盲蛇に怖じず


      八月も既に下旬に入り、昼間の暑さもそうだるく感じることはなくなった。

      夏休みも後少しで終了してしまう不動峰中学校では、それでも部活に

      励む者たちがいる。

      校舎から少し離れたテニスコートの上には、いつもと同じメンバーが互いに

      汗を流して黄色いボールを追いかけていた。

      その中の一人である神尾アキラは、今日で十四歳の誕生日を迎える。

      こうして歳を重ねることで力や精神的にも昨日とは全く違う自分になれると

      思う。

      いくつになっても変わらない願い。

      それは向上心や野望なのかもしれない。

      だが、それでも彼にはこの特別な日に叶えたいことがあった。

      新しい自分を迎えた魔法のような時間に成し遂げなければならない課題。

      それは...

      「アキラ!この後、カラオケ行かねぇ?」

      「ごめんっ!俺、今日、用があるんだっ!!」

      夏休み中の部活の活動時間は、正午までと決まっている。

      部室でさっさと着替え終わった彼にまだ着替えている数名の少年達が

      声を掛ける。

      しかし、声を掛けられた本人は振り返ることなく、さっさと部室を

      飛び出してしまった。

      今日しか許されない瞬間を逃すわけにはいけない。

      いつもなら仲間を大切にする神尾は心の中で何度も謝罪を述べながら足を

      前に進めた。

      約束の時間は正午ぎりぎり。

      さすがの「スピードのエース」もそんな時間に目的地に着けるわけがないと

      誰もが思うだろう。

      しかし、不可能を見事可能にしてみせるのが不動峰の持ち味でもある。

      「リズムを上げるぜ♪」

      少年は口癖のようなことを呟くと、足を小刻みに動かして調子を合わせたか

      と思えば正門を目指して加速しだした。

      「おわっ!?」

      「なにっ!?」

      それに驚いたのは、様々な理由で休みの学校に来て彼とともに帰路に着いて

      いた生徒達であることは言うまでもない。

      だが、そんなことにお構いなしの神尾は、段々近づいてくる正門のある

      一点だけを見つめていた。

      そこには、一人の青学の女子生徒がこちらに背を向けている。

      「お〜いっ!さんっ!!」

      それを見た少年の顔はやんわりと微笑み、微かに頬を朱に染めてしまう。

      「あっ、神尾君っ!」

      彼の声に振り返った少女は、ショートヘアーの良く似合う小柄な少女

      だった。

      そう、この少年が約束をした相手こそ彼女なのだ。

      目的地に辿り着いた足は今まで何事もなかったかのようにぴたっと止まり、

      息一つ乱さない彼はごめんとだけ呟いた。

      「ううん。それより大丈夫だったの?今日も、部活だったんでしょ?」

      「大丈夫だよ。ちゃんと部活やってきたし。それにこの時間にしたの

       俺だし」

      正午。

      それは、一種の掛けのような時間の始まりだった。

      だからこそ、この一瞬を狙った。

      「じゃ、飯食いに行こうか?」

      「うん!」

      二人は笑い合うと、正門を後に歩き始めた。

      彼女の名前は、

      青春学園中等部の二年生である。

      何故、他校同士の彼らがどうして知り合ったかと言うと、春に行われた

      地区予選に謎を解く鍵があった。

      「自分でこんな時間に設定しておいてなんだけど、青学の方は大丈夫?」

      「大丈夫だよ。ちゃんと仕事はしてきたし、それにみんな熱中しちゃって

       私なんかいらないくらいだもの」

      「また、そんなことを。でもさ、こうして会えたのは正直言って嬉しいよ」

      そう言って微笑むと、彼女の顔が赤く火照りだす。

      そんな仕草が愛しくてつい抱きしめてしまいそうになるが、それは

      最後にとって置こうとグッと堪えた。


      神尾は、地区予選のあの瞬間、に心奪われてしまったのだ。

      相手はあの強豪と言われた青学。

      それなりに気を引き締めていた。

      いや、つもりだった。

      橘が対戦前に青学に挨拶に出向いた刹那。

      その場にいた誰もがあの生意気なルーキーに心奪われているのと同時に、

      彼もまた一人の少女に視線を奪われた。

      『クスクス…』

      『っ!?』

      越前が伊武に対抗してPontaを飲みながらボールを軽快に跳ねさせるのを

      聞きながら自分の鼓動もまたリズムを刻みだしたのが分かった。

      神尾の視線の先には青いジャージ姿の少女がとても楽しそうに笑っている。

      髪は少し長めのショートヘアで風が吹くと心地良さそうに揺れていた。

      口元に片手で押さえながら何かを見て可愛らしいその微笑を浮かべている。

      その視線の先を調べなくとも、生意気なルーキーと伊武の言葉無き戦いに

      送られているのだと解った。

      『行くぞ』

      『はい』

      陣地に戻る際、ようやく我に返った彼には、この試合に絶対に勝ちたい

      理由が一つ増えた。

      今さっき、恋に落ちたばかりの彼女に良い所を見せたい。

      少年の心は少女の正体を知るまではそう思っていた。

      だが、時に恋はひょんな所から訪れてくることを神尾は知らなかった。

      (嘘…だろ……)

      ダブルス2の試合中相手ベンチを見た誰かが心の中で呟いた。

      試合はまだ始まったばかりでゲームメイクも悪くない。

      だが、黒一色に染めた不動峰側のベンチで、一人顔中で疲労を表している

      少年がいた。

      それは、シングルス3に出場するスピードのエース神尾アキラである。

      表向きには青学の強さに圧倒されたとか緊張の類が原因ではないか、と

      完全に的外れなことを想像されるだろう。

      だが、この少年の真相は相手側のベンチのみ知っていた。

      彼の視線に映ったもの。

      それは、先程見事に覚え立ての恋心を彼に宿らせたの少女だった。

      彼女がレギュラー陣の背後に立ち、ダブルス2の選手を応援しているようだ

      が、彼の耳にはその声は入らない。

      自分が一目惚れした異性がまさか対戦相手のマネージャーだとは予想も

      していなかったからだ。

      これも何かの悪戯なのか、と少し考えてからまるで、黒い悪魔が神尾に降臨

      したかのような笑みを唇に湛える。

      それならば、奪えば良い。

      青学からあの名も知らない少女を奪ってしまえば良い。

      自分のことしか考えられなくなるほど彼女の心を満たしてみせる。

      『空気が冷たくなってきたな。神尾、アップしておけ』

      試合はダブルス1が始まったばかり。

      ダブルス2は、予想外の青学側の棄権で不動峰の勝利で終わった。

      伊武との練習中、先程降臨したばかりの黒い小悪魔が弱りきった彼の恋心を

      支配している。

      地区予選の優勝もあの娘も奪ってやる、そんな野望に似た気持ちが何故か

      一人歩きをしていた。

      だが、そんな異物が彼を勝利にへと導くはずはない。

      『はぁ、はぁ、はぁ…』

      結果は敗退。

      最終的には、精神の強さで海堂に負けてしまったのだ。

      忍耐ならば自信があった。

      去年まで二年生たちや顧問に耐えてきた。

      何をされても手を出さなかったし、言う事だってなるべく聞いていた。

      だが、それは橘が不動峰に姿を現した頃までだ。

      仲間の結束の強さはどこの誰だって負けないが、それ故に衰えてしまった

      ものが自分にあったとすれば、どうだろうか。

      『クソッ!』

      試合後、少しベンチを抜け出して休憩所の壁を拳で殴りつけた。

      手の甲には鈍い痛みが数分間続く。

      全く以って、自らの甘さに嫌気に来る。

      もっと、どうしていたら……そんなことが脳裏で空回りになり、それが

      また新たな怒りに変わっていった。

      『ちょっ!何しているんですかっ!!』

      『っ!?』

      背後からいきなり声を掛けられたかと思うと、次にレンガの壁を攻めた

      プライドを小さい掌に包まれたのだ。

      しかも、その温もりは同性のような筋肉質なものではない。

      むしろ、柔らかくて温かかった。

      『神尾君だったよね?』

      『どうして名前をっ!?』

      その紅葉の持ち主に振り向いた彼の顔が目の前で風船が割られたような

      顔をする。

      赤味がある髪を振りながら幻想を我が物にしようと頭を思い切り揺すった。

      (嘘だろっ、こんなシチュエーションありかよっ!)


      『神尾君?』

      声の主は首を傾げてこちらも見つめている。

      そんな視線に耐え切ることは、今の彼にできるわけがない。

      瞬時に紅く染まったその瞳の先には、カウントダウン的に恋をしてしまった

      あの青学マネージャーの彼女が立っているのだ。

      動悸は速くなり、声を出すのも躊躇するかのごとく口内でどもってしまう。

      情けない話で、少女の方から話しかけてくれることを心から願った。

      すると、何かを思いついたのか、あっと一言呟いてから苦笑いをして

      みせる。

      『ごめんなさい。自己紹介してなかったよね?私は、。さっき、あなたが

       試合していた青学のマネージャーだよ』

      『そうだった……のか』

      ヘタの芝居を演じて知らなかったように見せかけると、彼女は少年に

      掌を差し出した。

      『へ?』

      『右手出して』

      先程までとは違い、真剣な眼差しでこちらを直視してくる。

      それは、有無を相手に決めさせる権利を滅する力があった。

      に言われた場所は先程、休憩所の壁を殴りつけたものである。

      『なっ、何でもないよ』

      『何でもないわけないじゃない!凄い音がしたもの。良いから見せて!!』

      『うっ!!!』

      神尾の拒否を見事にかわした彼女は、背後に隠そうとしていた右の手首を

      力任せに引っ張る。

      『やっぱり、打撲を起こしているじゃない。試合中で負った怪我なら

       文句は言わないわ。だけ、ど、これは負けた腹癒せじゃない!それでも

       テニスプレイヤーなの!!』

      手の甲の症状を見たは眉を上げたまま彼を睨んだ。

      いきなり説教された方は唖然とし、瞬きを繰り返す。

      見た目とは打って変わった態度に度肝を抜かれたのかもしれない。

      だが、少女の目は今もまだ少年を捕らえて放さなかった。

      『とにかく手当てしなくちゃ。ちょっと来て』

      『あ、うん』

      完全にのペースに乗せられてしまった神尾は水道に連れて行かれ、痛みが

      少し治まるまで蛇口から流れる滝の中にいることを命ぜられた。

      彼が素直に頷いたのを確認してから彼女は自動販売機に駆け込んでいく。

      恐らく青学の誰かに飲み物を買ってくるようにと指示されたのだろう。

      結局、自分はその次いでだと思うと、正直言って落ち込むものがある。

      別には向こうのマネージャーなのだから仕方のないことだと解っていた。

      だが、こうして修行僧のように蛇口いっぱいに捻って流れる水を見ている

      と、何故か虚しさに混じって切なさを感じてしまう。

      『もう、痛み引いた?』

      水音にかき消されない鶴の一声を発したのは、やはり、その人であった。

      彼女は先程の怒りはどこへやら今は、既に笑顔の似合う少女へと

      戻っている。

      『あぁ、大分楽になったよ。ありがとう』

      『お礼なんて良いよ。私ね、マネージャーなんて言う仕事を任されている

       から他校の人だろうが、怪我した人とかいると気になっちゃうんだ』

      目の前で笑うに気づかれないようにため息を吐いた。

      やはり、単なる対戦校の一人である自分にそれ以上の感情を持ってくれた

      わけではなかった。

      そんなことは初めから解っていたはずなのに、妙に心が痛んだ。

      神尾に舞い降りたはずの黒い悪魔は気まぐれの悪戯をしたかっただけなの

      か、もう、姿はどこにもない。

      代わりに残っているのは、既に諦めようとしている恋心だった。

      その一片ずつがカラー写真のように鮮明で、情けない話だが、彼女が

      この場にいなければ泣いていたかもしれない。

      『それでね。これなんだけれど』

      急に、が声を発したかと思い、我に返ると、目の前には一缶のスポーツ飲料

      が少女の代わりにその場にいた。

      『何?』

      『「今は仕方ないから取り敢えずこれで冷やしといて。後、お家に帰っても

       患部を動かしたりマッサージをしたり温めたりしないで。血液の循環が

       良くなって腫れが酷くなるか痛みが増しちゃうかもしれないからね』

      『あぁ、解った。だけど、良くそんなことまで知っているな』

      『えへへ。これぐらい知っておかないと怪我の多い選手がいる部のマネを

       やってられないよ』

      そういって笑っている彼女に彼も心の底から笑みを零した。

      自分がどうでも良いというわけではなかったのだ。

      それだけを知ると、安堵して何だか笑いたくなった。

      少年の様子を見上げている小柄の少女は、夢から醒めたような顔を

      させている。

      それが、二人の出会いだった。

      あの時、が頬をほのかに染めていたことを今でも覚えている。

      あれから機会を見つけては彼女をデートに誘い距離を縮めているつもり

      だが、最近それは自分の一人よがりなのではと落ち込んでいたりする。

      現に、の呼び方も「さん」で、出会った頃と何も変わっていない。

      だが、今日は…今日こそは…不意打ちをつくように告白するつもり

      だった。



      「神尾君っ!速く速く!!」

      「待ってくれよ!そんなに走ってアトラクションは逃げたりしないって」

      目的の遊園地に辿り着くと、二人は軽く食事を済ませ、思いつくままに

      アトラクションへと走った。

      ジェットコースター、お化け屋敷にメリーゴーランド…。

      時間を忘れて今、この少女と一緒にいられることを心の底から

      楽しんでいた。

      虫の良い話だがこんな時だけの恋人になった気がしていた。

      時刻は、もうすぐ四時になろうとしている。

      楽しい時はすぐに過ぎ去るものである。

      今は、園内に設置されたベンチに腰掛けながらポップコーンを齧りながら

      次は何に乗ろうかと考えていた。

      「あっ!私、これ観たい」

      「どれどれ……あぁ、パレードかぁ。良いよ、何時から?」

      「もうすぐ始まるみたいだよ!ほら、何だかさっきまで込んでいた

       アトラクションが空いてきたし。ねっ、行こう!!」

      「あっ、ちょっと待ってくれよ」

      夏が終わろうとしている。

      周囲は夕暮れになって聞こえてくるはずの蜩の声に悲しみが湛えられている

      ようだ。

      二人が駆けつけた時には、既に人で込み合っていた。

      「うぅ……これじゃ、良く観えないよ」

      「来るのが遅かったからなぁ。……あ、ちょっと来て」

      「えっ、ちょ…神尾君、どこ行くの!?」

      二人は行列を後にして走り出した先は、先ほどから何度も前を通っていた

      大観覧車の前だった。

      「ここがどうしたの?」

      「良いから。乗れば解るから、さ?」

      促されるままやってきた次のゴンドラに乗り込んだ。

      二人きりの小さな空間。

      そう感じると、妙に感じるものがあって、落ち着けと何度も胸の中に

      語りかける。

      だが、そんな甲斐も空しく動悸は高いビートを奏でるだけだった。

      「あっ!パレードが始まったよ」

      ため息を吐いていると、向こう側から彼女の声がして頭を左右に振ってから

      近づいた。

      「キレー…」

      不意打ち過ぎる笑顔を彼に向けたは、窓の外の光に目を奪われている。

      そんな彼女を横目にここを選んで本当に良かったと、こちらまで

      微笑んでしまう。

      遥か階下に広がる光のカーニバルへと瞳を向けている少女と一緒に眺めた。

      だが、彼にとってもこの瞬間は、待ちに待っていた時である。

      しかし、今になって妙に緊張してきた。

      「あっ、あのさ…」

      「神尾君っ」

      思い切って声を掛けてみると、真っ暗な闇を見つめたままの彼女と

      ハモッてしまう。

      「何?」

      「さんが先に言って良いよ」

      こんな時に限って意気地のない自分に苛立ちを感じてしまう。

      「えっと……そのっ……今日は、本当にありがとう。私、一生忘れないね」

      「どうしたんだよ?一生って、さんが良かったらまた、俺から誘う…」

      「ねぇ!神尾君。私のこと好き?」

      「えっ!?」

      いきなり振り返った少女の目には涙が光っていた。

      「どうしたんだよ。そんな顔をして…」

      「何でもないよ!ちょっとイルミネーションに感動しちゃったかな?」

      そう言って、指先でそれを拭う少女が何故か儚げに見えた。

      観覧車も既に頂上に近づこうとしている。

      今なら何をしたって他の所に乗っている客に見えることはないだろう。

      そんな魔が指した。

      「キス……しても良いよ?」

      「うぇっ!?」

      いきなりの展開に思わず上擦ってしまう。

      「私のことが好きならキスしても良いよ?」

      そう言ったが頬を染めてこちらに向かって見上げた姿のまま瞳を閉じた。

      その瞬間、生唾をごくりと飲んだ。

      こんなチャンスがやって来るとは思っても見なかった。

      「さん…」

      彼女の両の肩に手を置く。

      「なっ、なぁんてね。嘘だよ…んっ」

      そんな声が聞こえたが、もう、少年を止めることはできなかった。

      醒めないアルコールを知ってしまったかのように情熱的な口づけを彼女へと

      施す。

      既に、理性は切って落とされた。

      両の肩に置いた手を彼女の顎に移し、軽く指に力を加えると、簡単に

      口内への親友が許可される。

      「ふぁっ」

      舌中にへの想いを込めた。

      時には優しく、そして、時には激しく絡めとる。

      その動きは、すべての愛しさを感じさせてくれるものだった。

      「……神尾君」

      「ごめん。でもっ……俺、止められない…っ」

      そう言うと、一端放した唇を再び深く求め、彼女の体を強く抱きしめた。


 

      「あっ、やぁ」

      遊園地から無言で帰宅した神尾家には、まだ、誰も帰っていなかった。

      それを良いことに自室でお互いの姿をさらけ出した二人は、お互いの

      体を求め合うことに夢中だった。

      「足…開けて。俺、入れない」

      「恥ずかしい……ふぁ…んっ」

      「大丈夫だよ、キレイだ」

      ベッドの上に横たえたが不安な表情を浮かべるたびに深い口づけを

      交わした。

      もっと、自分を感じて欲しい。

      もっと、彼女の中を神尾アキラ一色にしたい。

      そんな欲望が次第に彼自身を締めつけていた。

      自己主張しだしたそれは愛液を溢れさせた秘部を貫くような勢いで

      見つめている。

      見下ろすと、少女は視線だけでもイってしまいそうになるがさらに吐息も

      魅力的で既に大人の女性に変貌してしまっているようだった。

      それを自分がさせてしまったかと思うと、嬉しくてこれ以上のものを

      求めてしまいそうだ。

      心地良い水音を満たす秘所はまるで、呼吸をするようにひくひくとして

      簡単に指を抜き差しが出来てしまう。

      「やっ、かみおっ…」

      彼女の腰を掴むと、堪えきれなくなった己を秘部へと宛がい一気に貫く。

      予想以上に湿っていたその場所はあっさりと神尾自身を受け入れた。

      「くっ……ン中……すげぇ気持ち良い」

      「はぁっ、あっ…ああっ」

      お互い初めての体験なのだから彼女のためにももっと余裕を持ちたいが、

      彼とて元気な中学生君である。

      欲望に駆られるままの腰を掴んで己を最奥まで突き入れた。

      「んぁっ」

      「っ、好きだっ」

      空気が恋しくて開け放たれた口内に舌を絡ませると、最初の頃より大分慣れ

      てきた彼女自身が迎え入れる。

      片手での後頭部を抱き寄せ、もう片方は後が残ってしまうくらい腰を

      強い力で掴み、白濁とした欲望と一緒に数分間の
意識を手放した。


      「んっ…」

      「……」

      やっと気がついたのは辺りが闇に閉ざされていた頃だった。

      先程までずっと想い続けていた少女をこの腕で抱いていたかと思うと、

      体がまた上気してくるのを感じる。

      だが、ベッドには二人いるはずなのに、ゆったりとしたスペースが

      確保できた。

      おかしさを感じた彼が体を起こすと、彼女は先程まで愛し合った姿のままで

      窓際に立ち尽くしている。

      声を掛けそうになって、湧き上がってきた悪戯心に支配された少年は音を

      立てないように へと近づいた。

      だが、その本人は残り僅かな距離に達しても気づかない。

      しびれを切らした彼の耳に、先程耳にした水音とは違ったものが掠めた。

      淡々と湧き出る泉のようで時折、少女の声もする。

      それは、決して楽しげなものではなかった。

      「っ!どうしたんだよ!?」

      悪戯も忘れて彼女の体を背後から抱き寄せる。

      それはすっかり冷え切っていた。

      瞳からは先程の大観覧車の時と同様に涙を零している。

      「っ!!」

      「ごめんなさいっ…これが最後だと思うと、…つい」

      「何で、最後なんだよ?俺たちまだ始まったばかりだろ。これからも

       デートしたりして一緒の時間を過ごす...」

      「それがダメなの!!!」

      「?」

      最初に出会った頃の神尾のように拳を握って振るえている。

      一体、何を言おうとしているのか。

      彼女は答えることを躊躇ってなのか少年に取り押さえられた体を大きく

      揺すったが、やはり、現役テニス部員である。

      同い年の少女が必死に逃れようとしてもびくともしなかった。

      「……、俺には話せないことか?」

      「違う!違うけれど、伝えることが怖くて...」

      「大丈夫だって。俺、こう見えてもタフなんだぜ。悩みなら話してみろよ。

       案外すっきりするもんだぜ」

      満面の笑みを寄せられた方はそれに逆らうことが出来るはずもなく、

      彼に向き直ると、彼の胸の中で泣きじゃくった。

      「私っ…私…もう、日本にいられないの!外国で暮らしている父方の

       祖母が倒れて向こうで暮らすことになったの!!」

      「なっ!?」

      あまりの展開で神尾自身声を失ってしまった。

      やっと、通じ合えたと思えば、このしっぺ返しだ。

      「離れたくなんかないっ!ずっと一緒にいたい!!だけど…っ」

      その続きは背後から抱きしめた彼の唇で封じられた。

      言ってほしくない。

      そんな寝耳に水な不意打ちは聞きたくなかった。

      お互いの形を確かめ合うような長い口づけ。

      彼女を抱きすくめる腕に力が入ってしまう。

      「んっ…アキラ」

      「。...行くな」

      「えっ?」

      「行くな!俺の手の届かない場所に何て行くな。俺の傍にいてくれよ」

      やっと、解放した唇から飛び出したのは、自分勝手なエゴだった。

      本当ならば、この場でのことを気遣って変な色気を出すところなのだろう

      が、今の少年にそんな心の余裕は持てない。

      腕の中で泣きじゃくる女性を何度も愛した。

      だが、その絆が深くなるほど、二人を繋ぐものは戒めとなり、身動きが

      できなくなる。

      「……っ」

      「何?」

      何度目かの白い欲望を彼女の中に放った後、既に当たりは明るかった。

      結局、神尾家には誰も戻っては来ない。

      多分、彼が忘れただけで本当は、旅行か何かに出かけているのかも

      しれない。

      だが、は違った。

      今日から異国の地に暮らすことが決まっているのだ。

      「いつ、日本に帰って来るんだ?」

      「解らない。そのまま永住するかもしれない」

      何度も愛し合った所為なのか発言に力がなかった。

      「じゃあ、俺が迎えに行ってやるよ」

      「えっ」

      「もっとも、いつになるか解んねぇけどさ。俺、いつかプロになって

       お前を迎えに行くぜ…必ずっ」




      ―――・・・終わり・・・―――



      ♯後書き♯

      皆様、こんにちは。

      やっと、書き上げました『盲蛇に怖じず』(めくらじゃにおじず)は

      どうだったでしょうか?

      これは、「物の恐ろしさを知らない者は、むこうみずなマネをする」

      という意味です。

      それでは、皆様のご感想を心よりお待ちしております。