『君ありと 聞くに 心つくばねの 見ねど恋しき なげきをぞする』か。

      誰も私のことはさほど知らないだろう。

      慊人の補佐をしている私は多忙で、姿さえ露わにしたことは無い。

      まして、感情も声を発さずにじっと怯えている鳥のように。


      『紫呉のとこに居候している立場をわきまえない馬鹿な女がいるんだ。

      紅野もいずれあいつに紹介しようかな。ほら、僕って慈悲深いから』

      以前、彼女が私を呼んだ時、初めて君の名前を知った。

      勿論、草摩の家中ではその件が持ちきりで、そう言う娘がいるとは

      聞いている。

      だが、そんなことは自分にとってはどうだって良いことだった。

      私は鳥でこの病床の神に代わって仕事をしなければならないのだから。

      だが、なぜだろう。

      噂を聞いただけで私は無償にあなたに逢いたくなった。

      どんな娘だろう。

      そんな思いだけが私の心の闇を晴らしていく。


      そして、ある日、カゴから逃げ出した。

      いや、本当のことを言ってしまうと、丁度、急ぎの仕事が終わり、

      慊人に「外で遊んでおいで」と言われた。

      だが、ほとんど顔を出さない外の世界は私にとっては未知の世界で

      あって自由に羽を伸ばして飛ぶことは出来なかった。

      箱庭の……それも、鳥かごの中だけ自分の居場所を感じてしまっている

      そんな自分に思い知れと彼に言われているようで悔しかった。


      今はまだ、まだ見ぬあなたに恋している愚かな鳥に過ぎない私をも

      癒してくれるのですか?

      他の十二支たちと同様に。

      猫憑きの夾の様に。

      (……『』)

      慊人に教えてもらった名前を心の中で呼んでみる。

      何も感じない胸が軋んで、微かに頬に熱を感じた。

      それが、私の誰にも言えない恋の始まりだった。



      ♯後書き♯

      久し振りに手紙を書きましたら、こんなに短い物になってしまい

      ました。(反省)

      最初に出てきた歌は、『落窪物語』巻一から拝借してきました。

      手紙の内容に根詰まりを生じてきたので、図書館から丁度いい和歌など

      の書物をお借りしてきました。

      本当は一月up予定でしたが、色々と忙しくて二月の下旬になって

      しまいました。

      それではここまでお読み下さいましてありがとうございました。