咆哮


      「ちょっ..んっ!......弦一....あっ..」

      五月も既に下旬を迎え、降水量も日に増して来た。

      今日も朝から雨が降り、軒先を彩るはずの洗濯物は家の中で家主の留守を預かっている。

      同時に様々な花が住宅街から咲き乱れ、命を持ったそれは喜んでいるのか天の恵みを

      一身に受けていた。

      だが、雨は時間を追う事に激しさを増し、現在、黄昏時だというのに薄日も雲間から

      差し込めないほど雲は厚い。

      それは、まるで、今月の締めくくりを五月雨で幕を閉じるのだと言っているようだった。

      激しい雨のためか、普段は、小学生の子供達から赤ん坊までいる児童公園には二人の

      男女しかいない。

      だが、彼達は互いの傘を差してなどいなかった。

      男性と言っても過言ではない少年は、相手の女性を植林されている木に押し当てて互いの

      唇を求めている。

      一方、彼女はそれから逃れたいのか、彼の胸を力いっぱいに押し返すが所詮は女性であって

      そんなことは出来なかった。

      この豪雨をうまく利用しているため、この艶かしい声が他人に届くことはない。

      「っ...悪いが、もう、待てんっ!」

      ずぶ濡れになっている制服は互いの上半身を透けさせ、それがこの少年をさらに煽った。

      唇を強く結んでいた彼女は一端、離されて落ち着いたのか荒い呼吸を漏らす。

      だが、それが、すべて彼の計算どおりだったとは想像もしていなかった。

      少女がため息のような呼吸を整えていると、今度は顎を強く掴まれあっという間に口内へと

      侵入されてしまう。

      「んっ!......んんっ..!!」

      最初は歯列を舐め取られ、怯えていた彼女自身は次の瞬間、荒々しくからめ取られて

      しまった。

      停止を訴えてもそれは無駄な抵抗で、彼に後頭部をがっしりとした掌で抑えられ、もう、

      逃げ場はないことを悟る。

      瞳には自然と涙が溢れてきた。

      しかし、それは明らかに否定ではない。

      少年の広い背中に腕を回し、今にも張り裂けそうな想いでぎこちなく少女自身を動かした。

      「んっ..んんっ......ぁ...」

      酔っていたのは彼だけではない。

      彼女も、彼、真田弦一郎と言う少年に溺れていた。

      『真田を挑発して見れば解るよ』

      理性が切れ掛かる頃、不意に、聞き慣れた優しい声を耳にした気がした。


 

      「やぁ。真田とじゃないか」

      とある病院の一室に在籍する少年は扉をノックして入ってきた人物をそういって歓迎する。

      ベッドから起き上がった体制で本を読んでいた彼はそれに栞を挟んで閉じると、その横に

      ある棚の上に乗せた。

      入ってきた人物達は毎回彼を見舞ってくれる大切な仲間と幼馴染だ。

      「幸村。どうだ、調子は?」

      背の高い方は今日も同じことを訊いて来る。

      だが、この部屋の主となってしまったこの少年幸村精市はそれにも微笑を絶やさずに

      口を開いた。

      「お陰様で。今日は調子が良いんだ。午前中は病院の外の花たちを見に行って来たんだ」

      「そうか。それなら良いが、あまり無理はするな」

      「解っているよ。真田は心配性だな」

      彼らは立海大付属中学校が誇るテニス部の部長副部長の中であったりする。

      これまでの大会はこの二人で勝ち取っていたようなものだったが、幸村が病床に伏せて

      しまったため、やむを得なく真田が代わって部の尊属を賭けていばらの道を走り続けていた。

      彼の後に付いて来る部員達も大勢いる。

      それもこれも、この病に侵されている少年のためだということを本人も痛いほど

      理解していた。

      だからこそ、元気であるところを彼らに知ってもらいたかったのだが、どうもそれはいつも

      から回りに終わってしまう。

      一方、彼と一緒に入ってきた小柄の少女は、先ほど幸村が本を置いた棚の上に一緒に

      乗っていた茶筒から玄米茶を茶杓で掬うと、急須に入れポットの湯を注いだ。

      その間、数個ある湯飲み茶碗を三個手に取ると扉を開けて廊下に出る。

      玄米茶は粉茶とは違って色と味がお湯に染みこむのに、少し時間が掛かるのだ。

      それに、幼馴染でも異性である自分よりこの三年間を分かち合ってきた仲間で同性の少年

      の方が何かと気兼ねなく話せるだろう。

      彼女は言葉にしない気遣いがこのの性格であった。

      (はぁ...私、何やってるんだろう)

      洗面所の何個かある蛇口を捻り、先ほど手にした湯飲み茶碗を念入りに洗いながら

      ため息を吐く。

      最近、この少女は悩んでいた。

      それは、他でもなく真田のことである。

      彼と付き合ってからもうすぐ一年経つと言うのに、キスさえ求めてこないのだった。

      これを欲求不満と言われても致し方ないだろう。

      彼女自身もそう自覚している。

      あの少年を好きだと思うたび、何か別のものが欲しくなる自分がいた。

      そんなことを知られたくなくて、いつも笑って誤魔化したり今のように良い子を

      演じたりする。

      だが、どれも本当のではないのだから彼に妙な顔をさせてしまうことがあった。

      (私はただ...弦一郎が好きなだけなのに......何でこんな想いをしなきゃいけないんだろう)

      洗い終わると、軽い音を立てて蛇口を閉める。

      冷たい音色が何故だか、耳を通して脳に直接響くように感じて軽い頭痛を起こしそうになった。

      だが、既に、急須の中のお湯が深い味わいと一緒に色も染み出した頃だろう。

      それにこの少女が長時間戻らなければ、二人の少年達が心配する。

      白い清潔感がある壁にもたれそうになった体を起こし、来た道を踏みしめながら歩いた。

      「お帰り、

      「どこへ行ってたんだ?」

      マンションの一室のように表札が付いた部屋に入るなり、そんな声が彼女を出迎える。

      この二人は、全く正反対の性格だが、こうしてうまく付き合っていた。

      「うん。ちょっと湯飲み茶碗を洗いに洗面所まで行って来たの」

      そう言うと、彼女は棚の上にそれを並べ、急須を手に取る。

      「いつも悪いね」

      「何、言っているのよ。私なんかお茶汲みに来ているだけなんだから」

      「またぁ...の淹れてくれるお茶は美味しいよ。一人で淹れたら不味くてね」

      「そんなことないよ!」

      「ふふっ...、」

      二人が笑い合っていると、残された少年は車輪が付いたテーブルを彼の前に出し、少女の

      淹れたお茶をその上に並べる。

      毎回、幸村の見舞いに来るたび、こうして午後を過ごすのが三人の日常になっている。

      だが、今日は、彼は窓を見ながら顔を曇らせていた。

      「どうした、幸村?」

      「精ちゃん、どうしたの?」

      二人は彼の正面に並ぶようにイスへ腰掛けると、白い湯気からの相手を見る。

      それから視線を通すと、まるで、この少年が陽炎のように揺らめいていると錯覚してしまう。

      だが、実際は、二人の前に実在する人間だ。

      そう簡単に消えるわけはないと、思い直したのはだけではないだろう。

      こっそり隣にいる真田を見ると、幸村と同じように窓の外を見ていた。

      「あっ...」

      かなり遅れたが、彼らに続くように問題の場所を見る。

      だが、次の瞬間、この少女も表情を曇らせ呟くような声を漏らしてしまった。

      その先には、世の中の汚れというものを一身に受けた雨雲がこちらに向かってくる様子が、

      瞳の中に飛び込んだ。

      その動きは遅いが、確実に、この三人に湿気の気配を感じらせる威力はあった。

      「もうすぐ嵐になるかもしれないから今日は帰った方が良いよ」

      幸村は視線をそっと離すと、肩をすくめる。

      入院して何ヶ月も経った少年は、こうして誰かが自分を見舞ってくれるのを一番の楽しみにして

      くれているのだろう。

      院内には、彼より年下の子供たちもいる。

      この少年はまだ体の自由が利くため、寝たきりの彼らの勉学など補助をして日常を

      過ごしていた。

      それでもやはり、どんなに慕われようと彼も一人の子供で、甘えられるような存在がほしい

      時がある。

      それが言ってしまえば、生まれてからの幸村を知っている家族だったり何年も時間を置いてか

      ら知り合った仲間だったり彼女のようなどちらでも知り尽くしている幼馴染だったりした。

      「そうだな。に風邪を引かせてしまったら、いかんな。では、帰るぞ。幸村。だが...」

      「分かっているよ。「くれぐれも無茶はするな」だろ?」

      「うむ。分かっているならそれで良いが」

      「ごめんね。じゃあ、帰るね」

      彼らの毎度の光景を笑いながら見ていた。

      この少年達を見ていると本当に面白いと思う。

      だが、自分の彼氏が他人からホモ扱いされるのだけは許せなかった。

      それは、この少女を透けて二人しか見ていないという事になるからだ。

      つまり、彼女という立場であるのに、その人物らはと言う人物を認めていないということ

      になるのだ。

      欲求不満の所為だろうか、彼女はいつも今のように怒りを露にするなど自信喪失に

      なっていた。

      別にそれはどうだって良いというわけではないが、大して気に病むことではないはず

      なのに、こうして何度も同じことを考えている。

      「どうしたんだい?。何だか、百面相していたけど」

      俯いた途端に、話し掛けられ、瞳が飛び出てしまうのではないかと思うくらい開いた。

      動悸は早くなり、体中が新しい空気を求め始める。

      「ううんっ!何でもないよ」

      肩で息をしながら上擦ったような声を出した後で悔いた。

      そう問われた幼馴染の顔を見ようと顔を上げると、彼と一緒に真田の瞳とも合って

      しまったのだ。

      慌てて視線を反らそうとするが、それも返って不自然のような気がして笑うことしか

      出来なかった。

      「なぜ、笑う?」

      それを発したのも、彼氏である真田だった。

      「あっ......そのぉ......何だか、皆に大事にされているなぁと思って...」

      「っ!?」

      「大事だよ。は」

      彼氏である少年は顔を赤らめて絶句し、一方、幼馴染はニコニコと笑って答える。

      真田にもこんな柔軟さがあったらと、一瞬思ったが、はたと考え直して訂正した。

      彼にだって優しい所はたくさんある。

      敢えて、それを言葉にしないだけで、今までだってその温もりに守られていた。

      だが、時にはそれを壊したい気持ちがあるのも事実だ。

      私はそんな見えないバリアで覆われて守られたいお姫様などではないと、真田に

      伝えたかった。

      だが、そうすることで、彼が自分に寄せる想いを裏切りたくはない。

      「それじゃ、帰るね」

      「あっ!待って。俺、に話したいことがあるんだ」

      ドアノブを抑えたところで再び、年頃の少年としては高めの声がそれを遮った。

      「何?」

      彼女はその場から元の位置に歩み寄ると、正面にいる彼を指差す。

      「真田。ちょっと、廊下で待っててくれないか。に話しておきたい事があるんだ」

      「......分かった。では、廊下にいるからな」

      「ごめんね」

      彼は唇に笑みを浮かべただけで、先ほど彼女が掴んだドアノブを開けて、この一室を

      後にした。

      少年のいなくなった室内は妙に広く感じられて、なぜだか悲しい気持ちになってくる。

      この感覚を毎日幸村は感じているのかもしれないと思うと、それだけで胸がいっぱい

      になった。

      「さてと、一体、は何を悩んでいるんだい?」

      「えっ?」

      「隠したってダメだよ。俺達生まれてからずっと一緒なんだから、お前が何を考えているの

       か大体分かるんだ」

      彼はそう言うと、ベッドから立ち上がり、彼女の体をそっと自分の薄い胸に抱き寄せた。

      あまりのことで瞳を見開くと、体中を強張らせる。

      だが、その原因を作った少年はのん気なもので、の耳元で笑っていた。

      「なっ!?何、笑っているのよ」

      「静かにしないと、廊下にいる真田に聞こえるよ?だから、こうして声を潜めているん

       じゃないか」

      彼はまた笑ってそう言った。

      この少年と幼馴染になってどれくらい経ったのだろうか。

      ひょっとすれば、十年以上の時が二人の間にはあるのかもしれない。

      その時間に、こうして抱き合ったこともあったのかもしれないが、既に歳月を経た少女は

      それを覚えているはずもなかった。

      「もしかして、真田のこと?」

      少しの沈黙を置くと、彼は予告どおり少女の耳元に囁く。

      その息が掛かってなのかすっかり声変わりしてしまった幼馴染にときめいている自身

      を責めた。

      体が瞬間的に水を打ったように静まり返り、微動も許せない。

      しかし、幸村はただ笑っている。

      彼に隠し事をしてもそれは時間の問題であった。

      いつでも彼は理解をしてしまうからだ。

      「実は...」

      迷える一人の少女は自分を知り尽くしているであろう幼馴染に悩みを打ち上げる

      ことにした。

      「私ね・・・弦一郎に触れて欲しいの」

      言葉にしてみると予想以上に自分の思っていることが解って涙が出てしまう。

      どれだけ彼に溺れているのか他でもない幸村に聞かれてしまった。

      気まずいと言うのもあれば、恥じらいもある。

      だが、これがと言う存在であると言うことを知って欲しいのも事実だった。

      彼女が少年の胸を借りてすすり泣いていると、頭上から降り注ぐような優しい声を

      聞こえた。

      「真田を挑発して見れば解るよ」

      それは、まるで、天使のようで悪魔の囁きのようだった。


 

      それから彼の病室を後にした二人は無言で互いの自宅を目指す。

      真田と付き合う前も無口な性格だった。

      だから、それに何か深く感じることはないと思っていた。

      しかし、あれから幾つもの時間が経った今は、それに不安を抱いている。

      「ねぇ、弦一郎…」

      「……何だ?」

      気のせいだろうか、その返事は何故か怒っているように感じた。

      彼を困らせることなどやっただろうかと、改めて今日の行いを振り返るが心当たりはない。

      空は病院を出てから勢力範囲を広げていくように漆黒に染め上げていた。

      いつ雨が降ってきても可笑しくないくらいだ。

      それも手伝ってか、先程よりも彼の歩調が速くなっていた。

      後ろを付いて歩くような形を取っているには堪ったものではない。

      小走りをしながらもそれに付いて行くのが、やっとだった。

      背中まで伸ばした黒い髪がリズミカルに揺れる。

      普段はこの生き物のようなものが好きだ、と褒めてくれるのに、今日は一度も触れては

      くれなかった。

      「弦一郎っ!」

      彼女は目の前が見えなくなるのと同時に叫んだ。

      それを耳にした真田は歩調を止め、こちらに振り返る。

      その表情は、やはり、怒っていた。

      「私は、何か、不快な思いをさせたの!?」

      「何故、そう思う?」

      「質問しているのは私なんだからちゃんと答えてよ!!」


      もう、限界だ。

      この少年は何も言ってくれようとはしない。

      そして、何もしようとはしないだろう。

      恋人の自信など既になかった。

      少女の涙が頬に伝う頃、集中豪雨のような雨が二人を包む。

      もう、たくさんだ。

      これ以上、自分の気持ちを踏み弄られたくない。

      真田弦一郎と言う人間を好きだという気持ちは今もあった。

      だが、彼の中には、そんなものなんて影も形もないだろう。

      コート上では「皇帝」と呼ばれているこの少年もただの人間に過ぎないのだ。

      「ごめんね。私…帰るね」

      すっかり濡れてしまっている学生鞄を胸に抱きしめ、全ての力を込めて走り出す。

      もう、彼のいる場所なんて居たくなかった。

      二人の間の空気が痛い。

      彼の視線が怖かった。

      (さようなら……弦一郎っ)

      その強さが、もう、自分の居場所はないと言っているようだった。

      「待て!っ!!」

      彼が、ワンテンポ遅れで少女を取り戻そうとする声を上げたが、我を忘れた当の本人に届く

      はずもない。

      それに気がつくのは、彼女の家の近くにある公園に辿り着いた頃だった。

      日ごろ、大した運動をしていない少女はため池を作っている木製のベンチに腰を下ろす。

      うまく呼吸ができなかった。

      肩で荒々しく繰り返してもなかなかそれは言うことを利いてくれない。

      先程、彼の声を耳にしたような気がしたが、それは疲労がもたらした幻聴だと思っていた。

      あの少年は、いつもこの何倍も走っているのだろう。

      そう思うと、すごいなぁと感心せずにはいられなかった。

      瞳には再び、涙が溢れてくる。

      自分で仕出かした別れなのに、悲しかった。

      この集中豪雨なら少し泣いたり声を出したりしても、周囲の住宅に気づかれることは

      ないだろう。

      「弦一郎……大好きだよぉ」

      「俺ものことが好きだ」

      今度は幻聴などという微かなものではない。

      見上げると、そこには、先ほど別れた姿のままで立っている真田がいた。

      彼女のように息が荒くなっている訳でもなく、ただ、優しく見下ろしている。

      その瞳の中に納まってしまいそうな気持ちをぐっと堪え、少年をきつく睨んだ。

      「何しに来たのよ!」

      彼女自身、信じられないほど強い口調が飛び出してきたことに驚いている。

      それは彼も同じだったようで瞳を一瞬、見開いたが、すぐに甘い物に変わった。

      雨はまだまだ強く降り続いている。

      辺りには水溜りが何箇所も出来ていた。

      「私を好きだと思うのなら、私を抱いてよ!」

      「っ!?」

      これには、見事に驚いたようでポーカーフェイスを決めている真田の表情を固まらせる効果

      があった。

      こんな発言をした本人だって、それがどういう意味を指しているか十分理解している

      つもりだ。

      だが、もう、待てなかった。

      同い年くらいの学生がキスをしただのと耳にするたび、劣等感を抱いている。

      これ以上、そんな想いをしたくなかった。

      濡れた制服が妙に重たく感じる。

      目の前の少年はまだ、真っ赤な顔をしていた。

      少女は頬に数的の涙を落とし、無言で立ち上がる。

      やはり、こんなことを言うべきではなかった。

      「……わかった」

      「へっ?」

      真田が何か呟いたかと思うと、そのまま抱き寄せられ強引に口づけられる。

      濡れた互いのシャツが肌に吸い付いてもそんなことはどうでも良くなった。

      「ちょっ..んっ!......弦一....あっ..」

      っ...悪いが、もう、待てんっ!」

      長身の体を折り曲げるように唇を求めてきた彼は、何かに反応するかのように体をビクッと

      させ、彼女をそばに植えられている木に押し付け、片手でその顎を掴み楽々と口内に

      侵入する。

      「んっ!......んんっ..!!」

      自分が種を蒔いたくせに理性で彼の胸を両の手で押し返したが、鍛え上げた少年の体が細い

      腕で動かされるはずもなかった。

      歯列を確かめると、自身に絡みつき、角度を変えながらそれを楽しむ。

      「んっ..んんっ......ぁ...」

      すると、少女も観念したのか、最初はされるがままだった自身がぎこちなく真田のものに

      絡められた。

      酔っていたのはだけではない。

      彼も彼女に触れたかった。

      だが、一度、交わってしまえば理性が利かなくなるかもしれないと、恐れていたのだ。

      この少女を大事にしなければと、常に思っているからこそ、キスさえためらっていた。

      幸村の病室で、が洗面所に湯飲み茶碗を洗いに行った時、彼は彼女と同じくこの少年が

      何かを悩んでいることに気づいた。

      「真田…何を悩んでいるんだい?」

      「べっ!別に、何でもない!!」

      「もしかして、のことかい?」

      「……」

      少年は何も知らないようで真意を射抜くことがある。

      言葉に詰まっていると、幸村は静かに笑い先程彼女がお湯を入れた急須を眺めてから

      口を開いた。

      「を大事にしてやれないなら、俺が奪っちゃうよ」

      「幸村っ!?」

      「俺だって、一人の男だよ?生まれて何十年間もあいつを見てきたんだ。それぐらいの

       権利はあるさ」

      「……」

      「それに、あんなことがあったんだから、誰かに支えて欲しいと強く願ってしまうの

       は当然なことだろうし」

      「「あんなこと」?」

      彼の言葉に疑問を感じ、思わず訊いてしまった。

      「真田。を幸せにしてやってくれないか?」

      今度は真剣な瞳である。

      いつもにこやかに笑っている彼が無表情だと、それなりに凄みがある。

      少年は何て答えて良いのか解らない時に、そこで彼女が戻ってきたと言うわけだ。

      「んっ…弦一郎」

      唇を放すと、甘い音色が零れる。

      もう、何も恐れたりはしない。

      真田は既に理性を失った咆哮と化していた。

      立海大の指定のネクタイを手際良く解き、白いシャツのボタンを二つ外す。

      「えっ?ちょ、ちょっと待って」

      少女は消えかかっていた理性が脳裏を過ぎり、我に返って少年の肩をどんどんと叩いた。

      「何だ?」

      彼の声は非常に怒りを露わにしている。

      その瞳と合うと、それとは違って傷ついているようだった。

      「あのっ、ここじゃ何だから続きは私の部屋で…」

      真田弦一郎と言う存在を否定したわけではない、と伝えたかった。

      「……解った」

      もし、この気持ちが伝わらなかったら、どうしようかと思ったがそれは要らない

      心配だった。

      彼は、いつかの時のように照れ笑いをしている。

      それは、が幸村の紹介でこの少年と付き合った時に見せたものだった。


 

      「…。もう、良いか?」

      「うん…」

      二人が先程までいた児童公園から五分くらい離れた四階建てのマンションの一階に彼女

      の家はあった。

      自室に案内した後、少女は少し彼を待たせてから洗濯籠を持って戻ってくる。

      互いの制服は洗濯したばかりのもののように濡れているので、このまま脱ぎ捨てるわけにも

      いかなかった。

      今更になって恥じらいが戻ってきて、お互い背を向けて着替えだす。

      鼓動は皮膚を通り越して直にそれを耳にしているようだった。

      向こうからベルトを外している音がして妙に意識してしまう。

      きっと、今頃、真田も彼女を感じているだろう。

      これから好きな人と一つになるのだ。

      緊張したってそれはごく自然なことである。

      少女は彼の声が背後から聞こえ、声が上擦らないように小さく返事をした。

      精一杯両の腕を使って大事な場所を隠し、恐る恐る振り返る。

      「……きれいだ」

      だが、返ってきた声は想像した以上に甘いものが含まれていた。

      彼の頬には同じく赤みが指している。

      その瞬間、今までの不安が嘘のように消えた。

      この人なら自分を受け止めてくれる。

      二人は生まれたままの姿で抱き合うと、扉の横にある彼女のベッドに倒れこんだ。

      「あっ……弦……ひゃ!」

      初めての感覚にドキドキしながら彼の名を呼ぶ少女にはもう、理性などない。

      少年の広い背中を思い切り抱きしめてその甘い刺激に酔っていた。

      「っ…愛しているっ」

      二つの丘の頂から口を離すと、それを両の掌でやんわりと納めて揉み始める。

      気の早いそれはきゅっと形を変え、まるで、真田を誘っているかのようだった。

      唇の端を少し緩めると、頂きを一舐めして片方の掌を彼女の敏感な場所に伸ばす。

      「あっ…ふぅ……んっ……イヤっ」

      「キレイだ…

      彼が一撫でをすると、示し合わせたように蜜がどっと溢れてくる。

      その年頃の男性のしっかりとした指が少女の中心に侵入させると、辺りを味わうかの

      ようにこりこりとかき回した。

      された方は身を捩りながらもその快感に酔っているのか、首をふるふると激しく左右に

      振っている。

      「アッ!」

      短い声が彼の自身が急激に昂り、その先が 秘部を指していた。

      それは容赦なく真田を締め付ける。

      その激痛に思わずまぶたを閉じてしまう。

      自分よりも組み敷かれている少女の方が辛いはずなのに、と心の中で攻め立てた。

      「弦一郎が……欲しい」

      ため息のような声に瞳を開けると、花のように笑う愛しい彼女が飛び込んでくる。

      その姿は艶かしく肌にはどちらのものか解らない汗の玉が浮かんでいた。

      自分はこの少女を愛している、そう再確認せずにはいられない。

      「痛いかもしれないが、俺を抱きしめて堪えてくれ」

      何て、勝手な言い分だろう。

      彼女のこれからの辛さが目に浮かびそうで、このまま止めてしまおうかと思った。

      だが、少女はまた、微笑むとゆっくりだが、頷く。

      「……嬉しい」

      その囁きを聞いたかと思うと、彼女は自身で足を広げ彼をそこへ導く仕草を選んだ。

      もう、二人を止めることは誰にも出来ない。

      一つになった彼らはお互いが起こす快感にうまく言葉を出すことができなかった。

      ただ、許されるのは、吐息に似た相手を求める鳴き声だけ。

      彼が最奥を貫く瞬間、二人は同時に果てた。

      白い少年は咆哮のように少女の中を駆け巡っていった。


 

      「んっ…」

      「あっ!起こしちゃった?」

      気が付いた時は見慣れないファンシーな部屋にいた。

      至る所にぬいぐるみがあり、それのどれもがこちらに向かって微笑んでいる。

      彼女を探すと、私服姿に着替えておりベッドを降りた所で彼の制服を丁寧に畳んでいた。

      「私の方が先に気づいたから乾燥機に掛けといたの。明日も学校があるから不味い

       じゃない?」

      語尾の方は少し頬を染めて俯いた。

      先程までのことは、夢ではないことを教えてくれる。

      「制服は乾いたけれど、どうする?このまま帰る?」

      その質問はまるで、この少年を試すようだった。

      「いや…、それよりご両親にちゃんと挨拶しなくては」

      「それなら、大丈夫。あの人達、帰ってこないから」

      どういうことだと言いたかったが、の泣き出しそうな顔を見てそれを理解した。

      以前、彼女の友人が両親の離婚騒ぎで今は一人暮らしをしているらしいことを

      クラスメートに話していたことを思い出す。

      それは、本当だったんだ、と心の中でこの少女を哀れんでいた。

      「そうだな。まだ、雨は止まないのか?」

      「あっ、うん。さっき、予報で明日の朝には止むって言っていたよ」

      「では、今日は世話になるとしよう」

      二人の気持ちはまだ、通い合ったばかり。

      「もう、一度、を抱きたい」

      「うん……私も、あなたが欲しい」

      唇を近づけると、彼女の腕を引きベッドに倒れこんだ。

      「弦一郎、誕生日おめでとう」


 

 


      ―――・・・終わり・・・―――


 

 


      ♯後書き♯

      柊沢も全速力で当日に間に合わせました。

      裏なんですけれど、やはり、時間を置くと感覚が鈍ってしまったでしょうか?

      友情出演で幸村君に頑張っていただきました。

      「と言うか確信犯だろ?」と仰る声が聞こえそうですが、敢えて無視します。

      海堂誕生ドリを仕上げた後に、「咆哮」の作業に入ったのでかなり素敵な気分を味わえ

      ました。(汗)

      「あなたをずっと見ていた」は、違いますが、今回の「咆哮」は誕生日にプレゼント

      しようと作業中に考えていたものです。

      それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。