Trial50―――南国―――

 

         向日さん…。

         今日は楽しかったですよね。

         俺たち氷帝正レギュラー陣で跡部さんの南国にある別荘のご招待を受けました。

         自家用ジェット機の中で寝ていたあなたの顔が今、俺が思い出すことです。

         伏せられた瞳には長いまつ毛が羽を休めていてまるで、鳥が休息を取っている

         ようだった。

         そう…、向日さんは言うなれば俺に舞い降りてきた天使なんです。

         だから、閉じ込めておきたい。

         誰の目にも触れさせたくない。

         あなたに視線を合わすすべてのものに息が詰まりそうだから。

         だけど、向日さんはそんな俺がいることを知らない。

         そのいつもキラキラとしている瞳にはいつもあの人が宿されているから…。

         俺はいつだってあなたを見ていてこんな狂おしい気持ちになっているのに、それを

         知らずに今日も空を跳びたいんですね。

         ねぇ、……向日さん

         俺にはあなたが求めている「空」はないんですか?

         俺には忍足さんの代わりにもなれないのですか?

         いや、あの人の代役なんてごめんだ。

         俺のことだけを鳳長太郎と言う一人の男だけを見て欲しい!

         ……止めよう。

         みんながせっかくの休日を自主トレに費やしている時間、俺は一人部屋の窓辺に

         腰掛けてヴァイオリンを弾いた。

         こうしている時、一番落ち着く。

         曲は、パガニーニの「ラ・カンパネッラ」。

         本当ならば、華やかなものなのに俺は最近そう言ったものに哀愁込めて奏でてしまう。

         それはこの出口のない迷路を彷徨っているから?

         それとも…

         『俺、そんな曲はヤダ!』

         そんな声がドアからしたと思えば、今さっきまでコートにいた向日さんがいましたね。

         あなたはそう言うと、俺の傍まで来て口を尖らせた。

         そんな顔をすると、ますます諦めがつかなくなってしまう。

         すみませんと、俺が目を背けようとすると、今度は軽く宙に円を描いて跳び、

         手加減なしで頭を一発殴った。

         本人には悪いけど、それは大して痛くはなかった。

         けど、胸が後頭部を鈍器か何かで叩かれたかのような痛みを広がせる。

         向日さんに嫌われた曲。

         それは俺を指しているようで何かを言うことさえ出来なかった。

         ただひたすら、俺はあなたに謝罪をするしかなかった。

         こんな自分を誰が好きになってくれるというのだろう?

         図体がデカイわりには中身がなくて。

         だから、俺にはテニスのほかにはこのヴァイオリンとピアノしか残っていないのに、

         それを向日さんに嫌われた。

         『もっと、明るい楽曲を弾いてみそ』

         俺が俯いている顔を上げる前にあなたは軽く唇を尖らせると、また来た時と同様に

         バタバタと走っていった。

         ねぇ、向日さん。

         期待しても良いんですよね?

         唇を掌で触ってみる。

         微かに残る感触だけが真実。

         俺はそれに呼びかけるように口元に笑みを含ませると、またヴァイオリンの弦に

         手を伸ばした。

         今度はあなたのリクエスト通りの彩りのある音色を奏でるために。

 

         ♯後書き♯

         Trial50の「南国」はいかがだったでしょうか?

         最近は秋も深まり、冬並みに寒い日が続きますが、皆様お体の方は大丈夫ですか?

         今作はそういった温度を求めたくて書き上げました。←何言ってやがる

         初鳳×向日BL手紙となりましたが、最近の私が手掛けるものとしては久しぶりに

         新しいCPを作ってしまいました。

         それでは、感想の方を宜しくお願いしますね。