているのか解りませんでした。

      アレは今からちょうど一年前のバレンタインデーでした。


      先輩は校内中駆け回って僕を探していたあなたは僕が女子からチョコを

      受け取っている場面に遭遇したそうです。

      その時の僕は告白も何度も受けましたが、好きな女性がいると、

      断ったのを覚えています。

      そう言えば、先輩の前ではなるべく大人でいようと努力をしていました。

      今ではそれが無意識になっていますが。

      ですから、何も言わなかったんです。

      好きな女性がいることも本当は子供同様に独占欲が強いことも。

      背中に冷たさを感じた頃、今度は僕からあなたを抱きしめました。

      三年間の想いを告げて…。

      すると、先輩は一年前まで拝見していました微笑を浮かべると、高校指定の

      学生カバンの取っ手にキーホルダー同様に付けていた腕時計を僕の前に出しました。

      それはまだ購入してから一年くらいのものであろう男性用腕時計でした。

      女性のあなたがどうしてと僕が驚いていると、また、僕を驚かせましたね。

      これは、去年の今日、僕に渡そうとしたものだそうです。

      AGBD005。

      この深い青が僕のサングラスを連想させたのだと話してくれました。

      アレから渡せずにいたこの時計を本当は捨ててしまいたかったのに、それが

      できなかったんですね。

      この深い青が僕に思えて…。



      先輩。

      もう、その時計は要りませんよね?

      カチャリと金属音を立てて左手首にはめ、キスをしました。

      これからはこの時計の代わりに僕がの傍にいますよ。



      ♯後書き♯

      Trial7「遅刻」はいかがだったでしょうか。

      今作は、バレンタイン企画にお届けしました。

      去年は多忙のため一昨年催したクリスマス企画をしなかったためにと

      企画したわけです。

      今回は大和君の手紙を作業してみましたが、皆様に甘い夢に浸っていただけ

      たでしょうか?

      そう言えば、余談になってしまうのですが、なぜか今年はヒロイン設定が

      年下が多くて作成者としても驚いています。

      まぁ、今まで年上ヒロインが多すぎたのでそれでも良いかなぁと軽く考えて

      いるなのですが、さす企画で年下設定オンパレードというわけには行かず、

      彼のお相手は年上設定にしたというわけです。

      がに今回の小道具(× 装飾品○ 笑)は、腕にはめた状態で抱きしめられたらと

      いうTrialを自分の中で設定した上で、登場させました。

      まぁ、いつかは「Freedom」にお題を置こうと思っておりますので、サイトを

      お持ちの方も投稿して下さる方々もぜひチャレンジしてみて下さい。

      それでは、Happy valentine’s day to you!