Trial19―――ふくれる―――
ねぇ、さん。
あなたはいつもそうしてふくれるよね?
俺がキスをすると、決まってそう。
ねぇ、さん。
俺があなたに悪いことをしたかい?
俺たちは親同士が従兄弟で、知り合った。
さんの家は代々続く料亭で、あなたは五人兄弟の三女だった。
だからなのか、一番活発で妹と弟と一緒に俺と良く遊んでくれた。
一つ違うからなのかな?
俺たちはまた従姉弟という関係の所為か、年齢を感じたことはあの日までなかった。
それは、俺がさんの通う中学校の文化祭に行った時だった。
学園演劇でヒロイン役を演じるんだと話してくれていたから家族総出で観に行ったんだ。
でも、俺はそこで今までの気持ちに気づくことになるんだ。
当時、小学六年生の俺には激しすぎる感情だった。
それは、あなたが主役の男子と抱き合うシーンだった。
どうってことのない演技のはずなのに、俺は家族がいることも忘れて
その瞬間から
目が放せなかった。
現実には次の演目をやっているであろうと言う時間なのに、いつまでも
俺の中には
あの二人がいる。
今も、ふと気がつけば、胸が苦しくなる。
やっと、自分の気持ちに気がついた頃には、独りふとんの中で泣いていた。
ねぇ、さん。
俺はずっとあなたのことが好きだったんですよ。
今日は、一生忘れられない日だった。
部活や筋トレで疲れている俺のために料理を作ってくれた。
でも、その白くて細長い指のあちこちにはバンソコが張ってあって、
それだけでさんが
どんなに頑張って作ってくれたのか解って嬉しかった。
「ねぇ、…隆君」
俺が松茸の土瓶蒸しに手を伸ばした時その声はおずおずとした調子で掛けられた。
もう、あなたの身長を超えている俺は見下ろす形で振り返る。
すると、さんは赤い顔をして俺を抱きしめる。
ちょっと、待ってよ。
こんなの不意打ち過ぎるよ。
俺はあなたのことが好きなんだよ?
なのに、こんなことされたら、俺、何するかわかんないよ?
福引の鐘のように鳴り響く心臓に静まれと促して、さんを優しく押し返そう
とする。
「えっ…」
信じられなかった。
俺の背中にあなたが書いたメッセージが、欲しくて叶えられないと
諦めていたから。
『スキ』
確かにそう書かれた。
俺はその真意をさんの表情に託した。
相当な欲張りだと、自分で自分が情けなくなる。
でも、あなたは花のように微笑んでくれた。
俺は答える代わりにキスをした。
さんの唇はマシュマロのように柔らかくて一瞬の内に俺を虜にする。
だけど、名残惜しげに離すと、あなたは頬を膨らませて顔を俺から背けた。
俺が理由を聞けば、単に恥かしいだけだと言った。
そんな所も俺にとっては新鮮で、どのさんも愛してしまいたい。
ねぇ、今に見ていなよ?
そんなことが考えられなくなるほど、俺に溺れさせて見せるから。
♯後書き♯
皆様、こんにちは。
Trial19「ふくれる」はいかがだったでしょうか?
今作は、彼のBDに作業しました。
書いた側が何を言うとお思いでしょうが、久しぶりに長い手紙を作業しました。
割かし、ストーリー性と年上設定だと長くなってしまうのかもしれませんね。
それでは、ご感想をお待ちしております。