「っ!」
電車を何本も乗り換えた駅に立海大付属中学校がある。
正門の壁に凭れた長身の男性は彼女の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
「えへへ……来ちゃった」
「このヤロウ!待ったぜ!!あぁ、まだ心臓がドキドキしているぜ」
そう言って自分より背の低い少女を折り曲げるように抱き寄せる。
反動で胸にぶつかったの耳に速いビートを奏でている鼓動が聞こえた。
「ジャッカルっ!恥かしいよ……」
顔を真っ赤に染め上げた彼女は、その言葉とは裏腹に彼の背中に腕を回す。
これが新しく自分で決めた選択。
もう、離したくはない幻想。
覚めない夢を共に紡いでくれる存在。
大切にしたいと思う気持ちはこういうことなんだ、と教えてくれる。
「最初に出会った時みたいに迷わなかったか?お前、天然で鈍感の上に、天才的に
方向音痴だから心配してたんだぜ」
「あはは…実はここに来るまで何人もの人達に道を聞いてようやくたどり着けたの」
「やっぱり、な。悪い、俺が駅まで迎えに行けば良かったな。昨日はアイツの
手前もあってつい、ここに決めちまった」
そう言って片手を額に当て、軽くため息を吐いた。
今もまだ苦笑いを浮かべているは少年の言うとおり天才的に方向音痴である。
普通地図を見れば何となく解りそうな道も山勘で路頭に迷ってしまう特殊能力が
あった。
また、人に訊いたとしても「急がば回れ」と口にする割には近道と思われるところを
歩いて迷子になるのがいつものことである。
日本に留学した何ヶ月も同じ道をぐるぐると回って、下宿先の父親の姉である
伯母に何度も呆れられたことは言うまでもなかった。
だが、そうした中でジャッカルと巡り逢えたのも事実である。
「じゃ、中に入るか」
「うんっ!」
二人は肩を並べると、立海大の正門を潜って行った。
どこかの国を思わせる作りがお洒落で、テニスに詳しくない少女でも納得する。
リーンゴーン……リーンゴーン……
体育館を越えグラウンドを越えた先の昇降口へ足を踏み入れようとすれば、校舎の
中央にある時計が12時の予鈴を鳴り響かせる。
それは、彼女の新しい門出を祝福するチャペルのような気がした。
「っ!待ちなさいっ!!」
もうすぐ五月に入るアメリカのとある豪邸からそんな声が叫ばれた。
この周辺に住居を構えるのは、どこかの社長などの裕福な者達である。
その一角にある家の表札にはローマ字と感じで「」と書かれていた。
「いやっ!もう、私はあなたのマリオネットじゃないわ!!」
大きなスーツケースと一緒に出てきた一人の少女は、道路のそばで片手を大きく
振り、あっと言う間にタクシーの中に乗り込んだ。
もう、親の言いつけなんか利かない。
これからは自分の意志で生きたかった。
彼女は大学病院の一人娘で、母親は幼い頃に亡くした以来、父子家庭で育てられた。
しかし、男親にも限界があり、ほとんどは何十人ものメイドと暮らしていた。
授業参観日でも毎度、来る役は決まって婦長の年老いたお婆さんである。
段々歳を取ることで亡くなった母親に似てきたことを知った父は、に見合い話を
持ち出してきた。
そして、昨夜は危うく婚約パーティーを開催される所を必死で逃げてきたのだ。
これまで彼に命じられたまま生きてきたつもりだった。
だが、一生の伴侶になる相手ぐらいは自分で選びたい。
父の用意した異性はほとんど学があるものかどこかの社長の御曹司だった。
そんな温室育ちの花に最初から興味もない。
彼らは彼女に上辺だけの価値しか見ていなかった。
そんなのは丁重にラッピングをしてお返しする。
何て、悲し過ぎた。
という存在にはそれくらいの価値しかない。
もっとも、彼らにはそれで十分な質なのだろう。
だから、何十回も見合いに来るし、何百回もの贈り物してくるのだ。
大切な妻の忘れ形見だからと言っても、限度と言うものがあった。
もう、こんな家には居たくない。
このままだといずれは強制的に訳も解らない男と結婚させられてしまうだろう。
過保護と言うゲージを破ればそこに本当のと言う幸せがある。
夜、雲の上を飛ぶ飛行機の窓から月が遥か遠くで浮かんでいた。
夢見心地な瞳で願いを託したことを今も覚えている。
日本に着くと、父親の姉である伯母夫婦の家を頼った。
しかし、それは、逃げ道を勝ち取るためのサバイバルの幕開けだった。
「ひゃっ!ジャッカル…ぅ」
「うおっ!だ、大丈夫だ……俺がそばにいる!!」
あれから二人は様々な催し物に参加した。
真っ暗で辺りが何も見えない中、彼女達はしっかりと互いの手を繋いでいる。
心なしか次第に汗ばんでくるのを恐怖と共に感じ、それがより一層求めようとする
動きが生まれた。
少女は外見上エンターテイメントで活躍する映画女優だと勘違いされやすいが、
実は物凄くホラー物が嫌いだったりする。
今も、何かが自分の肩を叩いたといって動こうとはしないのだ。
とは言っても、本来は小さな教室をお化け屋敷風に飾っただけであるから次の
入場者が来ても可笑しくなかった。
だが、は腰に力が入らない状態らしく、体を小刻みに震わしている。
「……っく…怖いよぉ」
「おっおい!そんなに引っ付くなよ!!」
辺りが真っ暗なため、彼がどんな顔をしているか解らず、今までよりも強い力で
中学生としては硬い胸板に体の重心を任せた。
ジャッカルなら自分を抱き止めてくれる、そんな甘い考えがそうさせているの
かもしれない。
今も耳には古くからのお化け特有の効果音が聞こえていた。
プロの者が担当していないからそんなに怖くない。
だが、根っからダメなものはどんなものでも無理だった。
あまりに眉間にしわを寄せすぎたせいだろうか、頭に貧血を感じると体がいきなり
軽くなり、そのまま意識を失った。
『…お前の気持ちは良く解った』
伯母夫婦の家にもどうにかたどり着いた彼女は今日から自分の部屋だと言われ
た場所に案内された一時間後、国際電話が入ってきた。
それは、改めて想像しなくても解る父である。
「パパ…」
その第一声に安心した少女が胸を撫で下ろしていると、次にとんでもない事を発言し
出した。
『だが、親の私が決めた婚約者が嫌と言うのならば、それ相応の条件をクリア
してもらおう』
「条件?」
それは、過保護と言う名の籠から飛び出してしまった彼女への報いにも枷にも
聞こえる。
受話器を握り締める手にも思わず力が入った。
『三年待つことは約束しよう。だが、その間に相手を見つけろ。もし、見つけられ
なければ、強制的に私の選んだ男と結婚してもらう。解ったか?』
だが、家出をしたことでの選択肢は決まっていた。
「解ったわ。必ず、私自身で好きになった人を見つけるわ!」
「んっ…」
「あっ、気がついたか?」
重たい瞼を開くと、自分がベッドに寝かされていた。
そう言えば、先程二人で入ったお化け屋敷で貧血を起こして倒れたことをおぼろげに
思い出す。
「ンッ!!」
清潔そうな真っ白なカーテンをいきなり開かれ、反射的に強く閉じた。
瞼に光が当たったままで眩しい。
「…」
耳には彼の声が甘く聞こえた。
次の瞬間、信じられなかった。
唇には柔らかい感触がしたかと思えば、頬を優しく撫でられる。
それは、窓を開け放って入って来たすっかり冷たくなった風ではなかった。
次第にその光に慣れ始めた瞳をゆっくりと開く。
新しい光を受けて見る視線の先には頭まで真っ赤に染め上げた一人の少年がいた。
「ジャッカル……」
「…お前が欲しい」
その言葉に一瞬戸惑ったが、彼の真剣な瞳には自分しか映っていないことを知り
彼女は黙って頷くしかなかった。
午後の夕焼けの色に染まる保健室には二人しかいない。
少女が貧血を起こした際、腕に抱きかかえたまま出口に駆け寄り、一階のこの場所
まで突っ走ってきた。
「じゃあ、私はそろそろ帰るけれど、あまり無理をさせちゃダメよ」
しばらくすると、若い保健婦は気を利かせたつもりなのか意味ありげに目配せをする
と、少年に保健室の鍵を投げつけて帰っていった。
大学とは違って中学校は一日しか文化祭を開催しない。
だから、帰宅部やジャッカルのように運動部所属の学生は三日間休みがあるが、
は学校がある。
しかも、初体験だ。
だが、彼もそんなことを考えていられるほど、大人ではなかった。
「あっ」
スカーフを乱暴に抜き取り、セーラーを脱がせると、白い肌を桜のように
染め上げている。
ブラジャーのホックを外し、目の前に現われたのは豊かな胸の頂がこちらを向いて
待っていた。
「そんなに見ないでっ……恥かしい…」
身を捩る女性に覆いかぶさり、その鎖骨に紅い印を刻んだ。
青い瞳からは、涙の粒がイヤらしく頬を伝わせる。
女性と化した彼女は少年の後頭部を抱きしめて初めての感覚に酔いしれていた。
片方の頂は、指の腹でグミのように押したり潰したりしながら弄ぶ。
「ジャッカルっ!」
色黒な背中をしっかりと抱きしめる。
「愛してるぜっ、…」
その腕を外させると、今度は乱暴に両の手で二つの丘を揉みだした。
柔らかな感触にドキドキしながら鳴き始める彼女に軽いキスをする。
愛しいと思うほど、この少女のことをメチャクチャにしてしまいたかった。
「ジャッカル…アっ」
いつの間にかスカートの中に片手を忍ばせた彼は下着の上から蜜壺を触った。
「ひゃうっ!」
「なぁ…そろそろ良いか?俺、もう、限界っ」
ズボンから自身を取り出した少年はその言葉の通り天上を仰いでいた。
顔を赤らめながらこれが自分の中に入ると思うと、複雑な気分だ。
「優しくする」
「んっ、お願い……」
甘い瞳で訴えられると、いやなんてこの少女には言えなかった。
下着を取り去った蜜壺に己を摺り寄せると、それに溢れている蜜をそれに塗り
の腰を握り締める。
腰を激しく揺り動かす二人には理性はない。
日が落ちた保健室には、彼らが抱き合ったままその場で果てていた。
「用って何?」
あれから二年後、彼女は藍青中学校を卒業すると、立海大学付属高等学校にいた。
中学三年間で婚約者を見つけた少女はその後、父の依頼で彼と一緒に帰国し、
大学を卒業するまで日本にいることを許された。
高等学校でもテニスを続けている少年に呼び出され、少女はあの頃と変わらない身長
で見上げた。
「学費も生活費もお義父さんに援助してもらっているし、これぐらいはバイトして
買ったんだ」
そう言っての薬指に填めたのは、銀製の指輪だった。
「ジャッカル!」
「愛している…俺、ぜってぇプロになるから俺と結婚してくれ」
「はいっ!!」
―――・・・終わり・・・―――
♯後書き♯
皆様、こんにちは。
『Value of you ジャッカル編』は、お楽しみ頂けたでしょうか?
今回の作品は彼の誕生日に作成しました。
ということなので、彼好みに「グラマーな女」ということで同じく国際結婚の
愛の結晶にしてみたのですが、ちょっと問題なヒロイン設定にしてしまったことを
後書きを書いています今、思いました。
それは、貧富の差と白人黒人の差です。
とは言っても、柊沢はそう言った差別を訴えているわけでもなく、また、非難
しているわけでもありません。
伊武編の後書きでも申しましたが、こういった設定にしたのは大石ドリ『月の涙』
以来です。
あの時はロシアのハーフでしたが、銀色の瞳の次には青色にしてみようかなと、
そう言う軽いノリでした。
それにしても、一緒にupした伊武君と同じく難産でした。(疲)
実際、作業が終わったのは後、何分もない11月3日ですから。(爆)
それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。