「…まるで、夢みたい」
季節は夏。
肌を焼き尽くすのではないかと思えるくらい、照りつける日差しは激しい。
気温も遠い南国を見習ったような暑さで、救急車で運ばれる人々も
続出している。
先月は大型台風が日本列島を通過したが、今ではその面影さえ恋しい。
それは夜も続いて、室内に篭っている方が知らず知らずの内に汗が
滴り落ちてくる。
だが、辺りを黒い大理石で囲まれたバスルームでシャワーに打たれている
少女は、それとはまるで違った熱を帯びていた。
対になるほど白い柔肌が光沢を放っているようで眩しく、まだ男性を
知らないことが容易に察することができる。
華奢な体にまとわり付いて流れる堕天使の涙に、彼女はすっかり日常では
味わうことがないシチュエーションに溺れている。
それ故に、邪なことを考えてしまう。
「ダメだよね?…そんなことを考えちゃ。でも、柳生さんなら…」
きっと、今、この場に母親がいたらハシたないと言うだろう。
しかし、現実、バスルームにいるのは自分だけだ。
そして、このドアの向こうの部屋にいるのは彼だけだった。
こんなシチュエーションになれば誰だって、この少女と全く同じ事を
考えるかもしれない。
胸は未知なる欲情に鼓動を速くさせ、膝はにわかに笑っていた。
理想と現実のギャップにため息を吐き、目の前にあるシャワーの
蛇口を捻る。
もう、後には引けない。
動き出した気持ちを止める術など彼女は知る由も無かった。
「それに私が思っているだけかもしれないし...」
自分で言っておきながらショックで言葉を失った。
何もないなら女性として、かなり情けない。
そう思ったとしても、自ら男性を誘うほどの勇気を持ち合わせては
いなかった。
「ううん!…バ、馬鹿なことを考えていないで早く出よっ!」
備え付けのバスタオルで体にまとわり付いた水滴を拭いてから普段、
着慣れないバスローブに手を伸ばす。
色はオフホワイトとブルーとピンクの三種類あったが、敢えてピンクを
選んだ。
始めはオフホワイトにしようかと思ったが、それではドラマのベッドシーン
を妄想してしまったため、普段セレクションする色に決めたのだ。
とは言え、サイズはさすが、世界を相手にするホテルだけあって大きいの
が、何とも心細い。
袖を二重三重に折ってから髪を梳いて少しは気を落ち着かせようと心掛ける
が、鏡に映った己にまたもやショックを隠しきれなかった。
「やだ…私ってば顔、真っ赤」
普段から考えていることが表に出やすい性質だと言われるが、全く
その通りである。
「ああ〜…こんな時ドラマの女優だったらメイクで隠すのにぃ」
こうしてバスルームで時を刻んでも焦りしか募らない。
ドアには鍵は掛けてあるが、いつ柳生が声を掛けてくるか分からない。
仕方なくブラウンのブラシで髪を梳いてから水道の蛇口を思いっきり捻り、
顔をゴシゴシと乱雑に洗って元に戻す。
何かあってもなくても、もう、後には引けない。
それはどんなに思考回路を働かそうとしても変わらない事実で、今を
自分は望んだ。
洗面台の横に備え付けてあった淡い桃色のタオルで顔を拭き、よしと自身に
気合を入れる。
顔のことを訊かれたら長湯したからとでも答えれば済む事だ。
鏡の前で一つ回って最終確認をする。
別に目立って変と言う箇所は見当たらない。
少女は息を飲み込んでからバスルームの鍵を自ら外した。
「こんばんは、さん」
「……こんばんは」
真っ白なスーツにモスグリーンのネクタイを締めている姿は遠くから見ても
同じ中学生とは思えないほど、色っぽくてこんな人と待ち合わせをして
いるのかと思うと、緊張して返答し辛い。
左手首にはめている腕時計を確認してからでは行きましょうか、と
大きな掌を差し出す仕草が何とも紳士的で、重ねるだけの動作さえも
手が震えて思うようには動かない。
彼女の名は、。
あの東京代表の枠に入る氷帝学園中等部の二年生である。
先日、《ホテル異人館ガーデン》で行われたミステリーナイトに参加して
いた一人であった。
少女は友達と連休を使って参加したのだが、元々ミステリーとは無縁の
世界の住人だ。
だけを残してさっさと眠ってしまったのだ。
「あっ」
だが、柳生は手馴れているもので、自らその距離を縮めて彼女の小さな掌を
掴んだ。
「今夜は、来てくれて嬉しいですよ」
「ひゃっ!」
手の甲に口づけを落とされ、今も心臓がばくばくと脈を早くさせている
のに、そんなことをされてはこの場で気を失ってしまいそうになる。
夏休みもいよいよ本格的になった八月上旬、宿題に手を付けている時、
ピーチピンクの携帯電話がいきなり受信音を奏でた。
画面を見てみると、そこには「柳生比呂士」と表示されていて震えた声で
応対をしたことを今でも後悔している。
『明日の夕方…18時駅前に来て頂けないでしょうか?』
それは、デートの誘いだろうか、それとも…。
クローゼットから彼の隣にいても不釣合いになり過ぎないグリーンの
サマーニットに白地のロングスカート出した。
以前、彼が、モスグリーンが好きだと言っていたのを覚えていたからだ。
と言っても、自分の所有している色でそれに近いものと言えば、
爽やかな緑しかない。
仕上げに王冠の指輪を左の薬指にはめ、ミュールの踵を鳴らしながら歩く。
親には友達の家に泊まると嘘を吐いて、当の本人にはアリバイを
頼んでおいた。
本当に、こう言う時ほど同性の友達には感謝したことはないだろう。
事が無かったとしても、今日はこのまま自宅に戻る気はない。
その時は宜しくね、と言ったら、『事がないなら起こせ』とエールを
送られてしまった。
こんなことを考えているだなんて微塵にも思っていないであろう少年は、
優しく手を包み込んだままとあるホテルの中へとエスコートをしてくれた。
それは先日、潜った《ホテル異人館ガーデン》。
二人にとっては最も思い出深い場所である。
友達が眠ってしまい、仕方なくラウンジで考え込んでいると、一人の
少年が声を掛けてきた。
それが、立海大附属中学校の柳生比呂士だった。
「いらっしゃいませ」
大手スーパーやデパートとは全く違う豪華な内装が施されているのに、
つい、圧倒されてしまう。
自動ドアを潜った二人を出迎えたのは、先日と同様にどこかの庭園を
思わせるほどの見事な噴水だった。
これなら美術の教科書に間違って載ってしまっても、バレないだろう。
このままコインを後ろ向きで投げたら、本当に願いを叶えてくれそうだが、
それはやめておいた。
少女の願いは既に叶っている。
「どうしましたか?さん」
彼に気づかれないように握り締められた掌を恐る恐る形を変えた。
しかし、そんな些細な動きでも気づいてしまう柳生に頬を染めたまま
微笑む。
そしたら、分厚いレンズに隠れた瞳が笑い返してくれるから。
「後で、ここに来ませんか?」
「ここに…ですか?」
舌足らずな声でそう提案してみると、笑みを消して何かを考え込む
仕草をする。
「ダメですか?」
「いえ…そうでは。分かりました。また、後でここに参りましょう」
「はいっ!」
別に深い意味なんてない。
ただ、ここのところ夏休みの宿題に追われながらどう彼をデートに
誘うものか、と悩んでいた。
自分は中二で柳生は中三、このシーズンは受験真っ只中である。
そんな時期にの勝手な都合で彼の一生を棒に振るようなマネはしたく
なかった。
だから、ミステリーナイト後のデートも極力わがままを言わないように
我慢してきたつもりだ。
それなのに、今夜は…闇に抱かれた逢瀬に初めて誘われた今宵はその箍が
外れてしまいそうで怖かった。
エスコートされたのは、噴水のある二階からエレベーターで七階へと
上がったフランス料理の店。
店内には二人のような年代はほとんどいなく、席に着いているのは
仕事帰りのサラリーマンやOLや深みのある紳士淑女しかいない。
内装はやはりどこかの銀幕に登場しそうなくらい拘っていて、周囲の人物が
まるで俳優のように思えた。
「いらっしゃいませ」
「予約しました柳生と申しますが」
「はい、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
空いているテーブルに通され、互いに向かい合って座ると、思い切って
声を掛けてみた。
「…あの……柳生さん」
「何でしょうか?」
「あ、あの……ここって」
「フランス料理はお嫌いだったでしょうか?」
「いえ、そうでは!ただ…」
「ただ?」
「私…その初めてで……そのぉ、マナーとか良く分からなくて」
心の中で突っ込む所が違うだろう、と自ら突っ込みを入れるが、実際
そうなのだから弁解のしようもない。
「それなら僭越ながら私がお教えさせて頂きます」
「迷惑なんてとんでもありません!あ、すみません。こんな所で大声を
出しちゃって」
「いえ、それにご自分で気がついて下さってさんは必ず立派な
レディになるでしょうね」
「そんな…」
予期せぬところで褒められてしまい、顔を赤くして俯いてしまう。
スーツを着ている所為かいつも以上に大人に見える。
その後、運ばれてくる食事もその都度教えてくれるマナー講座も適当に
耳に入るだけでふわふわした気持ちに陥っていた。
完全に、彼の言葉に…雰囲気に…溺れている。
ナイフとフォークを皿の上に置くのも何だがぎこちなくて、その度に
膝に置いたナプキンで口元を拭ってしまう。
運ばれてきた料理が美味しくないわけではない。
正しく言えば、口に入れる度にその味が体中を駆け巡り、ほろ酔いに
似た感覚に襲われていた。
勿論、ワインは彼の配慮で運ばれては来ない。
その分、柳生といる時間が長くて余計、その魅力に酔いしれていた。
「どうでしたか?初めてのフランス料理のお味は」
先に店を出て待っていたに軽く手を挙げてこちらに向かって歩いてきた。
「あの…余計な心配でしょうが…」
「はい?」
「だ、大丈夫だったんですか?」
その姿に駆け寄った彼女はどう切り出そうか悩んでいた。
フランス料理など決して中学生の恋人が気楽に足を運べる店ではない。
そのおどおどとした姿に感づいてくれたのか、しばらくの間長身をの方に
傾けていた彼は優しく微笑んで頭を撫でた。
この掌は好きだけれど、彼女を複雑な気分にさせる。
それはまだ見ぬ妹を宥めるもののように感じられたからだ。
「ええ、先日、頂いた食事券で」
「えっ……ああ!」
今の今まで忘れていた。
先日のミステリーナイトのW優勝で賞金と食事券を貰ったのだ。
幕に隠れて正式に恋人同士になったあの日。
思い出せばかぁーっと、顔に上り詰める熱があった。
賞品を柳生に言われて預けていたが、まさかこのために使うとは思って
もみなかった。
「あの後、大変だったんですよ。妹に洋服を買えだの何処か遊びに
連れて行けとせがまれて」
彼が本当に疲れたと言う感情を体中で表現したので思わず笑ってしまった。
「お使いになれば宜しかったのに。妹さんに喜ばれますよ?」
来た時同様にエレベーターに乗り込むと、柳生はドアが閉まるのと同時に
彼女を勢い良く抱きしめた。
ここは九階。
《ホテル異人館ガーデン》を出るためには後、七階降りなければならない。
「イヤですよ。妹にどんなにせがまれてもアレだけは使わせません」
「えっ?」
長身を曲げて耳元に囁いた彼の声色はやはり甘くて、それでいて鼓動を
急上昇させるほどに低く心に響いた。
そんなに大人の人になってこの少年はどうするのだろう、と不安が
一瞬過ぎる。
柳生が知らない内に、自分をどんどん置いていきぼりにするようで
怖かった。
「アレはあなたと頂いたものです。ですから、さんと一緒にいる時間のため
に使いたいのですよ、私は」
「柳生さん!」
だが、この腕の温もりだけは数回の逢瀬のものと同じで、彼の胸に顔を
埋めた形で何度もこの少年に愛されていることを実感させられる。
やはり、どんなに逃げようとしても柳生比呂士と言う存在には
勝てそうもない。
(このまま……彼の色に染まる所まで染まってみたい)
それは、危険な考えだろうか。
銀幕の袖の中、不意に落とされたものとまるで変わりのない口づけが
頬に降り注いだ。
チィィィン…。
「…行きましょう」
それは刹那に終わり、再び開かれたドアの光を背景にした柳生の頬は
薄っすらと、赤みが差していた。
その後ろ姿に鼓動を抑えながらも駆け寄り、その右腕を抱いた。
あなたへの気持ちは確かにここにある、と伝えたいから。
二人が降りたことを確認したエレベーターはそれを見送ると閉じ、
また上がっていった。
アレから一時間も経ってないのに、彫りの深い装飾が施されている噴水は
何度見ても厭きない。
「この場所がお気に召しましたか?」
じっとそれに見入るの傍で同じように眺める彼に首を横に振って答える。
古いと言われるだろうが、ドラマでも噴水の下で二人が良いムードに
なっていることが多い。
彼女もその雰囲気を少しでも味わいたかったのだ。
もしも、この後何日も柳生と会えなくなってしまうのならば最後にこの場所
へ来たことくらい覚えておきたい。
「もう少し近くに行ってみましょう!」
「!さん、今は止めた方が」
「えっ…」
彼の言葉に振り返った時だった。
それまで穏やかに流れていた噴水が一気に激しさを増し、三階にも手が届き
そうなほど高く背伸びをし始めた。
「さん!」
はあまりの出来事に噴水の傍で身を固めてしまったため水飛沫の格好の的
となってしまった。
全身とは言わないが、あちらこちらが薄っすらと濡れてしまったため、
先程よりも涼しい。
勿論、《ホテル異人館ガーデン》にも冷暖房は完備されていた。
しかし、水には到底敵わない。
服装のチェックをするように噴水が設置されている足元に目を凝らす。
そこには、『ショーが始まる五分前には必ず半径二十メートル以上離れて
下さい』と注意書きがしてあった。
…最悪だ。
最後かもしれないデートで水に滴ってしまうとは、何て自分は
子供なのだろうか。
きっと、もう、お終いだ。
どんなに彼女が大人になりたいと願っても、こんなに子供な自分を
柳生が好きでいてくれるはずがない。
「…っ、く……」
「どうかしましたか?何処か痛いところがありますか?」
「えっ…」
優しい言葉が背後から掛けられるのと同時に抱きしめられる。
目尻に溜まっていた涙も水滴と共に流れ落ちた。
この優しくて暖かい場所は先程、エレベーターの中でもあった。
「柳生…さん…」
「はい」
どうしてこんなにこの人は温かいのだろうと思うと、何故だか
また泣きたい気持ちになる。
「……濡れますよ」
「構いません。女性のあなたをこんな状態にさせてしまった私が
無事でいるわけには参りません」
「それは、あなたが『ジェントルマン』と呼ばれているからですか?」
「!?」
言ってしまった…。
涙を堪えながら不安を口にするとは、何て自分は子供なんだろう。
このまま彼の腕が解けてしまったら、無様に座り込んでしまうと言うのに。
こんなのは、単なる八つ当たりで、非などないことは解っている。
ただ、自分があまりにも子供過ぎて妙に泣けてきた。
「っく……ごめっ」
途切れた言葉の続きは、突然の衝撃の中に消えていった。
嗚咽と共にまた、瞳に涙を浮かべようとすると、至近距離に柳生の
端整な顔が近づいてきて花の蕾のような唇を捕らえられたのだ。
奪われた方は、その初めての刺激に鼓動を速くして貪欲にも新たなる
事件を待っている。
「んっ…」
目を見開いたままでいると、レンズ越しの彼の瞳が見つめているように
思えて遠慮がちに瞼を下ろし、躊躇いがちに吐息を漏らした。
「……いいえ…私は「ジェントルマン」と呼ばれているからではなく、
あなただけの恋人だからこそさんを抱きしめたのです」
長いキスの後、彼女の前に姿を現す。
その表情はいつものように優しくて……いつもより赤らんでいた。
それはきっと、余韻で酔っているにも言えることで、気づけば体中が
熱を発している。
「と、とにかくこのままではお互い風邪を引いてしまいますね。
少々お待ち下さい」
いつになく落ち着きのない柳生は彼女のその場に残し、どこかへ
走っていった。
胸元を確かめてからバスルームの鍵を自ら外し、部屋の中を見回す。
室内は大して広くない。
これも彼の配慮か、シングルサイズのベッドが二つあった。
を独り待たせてから数分後、来た時と同様に駆け寄ってきたかと思えば
いきなり手を握られ、先程とは違ってカウンターの前を素通りした
エレベーターに乗り込む。
「ここは宿泊客専用のエレベーターですよっ!」
今にも顔から火が出てしまいそうなぐらいの勢いで口走った彼女とは
違って至って冷静な柳生はええ、と返した。
「いくらなんでもこの姿のままお返しするわけには参りません。
ご家族の方には私から連絡を…」
「いいえ、大丈夫です!家の者は旅行に出ていますので」
「家族」と言う言葉に過剰反応してしまい、つい大声を出してしまった。
いきなり紹介もしていない彼氏から電話が掛かってきて、お嬢さんを
返しませんなどと言ったら、後が怖い。
況して、嘘まで吐いてこの場にいるのだ。
事の真相を素で言えるほど彼女は挑発的でもなければ、淫乱でもない。
結局、巧い言葉も思いつかず、62階の一室に通され、今に至ると
言うわけだ。
室内には電気が温かみのある色を帯びており、それ故に何かを期待させる。
(あっ)
出入り口側のベッドに凭れかかるような形で彼がこちらに背を向けていた。
その存在を瞳に宿しただけでもまるで火が点いたかのように頬が熱を
帯びてくる。
足を進めて「お風呂、どうぞ」と言うだけなのに、声にすることはできなく
て思わず俯いてしまう。
唇を噛もうとすれば先程のキスを思い出し、人差し指でその感触を
なぞった。
柳生の気持ちは確かにここにある。
「……」
そう思えば、先程までの気持ちが微熱だったかのように消え失せ、まだ踵を
弾ませてしまうスリッパを履いて歩き出した。
それは、映画のヒロインがの体に舞い降りたことを知らせている。
初めて親以外の人と泊まったホテルの一室。
しかも、それは恋人だ。
部屋には勿論のこと二人きりしかいない。
二つのベッドの間に着くと、やはり柳生は真っ白なシーツに凭れていた。
さらに言えば、彼女が目にしてきた彼としては珍しく行儀悪くカーペットが
敷き詰められている床に腰を下ろしている。
「柳生さん、お風呂空きましたよ」
「……」
だが、返事はない。
もしかして、と思い、顔を近づけてみればやはり、船を漕ぎ出していた。
二つのベッドの境に置かれている棚の上にある時計が刻んだ時刻は、が
バスルームに入った頃より一時間をとっくに越えていた。
きっと、待ちくたびれて寝てしまったのだろう。
起こさないようにごめんなさい、と呟く。
彼の着ていた白いブレザーとモスグリーンのネクタイが外されている事に
気づいた彼女は辺りを見回たせば、厚いカーテンが引かれてある枠に
ハンガーで干されてある。
何分、宿泊しに来たわけではない彼らは替えを用意しているはずもない。
の分はバスルームに置いたまま。
取りに行かなくてはならないのに足は動かず、だらしなく開け放たれた
ワイシャツから除く、鍛え上げられた胸板から目を離せなかった。
さすが、王者と言われるだけのことはある。
こんなになるまで練習したんだ、と思えば、何故だか柳生の広い肩に
手を置き、自ら二度目のキスを強請った。
これも普段のを考えたら稀な大胆さである。
「…んっ」
軽く唇を吸っただけなのに、妙に声が漏れてしまう。
本能的に自分は誘っているのだろうかと思えば、押さえようもない鼓動が
胸を締め付けた。
彼の唇はそれほど魅力的で、このまま離す事の方がおかしいのではないかと
思えるくらいである。
しかし、自分から委ねたのだから自らそこから手を引かなければ
子供のままだ。
相手の意思と同意の上でない口づけはここまでにしよう。
名残惜しい気分を引きずりながら体を離すと、唇が1スターリングを
挟まない内に語り出した。
「あなたからキスして下さるなんて私は幸せ者ですね」
「…や…柳生さん!?」
先程施した場所は笑っていて......離れることを許さなかった。
「んんっ……ぅ」
再び与えられたキスは最初のものとは違って、片手で後頭部を強い力で
押さえつけられ、もう片方の指先で顎を締め付け、口内の侵入してきた。
その舌先は歯列を数え、一気に彼女を攻め、声を漏らさずにはいられ
なくさせる。
勿論、はこんな強引な口づけは初めてで、息の仕方が分からなくて夢中で
彼の背中に腕を回す。
「もう、私は我慢できそうにもありません。さん…私は
あなたが欲しい」
初めて呼んでくれた名前と驚くほど濡れている唇にドキドキする。
はっとして気がついてみれば、ようやく放された自らのものも濡れていた。
常に冷静さを保っている柳生がこんなに性急なキスをするとは予想外だ。
だが、こんなことをしないとは考えてはいない。
彼とて立派な男性だ。
その柳生に求められるのだったら、幸せでもあるし嬉しかった。
彼に熱く見つめられて思うような言葉がなかなか出てこないは、その
胸の中に黙って凭れかかった。
「…や…は、あぁ」
そのまま横抱きにされ、ベッドの上へと降ろされた彼女はまだ幼い小さな
指先を攻められていた。
初めは手の甲にキスをされただけだったのに、緊張感で汗が滲んでいる
それを何の躊躇いもなく口にしたのだ。
爪から第二関節まで丁寧に舐め上げられ、尚も柳生はから視線を
外さなかった。
その分厚い眼鏡で自分をどう見つめているのだろうか。
それが気になって震える手でレンズの縁を掴み、やけに重たいそれを
外した。
しかし、この名も知らない感覚に襲われているためか、思うように
力が入らない。
眼鏡の下から現れた瞳は、想像していたものより熱を帯びていた。
「何をするのですか」
だが、彼女がシーツの上に落とす前にそれは手から無事に逃げ出す。
「あ、あなたの……瞳が……見たいからっ」
「私の裸眼を見るとすれば眼鏡が曇った頃ですよ」
「え?…やだぁ…」
彼の言葉に今の状態を忘れてしまったが身にまとっていたピンクの
バスローブを左右に開く。
露になった彼女は下着を着けていなかった。
期待はしていたくせに、何も用意していなかったので替えの下着さえも
荷物の中に忍ばせておかなかった。
突然現れたの生まれたままの姿をじっと見入る柳生に体を火照らせ、
捩って抵抗はしてみるもののそれから逃れられるはずもなかった。
「美しいですね…白い肌が朱に染まって」
「そ、そんなに見ないで下さい!」
「何故ですか?」
「何故って…恥ずかしいからです!」
顔を真っ赤にして訴える彼女がどう映ったのか、彼は声を殺して笑うと、
首筋に唇を落とした。
「はぁ……柳生さん……っ」
そこから滑るように鎖骨に下りて来た唇はそこで赤い花を咲かせ、胸、腰、
臍、股、踵にとその証の領域を広げた。
ただでさえ敏感になっているは次第に柳生をぞくぞくとさせるほどの声色を
奏で出し、止める気は毛頭ないが、もう後戻りはできなくさせた。
「ああっ」
彼女の敏感な部分に舌を侵入させれば、先程の指の愛撫で既に濡れて
いた場所がすぐに新たなる蜜を溢れさせ、その刺激を歓迎する。
シーツを掴んで耐えてはみるが、次期に怖くなり思うように動かない体を
起こして下半身に顔を埋めている彼の後頭部を上下に擦った。
その動きは止めてと言っているようで煽っているようにも見えるのは
野暮と言うものだろう。
もはや抵抗する力がないの足を開かせ、ベルトを外す音を忙しくさせれば
起ち上がった窪みと目が合ってしまってそのまま逸らす。
滴り落ちていた白い欲望と日頃、目にする機会がないものの大きさに
今頃になって不安を感じるなんて遅すぎた。
「さん…」
「あ、……だめです」
僅かに残った理性がM字型に開かされた股を閉じようとしたが、割って入って
きた柳生によって阻止される。
「隠さないで下さい。…あなたのすべてを私に見せて下さい」
「はぁ……ん…」
耳に囁かれたと思えば、甘噛みされて残った理性も取り払われた。
左手は指を絡ませ、右手は腰を抑えて茂みに宛がった己を歪めた顔で
奥へと進める。
「…あんっ…ん、んっ」
初めての激痛に歯を食いしばる。
頭の中で先程見たアレが自分の中に入っているのかと思えば、体中の血が
逆流するような勢いで鼓動が速くなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
刺激とあまりの恥ずかしさに瞳を強く閉じていた彼女は、自分とは違った
吐息の荒さに思わず彼を見上げる。
組み敷いた形で己を突き進めている彼は、顔には勿論のこと体中に汗を掻き、
激痛でシワを刻み頬を赤く火照らせていた。
「あっ…や…」
この名も知らぬ痛みを感じているのが自分だけじゃないと思えば、柳生が
一気に更なる奥を突いてきて思わず甲高い声を上げてしまった。
「…ひっ、あ…柳生さんっ」
「はぁ……くっ……っ」
呼び捨てにされたことが嬉しかった所為か、この刺激に慣れた所為か最初の
頃のような痛みは感じず、ただ頭の芯がぼやけてくるような感覚が襲う。
これを『快感』と呼ぶのだろう。
「っん、はぁ…」
腰を動かされても激しさを増しても絡めた指は離さない。
「あぁ……やぎゅうさ…」
それから手を外し、既に形を変えてしまった胸の頂に指で確かめてから
口に含む。
指が外された場所には先程咲かせた赤い証が刻まれている。
「は…ぁんっ……ああっ……も、ダメェ…」
舌先の感触と先程まで繋がっていた証に攻められ、弾みで背筋を反らせる。
「っ……はぁ、はぁ…」
意識的に彼を締め付けてしまったのが分かる。
それと同時にどくどく、と脈打つ柳生が自分の中に居ることが実感できて
とても嬉しかった。
「んっ、く…ぅ」
「ん…ああ!!」
いきなり彼が自分を引き抜いたことで、限界に達しようとしていた彼女は
すっかりシミを作ってしまった白いシーツの上に倒れ込んだ。
一方、彼は想いの丈を掌に放ち、先程までが使っていたバスルームの
排水溝に流す。
この欲望を彼女の中に放つことができるのはまだまだ先のことだろう。
「さん…」
ベッドの上に戻り、まだ痙攣している体を抱き寄せ、その額に今度は優しい
キスを落とす。
「愛しています…」
意識を遠退かせてしまった彼女がこの言葉を聞いたかは判らないが、朝、
柳生が目覚めたら胸の中心に小さな傷跡が刻まれていた。
それは、真夏の夜が二人に見せた夢の続きなのかもしれない。
―――…終わり…―――
♯後書き♯
柳生初裏ドリ「真夏の夜の夢」はいかがだったでしょうか?
今作は「*ICE TEA*」の管理者茉莉花恋様が私などに書き下ろして下さい
ました「眠れない 夜」の続編として書かせて頂きました。
タイトルは以前から憧れていて今回やっと念願だったのを付けられてこっち
としては満足ですv