囲碁を志す者


      季節は陽射しが照りつける夏。

      海王中は、期末試験期間中だった。

      ここは中学レベルでは囲碁が強いと有名な学校で、その囲碁部には一クラスを

      埋め尽くすほどの部員がいる。

      しかし、二年ぐらい前の冬季囲碁大会で葉瀬中に一回負けている。

      一勝ニ敗だった。

      しかし、中学生に小学六年生の少年が混じっていたとの事で、結果的には海王中

      が勝利した。

      その少年が見せた対局はとても素晴らしかったとこの学校では事実と共に

      伝えられている。

      この海王中囲碁部に一時期、塔矢アキラがいた。

      彼がプロになってからもうすぐで、一年になる。


 

      (はぁー……やっと終わったよ。あぁ…テストなんて嫌い)

      二年F組の教室で、一人の少女が窓際の一番後ろの席から立ち上がった。

      彼女の行動に振り向くクラスメートは無く、友達同士で話すのに夢中になって

      口を動かしている。

      彼女は、期末試験中なので通常より軽い学生鞄を片手に教室を出た。

      誰も自分のことを気にするものなどこの学校にはいない。

      なぜなら、彼女は誰とも喋ろうとしないからだ。


      「成績の方は申し分ないのですが、クラスの誰とも仲良くしたがらないので

       それが心配です」

      この前、自宅へやって来た担任がそんなことを母親に話している所を影で

      立ち聞きしていた。

      「おはようございます。さん」

      しかし、たった一人だけ危うく口を開いてしまいそうになった人物がいた。

      「っ!?」

      それが、塔矢アキラだった。


      (おはよう、塔矢君)

      彼は同じ席のに、笑顔で挨拶をしてくれた。

      彼女もそれに答えようとして声を出しそうになり慌てて手話で返す。

      以前から憧れていたが、同じクラスになれたことでそれは恋として形を変えて

      いった。

      彼が学校の囲碁部に入ったと聞いて良く部室を除き見に行ったこともある。

      ずっと憧れていた塔矢アキラの碁が観られる。

      それだけでの腐敗した心は動いた。

      なのに、彼は全然楽しそうではなかった。

      むしろ、こんな場所に居たくているわけではないというように。

      それほど、彼の力は計り知れないほど大きいとのことだろう。

      噂では例の小学六年生の少年と対局したいがために入部したそうだ。

      彼の心を動かすほどその少年は凄いのだろうか。


      だけど、大会前のある日。

      いつものように部室に除きに行ってみたら姿がなかった。

      (どうしたんだろう?…今日も、授業が終わったらさっさと出て行ったのに)

      何故だろう胸騒ぎがする。

      校内中を走り回った。

      柱の隅にでも彼がいる気がして念入りに探す。

      すると、いかにも怪しい雰囲気の二人組みが個室に入るのを目撃した。

      彼女は足音を立てないようにそっと近づくと、閉められたドアを少し開ける。

      すると、彼が二人相手に目隠し碁を打っている。

      (大変!塔矢君がっ…誰かにこのことを伝えなくちゃ!!)

      そう思うと、個室から離れた所で走り出す。

      部員は少なからずとも彼のことを妬ましく思っている。

      それなら、教師に助けを求めればいい。

      (はぁ!はぁ!はぁ!)

      職員室前で中から出てきた人物と勢い余ってぶつかってしまった。


      「きゃ!…あなた、確か塔矢をいつも見ている子よね?」

      そう、頭の上から言われ見ると、何度か見たことがある囲碁部の先輩だった。


      (うわっ!?やばい人とぶつかっちゃた…)

      慌てて頭を深く下げると、急いで職員室に入ろうとしたが肩をいきなり

      掴まれた。


      「塔矢に何か遭ったの?案内しなさい」

      目を見たが、彼を妬んでいるようには見えない。

      彼女はこくんと、頷くとパタパタと走り出した。

      個室の前に着くと、彼女の方に振り返る。

      「ここね?あなたはそこにいなさい。わかった?」


      コクン。

      彼女が入っていてから数分して中にいた五人とも出てきた。


      (良かった…)


      アキラの顔が気持ちがすっきりしたと言うように明るい。

      両肩を安堵の息と共に降ろすと、気づかれないようにその場を離れようと

      背を向けた。

      「あっ、さん」

      歩み出そうかという所でアキラがに駆け寄ってきた。

      「どうしたの?こんな所に生徒は滅多に来ないのに」

      本当に分からないとでも言いたそうに小首をかしげる。

      「あっ、塔矢。その子に感謝しなさいよ。私をここまで案内してくれたのは

       彼女なんだからね」

      彼女はそういうと、を見てにっと笑った。

      「えっ…?そうなんですか?」

      その笑顔に何だが、ドキッとした視線をはずして俯く。

      アキラは心底驚いたのか瞬きを数回繰り返してから彼女の顔を見た。

      「ん。だから、ちゃんとお礼を言うこと。先輩命令」

      「はいっ」
         

      「以上。ほら、あんたたち、行くわよ」

      彼女は三人を職員室へと連れて行った。

      残された二人はどちらからでもなく、歩き始める。


      「ありがとう。君が日高先輩を連れてきてくれたんだね」


      (あの人、日高先輩って言うんだ)

      「あのまま続けていたら、僕は負けていた。君には、本当に感謝してるよ」

      そう言うと、アキラは俯いたまま歩くを覗き込み、微笑む。


      ドキッ!

      鼓動の高鳴りで軽い眩暈を起こしそうだった。






      それから、彼を目隠し碁で苦しめようとした首謀者は、退部して行ったそうだ。


 

      「さん。こんにちは」

      駅前の商店街を歩いていたら、後ろから誰かに呼び止められた。

      「っ!?」

      その声に聞き覚えがあり、急いで振り返ると紫のスーツ姿の塔矢アキラが

      立っていた。


      (と、塔矢君。どうしてこんなとこに!)

      習慣で危うく手話を使いそうになったは慌てて夏服の胸ポケットからメモ帳を

      取り出した。

      彼には手話など通じない。

      だから、アキラがプロになる前はこうして何でも筆談していた。

      『こんにちは。久しぶりだね。今日はどうしたの?こんなとこで』

      急いで書いたから字が揺れている。

      それから自分の気持ちが察しられないのかドキドキしていた。

      しかし、祖父が亡くなってからこの世にある全てのものが嫌になって前髪

      を長く伸ばしているから多分、今の表情は伺われていないだろう。

      そう思っていると、ビル風が急に二人を襲い、メモ帳のページが音を立てた。

      「んっ!」

      「っ!?」

      彼女は強く瞼を強く閉じる。

      高いビルが立ち並ぶとたまにこんな風が吹くことがある。

      アキラは瞳をうっすら開けると、ドキッとした。

      目の前には見慣れたはずの懐かしいクラスメートだというのに、風で露わに

      なった素顔に鼓動が高鳴る初めて知り合った時も前髪を垂らしていたので

      何かと気になっていた。

      風が一通り治まると、は目を開け、アキラが顔を赤く染めていたので訊こうと

      してメモ帳を返してもらおうとした時だった。

      彼が先に空白のページに何かを書き込む。

      アキラの髪がその度に揺れてそれだけで彼と一緒にいるんだと思い、

      ドキドキした。


      『今日は君に会いに着たんだ』

      「っ!?」


      (どうして…)


      「昨夜、家に電話があって一年生の頃特に親しかった僕に、君と話してくれない

       かと頼まれたんだ」


      (何だ…)


      年頃のとしてはがっかりする返答だった。

      『ごめんなさい。塔矢君に迷惑をかけて。私のことなら大丈夫だから今度の

       対局、頑張ってね。応援してるから。それじゃ』

      その先を書こうとしたの手がアキラの掌に包まれた。

      目を見開いたまま顔を上げると、彼は真剣な顔をしていたことに気が付く。

      「僕だって君のことが心配なんだ。だから、今日君の家に行こうと思って来た」

      「……」

 


      「まぁまぁ!がお友達を連れてくるなんて!!さぁ、どうぞ上がって頂だい」

      「お邪魔します」

      アキラの声が家に響く。

      結局、彼の眼差しに断りきれなかったは、自宅に招待するしかなかった。

      リビングだと何を言われるのか分からないので、二階にある自分の部屋に

      通した。

      何年ぶりに家族以外のものを受け入れただろうか。

      しかも、異性だ。

      緊張のせいで顔が予想以上に火照りだし、急いで窓を開ける。

      部屋にこもった熱気が外の風で逃げてゆくのを見つめると、こちらを見ている

      存在に気づいた。

      そう、今は彼がいる。

      『ごめんなさい。底に座って』

      異性が座るにはとても可愛らしいティディー・ベア―がプリントされている

      クッションを指す。

      彼は頬をちょっと染めただけでそれに従い、腰掛ける。


      「単刀直入で悪いけど、どうして誰とも喋らないの?一年生の時もそうだった

       よね?でも、君は、本当は喋れるだろ?」

      「っ!?」

      思わぬことを言われ、俯きかけた顔を上げてアキラを見る。

      彼の瞳がこちらをじっと見ているので、目を離すことができない。

      『どうして、そう思うの?』

      そう書く手が震えていた。

      そのため、メモに書かれた字はミミズが這っているように見える。

      元々、は嘘などつくのは苦手である。

      アキラと見つめ合っていると、彼が瞳を大きくした。

      知らないうちに、自分の目から涙が溢れて頬を伝っている。

      「さん。大丈夫?一年生の時、僕が君に挨拶した時にとっさに口を動かした

       よね?それで、本当は喋れるんじゃないかって思ったんだよ」

      彼がそう言いながら、の傍によって背中を摩った。

      「くっ…塔矢君。ごめんなさい」

      「今なんて言ったの!?」

      「塔矢君…ごめんなさい?」

      涙をそっと拭うと彼を見つめ返す。

      今度は逆に、アキラの方が目を見開いた。

      「その声を一体、何時から封印していたんだ?」

      「中学に入学する前。私の父方の祖父が亡くなった日から。そう、祖父と

       約束したから…」

 



      (お爺ちゃん?どうしたの)


      もうすぐで七十になる父方の祖父は、聾唖者で手話や筆談で日常生活を

      送っていた。

      (いや、何でもない……、一局打とう)

      祖父の顔がいつもとは違って儚げに見えたは、そう尋ねずにいられなかった。

      性格はとても明るく、時にはジェスチャーをすることもある。

      そんな祖父の様子がいつもとは違っていた。

      対局中は何も喋ってはいけないという沈黙のルールが家にある。

      私は物心のついた頃から手話と共に囲碁の腕も上がっていった。

      それは、父がいない時はが通訳をしていた程である。

      祖父は何回か大会で優勝したらしく、かなり手強い。

      しかし、あの時だけは違っていた。

      対局中に長考はするし、打つ速度が遅かった。


      そんな時だった。

      (…。この対局を……覚えていなさ…い)


      それが最期の言葉だった。

      (ママっ!お爺ちゃんがっ、お爺ちゃんが倒れたっ!!)


      祖父が倒れた後、気が動転したは家族に手話で伝えようとした。

      しかし、我に返った頃には、祖父は冷たくなっていた。


      自分が大好きな祖父を殺した。


      お葬式が済んだ後に聞いたことだが、祖父は末期癌で余命は今日までと、

      医師に宣告されていたと父から聞いた。


      それでも、自分があの時それに気づいてあげれば家族に見取られ、安心して

      あの世に逝けたのではないだろうか。


      最期に一緒にいたのが、私だけなんてそんなの寂しすぎる。

      あの対局はまだ終わっていない。

      (お爺ちゃん…約束は守るよ。あの対局は一生忘れない。……でも、私は

       お爺ちゃんの最期を手話で伝えようとした。それなら、こんな口要らない!)


      誰とも喋らない。


      手話が自分の口だから。

      罪で汚れた沈黙。

      だから、は何も感じないはずだった。

      アキラに会うまでは……。



      しばらく考え込んでいるようで顎に手を当てていたが、急にの方へと視線

      を戻した。

      「さん。その対局、覚えている?」

      「えぇ、それがどうしたの?…まさかっ!」

      「はい。今から僕と手合わせ、願えますか?」

      彼女が予想したとおり、アキラが対局を申し込んできた。


      「でも、私、塔矢君みたいに強くないよ!」

      「さんが、強い弱いの問題じゃない。僕がこの対局を終わらせればあなた

       の中で整理がつくと思うんだ」

      アキラからそう言われ、は机に飾ってある写真立てを見た。

      その中には七歳の頃の自分が祖父の膝に座って笑い合っている場面。

      そう言えば、あの頃からやり出したのだと、奥地にしまっていたエピソードを

      思い出した。

      目からは先程止めたはずの涙がこぼれて来る。

      「塔矢…君」

      そのまま振り返らず、まるで、祖父に語りかけるように言う。

      「ん…」

      アキラは次に出てくるはずの言葉を待つ。

      彼女は制服の裾で涙を拭うと、彼の方に振り返った。

      その顔にもう、迷いはなかった。

      「私と打って下さい」




      誇り被った碁盤を丁寧にハンカチで拭き取り、碁石を並べた。

      アキラはそれをじっと見る。

      「あの……どうかしたの?」

      それを心配そうに見守るにあっごめんと、言う。

      「疑っていた訳じゃないけど、さんのお爺様は本当に強かったんだね。僕も

       ご生前の内に対局を申し込みたかったと思ってたんだ」

      「ありがとう。そう言って貰えると、祖父が浮ばれるわ」

      彼女の目にはうっすらと涙が過ぎった気がしたが、頭を強く振る。

      これからあの塔矢アキラと手合わせをするのだ。

      こんな曖昧な感情のままで彼と打っては、彼に失礼と言うものだ。


      「お願いします」

      「…お願い…します」

      そう言うとはアキラに白石を渡す。

      あの時、は黒で祖父が白だった。

      最初は彼の番。

      今、アキラがいる瞬間が祖父の最期だった。

      ピシッ!


      二年ぶりに良い音が碁盤の上で鳴る。

      この一点でも彼の強さが伝わってきた。


      (塔矢君。やっぱり、あなたは強い……でも、私だって負けてない!)


      最初の一手を打ち出した。

      そんなことで負けを認めようとはしないのが、本来のである。

      しかし、彼の宇宙は完成しているのかが打ち返すたびに碁石が碁盤の上に

      置かれた。

      早撃ちだ。

      こんな真似を囲碁部時代に一度も見たことがなかった。

      それに、こんな早撃ちなんて素人に打つはずがない。

      プロ同士であっても、それが命取りだということはでもよく知っていた。

      長考の間にアキラの方をチラッと盗み見る。

      (えっ?)

      彼の瞳は何かを捕らえているような鋭いものだった。

      こんな姿をの前でするはずがない。

      (どうしてだろう?何で、塔矢君は私なんかに早撃ちをするのかな?)

      彼女がもう一度、アキラを見ると、彼の目が碁盤の上に並ぶ碁石を見ていること

      に気がついた。

      この上にあるの祖父の影を見ているのだろうか、ただ、今、この瞬間を

      楽しんでいる。

      そんな気がした。

 


      「……ありません」

      「ありがとうございました」

      始まってから数分も経たずに、アキラが勝利を修めた。

      あのことを訊きたくて、碁石を見つめている彼に口を開きかけた。

      「…さん」

      「はい……っ!?」

      すると、反対に彼に声を掛けられ心中ドキッとした。

      顔を上げると、アキラがこちらをじっと見ていることに気づき、鼓動が

      高鳴り出す。


      「何?」

      平常心を保とうしてやっとそう言うことができた。

      「いや、君のお爺さんは本当に強い人だったんだねと思って」

      「ふふっ……ありがとう。祖父も本当に喜んでくれていると思うわ」

      そう言うと、暫しの沈黙がやってきた。

      よく考えてみれば、年頃の男女が二人きりというのはお互いを意識してしまう

      ものではないだろうか。

      彼女達も例外ではなかった。

      お互い、今更、妙に意識し出して顔もろくに見られない。

      (どうしよう…。会話が、会話がっ!?)

      「さんっ!」

      「はっ、はい!」

      急にアキラに呼ばれたものだから大きな声を上げてしまった。

      下の階にいるはずの母親に聞かれたのではないかと、後から冷や冷やする。

      「あっ、ごめん。そんなに驚くなんて思わなかったから」

      そう言うと、視線を伏せた。

      「あっ……ごめんなさい。私、何でこんな声を出しちゃたね?それで何?」

      そう訊き帰すと、彼は微かに頬を染めまた、しばらく黙った。


      (……何だろう?)

      その沈黙が異様に長く感じる。

      「さっき…」

      やっと、アキラが口を開き出した。

      「さっき、僕が、「僕だって君のことが心配なんだ」って言ったよね?」

      彼の問いかけに素直に頷く。

      「あれは、本当なんだ。僕は、ずっと…プロになってからもずっと君のこと

       想っていた」

      「!?」

      彼女は瞳を見開いた。

      目の前にいるアキラが頬を朱に染めてもじっとこちらを見ている。

      「君の事をずっと見ていた」

      そう再び囁くように言うと、立ち上がりに近づいてきた。

      ドキドキして身動きが出来ない。

      「わ、私……」

      「さんの気持ち…訊かせて」

      そう、耳元で甘く囁かれ、心臓が爆発しそうだ。

      「好き」

      「聞こえないよ…」

      やっと、言うことが出来たと思えばアキラに顎を持ち上げられた。

      「っ!?」

      「もう一度、言ってくれる?」

      そう言うと、アキラはにゆっくりと唇を落とした。

      優しいけど、彼女を捕らえて放さない口づけ。


 

      「私も、塔矢君が好き…」

      長いキスから解放されると、そっと呟いた。

      彼が照れたように笑うと、再び唇を合わせる。


 

 

      「さんって、下の名前何だっけ?」

      アキラを駅まで送る道のりで、そんなことを聞いてきた。

      「えっ?だけど、それがどうかしたの?」

      ん、と考え込むような仕草を見せ、こちらに振り返る。

      「もしかして、さんの名前はお爺さんが付けたじゃないかな?」

      「えっ、どうしてわかったの?」

      驚いて彼の顔を見た。

      「いや、お爺さんはとても囲碁を愛していたんだと思って。もしかしたら、

       孫にも囲碁を志して欲しかったんじゃないかな?」

      そう言えば、母親にこんなことを昔訊いた事がある。

      祖父は、若い頃、まだ幼かった塔矢名人と戦ったことがあった。

      しかし、勝ち目がなく、祖父は、自分にけじめをつけてプロを辞めたらしい。

      こうして、あの時、手合わせした相手の子供と自分の孫が惹かれ合うとは

      思っても見なかっただろう。

      彼女はくすっと笑みを浮かべた。

      「何?」

      「ううん、何でもないよ」

      そう言って彼の首に腕を回した。

      まだ、この事実は彼に伏せておこう。

      最も、の自宅を出入りしていればそれは時間の問題だろうが。


      「明日からクラスのみんなと話すように努力する。これも塔矢君のおかげだね」

      いつの間に伸びてしまったのだろうか。

      彼の首に腕を回すには爪先にならないと届かない。

      一年生の頃は同じぐらいの身長だった。

      ひょっとすると、自分が縮んだのではないかと疑ってしまう。

      すると、アキラの手が腰に回された。

      「塔矢君?」

      彼を見上げる。


      「もう、その名で呼ばないで」

      そう呟くと、彼女の額に唇を降らした。

      「じゃ…じゃあ、何て呼べばいいの?」

      「アキラ」

      そう耳元に囁いた吐息が耳に掛かり、顔を赤くした。

      「で、でも……」

      「塔矢君なんてクラスメートや先生が呼ぶ様で嫌だ。アキラなら両親に呼ばれ

       ているだけだけだから、君にそう呼んで欲しいんだ。君は特別だから…」

      「……塔矢君」

      思わずその名を口にしてしまった後、しまったと思ったがもうそれは既に

      遅かった。

      アキラは右手での顎を掴むと、貪るように唇を奪う。

      「んっ!?」

      あまりの激しさに歯でガードすることを忘れた彼女の口の中に侵入して舌を

      味わっていた甘く絡みついたそれが意識を遠ざけて行く。

      それから数分後して彼の舌は名残惜しそうにゆっくりと離れていった。

      「はぁ、はぁ、はぁ……アキラっ!急に、入れてこないでよっ!!こんな

       所で……恥ずかしい」

      頬を赤くして彼に叫ぶ。

      「くすっ、やっと、呼んでくれたね」

      「あっ」

      慌てて口を手で覆う彼女を笑って見た。

      「『アキラ』で良いよ。……

      そう言うと、また口づけ合った。


 

 


      †おまけ†

      「…こんな・所出なければ良いのかな?」

      彼女から唇を放すと、アキラはにこっと笑う。

      まわりは閑静な住宅街で今にも誰かが出てきそうな雰囲気は無かった。

      「……馬鹿……」

      彼女は彼の耳元にそう呟くと、きつく抱きついた。

      まだ、口の中に感覚が残っていて胸がドキドキする。

      初めて自分が強く求められた気がした。

      彼はまた何が可笑しいのかくすくすと笑ってからの髪に口付ける。

      「今度は二人きりの時に……ね?今度は、逃がさないから覚悟しておいて」

      そう、甘く彼女の耳元に囁いた。

 

 


      ―――…終わり…―――


 

 


      #後書き#
 
      初めまして、柊沢 歌穂です。

      きゃ〜!アキラ君を暴走させてしまいました。

      私はOK(OKなのかよ!?)なのですが、いかがでしょうか?

      お気に召されましたらこれ幸いかと存じます。

      それではご感想、お待ちしております。