W N

      一月二日、今日はの22回目の誕生日だった。

      元旦の翌日に生まれたことに幼い頃は両親を恨んだこともあるが、今は世界中が

      おめでたいムード一色に染まるこの日を選んでくれたことに心から感謝している。

      そう思えるのも、五年前から付き合っている恋人のおかげだ。

      毎年、この日が来ると彼の別荘でディナーを食べるのが当たり前になっており、

      その度にいつもの口調とは裏腹な高価なプレゼントが用意されてある。

      最初の頃からどうも喜びの半分、こんな素敵なものを自分が貰っても良いのかと

      言う抵抗が抜けきらないのだが結局、いつも押し切られてしまう。

      それでも毎年この日が来るのが楽しみになったのは事実で、いつも正直で素直で

      はない恋人に良いように振り回されていることに寧ろ、嬉しさを感じていた。

      ……だけど、今年の元旦は違った。

      「別れよう」

      恒例の初詣も終わり、まだ帰りたくもない自宅に黒塗りの自家用車で届けられた

      時だった。

      柚木の好みの上品な赤の着物に身を包んでいると足取りも何故かお淑やかになり、

      まるで映画のヒロインでもなったようだ。

      「どうして!?」

      だが、今はそんなことはどうでもいい、門まで歩いた所で車のドアが閉まり

      彼がいつものように降りて来たことに気づいて振り返った先で待っていた

      言葉が受け入れられない。

      驚くとは違い、落ち着いた様子の柚木の表情からは何も読み取れない。

      簡単に解るものと言えば視覚から来る冷笑だろう。

      「この五年間、楽しかったよ……それじゃ」

      でも、そんな仕草は強がりだと彼女は知っている。

      「答えになってないよ、梓馬さんっ!」

      踵を返した彼の背中を抱きしめようと駆け出すと、その歩調は四歩目で示し

      合わしたように慣れない草履で足は縺れ冷たい道路に転んだ。

      いつもなら何やっているんだ、と悪態を言いながらも手を差し延べてくれるのに、

      痛みに堪えながら見上げた存在は立ち止まる所か車の中に消えが何かを呟く前に

      走り去ってしまう。

      「ま、待って!」

      起き上がろうとして着物に隠れていない両手に痺れを感じたが、今はそんな事を

      言っている場合ではない。

      無謀にもそれを追いかけようとしたが、最近の運動不足とこの着慣れない着物の

      所為で早く走る事は出来ず、信号に捕まっていても追いつく前に何メートルか

      先に進まれてしまう。

      白い柵の中は彼女を通り過ぎていく車がその後を追うけれど、そのどれにも自分

      の思いが届いていないことにお門違いと解っていても途方に暮れてしまう。

      先程転んで擦りむいた手首には血が滲んでいたが、今はそれよりも心が痛む。

      青いランプが夜の闇に怪しく灯されても足はそれ以上行く事を拒んでいる。

      荒い息を何度も吐きながら涙で視界が揺れるのが怖い。

      「……っ……どうして」

      視線は柚木が乗った車が消えた地平線を映したままようやく出た声はそんな

      弱々しい惨めな言霊だった。


      次の日、の姿は自室にあった。

      街は正月気分一色に染まっていると言うのに朝からベッドに寝転がったまま

      何もやる気が起きなかった。

      下の階では毎年この日は娘が恋人と遊びに行く事を知っている家族が

      いよいよ別れたか、と勝手な話題で盛り上がっている。

      しかし、反論はできない。

      一方的だが、別れを告げられたのは確かだ。

      投げ出した足にはどこに行く訳でもないのにストッキングを履いているのは

      せめてもの強がりで、誰が突然自室に入ってきても言い訳が出来るよう

      準備をしてある。

      こんな時一人暮らしをしている同じ大学に進んだ友人が羨ましく思うが

      自分みたいな甘ちゃんにその苦労が絶えられる訳なく、家族という

      ぬるま湯の中に住み続けている。

      ソバ殻の枕に顔を押し当てた姿はまるで世界を拒んでいる子供のように無力で、

      呼吸をする他にその肩は震えない。

      脳裏には同じ言葉と情景が浮かんでは余計に彼女の気持ちを滅入らせ照明の

      消してある部屋を闇で覆わせる。

      目の裏ではあそこがいけなかったのでは、ここがいけなかったのでは、と

      あてもない自分の非を探している。

      あれだけ一方的な別れを告げられたのに、彼を責めることだけはしたくはない。

      それは柚木が怖いと言う子供染みた理由からではない。

      今があるのは全て因果で他人の所為にすることほど自惚れているのが分かって

      余計に瞳を強く閉じた。

      涙は一夜を越えた所為か目元が赤く腫れて痛い。

      覚え立てのファンデーションで何とか隠してはみたが乗らない肌にいくら化粧を

      施した所で強気になれるはずはなかった。

      ベッドの横では小さいにも関わらず煩く時を告げる目覚まし時計の音だけが

      妙に部屋中に響く。

      一方、ドアの外から誰かが二階へ上ってくる気配がして慌てて身を起し照明が

      点く前に今流行っている子猫のキャラクターがプリントされてある手鏡を

      わざとらしく見入った。

      「。さっき、あなた宛てに宅配便が来たわよ」

      そう言って入ってきた母は部屋の戸を開けた時に右腰に抱えていた正方形の

      大きな箱を閉めると前に持ち替えた。

      いつもは気づかなかったがその口元には皺が寄り始め手の甲には静脈が浮かび

      上がっており、苦労を掛けている自分が恥ずかしくて目をそれから反らした。

      はい、これと言ってベッドに腰から下を預けて起き上がっている娘に渡し余程

      中身が気になるらしくまるで自分のことのように目を輝かしている。

      生後何十年と経っていると言うのにこの人の心はまるで乾きを知らない海のように

      潤っている。

      自分の親ながら呆れ…けれどそれに何故か心地良さを感じてしまうのは家族愛という

      物なのだろう。

      渡されたと言うよりも押しつけられたに近い箱の下部に貼られている紙に書かれ

      てある宛先も宛名も間違いなく彼女を指している。

      贈り主を調べなくたって解っている。

      箱を包装してある紙にプリントされてあるマークは彼が贔屓にしている有名呉服屋

      なのだから当然だ。

      「来年はいよいよ卒業だね。……僕に君が着る袴を選ばせて欲しいんだけど、

       良いかな?」

      去年のクリスマスに160階建てのホテルでディナーを楽しんでいる時だった、

      柚木がいつも以上に浮かれた声色にドキドキしながらも何かが胸の中でざわめいたから

      覚えている。

      思えばあの日よりもずっと前に昨日のことを考えていたのかもしれない。

      目頭が熱くなるのをどうにか堪えて包みを丁寧に開ける。

      今この場に母が同席してなければ荷物を抱えて泣いていたかもしれない。

      震える指先で正確に店のロゴが入ったテープを剥がし普段大ざっぱなからは信じられ

      ない手つきで綺麗に贈呈品の正体を暴く。

      「まぁ!これは見事な袴ねぇ!!ちょっと着てみなさいよ」

      「な、なんで着る本人よりも喜んでいるのよ!?」

      「あら、母親なら娘を着せ替え人形にしたいものよ?ほら、とっとと脱ぐ」

      箱の中に収まっていた物は想像していた通り高級そうな桜の刺繍が施された

      赤と白のグラデーションの袴だった。

      肩や袖口の上部は赤いのに中間地点からその色素が薄くなり下部はもう白に染め

      られまるで夕焼けに映えた早咲きの桜が沈み行く太陽に見捨てられたようだった。

      抹茶よりも暗い緑の袴を着せて貰っても心が晴れる事はなく等身大の鏡の前で次第

      に着飾っていく自分の姿を見ながら何故彼はこれを送ってくれたのかと考えていた。

      付属品の髪飾りで母の好きな三つ編みを結われても黒のロングブーツの紐を結び

      終えてもそれは変わらない。

      黄色い声を上げる母に手を引かれるまま一階の父や兄弟に自分の袴姿をモデルになった

      つもりでくるくる回転してみて……本当にばかみたいに情けなく此処がリビングじゃ

      なかったらきっとマスカラが溶けて酷い顔になるまで泣いてしまうだろう。

      だが、今は独りではない。

      下手に瞬きをしないように目を必要以上に見開き別れたばかりの恋人の自慢をして姉達の

      怒りを買いとりあえず明るく振る舞おうとした矢先、母の声に振り返る。

      「へっ?」

      「だから、こんな高価な物を貰ったンだから、彼に見せて上げたらどうって言っているの」

      解っている、そんなこと。

      ただ、今胸の中を鈍く痛む傷にもう一度矢が刺さるようなことを平気で言うから、そう

      答えるしかなかった。


      ……全く、何で一方的に別れを告げられた恋人に袴姿を見せに行かなくてはならないん

      だろう、彼女は腕を組むよう長い袖の中に手を入れ旧日本家屋の見事な庭を見ていた。

      柚木に誘われて何度も見ているはずなのにこの迫力には毎回圧倒されっぱなしだった。

      縁の下から少し歩いた所にある石橋を架けた人工の池には何十匹もの色鮮やかな錦鯉が

      水中を浮遊している。

      庭のあちらこちらに植林された梅は蕾の中で今か今かと小さな花びらを咲かせる夢で

      も見ているのか気の早い物は少しその大きさを増している。

      今年も綺麗に咲いてね、私は見られないけど、と最後は愚痴のようになってしまった事に

      情けなくて笑えた。

      「梓馬お兄様っ!ちょっと待ってってば!」

      このまま玄関に突っ立っているのも場違いな気がして深いため息を一つ吐いて母への

      言い訳を何にしようかと考えようとすれば聞き慣れた可愛らしい声が庭の方からした。

      「あの声は……確か、雅ちゃん?」

      脳裏に彼とは違う天然が入っている髪が特徴で同性のからしても可愛いと思える

      人影が浮かんだ。

      きっと、血が繋がっていなかったら柚木の恋人に選ばれても不思議ではない。

      しかし、現実は妹として生まれ彼は彼女を選んだ。

      不法侵入かと思い気が引けたが本能は正直で、理性が全身を覆う前にブーツの踵を

      鳴らさぬよう足を忍ばせて家の影に身を隠す。

      隙間から庭の奥にいる二人の兄妹をできるだけ息を殺して見据えるその姿はTVの

      サスペンス劇場に登場する不審人物に見えるだろう。

      「何だい、雅。そんなに僕はおかしな事を言ったかい?」

      着物の両袖の中に左右の腕を交わせ柚木は先程が見ていた梅の樹から振り返った格好で

      妹を見下ろしている。

      落ち着いた様子の彼とは違って感情をむき出しに眉をつり上げている彼女はいかにも

      怒っている事を意思表示している。

      あの仲の良い兄妹でもケンカなんてすることでもあるのだろうか?

      着物姿の柚木とは違ってピンクのシャツに真っ黒なロングスカートを穿き、その一つ

      一つの仕草でそよ風を受けたカーテンのように揺れる。

      その横に携えられた左手にとても庶民には手の届きそうにない大きさのダイヤの指輪が

      薬指を飾る。

      今年に入ってお見合いをし、双方の合意で婚約する事が決まったことをディナーを

      下げられ二人でコーヒーを飲んでいる頃に聞かされたから良く覚えている。

      相手は資産家の息子で美人の割には勝ち気な彼女とどういう訳か馬が合ったようで、

      そう話が進むのには大して時間は掛からなかったらしい。

      それを端から聞いていて次は自分の番かな、と胸を高鳴らせていたのがまるで、

      昔のことように思える。

      「えぇ、そうよ!梓馬お兄様は何で、そう笑っていられるの?」

      あまり直視しないように家の影に隠れていると、雅の荒げた声がここまで聞こえ

      もう一度、視線を二人に向かって走らせた。

      彼の表情はずっと穏やかなままなのに、妹はそれに負けて泣きそうになっている。

      ぷるぷると震える可愛らしい唇が開いた時、この世の全ての音が彼女の中では

      シャットダウンされているのだろう。

      「お婆様に言われたからって、何で彼女と別れちゃうのよ!?」

      「えっ?」

      予期せぬ言葉が彼女の口から零れ反射的に声を上げてしまい、身を縮めて両袖で

      紅を塗った唇を覆った。

      こんな呟き程度のものが庭の奥にいる二人に聞こえる訳がないとは思っていても、

      理性と恐怖心がそうさせから次第に熱を奪っていく。

      だが、想定していた衝撃は訪れることなく妹の一方的な言葉は続けられた。

      「私っ……私、梓馬お兄様が彼女を選んだから私もそろそろ兄離れをしなきゃ…て

       お見合いの話もすぐ受けたのよ!」

      「おや?雅がそんなにの事を気に入っていたとは知らなかったね」

      「話を反らさないでっ!」

      「はいはい」

      彼女の目には何が映っているのか、涙で瞳が潤めば潤むほどその表情は激しさを増す。

      しかし、柚木は少し困った顔になっただけで心までは変わっていないように思える。

      「…ほら、嫁入り前の娘が泣くなんて恥ずかしいだろ?泣くなら最後の挨拶か式当日に

       しなさい」

      涙を拭こうとしたのか、彼が雅の身長に合わせて屈みその白樺のような指が宙を

      移動する。

      だが、それは平手で叩かれて制されてしまう

      妹とは言ってももう成人した女性だ、それなりに信条もあればプライドだってあるだろう。

      まして、あの柚木雅ともなれば兄とは違って処世術を知らなく純粋に育った為か

      少々感情が突っ走る事が多い。

      そんな自由奔放さに自分を重ねて見ていたなんて当の彼女は夢にも思わないだろう。

      お兄様の馬鹿、と捨て台詞を残してこちらに向かって走ってくる雅に対して視界から消え

      れば問題はないと考えた彼女はしゃがみ、できるだけ小さくうずくまった。

      本来ならば抱きしめてやりたい所だが、今の自分はここにいてはならない異物、見つかって

      はまずい。

      柚木家にが足を踏み入れた経路で庭から外へ飛び出したのを確認し立ち上がると、

      すぐ後ろから耳に甘い痺れを感じさせる声が囁かれた。

      「いけない子だね、立ち聞きなんて…」

      「っ!?」

      息が掛かった部分がさっと熱を帯びる。

      心臓が大きくジャンプをしたような衝撃が体中を襲い、振り向く前に耳朶を甘噛みさ

      れ直に生々しい水音が聴覚を犯した。

      濡れた舌先が螺旋を辿り穴を一突きしただけなのに本能に正直な体は甘く痺れ、思わず

      声が荒い息と一緒に出てしまうのを必死で唇を噛んで我慢した。

      それに何を思ったのか彼は口元を歪めそのまま背後を抱きしめるような体制で左肩か

      ら腕を回して着物の中に侵入し、わざと頂の上を通過し下着の上から胸をいやらしく触る。

      「あっ……」

      その刺激に喉を鳴らすのを忘れて天を仰ぎ、頑なに唇を防御している理性を難なく

      本能の色香で破られてしまった。

      強張る体を抱いた柚木はまるでそれを待っていたように笑い、親指の爪先で既に

      固くなっている頂を弾いた。

      「へぇ……さん。ここ、もうこんなに固くなっているよ?どうしてかな?」

      耳元に唇を寄せられ、そんな恥ずかしい事を言われて体を覆う熱がさらに増すのが

      解った。

      それでなくともここは外だ。

      門や玄関からは死角にはなっているが昼下がりのお正月だ、誰が出てきてもおかしく

      はない。

      本能に正直になった唇に深いキスを送られ、歯列を焦れったく確かめるのを選ばなかった

      彼は性急に彼女の熱い舌を求め艶めかしい水音を立てて絡め合う。

      飲み切れない唾液が首筋を伝い未だに肩を寒さから守っている深紅の着物にシミを

      作ったが、もうどうでも良くなっている自分に気が付いて体を火照らせた。

      「ふふっ……体はこんなに正直だね。そんなに僕が欲しい?」

      「あ、あ、……ちがっ、こんなとこじゃ……ふぁ……っ」

      乱れた呼吸の割に文句だけを紡ぐ唇を黙らせる為か胸を覆っている上部から直接

      触り、痛いほどの力で鷲掴みをされて思わず声を上げてしまった。

      外でこんな事をされてこんなに悦んでいる自分がいる、とは思うものショーツの中が

      濡れているのが解って余計に体が熱を帯びて感じてしまう。

      柚木の腕が少し肌を擦れただけで妙に官能的になり、体中に流れる血流が無垢な

      白を艶めかしい桜色に変える。

      肩を覆っていた着物は儚く散る花びらのように肘まで落ち、その反動でもう片方も

      肌より宙を選んで後を追いたがっているのを理性と本能が互いに応援した。

      こんな所で裸になるのは嫌―――皮一枚残った羞恥心が許さないが、を追いつめている

      刺激は彼女自身も求めている。

      「なぁ…。気持ちいいよな」

      返事は荒い息の中に溶けて逃げようとする腰だけが本心を語っていたが、力強い腕が

      腹部を抱き寄せ密着した柔らかなお尻に彼の熱いモノがあたった。

      それがドクドクと脈打つ度にアソコに入ると解っていても、羞恥と言うモノは必ず付いて

      きて本能の邪魔をする。

      快感は微睡みと似て、掠れた理性が欲望の中に消えそうな薄れる状態で欲しい欲しくないを

      言い争っている。

      ブラを支えていた紐も両肩から落ち付き合いだした頃はささやかだった双丘も今は熟れた

      果物のようにちょうど良い大きさが外気に触れ、そのひんやりとした寒さに身震いをした。

      「……っ……はぁ……梓馬さっ……」

      「何だ?……まさか、もう待てないとか?」

      「違っ……んっ、ああ……!」

      「寒い以外なら聞かないからな」

      これを銜えてろ、と差し出された袴の裾にかぁーと頬が熱くなるのを感じたが今の自分

      には拒否権など用意されてあるわけもなく、結局、シーツの変わりに厚いカーテンの

      ような布地をだらしなく噛みついた。

      旧日本家屋の庭の一角で淫らに双丘を外気に晒し、今は一番敏感な部分まで冬空の下を

      汚している。

      チャックを下ろす音がに無駄な抵抗は寄せ、と最後通告をしているように思え袴を

      噛む力も強くなった。

      しかし、その行為は余計に月を味方に付けた柚木を煽るだけで、ショーツを退けて

      脈打つ自身をグジョグジョに蜜が溢れる場所に潜らせる。

      「うっ……くぅ」

      雨の日の公園に無数に存在する水溜まりに捕まった泥水よりも汚れた密が旧日本家屋と

      その見事な庭園を犯し、自分がもっと感じやすい場所にへと無意識に誘って腰を振る。

      「……責任、とれよ……っ!」

      淫らな水音に濡れた声が熱い吐息と一緒に聞こえるが、深緑よりも暗い袴を噛むこと

      に精一杯な彼女には答える事も尋ねる事もできない。

      今はただ鼻から漏れる鳴き声が脳を直接犯して潤んだ瞳から次々に生理的な涙が顎に

      伝い、袴にシミを作る。

      こんな格好で自分達は何をしているんだろう、頭の隅でぼぉっと思ったが、それも

      もうどうだって良くなった。

      「っ……俺が……はぁ、諦めようとしていたのに無駄にして……んっ」

      「俺がっ、どんな思いでお前にあんな事を言ったのか……あ、はぁ……解らない

       だろ……うなっ」

      お腹の中を行き来している脈動が激しい度、ドクドクと言う音が早くイキたいと思う

      気持ちを宥めてくれる。

      こんな積極的に彼が求めてくれるのは初めてでいつも自分が求めてくるまで待って

      くれるからその面でも疑っていたが、どうやらそれは単なる優しさだったようだ。

      今まで胸の頂を指の腹で転がしていた手で片足を持ち上げられ、更に深く繋がる。

      「……っ、くぅ……」

      「っ……く、……うぅ」

      体内でまた憤りが大きくなったのを感じ、やって来る刺激を待ち望んで内壁が

      容赦なくそれを強い力で締めつけるのと同時に何かがお腹の中で弾けたのを頭の中が

      白くぼやける前に感じた。

      疲れ果てた体を抱きしめる柚木を残し、記憶を投げ出した彼女の股にはどちらのモノ

      か区別がつかない体液がまるで水溜まりを駆けたような淫乱な水飛沫によって

      汚されてある。

      普段ならファッションに煩い彼はこんな化粧も衣服も乱れた格好を許さないが、これ

      は自分にしか見せないと言うよりも誰にも見せない無防備の顔なのだから許容範囲だ。

      と別れるつもりで自分が見立てた袴を送った翌日、彼女がそれを着こなして現れた事

      に嬉しさと溢れる独占欲で死角とは言え庭でやってしまったことには変わりはない。

      眠り姫の体内からずるりと自身を引き抜きその反動で膣から流れ落ちる柚木の白い欲望が

      再び股を汚し、既にシミを付けてしまった袴にまたその種類を増やした。


      それから二年後、駅前のコンサートホールの楽屋をタキシードで決めた彼の姿があった。

      表にはエンジンを吹かしたままの黒塗りの車がチャーターされており、階段を上った

      先にはご丁寧に等身大のポスターが貼られてある。

      『ヴァイオリンコンサート』と書かれてあるその下には弦を手に取り、何らかの

      メロディーを奏でる彼女の姿が印刷され演目が何曲か紹介してあった。

      今日はお正月と言うこともあり客寄せも大成功だったらしく、ホールの中は閉館してから

      大分経つと言うのにまだ冷め切らない熱気が残っている。

      「ワーキングネームを使っていると、君にずっと結婚を申し込みそうで自分が怖いな」

      「梓馬さん!?今日は、お仕事で来れないはずじゃなかったですか?」

      時間遅れの訪問者にすっかり衣装を着替えてしまったが振り返ると、見知った顔に動揺を

      隠せずその傍に駆け寄った。

      「おや?お前は俺を誰だと思っているんだい?そんなのコンサートが始まる前に

       終わらせてしまったよ」

      「朔馬はどうしたの?寝かしつけてくれた?」

      「それなら、問題ないよ。教育熱心な曾お婆様が面倒見ているから安心して」


      そう言って柚木は背後に持っていた深紅の薔薇の花束を彼女の胸元に押し当てた。

      大学を卒業してすぐ、五年の歳月に幕を閉じて籍を入れた。

      初めは反対していたお婆様も子供ができると何も言わなくなり、今では良い関係を

      保っている。

      「仕事を早く終わらせたって言うのもあるけれど、夫が妻の誕生日を祝わなくて

       どうするんだい?まぁ、会場の誰もに祝われて満足しているかもしれないが」

      「そんなことあるわけないでしょ!確かに音楽もお客さんに喜んで貰うのも勿論

       だけど、あなたが傍で聴いてくれるのが一番嬉しいって知っているでしょ」

      「……さぁ、どうだろうね」

      口元を手で押さえて笑う彼に腕を引き寄せられ花束を抱えたままその胸の中に

      誘われる。

      この中にいる時が一番落ち着く。

      また、いつものように夫にからかわれたが独身時代のような嫌味を感じない。

      それはお互い満足しているのかもしれないし、もっともっとと飛躍を求めて

      いるのかもしれない。

      「とりあえず、誕生日おめでとう。今日も悪くない演奏だった」

      「ありがとうございます。その内、お仕事が忙しくない時にジョイントしましょう?

       久しぶりに梓馬さんのフルート聴きたいし、聴いて下さる人たちも待って…っ」

      その続きは端正な指に呼び出された顎が天を仰いだ瞬時に唇によって制された。

      開演時間が終わり柚木に送られてきたきらびやかな衣装を着替え終え、楽屋の鏡の前

      で化粧を直していたと言うのにせっかくのルージュも離れた温もりに浚われてしまう。

      「そう言ってくれて凄く嬉しいんだけど、俺はの前でしか演奏しないと決めて

       いるんだ。……だが、そんなに合奏したいんならもっと違う方が良いな」

      夫が口元を歪めたら、それが合図。

      戸惑いの言葉が先か冷たい床に押し倒されるのが先か、まだまだ彼女の誕生日の夜は

      終わりそうもない。

      色褪せぬ調べが閉ざされた楽屋のドアから漏れる頃、自宅のある一室では少年の

      小さな寝息が響いていた。

      その寝顔は両親が家を空けていると言うのに落ち着き、この頃から性格は父親似だと

      囁かれている。

      夢の中でお餅を食べているのか、小さな唇が何度も行き来を繰り返している仕草が

      何とも可愛らしい。

      今、こんな幼い寝顔をしている朔馬にもやがて恋がやってくる。

      それは二人が出会った星奏かもしれないし、突発的な日常かもしれない。

      彼はそんな未来に待つ掌を離さないようにまだ何の運命も描いていない手を強く

      握りしめていた。



      ―――…終わり…―――



      #後書き#

      「W N」はいかがだったでしょうか?

      今作は私の友人であるめいめえ様の誕生日作に柚木裏Dream小説を作成しました♪

      なのに、長っ!(殴)

      久々に長編モノになってしまったかと思えば、ちゃっかり愛の結晶の名付け親に

      なっちゃいました。(爆)

      最初は「朔」と書いてはじめにしようと思っていたのですが、この一文字だけだと

      絶対にキャラを被ってしまうと、前作の幸鷹作の最後を持ってきたと言うわけです。

      もう、お気付きになっていらっしゃると思いますが、「W N」とは、ワーキング

      ネームの略で意味はお仕事上、結婚後も変わらずに使う名前ということですv

      その良い例が、月森君のお母様ですね。

      最後になりましたが、めいちゃん誕生日おめでとう!

      今年も仲良くして下さいね!