Dear
Valentine ―――不二編―――
『周助っ!行くぞ』
『うんっ!!』
コート上に黄色いボールが飛び交う。
目の前には自分よりも小さな少年がラケットを片手に返ってくる球を必死で
追って駆け巡っている。
『兄ちゃん、兄ちゃん、頑張れ〜!!』
コートの外では彼の一つ下の弟が無邪気にも兄の応援をしていた。
だが、その彼には悪いが、周助には一度たりとも負けたことはない。
確かに、小学生としては申し分のない逸材と言えよう。
しかし、現役を退いても尚感覚が残っている「魔王」と呼ばれた自分にはまだま
だ勝つ力など持ち合わしてはいなかった。
まだまだ彼には心身共に成長が必要で、そのことに気づいて欲しい。
従弟であるあの子だからこそ自分を超えて欲しい。
だが、あの少年には今一つ勝利への拘りが欠けていた。
それは勝負師にとって必要なことであって必要ではない天真爛漫さである。
中学生のある日、何故、自分が「魔王」という異名で呼ばれているのかと友人
に聞いてみたことがあった。
「魔王」と呼ばれる理由。
それは無表情のままコート上に立つからだった。
そして、どんな試合でも息も乱さず、無敗を守り続けるからだそうだ。
時には蝋人形のように何も言わず、時には魔法を使うように見事な技を仕掛けて
は勝利を浚って行く。
しかし、それはあくまでも昔の話だ。
今はすっかりテニスを捨て今までの友人関係をクリアにして青春学園高等部に
通っている。
誰も自分を知らない。
神奈川ではちょっとした有名人の自分がだ。
これをカルチャーショックというのだなと、他人事のように冷静で考えていた。
あの事件以来、いつもこう言った調子だ。
何かが抜け落ちてしまっている感覚と言った方が正しい。
そのピースが何処に当てはまって埋まっていくのか。
遠い昔に失くした記憶はまるで、陽炎のように姿を晦ませている。
『兄さん、テニスやろっ!』
不二家に越してきてからどれくらい経っただろうか。
朝起きて学校に通い帰ってきてはまた違う朝が来る。
そんな日常が何百年も続いているような気がした。
弱さの唯一の吐き口を失ったからかもしれない。
テニスは止めたんだとあれから何度教えたのにも関わらず笑顔の可愛い少年は
部屋のドアを開け放って来た。
その後ろにはいつもそっくりな弟を連れている。
二人がいつかの自分達を思い起こし、胸が痛んだ。
『こらっ、俺に遊んでもらうことより裕太と遊んであげな』
亡くしてしまった妹がまるで亡霊となってまだ生きている自分を責めているよう
で怖かった。
『裕太は良いんだもん。僕が兄さんとテニスしている所を見るのが好きなんだもん』
『うんっ!』
その笑顔が眩しくて…辛くて…悔しくて、いつも承諾してしまう。
守りたかった。
守れなかった。
大切な存在ほど心が重くて苦しかった。
『兄さん、本当に行っちゃうの?』
別れの朝は寒くて、空には飛行機雲が一つ出来ていた。
『あぁ…』
たった二年間だったけど、それ以上に少年と離れるのが怖かった。
何故?
答えは簡単だった。
「どうしてそう思うの?」
「えっ?」
振り返った先には大好きな笑顔があった。
自分のように他人をあざ笑わないキレイな微笑。
そんな彼に焦がれてしまったのはいつの頃だっただろうか。
不二は墓石を抱きしめたままのの目元を細い指先で拭った。
涙など出たのだろうか?
彼は自慢じゃないが、この六年間泣いたことなんて一度もない。
抜け落ちた感情。
それは一露の中に閉じ込められているのかもしれない。
少年の指を見ると、やはり溢れ出した自分がいた。
お帰り…。
そう言われた気がした。
それは木風の声?
それともあの日に置き去りにしてきた自身の声?
「うっ」
六年振りの感覚に、その一言が夕立が降り出す雷鳴となったことは言うまでもない。
『約束だよっ!』
あの日々が懐かしい。
別れ際、後ろ髪を引かれながら青春台駅への道を歩き出した時、幼い不二はそう
叫んだ。
『今度会う時、また試合してね!僕、ずっと待ってるから』
立ち止まったが、振り返りはしなかった。
そうしてしまうと、自分がこの家に越してきたあの瞬間に決めたことが鈍りそうで。
だから、答える代わりに握り締めた拳を高く掲げた。
親指を突き立てて…。
結局、少年は最後の日も彼に勝つことができなかった。
加減をしようかと思わなかった。
自分の後を頼みたいからではない。
誰かを守るために…誰かを笑わせるために、その才能を発揮して欲しかった。
自分のようになって欲しくないから。
「周助…俺…」
冷たくて何も言わない墓石からあれからずっと支えてくれていた存在を強く抱き
しめた。
もう、離さないように…。
もう、亡くさないように…。
ぎゅっと無言で抱きしめ返してくれるだけで嬉しかった。
「泣きたい時はいつも僕の胸を貸してあげるから」
「うっ…ううっ…」
鼻を掠める汗と温度が六年間の涙を流させる。
背中を優しく撫でる大きな手がまるで包み込むように感じられ、少し恥ずかしかった。
本当は年上の自分がそうであるべきなのに、結局、こうして支えられている。
不二周助という男は何処まで大きいのだろうか。
「ねぇ、さん」
不意に言葉を掛けてくる。
その声はいつかの寒い朝のようにどこか心細くてそして、陽だまりを求めている
声だった。
「僕はずっと見ていたよ。さんが大好きだから」
「周助」
頬を伝う涙が止まる瞬間、少年は頬を両手で抑えた。
夕方久しぶりに見た時よりも大人っぽくて、色っぽくて、益々彼のことしか考え
させなくさせる。
「ねぇ……聞かせてよ。さんの気持ち。僕のこと嫌い?」
悪戯っぽく尋ねる所は昔からちっとも変わっていないなぁと心の中で笑ってしまった。
だが、青い瞳はこちらを真剣に見つめたまま離れようとはしない。
「俺も…お前が好きだ」
二人は互いに笑い合うと、どちらからでもなく唇を交わした。
今までの時を越えるように離さずに。
集合墓地でするキスは、ちょっと不思議でそれでいて冷たかった。
心の中で少年と家族に謝りながら、不二の背中に自らの腕を回す。
それが、六年前のあの場所に置き去りにした本当のが目覚めた瞬間だった。
「んっ」
先程よりも鼓動を高鳴らせ体中に重く響かせる。
息もうまく出来ずに思わず吐息が漏れてしまった。
自分で聞いてなんてイヤらしい声を出しているんだと突っ込んでも後の祭りで、
彼が後頭部をぐっと鷲掴む形で取り押さえられる結果に繋がった。
「んっ…んんっ」
首を左右に振って抗議をしようとしても細い腕の何処にあるのか、すごい力でそれは
すべて拒否された。
角度を変えて唇を味わえられている。
その感覚にぞくっとしていつもの背筋が伸びてしまう癖が出てしまった。
これは城成湘南中学でテニス部に入った当初、先輩の挨拶が基本となっていた
方針に従ったために出来た結果である。
それは時代錯誤だとかの周囲の声もあり、今は大して厳しくはないようだが、やはり
部員達の誰もが背筋が伸びていてキレイだったことを今も覚えている。
まぁ、運動部なのだから猫背であっても仕方のないことだ。
「んぁ」
その刹那、少年が唇を離したと思ったら急に腰が抜けてその場に倒れこみそうに
なった。
地面は、砂利と冷たい墓石の膝元。
こんな所に倒れ込んでしまっては、もし、この場に第三者がいたらいかにも自分
が誘っているように思われるだろう。
だが、それは不二に抱き上げられたことにより、阻止された。
不適な笑みを讃えて…。
「周助っ…」
我ながら少女みたいな体系のためそれ相当の体重しか持ち合わせていない。
それ故に、男性二人にも魅入られてしまっていたのかと、こんな時でもふと考え
ていた。
「もっと、さんを僕だけのものにさせて」
深夜の公園はさすがに誰もいない。
ここは先程いた墓地からさほど離れてはいない小高い丘の上に三年前に設立された。
公園といっても小さなもので滑り台と砂場しかない。
それでもこの周辺住んでいる子供たちは通ってくるのかどちらにも可愛らしい
足跡が残されていた。
『また明日もしようね』
四年前まで彼が高校から帰宅すると必ず愛用のラケットを抱えて待っていた。
それは何度負けても同じことで、繰り返しそれは続けられた。
「さん…」
木製のベンチに下ろされると、その上から不二が覆い被さって来る。
その瞳はやはり青くて、逃がしてはくれなかった。
「周助…」
観念をしたように瞳を細め、笑った。
これが本当のの笑顔。
不器用だが、それでいて思いの強さを相手に伝える威力がある。
不二もその中の一人で、瞳を一瞬大きく見開くと好きだよと額にキスをした。
「んっ」
その唇が離れたと思ったらそれは彼のものに降り注いで来た。
この歳になると、何らかの初心さは消え、逆に相手を求めてしまう。
自ら口内への侵入を許し、差し伸べられた舌に絡みつく。
「ん…っ、っん」
「へぇ、積極的だね。そんなに僕が欲しかった?」
「ちがっ……あっ」
唇を離されたと同時に銀色の糸が二人を繋ぐ。
これが見えなかった互いの運命を握っていたのかと思うと、もう、何も怖くなかった。
本当は誰よりも不二が欲しかった。
しかし、それを言うのには恥じらいがある。
いくら年増な自分でも物乞いをするような縋ることはしたくはなかった。
これがそれ相当の健全なる思考なのかと悩んでしまう。
「キレイだよ」
白いTシャツをめくり上げ、上に重ね着していただけの洗いざらしのシャツと
一緒にベンチの背凭れに掛けた。
やはり二月で、しかも、深夜と来たらマイナス近くには入っているのではないか
と思うほど寒い。
「なぁ、俺の部屋で続きをしようぜ。ここじゃ、周助が風邪を引くだろうし」
「あっ、僕の心配をしてくれるんだ?こんな状況なのに。やっぱり年上のお兄さんは
違うのかな」
「えっ?…あっ」
その言葉に気がつけばズボンのジッパーを下ろされ、その上から自身をゆっくり
と撫で回す。
「意外と感じやすいんだね。ほら、もうこんなに硬くなっているよ」
「…そんなっこと…言わなっ、ア」
胸の飾りに唇を合わせる感覚に思わず体を弓のように反らす。
その名も知らぬ刺激から逃れるためでもなく、ただ体がそれに合わせて勝手に動いて
いた。
これが本能というものなのだろうか。
「あっ…あっ…」
先程まで口内を侵し続けた舌先でちゅっと生々しい音を立てて攻める。
その感覚に溺れそうで必死に目を閉じた。
そうしたら淫らな自分を見ることができない。
だが、思考よりもそれは阻止され、次に瞳を開けた時に飛び込んできたのは立ち
上がってきた分身だった。
「ああっ…はぁ」
いつの間にか取り出されたそれは白い噴水をいやらしく溢れさせている。
下着ごと脱がされた下半身には大人の男性そのものの少年しかいない。
すでに体は不二の言うことを利いてしまっていた。
それとも故意的に彼を求めているがさせているのだろうか。
自らも上半身に着ていたものを同じくベンチの背凭れに預け、開脚をさせた彼を
傷つけないように優しく自分の傍に引き寄せる。
「すごいよ。さんのここ…僕をそんなに感じてくれているんだね」
もう、当初に感じていた寒さなど微塵にも感じない。
「はぁ、はぁ……ん」
互いの蒸気した熱が真夏の夜のように感じられ、逆に寒さを求めた。
しかし、それ以上に欲しかったのは…
「あっ、あっ……周助ぇ!!」
分身の先端を攻め立てては軽くキスをするように窪みにその先で突く。
誰もいない深夜の小さな小さな公園。
その場所でまさか大の男が愛し合っているとは誰も想像もしないだろう。
ここは子供だけの場所ではない。
大人にとってもここは一時の陽だまりだから…。
「ああ…アア……っ」
泉を何本の指でかき混ぜられる刺激と恥ずかしさで涙が頬を伝う。
体中で一番敏感な部分を弄ばれて平静なんて保てるはずがない。
「しっかり僕に捕まって」
「はぁ…はぁ……うんっ」
指をその場から外し、自分の首の辺りを差し出して彼に抱きつくようにと促す。
すでに思考回路はゼロに等しく、無我夢中でそれに従ってぎゅっと抱きしめ、こ
れから来るであろう衝撃に強くまぶたを閉じた。
「大丈夫だよ、さん……愛してるよ」
それに気づいたのか少年はの髪を優しく撫でた。
「えっ?……!アアっ!!」
「愛してる」
そんな言葉を聞いたことなんてない。
まして、それが自分に向けられているなど考えたこともなかった。
だが、こうして不二と一つになっている。
「はぁぁ」
愛して、愛される。
それは互いの想いを交換したことにはならないだろうか。
「あ……っ……周…助」
何処までも続く闇の中に悩ましい水音が小さく響いて消えて行く。
繋がれた部分からは銀色の愛液が幾度もお互いを濡らした。
まるで、水遊びをしているかのように跳ねたそれは時には上半身までにも領地を
拡大させる。
「はぁ、はっ……周す…けっ」
水溜りになったその部分一つ一つに腰を揺らしながら唇を寄せ、吸い上げたのと
同時に紅い傷を付けた。
「やあっ、しゅう……す……けっ」
もう、迷わせないように自分だけの印を付けて…。
「……イクよ」
体をビクッとさせたのと同時に、の内壁が一気に彼をきつく締め付け表情を崩し
てしまう。
「あ…あああっ」
彼の脚から腰を掴んでいた指が一瞬、強いものに変わってこっちも思わず強くま
ぶたを閉じてしまった。
体の中に何かが放たれた瞬間、夢の中に吸い込まれてしまうかのごとく眠りに落ちた。
「愛しているよ、」
その場に残された不二は静かに笑って、その眠る唇にキスを落とした。
「兄!久しぶりじゃん!!」
引越しの整理をしていると、不意に自室のドアから一人の少年が飛び出してきた。
ここは四年前までお世話になっていた不二家。
引っ越してきたと言うより戻ってきたと言った方が正しい。
本当は勤め先に16分した所に安い物件を見つけたのだが、不二がどうしてもと
笑顔で不動産にキャンセルの電話を入れてしまったのだ。
「もう、無理して独りでいるの止めよ」
本当は誰かに甘えたくて、傍にいて欲しくて…家族を殺したんじゃないって誰か
に言って欲しかった。
「裕太っ!?久しぶりだなぁ……はぁ、やっぱり俺よりか大きくなったな」
「兄が小さ過ぎるんだって。それにもう兄貴だって超してやったんだぜ」
そう言って彼はVサインをして笑った。
「それより久しぶりに帰ってきたんだし、俺と試合しようぜ!」
その顔はあの幼かった日々を思い出させ、やっぱりあの頃のままなんだなと心の
中で安堵の息を吐いた。
「うん。じゃあ、先に外で待っていて。俺はラケット持ってすぐ行くから」
「解った。早く来いよ」
この場所に帰ってきて良かった。
あの日はここを出たくて仕方なかったのに、今はこんなにも温かい。
(さようなら…)
今度は今までの自分に別れを告げよう。
自分にはもう、支えてくれる人がいるから。
あの場所で言った言葉ならきっと、別れても家族に会えるはずだから。
「やぁ、さん。もう、片付けは済んだ?」
「周助!あぁ、おかげさまで。これから裕太と久しぶりに試合するんだけど、
周助もどう?」
「いや、僕は良い。二人で楽しんできてよ。僕は観ているから」
「そう?じゃ、これからは疲れていない時はいつでも相手になってやるからその
気になったらいつでも声かけてくれよ」
「うん、ありがとう。頑張ってね」
二人が試合する場所なんて小学時代にお世話になっていたスクールに決まっている。
彼が去った後、不二はベッドに腰を下ろしその感触を楽しむように腰を揺らして
跳ねてみた。
「うん、良い感触だねvこれならいつでもを抱けるね」
一つ大きく伸びをしてから立ち上がる。
その瞳には不敵な微笑みが浮かんでいる。
「テニスじゃ敵わないけれど、ベッドの上だといつも僕が勝っているからもう、
良いんだ」
彼は静かに笑うと、その場を後にした。
―――・・・終わり・・・―――
♯後書き♯
「Dear Valentine」不二編はいかがだったでしょうか?
今回は「バレンタイン企画」により男性主人公作をupしたわけですが、もう、
私のBL作を涙を呑んで(いないからそんな人)お待ちになった方は一年四ヶ月
ぶりという誰かのアルバムではありませんが、長らくお待たせしました。
いやぁ、久しぶりと言いましょうか、いきなり裏ですからね。
まぁ、私の扱うVSは必ず裏と言う設定なので、致し方ないのですが、なかなか
難しかったです。
ですが、夜なべを何度も繰り返して書き上げたのも不二君に最後の言葉を言って
頂く為に頑張りました!
深夜作業を何度も繰り返して骨を折ったのは、敢えて言うまでもないのでしょう
が、両手首の痛みと同じ姿勢のまま作業に当たっているものですから腰が痛くて
堪らなかった事ですね。(苦笑)
間接をぽきぽきと鳴らしながら睡魔と闘いながらようやく後書きまでたどり着け
たというわけです。
さて、話は急展開に変わりますが、魔王不二君主義の方には失礼だと思うのです
が、私の中にありますイメージの「魔王」は不二君ではありません。
絶望に満ちてそれでいて最強というものです。
黒さも重要ですが、それよりもこの二点を最優先事項にしていますので、ご了承
下さい。
それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。