「いらっしゃいませっ!」
不動峰のグラウンドの一角にテニス部の模擬店である「ヤマトタケル」
があった。
彼にもらったパンフレットを片手に辺りをきょろきょろと見回していると、
昼時の所為か一際客足を呼んでいる場所が目に入った。
興味本位でその中に加わったの目の前に、上代風の着物に身を包んだ赤み
の掛かった髪の少年が整理券らしきもの配っているのが前列から見える。
「あのっ!すいません!!」
「はいっ!少々お待ち下さい!!」
どこか懐かしいアニメを思い出させる彼は、カードを手にしたまま大きく
左右に振った。
そうすることで長く伸びた着物の袖が風に揺れ、彼女は思わずドキリとして頬を
紅く染める。
コスチュームだけ凝ったのか、髪も靴も現代のままだった。
勿論、腰に提げているはずの刀も当然ない。
内心、あの格好で寒くないのかなと、不安になった。
「はいっ!お待たせしました…って、アンタはっ!?」
元気良く言う先程の彼は少女を見た瞬間、営業用のスマイルを崩してウェイター
らしくない驚きの表情を大袈裟なほど表に出した。
「私をご存知なのですか?」
「ご存知も何もさんだろ?深司からアンタの写真を見せてもらった事がある
から良く覚えていたんだ」
「伊武君が…」
その言葉に思わず声を失った。
彼が自分の写真をそんなに大事にしてくれているとは想像もしていなかった
からだ。
勿論、昨日はダイレクトではないが、告白はされた。
でも、こうして第三者に自分の評判を聞くものとは、やはり質の違いを感じる。
あまり好きではないのか、それとも単なる苦手なだけなのか、彼はあまり
自らのことを話さない性格だった。
だが、それ故優しさをとても甘く感じる時がある。
「待ってな!俺が深司を連れて来るから!!」
「あっ!待って下さい!!」
後一秒も経てば走り去ってしまっただろう、彼の手を思い切り掴んだ。
「何?」
触った瞬間、思わず目を丸くしてしまった。
振り返った少年は、今にも飛び立とうとしている鳥のように首を傾げている。
「そのぉ…彼の仕事している姿も見てみたいなぁて……」
ダメですかとでも言いたそうに下から彼を見上げる。
本人は気づいていないが、人気女優顔負けの容姿である彼女にこうされては
男として否定することも出来なかった。
「わ、解ったよ。アイツが羨ましいぜ」
手渡された整理番号は、13番。
実家の方では嫌われる数字だが、これが彼へと繋がるカードならどんなものでも
受け入れよう。
「いらっしゃいませ…………さんっ!?」
少年のことを思い浮かべているだけで自分の番がリズミカルに回ってくる
ように感じる。
ここ「ヤマトタケル」では模擬店というより惣菜店で、試食はもちろんテイク
アウトも可能が売りだった。
会計のカウンターにいた伊武に揚げたての大学芋の入ったビニール袋を差し出す
と、つまらなそうな表情が一変して立ち上がった。
「えへへっ、来ちゃった」
テニス部員は、全員で七人しかいない。
この少年に聞いた話だが、今、厨房で忙しく茶そばの生地をこねている彼が
部長になる前はここいらでは有名な不良部だった。
だから、決まって新入部員はそう言う関係しか集わない。
だが、その歴史にも幕を閉じる時が来た。
九州から転入してきた当時二年の少年が革命を起こし、現在新生テニス部として
生まれ変わったわけである。
ちょっと待ってて、と言い残して奥に消える。
しかし、それは何分のものではなく、意味も解らず瞬きを一つすれば一人
の小柄な少年を連れてきた。
表情は帽子を深く被っているため、良く見えない。
「じゃ、行こうか」
「えっ…もう、良いの?それに私の会計は?」
手首を引かれるまま二、三歩足を進めたところで我に返った彼女は遠慮がちに
口を開いた。
別に彼を疑っているわけではない。
だが、話のネタに持ってきたというわけでもなかった。
「アンタは俺の連れだから俺が奢ったの。それとも何?俺に奢られちゃ
迷惑なわけ?」
先程の一瞬固まった表情と打って変わって、いつものぼやきも健在である。
「ううんっ!嬉しいよ!!ありがとう、伊武君」
「そっ………なら、行くよ」
少女が精一杯笑って見せると、彼は顔を背けて前を歩き出した。
その意味もこの少年を知っているはその腕に自分のモノも絡ませる。
今日から……いや、この一瞬から二人の新しい時間が始まった。
『っ!待ちなさいっ!!』
もうすぐ五月に入るアメリカのとある豪邸からそんな声が叫ばれた。
この周辺に住居を構えるのは、どこかの社長などの裕福な者達である。
その一角にある家の表札にはローマ字と漢字で「」と書かれていた。
『いやっ!もう、私はあなたのマリオネットじゃないわ!!』
大きなスーツケースと一緒に出てきた一人の少女は、道路のそばで片手を大きく
振り、あっと言う間にタクシーの中に乗り込んだ。
もう、親の言いつけなんか利かない。
これからは自分の意志で生きたかった。
彼女は大学病院の一人娘で、母親は幼い頃に亡くした以来、父子家庭で育て
られたのだ。
しかし、男親にも限界があり、ほとんどは何十人ものメイドと暮らしていた。
授業参観日でも毎度、来る役は決まって婦長の年老いたお婆さんである。
段々歳を取ることで亡くなった母親に似てきたことを知った父は、に見合い
話を持ち出してきた。
そして、昨夜は危うく婚約パーティーを開催される所を必死で逃げてきたのだ。
これまで彼に命じられたまま生きてきたつもりだった。
だが、一生の伴侶になる相手ぐらいは自分で選びたい。
父の用意した異性はほとんど学があるものかどこかの社長の御曹司だった。
そんな温室育ちの花に最初から興味もない。
彼らは彼女に上辺だけの価値しか見ていなかった。
そんなのは丁重にラッピングをしてお返しする。
何て、悲し過ぎた。
という存在にはそれくらいの価値しかない。
もっとも、彼らにはそれで十分な質なのだろう。
だから、何十回も見合いに来るし、何百回もの贈り物してくるのだ。
大切な妻の忘れ形見だからと言っても、限度と言うものがあった。
もう、こんな家には居たくない。
このままだといずれは強制的に訳も解らない男と結婚させられてしまうだろう。
過保護と言うゲージを破ればそこに本当のと言う幸せがある。
夜、雲の上を飛ぶ飛行機の窓から月が遥か遠くで浮かんでいた。
夢見心地な瞳で願いを託したことを今も覚えている。
日本に着くと、父親の姉である伯母夫婦の家を頼った。
しかし、それは、逃げ道を勝ち取るためのサバイバルの幕開けだった。
「いい加減泣き止んだら?」
「っく……だって…………」
二人は腹ごしらえをした後、体育館で催されている学園演劇を観た。
内容は、SF要素を含んだ悲恋物である。
現代の中学三年生の少年が第二次世界大戦最中にタイムトリップをし、
助けてくれた同い年の少女と恋に落ちると言う悲恋映画だ。
悲しい話に弱い彼女は、独り残された少女が抱いてはいけない想いを何度も
復唱するところから泣き続けている。
自宅からコスチュームを着てきたという伊武は懐からハンカチを取り出し、
の目元を拭うが、何度も新しいものが流れ落ちた。
事務員が出している模擬店から温かい缶コーヒーを購入し、屋上に彼女を連れ
てきたのだが、一向にそれは変わらない。
ここに来れば、何かと胸の内もリフレッシュされると思ったが、どうやら少女には
その量が重すぎたみたいだ。
隣でプルタブを軽い音を立てて開いた彼は少し口に含むと、の唇にそっと触れた。
「んっ!?」
その行動に体をビクッとさせる彼女は顎を押さえるまでも無く、強く求めれば
自ら隙間を開け少年を受け入れた。
後頭部を優しく掌で包めば、少しずつ唾液と一緒にまだ温かいカフェ・ラテ
を流す。
「んっ…」
最初は遠慮がちに喉を鳴らしていた少女が次第に女性の声に聞こえてきた伊武は
うっすらと瞳を開ける。
頬を朱に染め上げたの瞳にはもう、うっすらとした涙が残っていなかった。
「んっ、…はぁ……あぁ」
逃れようとしている少女を強い力で抱きしめ、自身を絡めている。
コーヒーのほろ苦い味が発火剤のように作用したのか、互いの唾液が合わさるまで
止まらなかった。
「ンっ!」
の可愛らしい唇から零れだしたものは首筋から制服の胸元まで濡らす。
「伊…武君……」
最初にしては濃厚すぎるキスに酔ったのか見上げる彼女の瞳には、今までの
ものとは明らかに違う艶かしさが映っていた。
「……」
「あっ、ちょ…んんっ」
無言でもう一度深い口づけを交わす。
自分には大人びた言葉を発することができなかった。
ぼやきなら何とでも言えるのに、いざとなれば、何も言うことができない単なる
「借りてきた猫」である。
こんな時、何を少女は望んでいるのだろう
甘い言葉、大人の声、互いの熱。
欲しいと思ったのは、この瞬間が初めてではないのに、言葉が見つからなかった。
熱に浮かされた声で愛を囁けば、色が薄れてしまうようで口にするのを躊躇
してしまう。
ここに来る際、職員室に留守番をしていた年配の家庭科教師の目を盗んで屋上の
鍵を取ってきた。
勿論、ここは通常人が出入りする場所ではないのだから心配はいらないが、
念には念を入れてドアには鍵を掛けて置いている。
はこの行為が解っていなかったようだが、もう、その時点で逃げ場を失わせた。
たっぷりと口内を犯すと、固いコンクリートの上に自分の着物を置き、その上
に体の自由を奪われた彼女を優しく乗せる。
「伊武君………好き……」
潤んだ瞳がどこと無く大人の女性である。
その先に映る彼は脈拍が速くなり、体中を赤らめていた。
セーラーを脱がすと、少女が自分と同じように白い肌を桜のように染め上げている
のに、ドキッとする。
「そんなに見ないでっ…………恥かしい」
身を捩る女性に覆いかぶさり、その鎖骨に紅い印を刻んだ。
「アッ」
「愛している…」
自分をそこまで感じてくれていることが嬉しかった。
もう、考えるのは止めにしよう。
そんなことが出来るほど、少年は大人ではなかった。
豊か過ぎる胸の頂を口に含み舌先で十分に愛撫する。
「あっ……っ……好きっ、大好きっ!」
女性と化した彼女は伊武の後頭部を抱きしめて初めての感覚に酔いしれていた。
片方の頂は、指の腹でグミのように押したり潰したりしながら弄ぶ。
「いぶっ…」
「「深司」で良いって」
その内、それは鋭利な刃物のように尖り、快感を現していた。
青い瞳からは、涙の粒がイヤらしく頬を伝わせる。
それは何と言えば良いのか解らない痛みを訴えるものだった。
愛しいと思うほど、この少女のことをメチャクチャにしてしまいたかった。
「だって……あ……あっ」
「呼べないの?それじゃ、これから苦労することになるけど良いの?」
いつの間にかスカートの中に片手を忍ばせた伊武は下着の上から蕾を掴む。
「ひゃぁ!?」
秒読みに揉まれた初めての感覚に身につけているのなんて関係なしに蜜を
あふれ出させる。
「だめぇ……あっ?!」
「じゃあ……呼んで?」
「アアッ!!!」
スカートを捲り上げ下着を乱暴に脱がせると、足を開かせその中心に自身を
装着させた。
彼女の蕾を弄んでいる時点で最高潮を迎えていた彼自身限界に近づいていたのだ。
「……はぁっ、深司!!」
「んぁ……んっ……やぁ」
腰を激しく揺り動かす二人には理性はない。
ただ、今、感じているのは激痛と次第にのし上がってくる快感だった。
「あっ……ふぁ…」
白濁とした欲望は二人の想いと共に最奥の彼方に消えていった。
日が落ちた屋上では、彼らが抱き合ったままその場で果てていた。
「はぁぁ……おはよ、」
白いバスローブを羽織った伊武が眠気たっぷりな顔でリビングに出てきた。
「おはよ。ふふっ、そんな顔で患者さんに間違って注射しないでね」
あれから9年後、二人は結婚し、今朝はヨーロッパのとあるホテルに泊まっている。
彼女は夫になった人物にルームサービスのカフェオレをカップに注ぐとそれを
手渡した。
「…おはようのキスは?」
「もう、甘えんぼさんなんだから」
軽く口づけると、お腹を大きな掌で擦った。
「絶対、子供が出来たら俺、立ち会うからな」
「ふふっ、まだ先の話でしょ」
「いや、俺が疲れていない時は毎晩、抱いているからもしかしてもあるかもな」
「はいはい、それじゃ、冷めちゃわない内に食べましょう」
軽く流したが、彼はまだ何か足りないのか彼女を見ていた。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げると、微笑んでその唇に再びキスを施した。
「今日はまだ、言っていなかったよね。……愛しているよ、」
―――・・・終わり・・・―――
♯後書き♯
皆様、こんにちは。
『Value of you 伊武編』はお楽しみ頂けたでしょうか?
今作は彼のBDに作業しました。
そのため、彼好みの「外人のキレイな子」にしてみました。
ヒロイン設定に国際結婚の愛の結晶を扱ったのは、大石ドリ「月の涙」以来です。
それにしても同じくupしましたジャッカル君作共に難産でした。(疲)
ちなみに、友情出演して頂いた神尾君が大きく手を振ったことになぜ、彼女が
ドキッとしたかと申しますと、上代(万葉)時代は、相手に対して袖を振ると
言う行為は求愛と取られていたです。
それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。