寒かった冬も次第に遠退きだしたある日、都内でも有名な氷帝学園中等部では、
卒業式が終わったばかりだった。
生徒会長だった跡部のまわりではたくさんの女子生徒たちが泣いていてそれこそ大事件
だった。
男子テニス部の三年生たちは皆、高等部に進学することが年内に決まっており、
冬期休暇に入る前に彼の自宅でちょっとした送別会を開いた。
当日も泣いていた鳳は自分より背の低い先輩を力強く抱きしめて、「行かないで下さい」
を連呼し、日吉は部屋の角で烏龍茶を飲んでいた。
樺地はやはりと言おうか跡部の言うことに「ウスっ」と答えるだけだった。
あれから何日経ったのだろうか。
何だか、一つの幕が終わったようで何かが始まる予感を起こさせる三月は、彼らの
所属していた男子テニス部の監督で音楽教師の榊太郎(43)の誕生日がある。
しかし、この事実を知っているのは、家族と数少ない友人くらいなもので、それ以上
の者でない限り話そうとはしなかった。
卒業式は、生徒とは直接関わらず三年間を共に過ごしてきた教職員達にとっても
特別な日で、号泣するものも中には入る。
だが、彼の顔は平然としていて動くとしたら瞬きくらいだった。
常に沈黙を保つ真の男である。
他人の事なんかどうでも良いのでは、と勘違いしている者も多い。
だが、そうすることによって、どうしても忘れられぬ想いが飛び出しそうで怖かった
のかもしれない。
今日は、心機一転というのだろうか新しい教職員達が在学生の前に、職員に挨拶する日
である。
「あぁ……緊張するなぁ」
職員用女子トイレの鏡の前で一人の女性がぼやいていた。
彼女は、。
新学期から氷帝学園中等部の事務で働くことが決まっている。
だが、今日は学校の方針で生徒達より先に、これから一緒に働く教職員達と親睦
を深めて欲しいと言うことで挨拶することになっていた。
彼女は癖のある髪を気にして化粧ポーチからヘアワックスを手に取るが、時間も経てば
元に戻ってしまうと思ってそっと閉まった。
その他にも口紅やファンデーションやらの化粧品が入っているが、どれも余り
使われた形跡がなかった。
それも当然で、は今年で37歳になるというのにろくなメイクすらしていないのだ。
なぜかと言えば、単に化粧嫌いという女性としては珍しい理由だが、もう一つ
あった。
それは、今から二十二年前に遡る事になる。
だが、今はそう回想に浸っている時ではないので、とりあえず再度、鏡を睨みつけて
そこを後にした。
緊張で心臓が痛いくらいに早いリズムを刻む。
こんな時は何のまじないも薬も効果を発揮しない。
ただ、その原因を待つだけだった。
大学時代までの彼女を良く知る友達にはほとんど虚勢を張っていた。
けれど、こうして自分の立場で何かが多数必要となると、話は変わってしまう。
元々、大人しい性格で人見知りが激しい女性であるので、一人芝居ではどうにも
ならない場合はこうして傍から見ても解るぐらい緊張をしていた。
「失礼しま……す……」
校長室の隣にある応接室が、新教職員達の一時待機の場所である。
新しい教職員達はをいれて五人だと聞いている。
彼女のように事務に就く者はいなく、用務員が一人、教員が三人だそうだ。
だからだろうか、この女性の緊張がいつもより重たいものに感じる。
まだ、時間には三十分くらいの余裕があった。
しかし、そうだからと言って、校内を気晴らしにぐるぐると回ってもこの緊張が和らぐ
気はしない。
寧ろ、逆効果のような気がする。
例え、ここ氷帝学園中等部がの母校としても…。
「っ!?」
彼女が応接室のタバコのヤニ等で汚れた白い三人掛けのソファーに腰掛けている
と、いきなり校長室の方のドアが開いた。
「っ!?…………………誰かいるのか?」
「えっ……あっ、はい!!!」
どこかで聞き覚えがある低音の声が聞こえたかと思ったら、懐かしいエレガントな
香水とタバコの香りが、鼻を掠める。
そんなことがあるはずもないと思いながら、その人物に期待してしまう。
あれから二十二年も経ったというのに、今だ焦ることを知らない想いがあった。
「もしかして、榊先生ですか?」
年甲斐もなく、涙が出てきそうになる。
「榊先生ですか?」
「……どうして私の名を知っている?」
そう言って扉から出てきたのは、やはり彼だった。
手に吹かしたタバコを持った榊太郎が、こちらを厳しい瞳で見ている。
その途端、は今まで座っていたソファーから立ち上がったと思ったら、何のため
らいもなく彼の元に駆け寄る。
もっと、近くでこの男性を確認したかった。
すると、あれから二十二年経っても、一度も忘れたことのない熱情が彼女の頬
を火照らす。
「覚えてなくても無理はありませんよね。私は、二十二年前、実習生だった榊先生に
お世話になった三年のです」
「なっ!?」
その名前を聞いた途端、覚えていたのだろうか手にしていたタバコを床に落とした。
彼の顔はやはり老いていたが、それは嫌なものではなくて良い意味で魅力が増して
いる。
榊の顔を眩しいように目を細めると、涙が一滴頬を流れた。
「っ!?……なぜ、泣く」
「だって……嬉しいから……先生に会えるなんて。それも同じ場所で会えるなんて
思いもしませんでしたから」
泣き笑いのように顔を緩めると、目元を優しく指の腹で拭われる。
それは一見、ピアノを弾いているのでとても固そうに思えたが、自分と大して
変わらない温もりがあった。
その動きに時も忘れて見つめてしまう。
「ところで、お前はどうしてここにいるんだ?」
「ふふふっ。実は、私、氷帝学園中等部に新しく赴任する事務員なんです。これ
からどうぞ宜しくお願いします」
ハッとする彼の顔が可笑しくて思わず、声を上げて笑ってしまった。
二十二年前、入学シーズンもそろそろ治まった頃、氷帝学園中等部では教育実習生
が毎年のようにやって来ることが恒例になっていた。
「今度来る人って、どんな人かな?」
「ちょー美人教師ならいいなぁ」
などと今と大して変わらない思春期の会話が交わされていながら、教室の隅では
まるで知らないといった顔で春の風に癖のある長い髪を靡かせている少女がいた。
彼女は、。
このクラスの学級委員を務めている。
成績は常に学年トップで、それなりに男子の注目を集めていたが、当の本人はそんな
ことに気づきもしないらしく常に、他人と自身の間に何十の線も置いていた。
自分より幼い同年代の輩と関わりあいたくなかったのかもしれない。
しかし、数分で終わりそうな交わりを選び、それで自らの価値をより一層高めていた。
「はい、みんな、静かにして下さい」
チャイム着席の予鈴の後に鳴るHRの合図に、担任の女教師が教室の引き戸式の
ドアから教壇に立つ。
去年のクリスマスに結婚したばかりの彼女の左薬指には、銀色に輝くものがはめ
られていた。
そういえば冬休みに入る前、担任には内緒で準備したささやかなパーティーをした
ような覚えがある。
もちろん、当人は決まりきったように涙をぼろぼろ流していた。
あれから二ヶ月、ある日、彼女は念願の子供を宿したとあの時のように感動して泣いて
いた。
それに同情したクラスメートも多く、一緒に泣いた者や盛大な拍手を贈った者もいた。
その中にもいたのだが、彼女は別段、何も感じていなかった。
むしろ、その意味が把握できない。
担任の彼女もそれに従うクラスメート達も暑苦しいだけの存在としか、見ていな
かった。
今日も教壇では、ニコニコと笑っている女性がいて何かのギャクを言っては教室中
を笑わせる。
こういう場合、はここの生徒以上、義務上で微笑を浮かべていた。
だが、心の中では氷のような冷ややかなもので嘲った。
「今日は、恒例の教育実習生が来ています。皆さん、くれぐれも勉強の邪魔をしないで
協力して上げて下さい」
「は〜いっ!」
小学生のような返答に厭き厭きしていた彼女は口だけ動かす。
こんなものに一々声を出していられるものか。
拗ねるようにそんなことをぼやいていると、廊下から誰かがいきなり入ってきた。
その音に今はこんなことをしている場合ではないことを思い出し、気を取り直して
その人物を見た。
途端、生まれ落ちてから一度も感じたことのない痛みがを襲った。
その人物が入ってくるなりまわりは静まり、進行方向に足を運ぶ度、その顔は
動かされる。
「今日からあなた達と同じ時を過ごして下さる榊先生です。では、まず、自己紹介を
お願いします」
「はい……、ご紹介に与りました榊太郎と申します。担当科目は音楽で、今日から
吹奏楽部の顧問補佐も受け持つことになりました。短い間ですが、宜しく
お願いします」
そう挨拶した青年は、さすが音楽教師志望と言うかとてもエレガンスな服装をして
いて、隣に並ぶ身長150cmの担任と比べて姿から何からまで月とスッポンだった。
「っ!?」
「宜しくお願いしますっ!」
彼の言葉を聞いて思わず声を出しそうになったが、クラスメート達の湧き上がる
歓声に掻き消されて結局は未遂で終わってしまう。
それはどうしてかと言うと、はこのクラスの学級委員を務める傍ら、吹奏楽部の部長を
務めていたからだ。
彼女の専門は、ヴァイオリン。
三歳の頃から習っており、数々の大会で優勝を収めている氷帝学園中等部の期待
の星である。
だからであろうか、毎回様々な楽器と合奏をしていてもこの少女の活躍する場が用意
されており、気づいた時には彼女の作品になっているものがあった。
最初は他の生徒と公平に扱うべきだと思っていたが、今はもう、諦めている。
誰もがを特別扱いしたがる。
それなら、そうまわりが出来るようにあるまでだった。
あれから何ヶ月経っただろうか、彼女は必要最低限の言葉しか榊に掛けようとは
しなかった。
いや、正確に言えば、できなかった。
彼に近づくたび、出会った頃のような痛みが体中を駆け巡り、それを拒んだからだ。
だが、こうして遠巻きで見ていて馴れ馴れしく榊に近づく同年代の子どもが許せ
なかった。
自身でもこの痛みを何て呼ぶのか解らないはただ、勉強の中に答えを求めているが
それは一向に出ない。
そうこうしている内に、教育実習生の短い時間は流れ、今日はこの学校にいられ
る最後の日だった。
黄昏に染まる放課後、一人の少女は音楽室の窓から外を見下ろしていた。
彼女がいる校舎は四階建てでその遥か下には、グランドを走り回る運動部がいる。
いつもは見ているのさえも鬱陶しく思うはずなのに、今日に限っては何もする気
にはならなかった。
頭の中は彼のことを考え、片時も離れてはくれない。
一つ重く息を吐くと、背後に何者かが近づく気配が感じられ、勢い良く振り返った。
そこには、当然のように美術館から抜け出してきた石像のように端整な顔をした
青年がいる。
「榊先生っ!?」
そこには今一番逢いたくない顔があった。
しかし、それは思春期真っ盛りの少女の至近距離に近づいたというのに顔色一つも
変えない。
彼と過ごしたのはわずかな時間だったが、それでも冷静沈着な榊太郎という人間
を知っていたはずなのに、なぜか胸が痛んだ。
「……どうした?なぜ、今日は音楽室にいるんだ?今日は、部活は休みだぞ」
「知っています」
「ならば、なぜここにいる?」
「先生こそどうして音楽室に来たんですか?もう、職員室で挨拶とか終わったんです
か?」
「あぁ。私はこの学校から去る前に、ここで誓いたかったのだよ」
「何をですか?」
通常、口数が少ない榊がこんなリズミカルに言葉のキャッチボールをしてくると
は思わなかった。
それにつられてかこちらまで率直なことを訊きたくなってくる。
普段のは相手に最も喜ばれるだろうという言葉を選び抜いていた。
このようなまわりの子供と対して変わらない事をしている彼女をきっと彼は嫌って
しまうだろう。
語尾に勢いがなくなったのは、彼の顔を見上げた時、想像もしていなかったもの
を見てしまったからだった。
そこには、榊の年齢にしてはエレガンス過ぎる整った顔が青年らしく微笑んで
いたからだ。
これは今まで遠巻きにして見ていた少女が目にしたこともない表情だった。
「無事に大学を卒業したとしても、どの学校に赴任先が決まるなど解らない。だが、
私は何年経ったとしてもこの学園に戻る……そう、この場で誓うつもりだったのだ」
「えっ」
それを聞いたは思わず、声を漏らしてしまう。
常に冷静沈着な榊のような男性にこんなに篤いものがあるのだろうか。
その表情を探ろうとするの瞳に青年のものと合ってしまう。
「どうした?私がこんなことを言っては可笑しいか?」
そう訊ねる自分でも思っているのか、唇の端を緩めていた。
「全然、可笑しくなんかありませんっ!むしろ、羨ましいです」
「羨ましい?私がか?」
彼女が何を言っているのか解らない青年は幼い少女を見下ろす。
その視線が甘く感じられ、の心臓はヴァイオリンの調べのように伸びやかなリズムを
奏で出していた。
「はい。私も榊先生のように何かに心から取り組めるものがあったら、素敵だろ
うと思います。それは、時には怖いことなのかもしれませんが、だからこそ、人は
人でいられると思うんです」
こんなにもドキドキしているのに、人やものをじっと見据えてしまう癖の所為だろうか
彼から目が放せなかった。
それともこの青年が故意で仕組んでいることなのではないだろうかと、変なこと
も考えてしまう。
彼女はただの呟きのように心の中で言おうとしたことに自分のことながら驚い
てしまった。
これが、の15の初恋だった。
あれから何日か過ぎた氷帝学園中等部は、卒業式明けの短い春休み中である。
だが、新しい教職員だけには限らず、次に待っている入学式の準備で休む暇など
なかった。
彼女もその一人で、先輩事務員達の手伝いやそれに習って簡単な仕事をしたりして
過ごしているのが日常だ。
自宅に帰れば年老いた両親から見合いの話しを持ち込まれたり、初孫が見たいも
のだと言われる始末であった。
勿論、本人も意識したことは数え切れないほどある。
だが、の心はあの日から決まっていた。
この世のどこかにいる榊太郎を愛してしまってからパソコン関係の資格を取って、
事務員になることを決めた。
勿論、彼と同じ道も考えたのだが、あいにくピアノは全く弾く事が出来なかった。
同じく叩けるものと言えば、中学に入ってから使い始めたパソコンぐらいな物だった。
動機は不純だが、もしかしたら、同じ職場で逢えるかもしれない。
そんな淡い想いからこの職業を選んだが、やはり現実はそう簡単にならず、つい
この間まで明媛女学館中等部に務めていた。
勿論、まわりは女性ばかりで彼への想いが強くなったことは言うまでもない。
かと言って、本人をやっと見つけた今でもなかなか上手くいかないものがあった。
四十も手前に見えているこの歳でも、振られることが怖かったりする。
それもそのはずで、は二十二年間初恋の相手を想い続けていたのだ。
純愛路線をひたすら走った少女から女性に変わった彼女は、今更自分がどんな恐ろしい
ことをやっていたのか解って身震いがする。
しかし、それに気づいたとしても後戻りは出来なかった。
今日は、三月十四日。
イベントで言ってしまえば、ホワイトデーである。
バレンタインに女性から送られた愛に応える日だった。
男性としては一年で最も、ひやひやする日ではないだろうか。
どんなものを贈れば、相手は喜んでくれるだろうか、大抵の男性は考えないものだ。
だが、彼女の場合、事情が違った。
今日は、榊太郎の誕生日。
彼が二十二年前、まだ教育実習生だった頃、まわりの異性とは違った青年に興味
を持った子ども達がそれを聞きだしていたのを耳にしたことがあった。
これといったプレゼントは、脳裏に過ぎってはくれない。
「あ〜......何であの頃の私って生意気で自分勝手な子どもだったんだろう」
昼休み、一人で思い出の音楽室にやってきた。
ここに来れば、何かが思いつくのではないかと、中年男性の教頭に無理を言って音楽室
の鍵を借りてきたのだ。
だが、来てみても過ぎるものと言えば、彼のことばかりで参考になりそうなもの
はなかった。
「榊先生…」
「私がどうかしたか?」
「っ!?」
そんな声がいきなり後ろから聞こえてきたと、振り向けばやはり、二十二年の時空を
越えた榊太郎その人がいた。
「どうしてっ!?」
事務員はほとんど毎日来るが、教員はそれに対して登校してはこない。
「私の事を覚えているのなら、解るだろ?」
そう言う榊の顔は、いつかの青年とダブった。
二十二年前、彼と一度別れた放課後の音楽室で誓った切なる願い。
そして、当時十五歳だった少女に放った約束。
『私は、この学園にお前のヴァイオリンの音を聴きにくるために戻ってくる』
その言葉を決して忘れたわけではなかった。
ただ、女性と化してしまったには、そう思って良いのか解らなかった。
今までのように考えていては、単なるうぬぼれではないか、そう思っていた。
だが、今、こうして榊の瞳を見上げていると、それは嘘偽りの類でないことは
容易に伺える。
そう感じると、長い間埃を被っていた恋心が甘い音色を奏でるのを耳にし、頬に
赤みが注し出した。
それを見た青年から男性へと化した彼が、包み込むようにの頬に自らの掌を添える。
「なっ!?」
「そんな顔をするな。変な気分になるだろうが」
「でっ…」
言葉を続けようとした彼女の唇を素早く自身のもので奪う。
それは、初めてとは思えないぐらいの深いものだった。
「んっ」
しかし、突然の口づけはとても刺激過ぎて、今まで純潔を保ってきた女性にはかなり
厳しいものがある。
まるで、何かに溺れたかのように息つぎもろくに出来ず、腰に力が入らず今にも
砕けてしまいそうになった。
だが、それは、榊が回した腕によって阻止される。
「愛している。私はずっとがこの学園に戻ってくるのをずっと待っていた」
「先生っ!」
待ち浴びていた言葉を言われて感動をしたのか、涙が一滴頬を流れた。
今なら言える。
そう確信した彼女は時空を超えた一言を口にした。
「私も...あなたを愛しています」
先程の口づけの余韻で大して力強いものではない。
だが、それは彼の脳内にはっきり届くものであったのか、榊は瞳を丸くしてを
見ていた。
その視線を向けられた存在はどんな春風よりも温かい笑みを浮かべる。
「っ」
「えっ?」
彼に名を呼ばれたかと思うと、榊は彼女を腕に抱き上げると、職員室に向かって
走り出した。
「ちょっ、せ…っ!」
中学校の職員駐車場に、妙に浮いているポルシェが出発すると、金縛りが解けたように
運転席の彼を見た。
だが、榊は何も言わず、その途中に存在している信号機待ちでその口を騙せるか
のごとく、唇を強く求めてくる。
彼女はそれが赤になるたび、感じてしまいそうになり青になるたび、酔わされていた。
これでは弱い酒と対して変わらない。
もう、榊しか見えない。
何度唇を交わしたか解らなくなった頃、どうやらどこかに到着したようでシート
越しで駐車場に止まったらしいことが解った。
「大丈夫か?」
そう言っての座席のドアを開けた時、目の前に広がった光景に我が目を疑った。
そこには、実に彼にふさわしいとでも言うのか、豪華な装飾が施された屋敷が広がって
いる。
外国の宮殿か何かを想像させるそれに彼女を来た時同様、抱き上げて向かった。
「心配などするな。私の家だ」
ここで平常心を保てていれば、絶対嘘だとツッコミを入れたくなっただろう。
だが、今はこれから彼となりうることを想像すると、そんな余裕はなかった。
「お帰りなさいませ」
「うむ」
玄関と思われる扉を抜けると、大勢の人々に迎えられたが、榊は彫りの深い顔を
崩そうとはしない。
たくさんの人たちに見られていると思うと、必要以上に意識してしまい体中が
熱く火照りだした。
「先生…私…」
「大丈夫だ。あれは、使用人だ。心配には及ばない」
階段をのぼる何にも動じない榊の横顔を見つめながら何かをツッコミたくなったが、
それは伏せておくことにした。
何階か上がった直ぐそばの部屋に入ると、いきなり今までの行動が変化したよう
に荒々しいものに変わった。
ドアを閉めるとそれにもたれて、の唇を深く求め出す。
「んっ…ふぁっ」
口内を割って侵入してきた彼自身に、優雅にそれでいて荒々しく舌をからめられる。
残った理性で榊の胸を押し返そうとしたが、腕に力が入らない上に、抵抗も空し
く片手で頭上に押さえつけられてしまった。
もう一方は、彼女の白いワイシャツのボタンをこれまた、華麗な指捌きで外して行く。
「はぁ…先生ぃ…だめっ」
「何がだめなんだ?言ってみなさい」
唇を開放されたの瞳はどこか虚ろで、それでいて色っぽく十分と言っていいぐらい
大人の女性である。
それは、獣と化した男性の胸を抉るものであった。
瞳には憂いの涙が浮かび、先ほどまで味わっていた唇は互いの唾液でいやらしいほど
濡れていた。
白い生地で覆われていた肌は透き通るほど白く、霧で遮られた二つの丘はそれに
隠れながらもこちらを除き見ている。
「いやっ、そんなに見ないで下さい。......恥ずかしい」
「恥ずかしがることはない。この部屋には私と君だけだ。それに、この部屋には防犯
カメラはない。存分に、私にという女性を魅せてくれ」
そういうと、頭上に押し上げていた彼女の手首を一端、開放し、来た時と同じく
抱き上げこれまたどこかの貴族か何かを思わせる豪華なベッドの上に優しく降ろした。
榊もそれに覆いかぶさり、にもう逃げ場などないことを伝える。
「......お前が欲しい」
「先生っ!?」
「「先生」ではない。私はもう、あの頃の教育実習生ではない。私がお前を欲している
時は、「先生」と呼ぶな」
確かに、彼の言い分も解る。
だが、いきなり今まで呼び慣れていたものを使用禁止にされると、かなり戸惑う
ものがあった。
困惑の表情を浮かべるにいつかの少女を思い出していたのか、彼の口の端が一瞬、
緩んだように見えた。
だが、それは幻だったかのように消え失せ、再び、邪魔なものをすべて取り去ろうと
する獣と化す。
「あっ、やめて…太郎さんっ!」
「っ!?」
とっさに口にしたものが、榊の狂った理性を正常に戻させたのか、瞳を大きく見
開いている。
「「太郎さん」では、だめでしょうか?」
直接、本人の瞳に問いかけてみた。
それは、淫らな自身の姿を映していて、頬を染めて背けたくなる。
だが、それをの本能は許さず、自ら彼の首を抱きしめてキスをする。
「っ?」
「愛しています。......でも、私だけは、やっぱり…」
「......解った」
互いの服を脱ぎ去り、生まれたままの姿でを抱きしめる。
やはり、服の上からだとあまり感じない肌と肌の触れ合いに二人とも体を火照らした。
「好きだ...愛しているっ」
「あっ」
耳のそばでそう囁かれた彼女の体はビクッと振るえ、それを合図に榊を再び獣と
化した。
右鎖骨の辺りで強く肌を吸い、片手でを支えながらもう片方は、二つの丘にある頂を
指の腹で弄び始める。
そこは誰かを待ち望んでいたのか敏感に振るえ、またそれが、男性の意識を本能
へと誘った。
「はぁ、んっ…」
「かわいいぞっ…」
「やっ…そんな…」
榊は自分の下で快楽に悶える彼女を見て、一瞬、口の端を緩めたかと思うと、十分
堅くなった頂を口に含んだ。
舌先で攻め立てたかと思えば、いやらしい音を立てて吸う。
彼女はその度、榊を抱きしめ、自分を襲う激しさに耐えようとする。
だが、そんなことを許すわけは無く、唇を離された頂の丘を荒々しく揉んでは、
を新たな快楽へと導いた。
「ああっ......そんな…に…されたら、変になっちゃう」
「っ…っ」
すっかり主張しだした頂はそれでも彼を怪しく誘い、もう一人の榊太郎の眠りを
覚めさす。
彼は普段、理性が強いのだが、体中を火照らしたこの女性に本来のあるべき姿を現した
のだった。
その訪れに顔をゆがめて分身を見下ろせば、それは、はっきりとした形で彼女を
欲している。
だが、これがの中に入るのかと考えてしまうと、なかなか実行には移せなかった。
彼女はこの欲望を受け入れてくれるのだろうか。
それは、自分との永遠を指している。
恋人を通り過ぎたヴァージンを一緒に歩んで行ってくれるだろうか。
しかし、ここでを不安にさせては男として許せないものがあった。
仕方なく、胸ばかりを攻め立てる。
決して大きいものとはいえないそこは震える度に、左右に揺れて彼の分身を締め
付けた。
「くっ......っ」
下半身からくる激痛に耐え、彼女の唇を求める。
だが、それはどう考えても荒々しいもので、微塵の余裕さえ感じさせなかった。
こうなってしまえば、普段の榊が保っている美学などと言っている場合ではない。
「ああっ、やっ…たろ…さ......お願いっ」
それを放した途端、彼女は快楽で歪んだ顔で彼を呼んだ。
その声にどうしようもなく震えたのは、誰でもない榊である。
「......して…下さい」
「っ!?解っているのか!私と一つなってしまったら」
「構いません。私をあなたの妻にして下さい」
「っ!!」
思わず言葉を失った彼の瞳には、儚いけれどとても意志の強い愛する女性が映っ
ていた。
この二十二年間で、彼女は既に榊との未来を考えていたのだ。
答えなど戸惑えるはずは無かった。
愛しい男性の腕の中にいて、そんなことを考えない女性がこの世に存在するだろうか。
多少辛くても、彼の与えてくれる痛みなら、それでも望んで受けようとさえ
思っていた。
「…すまない」
彼はそういったかと思うと、彼女の足を開かせその中心にすっかり大きくなった
分身を宛がった。
「嬉しい......っ、あっあっあっ」
榊が腰の動きを進めるたびに、これまでに無い激痛が体中を駆け巡った。
それもそのはずで、今まで彼以外に体を許したことが無かった彼女は、処女である。
そのこともあってか最奥にたどり着くのが、ずいぶん時間が必要だった。
やっと到着した頃には、二人とも押し寄せてくる快楽に酔いしれ、互いの吐息を
聞いているのが精一杯だった。
「あっ、んぁぁぁぁぁ......」
「くっ…っ!」
彼女がイってしまってから榊は二人の望みどおり、彼女の体内に白い欲望を放った。
気がついていた時には、既に外は薄暗く室内でもそれは伺えるほどのものであった。
先ほど目を覚ました彼の横には、未だ眠り続けている妻がいる。
既に一つになってしまった二人は、例え、婚姻届けを出していなくても夫婦には
変わらなかった。
「......愛している」
榊はそう、未だに眠り続けている彼女の額にキスをした。
―――・・・終わり・・・―――
#後書き#
皆様、こんにちは。
不肖の管理人、柊沢歌穂です。
「White
Birthday」は如何でしたでしょうか?
今作品は、最年長ヒロインとなってしましました。
本年度初の裏作になりました榊ドリは、実は初期設定では健全でした。(汗)
ですが、それでは、面白みに欠けるのでは?と思った私は、徹夜をして何とか当日
に間に合わせてみました。
しかし、後書きを書いているのですが、やはり、久しぶりの裏作はかなり内容が
薄く又、豪華なものになってしまったなぁとぼやいています。(爆)
しかも、初めて、挙式前で終わりました。
ですが、榊監督をかなり獣化させてしまいました。(滝汗)
末永くお幸せにっ!(逃げっ!!)