年に一度―――黒羽編―――
『...』
『やっ...やめっ!』
すると、走馬灯のように脳裏にあの時の映像が浮かび上がりそうで頭を
強く振った。
もう、あの過去は捨てたはずなのに...。
あれから一年、は周囲に強がって立って見せていた。
だが、中身は傷だらけでいつ、崩れ去っても可笑しくなかった。
背後を支える存在の息遣いや筋肉質のがっしりした腕で理解できる。
それほど、彼女にとっては大事な人だった。
「黒羽君っ、放して!!」
「これ以上、お前が傷ついている所なんか見たくねぇンだよ!」
「へっ...」
気づいていた。
自慢じゃないが、この少女は誰にも胸の内を話したことはない。
幼馴染の宍戸でさえ...。
このことを知っているのは、関与した人物か親戚のみだろう。
騒ぎを大きくしないようにとを引き取った父方の祖父母が配慮してくれた
おかげだ。
彼女はその恩義を返すために、六角中に転入してから必死で勉学に
打ち込んだ。
事実、学年トップでもある少女は生徒会長でもあった。
そんなに恋をする者もいるが、一度もOKしたことがない。
心に決めた相手がいたから...。
「お前を......ずっと見ていた。そんなツラをしているを本気で
笑わせたいと思っていた」
「黒羽君っ!?」
先程よりも腕に力を込めた彼は彼女の耳に唇を寄せ、好きだと、囁く。
その声に反応するように体をビクっとさせれば、まるでそれが合図だったかの
ように少女を軽く腕に抱き上げて勢い良く走り出した。
「ちょっ、黒羽君どこ行くのよっ!!」
「恋句、観るんだろ?だったら、良いトコ見つけたんだ!」
今、精一杯強気に言える台詞を叫ぶと、彼の首に両手を回し体を固定した。
走っている本人も少女とはいえ一人の人間を抱き上げて走っているのだから
何か感じるものがあるのだろうが、抱えられている方はもっと恐ろしい。
どんな絶叫マシーンよりも怖いのではと真剣に考えてしまった。
先程歩いてきた道のりを真っ直ぐ行ったのかと思えば、階段の上り下りを
繰り返す。
この時、すれ違う人がいないことに心から感謝した。
「着いたぜ」
何かを言えば舌を噛まれそうな勢いで走り出した季節外れの風は、目的地に
着いたのか
をゆっくりと地上へと戻した。
「テニスコート?」
「あぁ」
下された場所は、テニスコートだった。
だが、スクールでもどこかの学校の私有地にも見えない。
「ここって、部外者も入っていいの?」
「さぁな。でも、部外者立ち入り禁止なんて書いてなかったぜ」
おろおろと辺りを見つめるとは対照的に黒羽はいかにも楽しそうな口調だ。
大方、この場所でテニスをしてみたいと考えているのだろう。
彼女は気づかれないように息を吐くと、今度は逆に笑いたくなってきた。
実に彼らしい思考である。
「ぷっはははっ!」
一度そう思うと、なかなか止められなくてつい声を上げて笑ってしまった。
腹が捩れんばかりに笑ったのはいつの日だろうか。
「がそんなに楽しそうに笑ったのなんて始めて見るぜ」
そう言う少年も彼女の隣で気持ち良さそうに笑った。
今こうして大好きな黒羽と一緒にいるのに、対して緊張感がない。
それは黒羽には失礼な話なのかもしれないが、少女にとってはとても新鮮だ。
こんな異性とめぐり会えるとは思ってもみなかった。
『
...』
『やっ...やめっ!』
『どうして…どうして?あの人はっ』
『……大好きだったよ?』
そう考えただけであの事件が鮮明に思い出され、身震いがした。
「?どうしたんだよ?」
そう言って顔を覗き込んでくる彼がいつかの男性と被り、恐怖感が甦る。
『……大好きだったよ?』
「いやっ!」
「っ?!」
思いっきり彼の頬をひっぱたくと、小走りに来た道を走った。
背後を追いかける彼の声が耳に入ったがそんなことはどうでもいい。
今は、とにかく逃げたかった。
籠の小鳥が主人の隙をついて空へ自由を求めるように…。
昔は異性に触れられても、何も感じなかった。
だが、今は全てが違う。
どれくらい走っただろうか、大きな交差点のところまで来ると膝に手を
着いて息をした。
肌はすっかり汗ばんで浴衣が必要以上に吸いついて来て気持ち悪い。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
日頃からの運動不足が祟ったのだろう。
あれから千葉に越してからスポーツらしいものをやったことがない。
昔は、宍戸と良く真っ黒になるまで遊んだ。
あの頃が懐かしい。
当時は何も知らなくても良かった。
「…あぁ、せっかく、一緒に来てくれたのに悪いことをしちゃったなぁ。
千葉に帰ったら謝らなきゃね」
さすがに、こんな時間に女の子一人があの場所に戻るわけにもいかない。
しかし、今は誰とも顔を合わせたくなかった。
「黒羽君…」
彼の名をそっと呼んだ。
辺りは街灯の光で辛うじて遊歩道が見える。
住宅街の近くを通っている所為か、遥か頭上からは子供達の楽しげな笑い声が
聞こえた。
昔は簡単に手に入ったものが全て砂と化して滑り落ちていく。
時折、今までのことは全て性質の悪い頭痛が起こした幻影だと思うことが
あった。
だが、それは単なる現実逃避だと頭を左右に振るのがいつもだ。
「っ!!!」
「黒羽君っ!?」
歩道の真ん中で数分間立ち止まったままでいると、行き先の方向から彼が
走ってくるのが見えた。
そう言えば、あのテニス場へ行く道は、駅へと繋がっていたのだ。
「こんのバカが!!」
駆け寄ったかと思うと、第一声で罵声を浴びせられた。
だが、それは彼女が驚いた顔をすると、今度は急に哀しそうな顔をして
抱きしめられる。
遥か頭上では自分とは異なった鼓動が聞こえ、それだけでこちらまでドキドキし
そうだった。
「心配させやがって」
「ごめんなさいっ」
こんな気持ちは久し振りだった。
誰かに心配されたことで素直に謝る気持ちなんて今まで持ち合わせても
いなかった。
あの頃から…。
「あっ」
なぜなんだろう。
あれから人前で泣いた事なんてなかったのに、勝手に瞳に涙が溢れてくる。
「悪い。少しキツク言い過ぎたか?」
目の前でおろおろする年齢に相応しない長身の少年に悪くて、首を左右に
振ってから背中に腕を回した。
変に意地を張って見ないフリをしていたのは、自分だ。
もう、ずっと前から黒羽に捉えられたことに気づきもしなかった。
子供のような独占欲で傍にいて欲し欲しかった。
「んっ…」
誰もいないテニスコートには花火の光に照らされた二人の影しかいなかった。
夜空には無数の花火が競って色彩を恋人達に見せつけている。
だが、この二人は互いの唇を求め合うことでその熱を体で受けていた。
「んぅ…っ」
快楽に浮かれたのか、頭が理性の言うことを利かず片腕で彼女を抱き寄せ、
もう片方の手でその顎を掴んだ。
後頭部を鷲掴む大きな掌もせっかく、祖母が結んでくれた帯を器用にも外す
片手も全て愛している。
彼に合わせてぎこちなく動かしていた舌も次第に甘く絡みつくようになった。
もっと、自分を壊して欲しい。
もっと、黒羽春風という存在を体中で知りたい。
そんなことを願ってしまうのは危ない陽炎だろうか。
長いキスから解放された唇から零れるのはすでに大人の女性と化した鳴声。
それに感じながらも首筋や鎖骨や胸の谷間にそれぞれの紅い花を咲かした。
「黒羽君…っ」
「「春風」でいいぜっ」
何かを言いかけている唇に先程のような深いキスをしながら露わになった
二つの丘を両手で弄ぶ。
「んんっ」
覚えたての口内の愛撫を続けながら彼の指先が頂に辿り着く。
体を一気に反らせる小柄な少女の体を自分の脱ぎ捨てた浴衣の上に優しく
押し倒し、快楽に酔いしれた無防備な唇を離した。
「ふぁっ……好き……春風のことがっ」
「あぁ、俺ものことが好きだっ」
その言葉が愛しくて啄ばむような短い口づけをすると、感じやすい頂に
吸いついた。
舌で集中的にイジメれば、形を尖らしてこちらを威嚇してくる。
その反応にドキドキしながらまた、少年自身も感じていた。
「っ?」
「我慢しなくったって良いんだぜ?ここには、俺たちしかいないし」
「そんなっ…こと…言われたって……あっ」
初めてが野外だから余計なのだろうか。
テニスコートからちょっと離れた最上階の観客席で愛し合う二人を目撃する
人物はいなかった。
元々、この場所は黒羽のようなテニスの好きな子供達が集う場所なのだろう。
ここまで登りつめるまで落書きと一緒に軽く約束事や信念の決意のようなものが
書いてあった。
「やぁ……あっアッ」
胸の愛撫を繰り返していると、無意識に物足りなさを感じているのか、彼女の
脚が黒羽の腰を抱いた。
それと同時に腹部に感じる秘部の動きがまるで、彼を誘っているようだ。
だが、本人は至って知らないと言った風で、愛らしい唇から甘い吐息を発する
ばかりで、濡れきったその場所は擦り寄ってくるたびに、愛液を少年に
塗りつけてくる。
太股をつぅーと滑らせると、驚いた彼女はその瞬間だけ脚を開かせ、それを
狙った黒羽は腰を掴んだ
途端に自身をその蜜壺の中へと侵入させた。
「……好きっ」
「あぁ…俺もが好きだっ」
華奢な少女に己を突き入れる彼の姿が涙を溜めたままの瞳に映っている。
頬は紅く火照り、限界に達しているのか表情が先程よりも引きつっていた。
「アッ、アアッ」
そんな顔を自分にさせるのは、彼女だけ。
「はぁ......っ......あ」
ガクガクと腰を動かす速度を内壁が自身を締めつける度に増す。
そうすればするほど、少女の甲高い声は甘くなり余計に黒羽を焦らした。
最奥にたどり着いた彼の分身は白濁した欲望を一気に放出すると、消え入る
記憶の中で愛していると囁いた。
二人の間に握り締められた掌はまるで、どこへ行っても守るからと約束をして
いるように見えた。
「ん…」
彼が再び目を覚ました頃には、すっかり周りから雑音も何も消えたころだった。
東京に着いた時には煌々と照っていた月もどこへやら、今は、千葉とは
数少ない星が点々と輝いていた。
「うぅっ!!さみぃ〜」
まだ九月とは言え、二日もすれば十月である。
昼間はまだまだ暑い日が続くが、夜は着々と冬への準備を進めていた。
夏の頃はこの時間でも鳴いていた虫達の声も鳴くなり、辺りはしんと
静まり返っている。
「?」
隣を見るが先程まで愛し合っていた彼女はいなかった。
起き上がってみると、先程まで彼女の下に敷いていた自分の浴衣が掛けられ
ていた事に気づく。
すでに何時間か経過したらしく、二人の愛液で濡れてしまったそれは
乾いていた。
だが、今はそんなことはどうだっていい。
「っ!」
身につけていたものを急いで着ると、その場から神業的な身のこなしで
有名な歴史上の人物のように駆け下りた。
彼女が行きそうな場所なんてまったく見当もつかない。
東京なら尚更だった。
当時の少女ことなど本人は何も語ろうとはしない。
だが、少年はが辛そうな顔をするならそれでも良いと思っていた。
「〜っ!!!」
こんな時刻に近所迷惑だと知っておきながら叫ばずにはいられない。
そうでもしていなければ、この想いが色あせてしまいそうで不安だった。
どれくらい走っただろうか、先程までいたテニス場からはそう離れてはいない。
周囲は住宅街で固められ、全てが闇の中に潜んでいた。
そう言えば、少女が急に何かを思い出して走り去ってしまった時も
この辺りで見つけた。
十字路の道路沿いにある高級マンション前の交差点を目指す少年にはそれしか
考えられない。
「〜!!!!」
長い足に鞭を打つようにスピードを上げ、ただ一人の愛する者の名を呼ぶ。
「春風っ!?」
疾風を味方に着けさえすれば、黒羽に勝るものなどありもしなかった。
高級マンションの前で立ち尽くしていた少女がこちらに振り返った瞬時に
抱きしめる。
「どうして…」
「バカッ!を捜しに来たに決まっているだろ!!」
すっかり冷えてしまった彼女の体を抱きしめる腕には自然と力が籠もる。
もう、放したくはない。
また、手を離してしまったら二度と自分の元へ戻らないような気がした。
そのうち恐る恐る黒羽の背を抱く腕が伸ばされる。
それは紛れなくもないのものだった。
「ごめんねっ、心配かけちゃって」
「あぁ。でも、今度はぜってー、放さねぇからな」
「うんっ!私も春風から放れないよっ!!」
抱き合いながら笑いあう二人を高級マンションの最上階から見ている
人影がいた。
それは、彼女の心の奥にずっと住み着いている人物だった。
(さよなら……パパ、ママ。私はこの人と生きていきます)
少女はそっと心の中で呟きながら自ら瞳を伏せ、キスを強請った。
―――・・・終わり・・・―――
♯後書き♯
うわっ、意味深な終わり方〜!(爆)
これでも頑張ったのですが、やはり、長く書きやすい方に傾いてしまいます。
さてさて、次回のVSは偏りようもないヒロイン設定なのでそちらに
ご期待下さい!
真相は宍戸編に書いてありますので、知りたい方はどうぞ。
それでは、次回またお会いしましょう。(逃)