Last Snow


         駅のホームに電車が入った。

         通勤ラッシュが過ぎたとはいえ、まだ電車を降りる人は多い。

         こんな人ごみの中で彼を探すのは大変かもしれない。

         息が白かった。

         風が冷たく、冬の訪れを感じさせる。

         手が冷えてうまく動かない。

         こんなことなら手袋をしてくるべきだったと思った。

         人ごみの中、声がきこえた。

         すぐに彼の声だとわかる。

         どこか冷たくて、それでいてとても優しい声。


         「ごめんね。ちゃん。電車の中かなり混んでてなかなか出てこれなかったんだ」


         周助はを見つめながらそう言った。


         「いいんだよ。周助は気にしすぎだよ」


         そういうと周助は優しく微笑んだ。

         どこか哀しく冷たい笑いだった。

         はいつもこの笑顔を見るとつらくなる。

         とくに今日は……。




         「どこにいこうか?」


         周助はすでにクリスマスのイルミネーションが輝く街を歩きながらいった。


         「周助とならどこでもいいよ。周助はどこか行きたいところある?」


         「僕もちゃんとならどこでもいいよ」


         は少し考えていった。


         「でも今日は忘れられない日にしたいな。一生忘れられない日に」


         「そうだね。僕もそうしたいよ」


         静かに周助がそういった。


         「ならプリクラ撮りたいな。周助とは部活忙しくて一枚も撮ってなかったから」


         「そうだったね。じゃあ、そうしようか」


         周助の目が遠くを見つめていた。

         急に冷たいものがの手に触れた。

         それは周助の手だった。

         遠くを見つめたまま周助はの手を静かに包んだ。

         そしていった。


         「今日で会えるのは、最後なんだね」


         はゆっくりとうなずいた。




         ゲームセンターは思った以上に人が少なく、プリクラコーナーには人の影はまったくなかった。


         「どれで撮りたい?」


         数多くのプリクラ機がある中でがいった。


         「よくわからないな。ちゃんにまかせるよ」


         「ならこれかな?」


         は指をさしていった。

         それは冬限定のクリスマスプリクラが撮れる機種だった。


         「クリスマスには少し早いけど、今年のクリスマスは一緒にすごせないから」


         は下を向いていった。


         「でも永遠の別れってわけじゃないんだから。ちゃんにはいつも笑っていてほしいな」


         「でも北海道だよ? 親の仕事だし、いつ帰ってこられるのかもわからないのに」


         は下を向いたままだった。


         「淋しくなったらいつでも会いに行くから」


         周助はの肩を抱き、プリクラ機の中に入っていった。




         プリクラの設定はすべてが終わらせた。


         「笑って撮ろうね」


         周助はそういっての手をにぎった。

         撮影はとても早く進んだような気がした。

         はもう少しだけ長く周助とこうしていたいと心から思った。


         「最後の一枚だ」


         がつぶやいた。

         そのときだった。


         周助はのからだを抱き寄せ、唇をかさねた。

         腕の力が強かった。

         離れないようにも周助の背中に腕をまわした。

         周助の息遣いが耳につたわってくる。

         まるでエコーがかかったかのようにの耳の中で響いていた。

         離れたくない。

         ずっとこうしていたい。

         その想いがつのり、涙がどうしてもとまらなかった。




         手をつなぎながら街を歩いた。

         の腕時計の針はすでに12時をまわっていた。


         「お腹空かない?」


         無言になっていた周助が急にいった。


         「うん。実のところ少し空いてるかな」


         「ならお昼にしようか。初めて2人でいった喫茶店憶えてる?」


         「忘れるわけないよ。あのとき周助が激からピザ頼んでさ、おいしいっていうから私も一口食べてみ

         たらほんとに辛くて、私涙でてきちゃったんだよね」


         は笑いながらいった。


         「あそこの喫茶店、またいってみない?」


         「そうだね。でも激からピザは食べないからね」




         重い扉を開くと、半年前と変わらない珈琲の香りが広がっていた。

         前と同じ奥の席に座ろうとした。

         周助とすごしたあの日が思い出される。


         「あれ?だれか先に座っていたみたいだね」


         目を向けると、男の人の背中が見えた。

         別の席に移ろうとしたときだった。


         「手塚じゃないか!」


         周助が驚いたようにいった。

         手塚もこちらに気づいたらしく、二人のほうに振り向いた。


         「一人で何してたの?」


         周助は手塚にたずねた。


         「ちょっと図書館の帰りに寄ってみたんだ」


         見ると、図書館で借りたと思われる洋書を開き、テーブルの上にのせていた。


         「そっか。一緒に座ってもいい?」


         「でも邪魔じゃないか?」


         手塚はを見ながらそういった。


         「いいんだよ。ね、ちゃん」


         はうなずいた。




         「二ヶ月ぶりだね」


         は手塚にいった。


         「ああ。不二と3人でカラオケにいった以来だな」


         「手塚君も周助も唄わないから、あのときは困っちゃったな」


         手塚は周助を見ながら笑みをうかべた。


         「俺はああいう雰囲気は苦手だからな。不二も得意ではないだろう」


         「まあね。結局あのときはちゃんしか唄わなかったんだよね」


         「そうそう」


         は笑いながらいった。


         「そういえば不二。確か今日は最後だとかいっていなかったか?」


         急に手塚は真顔になった。その瞬間周助の笑みが消えた。も周助も無言になっていた。


         「すまない」


         そういったきり、手塚も口を開こうとはしなかった。

         しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。

         無言の空間に、ジャズの音色だけが響き渡っていた。

         最初に沈黙を破ったのは周助だった。


         「ちょっとトイレに行ってくるね」


         そういって周助は席を立った。

         また、と手塚の間にいやな沈黙が訪れた。


         「きいていいか?」


         急に手塚が口を開いた。

         黙ってはうなずいた。


         「いつここを発つんだ?」


         「明日……」


         はこたえた。


         「それなら会えるのは今日で最後かもな」


         手塚がつぶやくようにいった。

         手塚とはクラスが違うので、確かに会えるのは今日が最後になるかもしれない。

         手塚との思い出が急に頭を埋め尽くした。

         手塚はの瞳を見つめていた。


         「ずっと伝えたかったことがあるんだ」


         手塚はそういうと、の瞳から視線をはずした。


         「なに?」


         がきいた。


         「俺はずっと、お前のことが好きだった。初めて会ったときからお前のことしか考えられなくなっていたんだ」


         の胸が急に痛み出した。

         鋭いナイフで刺されたような痛みだった。


         「ありがとう。でも、私には周助がいるし……。それにもう会うことだってできないかもしれないんだよ?」


         は本音をいった。


         「いいんだ。付き合いたいとかそういうのじゃない。ただ最後に気持ちを伝えたかったんだ」


         そういって手塚は席を立った。


         「すまない。また会うときはいい友達として会えるといいな」


         手塚はそのまま去っていった。

         手塚が店を出る前、もう一度声をかけようかとも思った。

         しかし、どうしても声にならなかった。

         ただ何度も、心の中で手塚にあやまっていた。


         「どうしたの? ちゃん?」


         後ろで周助の声がしたが、しばらく振り向くことができなかった。




         喫茶店を出ても、は言葉を失ったままだった。


         「手塚に何をいわれたのかはわからないけど、話してくれないと何も始まらないよ」


         周助はを見ずにいった。も周助を見ずにいった。


         「べつになんでもないよ。ただ手塚くんとの別れがつらくなっただけ」


         しばらく間をおいてから周助はいった。


         「ちゃんはやさしいね」


         周助は笑顔になった。

         はその笑顔を見て息が苦しくなった。

         ごめんねと何度も心の中で謝った。

         また本当のことをいえなかったことを後悔した。

         でも、これが最後の嘘だから。


         はこの言葉を心の中で繰り返した。




         気がつけば、もう日が暮れはじめていた。

         気温がいっそう下がった気がした。

         は離れまいと周助の手を強くにぎった。

         街のクリスマスのイルミネーションがいつみより輝いて見える。

         それは星の輝きだった。まるで宇宙の中で2人きりのようだった。


         「寒くない?」


         周助は息を白く染めながらいった。


         「うん。周助と一緒なら大丈夫だよ」


         は笑顔でうなずいた。


         「もう一緒にいられる時間もあとわずかなんだね」


         「離れたくないな」


         「僕も同じ気持ちだよ」


         その言葉には喜びよりも、悲しみを感じた。


         「公園にでも行こうか」


         「公園って、2人で初めて行ったあの公園?」


         「そうだよ」


         は、あとわずかしかない時間を大切にしようと思った。

         周助も同じ気持ちなのが嬉しかった。

         街でティッシュを配るサンタクロースの声だけが響いていた。

 


         公園には人の影はなかった。

         公園の真ん中のブランコに2人で腰掛けた。

         もうすでに、空は真っ赤に染まっている。

         その夕日を2人で見つめていた。


         「手塚に告白されたんだね?」


         周助が急にいった。

         は周助の顔を見た。

         しかし、周助の表情は変わってはいない。


         「気づいてたんだ」


         はいった。


         「手塚君のことはいい友達だと思ってたから、あんなこといわれるなんて思ってもいなかった。でもね、

         やっぱり私には周助がいるから。手塚君の気持ちには応えられなかったよ」


         周助は夕日に染まる空を見上げていった。


         「僕もうすうす気づいていたんだ。でもちゃんが僕を選んでくれたことは本当に嬉しい

         よ。ちゃんが手塚を選ぶならそれでもいいと思ってたから」


         「手塚君を選ぶわけなんてないよ! 私には周助しかいないんだよ?」


         「その言葉をきいて安心したよ」


         周助はまだ空を見つめていた。


         「僕のこと忘れないでね」


         「忘れるわけないじゃない」


         周助は不思議と笑っていた。

         もつられて笑ってしまう。


         「また絶対会おうね」


         はブランコから立ち上がっていった。


         「約束だよ」


         そういって周助は右手の小指を前に出した。

         もその指に自分の小指をからめた。

         これが最後の約束になるだろうとは思った。

         急に周助はの腕を引き、抱き寄せた。

         暖かい周助の胸の鼓動を耳に感じた。

         また涙がこみ上げてくる。

         しかし今度は泣くまいと涙を必死にこらえた。

         そのまま周助はの顔に顔を近づけた。

         そして唇をかさねる。

         暖かく宙に浮いたような気がする。

         このキスも最後になるのかと思うとこらえていた涙が溢れてきた。




         駅のホームは朝と違い、帰宅をすると思われる人であふれていた。


         「また連絡するね」


         周助はそういって電車に乗り込もうとした。

         そのときだった。


         ひとすじの風がホームをかけぬけた。

         一瞬、はホームの空気が変わったような気がした。

         そしてそこで周助が急に叫んだ。


         「あ! 雪だ!」


         は空を見上げた。

         確かに雪が降り始めている。

         ゆっくりと、そして哀しく。

         「こんなときに雪なんて、神様もひどいことするね」


         周助は雪を見つめながらいった。


         「違うよ。神様は僕たちにプレゼントをくれたんだよ」


         「そうかもしれないね」

         周助はの頬に手をあてた。

         そして周助はポケットから小さな箱を取り出した。


         「プレゼントなんてめったにしないからこんなものしかあげられないけど」


         そういって周助は箱を開けた。

         その中のものを見ては驚きのあまり周助の顔を見つめなおした。

         中に入っていたのは銀に輝くリングだった。


         「会えるまではこれを僕だと思ってほしいな」


         周助は少し恥ずかしそうにを見つめた。

         そんな周助を見て、は思わず笑顔がこぼれてしまった。

         うれしそうに周助も笑う。


         「やっぱり笑ってるちゃんが好きだな」


         周助はそういって電車に乗り込んだ。

         発車のベルが鳴る。

         思わずは叫んだ。


         「ずっと好きだから! 周助のこと、忘れたりしないから!」


         その声を聞いて周助が何かいおうとした。

         しかし電車の扉が閉まってしまった。


         「周助!」


         もう一度は叫んだが届くはずもなく、電車は走り出してしまう。

         周助が何かいっているのがにはわかった。

         しかし、何をいっているのかはわからない。

         は泣き出しそうになったが、ここで泣くまいと必死に涙をこらえた。

         小さくなっていく周助の顔を見つめ続けた。

         そしてきこえるはずのない周助の最後の言葉を、確かにはきいたような気がする。

         はその場に立ち尽くした。

         時間が止まってしまったのではないかとは一瞬思った。

         去っていく電車をみつめながら周助の言葉を思い出していた。

         その言葉は鈍い痛みとなっての頭を揺らしていた。



         『いつまでも待っているから』



         雪はやさしくいつまでも降り続いていた……。





                    〜The end〜



         ‡Plun'derer=柊沢の有難くもないお礼状‡

         すばる様に頂きました不二周助ドリでした。

         本当に私などに送って下さり、ありがとうございます。(ぺこり)

         最初はどうして「最後」なのか解らなかったのですが、次第に把握する内にショックが・・・。←ごめん

         なさい。本当にせつな系はクリティカルヒットで弱いです。(滝汗)

         心は離れずとも今までのように簡単に逢えなくなってしまう・・・・・・。

         ・・・泣けますね。(注:素直ではない柊沢は心の中で、号泣しています)

         この先、二人がどう恋愛をしていくのか楽しみですねv

         それにしても、二人の男性を同時に恋愛状態にさせた所はすごいですねぇ。

         私ならどちらも掛かって来いですよvv←うわっ、問題発言勃発だし(汗)

         私もVSドリは考えているのですが、今は、積もり積もった資料の中に埋もれている始末です。(あぅぅ)

         それでは、素敵な作品をありがとうございました。

         またのご利用を楽しみにしております。