ホットコーヒーを頂こう


      「げっ!何よ、それ!!」

      「なっ、なっちゃん!声がでかいよ。他のお客さんに失礼でしょう?」

      「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」

      喫茶ALUCARDでそんな声が響いた。

      ここでは週に二日、火曜と木曜にアルバイトをしている。

      高校時代の友人である藤井奈津実は時々、ALUCARDにやってきてはカウンターに

      座り、午後のひと時を過ごしていた。

      彼女は周囲のお客に頭を下げると、目の前にいる彼女を見る。

      奈津実は相変わらず、眉間にしわを寄せていた。

      「あんた、卒業式ん時にヒムロッチとラブラブになったはずなのに、何でデート

       してないのよ!」

      「それは…氷室先生にはお仕事があるから私が迷惑をかけちゃいけないの」

      それを聞くなり、の腕を掴みALUCARDの外に連れ出した。

      「えっ!?……ちょっ、ちょっと」

      ドアを開けると同時に備え付けのベルが鳴り響く。

      「なっちゃんってば、痛いって……」

      彼女の腕を掴んでいた手はALUCARDの裏口に着くと乱暴に放され、

      奈津実はこちらを睨み付けてくる。

      「何でよ!?あんた達、あの時見てるこっちが恥かしくなるほど幸せそうな顔をして

       いたのに何で、会ってないのよ!?」

      「それは、さっき言ったでしょ?氷室先生は学校があるし、私は一流大学で精一杯だし…

       それに、私は彼を束縛するつもりなんてない。ただ、私はあの人と一緒にいたい…」

      そう言うと、苦笑して見せた。

      彼女だって三年間想い続けて来たのに、離れ離れに生活を送るのは嫌だ。

      でも、現実を考えれば、彼には教師としての仕事がある。

      どんなに愛し合っても……。

      「ハッ!『束縛』?笑っちゃうわ。それが今のザマ!?そんなの前からヒムロッチの

       自由を奪っているじゃない」

      「なっ!?私が氷室先生の何を奪ったって言うのよ!」

      奈津実が勢い良くそう罵る。

      高校時代では決して口にしなかったのに、今はこうして二人の間を漂っていた。

      彼女はそれに傷つきながらも精一杯、今、自分が考え付くことを言い放つ。

      しかし、口に関しては奈津実の方が上手らしく、この他に思いつかった。

      顔を引き締めては見るが、目からは涙が出てくる。

      (会いたい………会いたいよ。………氷室先生……)

      「うっ……ひっ………」

      彼女は顔を手で覆い隠す。

      (私だって……会いたいよ)

      潰れそうな想いに涙の自由が利かない。

      奈津実に言われるまで自分の気持ちに気づきもしなかった。

      こんなにも弱くてもろい、もう一人の自分がいるなんて気づいても見ないふりをしていた

      のかもしれない。

      (零一さん……)


      ……ふわっ。

      「えっ…」

      急に、何かがを包み込み、驚きのあまりどうしても止まらなかった涙が止まる。

      一瞬、その正体は奈津実かと思いもした。

      しかし、彼女ならもっと胸もあり更に言ってしまえば、女の子同士ならば感触が

      柔らかいはずである。

      (じゃあ、…誰?)

      彼女の頭がパニックになる頃を見計らったかのように遠くから奈津実の声がした。

      「〜!私に、感謝しなさいよぉ。じゃね!」

      そう言うと、彼女の足音が遠くの方へと消えて行った。

      「…!?」

      それからしばらく時間を置くと、久美はその人物のシャツから懐かしい匂いがするのに

      気が付いた。

      一番忘れたくて、忘れられない大事な人のぬくもりに……。


      「氷室先生……」

      その名を口にすると、再び涙が流れ出した。

      「…。すまない。君に苦労をかけたようだ」

      そう言う氷室の声が懐かしく聞こえてくる。

      そう感じるほど、二人は愛を告白した日から同じ時を重ねていなかった。

      (会いたくて、……でも、会えなくて……。………会いたかった!)


      胸に深く顔を埋める。

      もう、二度と離れたくないというように……。

      「……

      「……はい」

      数分間、そのままでいると、氷室がを呼んだ。

      「ホワイトデーは今日だと知っていたか?」

      氷室が珍しくそんなことを口にするものだから、久美は信じられず顔を上げた。

      「どうした?私がそんなにこのようなイベントを口にすることが可笑しいか?」

      「いいえっ!そうではないのですが……」

      その言葉が図星だったため、はそこから先が何も言えなかった。

      氷室は軽く咳払いをすると、彼女を抱きしめる腕に力を入れる。

      「正直言って、私自身も驚いている。このような馬鹿げたイベントなど無意味だなどと

       思い続けていた。しかし、君に出会ってから私はこの日などのイベント全て、意味が

       あるように思えてきた。このように私を変えたのは単に君のおかげだ。私の無色透明な

       世界に彩りを与えたをいつも想っている」

      「せっ、氷室先生?…今、私のこと……」

      胸の中にいる少女の顎を指で摘み、ゆっくりと唇を落とした。

      「んっ!?」

      しかし、動きとは反対に、にたどり着くと動きを急変させる。

      それが、深いものであったり舌を絡めてきたりまるで、今までお預けを喰っていた

      子どものようだ。

      その動きが激しくて、は軽い眩暈を起こしそうになった。

      これが、二人のファーストキスだということを忘れているようにも思える。


      「すまない。これがホワイトデーの贈り物だと言うのにどうやら私が楽しんでいたようだ」

      激しい唇から開放されると、彼女は氷室の腕の中でぐったりとした感じで体を

      預けてきた。

      そう言う氷室の瞳を見て軽く首を横に振ると、胸に顔を埋める。

      「……大丈夫。私も、……先生とこういうことしたかったから」

      「……」

      そう言うと、今度は本当にお互いの唇を味わうように口付けを交わした。


 

 


      「私には遠慮なく、頼って欲しい。君がそうやって一人で悩みを抱え込んでいるのは、

       私も心苦しい」

      氷室はそう言うと、の髪を優しく撫でた。

      それが気持ちよくてこのまま夢の世界にいけるのではないかと思えるほどである。

      彼女は先程奈津実が言ったことが分かった気がした。

      彼の心は彼女を想い続け、彼女もまた彼を想い続けているのだから。

      「では、ホットコーヒーを頂こうか」

      「はいっ!」

      元気良く、はいっというと、氷室も瞳を細めた。


 

 


      ―――…終わり…―――


 

 


      ♯後書き♯

      どうも、こんにちは(こんばんは)!

      柊沢歌穂です。

      こちらも樹様にお送り致しました。

      はぁ…、急いで書き上げましたから『理性』より雑に書いていると思います。

      自己嫌悪ではなく、マジで…!

      今回も、氷室先生を暴走的に書いてしまいました。(汗)
           
      純粋なヒムロッチファンの方は、これを読んだら毒です!(言い切りましたね)

      ご感想頂けたらとても光栄な限りです。