Trial10―――水遊び―――
なぁ、先輩。
こんなハロウィンも俺は好きだぜ。
『誰かっ、その犬を捕まえてぇ!』
夕焼けに染まったいつもの帰り道、そんな声が響いたのは交差点を渡りきっ た
時だった。
いりなり目の前に一匹の白い犬がこっちに向かって走っているのが見えたと
思うと、
そいつは捕まえると言うより俺の体に突進してきた。
俺は頭に気をつけながらアスファルトの上に寝転んだ。
腕の中にいる異物はくぅーん、と可愛い声を上げながら俺の顔を一舐めする。
俺って動物に好かれるような顔をしているのか?
唾液でテカテカ光っている頬に不機嫌になりながら上半身を起こす。
全体も少し濡れていて、大体の事情が把握できた。
それから遅れて飼い主だと思われる足音が聞こえてきた。
『はぁ…はぁ…はぁ、ごめんなさい。ウチの犬が迷惑を掛けて…』
その飼い主は随分疲れているようで、俺の目の位置に合わす為と言うより
一先ず
呼吸を落ち着ける為にしゃがみ込んだ。
まさか、この尾を煩く左右に揺らしている犬の飼い主が、あの先輩だと
思わなかった。
最近、ウチの中学を賑わせている三年の。
家の事情で許婚を決められてしまったらしい。
俺は初めそのことを聞いても、まだそんな家あるんだなぁとしか思っていなかった。
俺たちは完全に俺から離れない先輩の愛犬を連れて家にお邪魔することにした。
後で聞いたことだけど、この犬はメスで、人間でいる俺らぐらいの歳らしい。
それを聞いて俺に眩暈が起こったのは言うまでもねぇ。
案内された浴室は所々に水が飛び散っていて、その惨状が俺の中の憶測を
確信へと変える。
普段は良い犬らしいが体を洗われるのはちいせぇ頃から嫌いらしい。
俺は成り行き上、が大人しくしていられるよう浴槽からその姿を見下ろしていた。
こんなでかい家で座敷かと思えば、この犬が図々しい。
だけど、目を閉じて大人しく毛で覆われた体を先輩に洗われていると、
何だか可愛く
思えるし、ため息も出た。
もし、こうして先輩に体を洗ってもらっているのが俺だったら…。
そんなヤバイ事を考えていると、先輩の叫び声が聞こえた。
ブルブルブル!
…俺は何てツいていないんだ?
今日二度目の水を今度は全身で受け止めちまった。
白い獣が身震いをして放った水が俺の制服をびしょ濡れにさせる。
俺はご好意でシャワーを借りながらもさっきのことを考えていた。
何故、俺が背中を洗われたいと思ったのか。
それではまるで、嫉妬をしているようだ。
…嫉妬?
この…俺が?
バカバカしい、第一、先輩には許婚がいる。
俺には浮世離れした話で、全然付いていけない。
なら…その場から浚ってみせる。
……俺はどうかしている。
何故、こんなことを急に思ってしまったのだろうか。
それは、もしかしたら先輩の微笑みの力なのかもしれない。
さっき見た先輩の顔が忘れられない。
俺は…一瞬で…彼女に恋をしてしまった。
叶わねぇ恋と知って尚、燃える心は先輩を求めちまう。
…シャワーから上がって髪をバスタオルで拭いていると、キッチンから
声が聞こえてきた。
『が男の子を連れてくるとは、ね。許婚の件はお断りしても良いのよ?』
『ちがっ…そんなんじゃないよ。まだ告白もされていないし…って何 を言わすのよ!』
『ふふっ。でも、お父さんに耐え切れるかしらね?あの人、娘が自分の決めた
男以外の男と結婚したら殴るって昔言っていたから』
先輩の本心とお母さんの真相がダブルパンチで俺を襲う。
こんなリズムを上げたハロウィンを過ごすなんて想像すらしていなかった。
俺はどんな幽霊や怪物や妖精にだって誓う。
俺は何が待ち構えていようとも、どんなことにだって耐えてみせる。
例え…義父さんが相手でも…
♯後書き♯
Trial10「水遊び」はいかがだったでしょうか?
神尾君初Dream手紙の相手は、先輩でしたv
最近、年上をやっても先輩ではなかったので、やってみただけですが。(苦笑)
今作はハロウィン作でお届けしました。
それでいて長い…。(爆)
半分、秋のブライダルキャンペーンを組み込んでいるわけですが、この設定古いかな?
「お父さんが、自分が選んだ、選ばないは置いといて娘が男に嫁いで行く 際、
婿を殴る」のは?
それでは長々と失礼しました。