Trial20 ―――泣く―――

         俺は何も出来なかった。

         あれから三ヶ月と言う時が経っても、俺はあの女性に慰めの言葉を掛けること

         さえできない。

         何故、いつも自分の夢の中に出てくるのか。

         どうして、泣くのか。

         『っく…ぅ…』

         (大丈夫ですかっ!?)

         声を掛けたくてもそれはいつも金縛りにあっているかのように体の身動きが利かない。

         彼女がいつも泣いている場所には見覚えがある。


         あれは……青学の桜!?

         何故、あれが俺の夢の中に出て来るんだ?

         『私を…助けてっ!』

         (待ってくれ!!)

         夢の終わりはいつも彼女が消えていってしまう。

         俺はまたあの人を救えなかった。

         その場に残された俺はいつもそんな思いに打ちのめされる。

         それは俺の終わりのない懺悔。

         救いたい。

         彼女は明らかに自分に助けを求めていた。

         なのに、俺は何も出来なかった。


         『…っ』

         暗闇の中に一人残されてからやっと体の自由が利くようになった俺は何かを言っていた。

         それは彼女の名前なのかもしれない。

         夢の中の自分は確かにあの女性と親しい仲だった。

         そう、はっきりとさせるものは良くは覚えていないが、下の名前で呼んでいたような

         気がするからだ。


         『っ!?はぁ、はぁ、はぁ……』

         そして、いつも目覚める時はいつも汗でびしょ濡れで、いるはずもないのに

         部屋中に視線を送ってさっきまで目にしていた彼女の姿を探す。

         だが、やはりそんなことはあるわけもなく、いつもがっがりしている自分がいた。


         何なんだ……この気持ちは?

         胸を掻き毟りたい思いがして両手を強く握らせた。

         あの人が夢の中で何度も消えてもその度に重く伸し掛かる想い。

         俺はこの三ヶ月の間、彼女に恋をしてしまいました。


         あの、……さん。

         俺はあなたに聞きたいことがありました。

         越前との試合の噂も気になりましたけれど、それよりも確かめたい真実を

         求めたかったんです。

         それは、さんはあの人なのではないかと現実離れしたことを聞きたかったんです。

         そんなことは架空なことであってあり得ない。

         それは十分理解しているつもりでした。

         ですが、視線はいつもあなたを求めてしまう。


         『なぁ、手塚。君はいつも同じ夢を見ることはないかい?』

         ある放課後、恐る恐るそんなことを訊いてきた河村に胸が鷲掴まれる思いだった。

         あの夢を見ていたのは俺だけではなかった。

         そんなことがあるわけはないだろう、と納得する自分とどこかで悔しがって

         いる自分がいる。


         それは、嫉妬?

         そうかもしれない。

         あの名も知らない彼女に恋をしてしまったのは自分だけだと思い込んでいたから。

         馬鹿な考えだ。

         みんなで正門まで行くと、さんはまるで春風に運ばれてきたかのように

         前髪を揺らしながらあの曰く付きの桜の樹の下で眠っていました。

         その無防備過ぎる寝顔に夢の中のあの女性が重なって思わずあなたを

         この手で抱きしめてしまいたかった。

         やっと、泣きじゃくる女性を抱きしめられた……と。

         しかし、そんなことを同じ気持ちであるみんなの目の前でそんなことも出来る

         わけがなく、結局大石と河村の二人に任せてしまった。

         あいつらなら俺よりも理性が強いはずだから。

         俺は、さんが目を覚ますまで桜の樹を見上げていた。

         アナタはどうして俺達に彼女を見せたのですか?



         ♯後書き♯

         Trial20「泣く」は如何だったでしょうか?

         今作はご覧になられた方はお解かりでしょうが、「企画」で私が主催しており

         ますネット同人雑誌『Streke a vein』に連載しています「ガラスのシンデレラ」

         sideの手紙です。

         それではこれからも応援よろしくお願いします。