求めるものはいつも傍になくて
瀞霊廷に夜の帳が落とされ、日頃の練習でクタクタになったほとんどの隊士達は
その時間を眠りに費やしている頃、灯りを灯さない三番隊の執務室で
他の闇とは明らかに違う小さな影が妖しげに蠢いていた。
こんな時間隊舎にいない方がおかしく、仮眠を取っていないとしても、こんな
場所で灯りを嫌って作業をするような輩は勿論いない。
だが、室内をいっぱいにするいやに粘着がある水音とそれを発する者さえも
虜にする香りが理性を壊し、ただ快楽だけを貪ることを望ませる。
「はぁっ、あぁ…っ……あっ」
闇にその影も封じられた一人の女性は夜着としては無防備な薄い白衣を
両肩から腰にまで肌蹴落とし、胸の飾りからまるで鍾乳洞のように雫をひとつ
またひとつ落として床を犯す。
具合悪そうに黒に染まった木製の床に這うような姿勢で片手を付き、身震い
する度白い紐から解放された長髪からぼたぼたと汗の粒が舞った。
痙攣する腕を辿ればもう片方の手は執務室を犯す蜜で溢れた泉に差し込まれ、
かき回すだけを繰り返していると思えば抜き差しを始め、その度に膣から
掻き出されたどろりとした粘液も汗と一緒に黒い床を汚した。
彼女の腰は暗がりに慣れた目でなければ解らない隊長席に向けられているが、
確認するようだがそこには誰もいない。
「あぁ…っ…いいっ」
しかし、先程からはまるで誰かに突き上げられているように躰を揺らし、
欲望に任せて鳴いている。
これが自慰行為だと本人は解っているし、こんなことをしても虚しいだけ
だとも解っている。
それでもこうしてなければ自分が壊れてしまいそうで、こんな恥ずかしい姿を
誰かに見せる訳にもいかず、結局自分が所属されている三番隊の執務室に隠れる
ように快楽に溺れているのだ。
「市丸…隊長っ」
だが、それだけがこの部屋に決めた理由ではない。
膣内に差し込んだ指をぐいぐいと締めつける内壁はまるで、自分のものではない
かのように熱く爪で少し引っ掻いただけで痺れて快感が背筋を伝い、脳裏に
限界へと近づいていることを悟らせる。
「あ…イク…イッ……ああっ」
白くぼやける意識と一緒に粘液を利用して溺れていた指を引き抜き、その途端に
妖艶な女の躰は操り人形の糸が途切れたように黒い床に倒れ、既に汗で濡れて
いた夜着を更に蜜で犯された闇に身を投げ出したことにより汚した。
躰が熱い…。
肌をてらてらと濡らす汗が嫌らしく、熱を帯びているのか背中を雨垂れの
窓ガラスのように焦れったく伝うそれが規則正しく揺れる腰を濡らして
は火が灯される。
まだ、満たされない…。
自分を貫く熱が膣の中で確かな重みでその存在を感じさせる内は、満足すること
はないだろう。
『あぁっ、やっ…あっ……ッ』
汗ばむ両手を彼女と同じく色白な肌に押しつけるが全く違い、筋肉質で
それが弾力となって腰を回しているのもさほど辛くは思わない。
きっと、今、アソコは大変なことになっている。
室内をいっぱいにするあやかしの香りと粘着性を持った水音が下腹部から
聞こえ、理性から解放された脳裏はもっと聞きたくて腰を回すのをやめないが、
その代価は体中を痺れさせやがて敏感な部分を擦られ喘いで男に倒れ込んだ。
『随分愉しそうやな、』
男の胸に顔を埋めるように倒れ込んだのに、息を整えようと何度も呼吸を大きく
吐く自分とは違って、相手はその肌と同じ冷ややかな微笑を湛えて片手で
髪を梳いてくれる。
『やらしい顔見せてぇな』
『あっ』
こんなに汗を掻いているのにその出来の良い人形のような指には髪の毛一本も
絡みつかず、その指が今度は従順な顎を持ち上げ至近距離に引き寄せ溺れる
瞳の中にいる彼女を見据える。
髭がキレイに反られた肌は女の自分が見てもキレイで、何だか顔を合わせるだけ
で頬が赤くなってしまう気がする。
『何、今更赤くなってねん……こんなん硬くして』
『は…ぁ、気持ち…い…っ』
どうやら、本当に顔に出していたらしい。
男の胸板から少し浮いた体勢でいたため、気配を消したもう片方の指の腹で
胸の飾りを掴まれ、柔らかく押し潰された。
その刺激に喉元を見せつけるように弓形になり、無意識に腹部の中にいる
彼を肉壁で攻め、ドクドクと脈打つのが余計に体中に伝わる。
『も、ダメ……』
夕映えに近いモノが脳裏をぼやけさせたが、自分が求めていた刺激は一向に訪れ
る兆しはなく、もう待てない躰は本能に任せて乱れた意識を手放した。
どうして、と思いながら…。
市丸ギンとは真央霊術院からの同期だが、彼自身には寝耳に水も良い所だろう。
院生時代からその存在を現していた市丸とは違い、当時も今も変わらずは
地味で端からその様子を見ているだけだったから無論、口すら利いてはない。
それに追い打ちを掛けるように常にあの銀髪の青年の傍には相応しいブロンドの
美女が隣を独占しており、彼狙いの女学生達の大体は後の十番隊副隊長である
松本乱菊に負けを認め、失恋の痛手を勉学や実技に向ける者が多かった。
彼女もその中の一人だが、現実を目にした所でがらりと気持ちを方向転換
出来たらどんなに楽だろうか、卒業してから何十年も経っていると言うのに
未だその気持ちに踏ん切りが付かずにいるだなんて随分気の長い片思いを
していると思われることだろう。
今から何十年前だっただろうか、卒業して三番隊に配属されたと違って五番隊に
配属された市丸とは真央霊術院以来すれ違うことさえめっきりなくなった。
風の噂で彼の生死を確認し、自分も強くならなくては同期として恥だと勇め、
鍛錬を怠らなかったお陰でにか第九席に上り詰めたが、その頃には二人は
副隊長になっており、明日にはこの隊の新しい隊長として市丸が選ばれた。
院生時代から感じていた距離が次第に長くなり、今はその影も彼方にあり、
もう自分がどうしようが彼には届かない。
出世欲なんて元からないが、ここまで同期で差を着けられると自分がどんなに
無能なのか思い知らされて悲しいを通り過ごして恥ずかしかった。
しかし、元々腰に下げてある斬魄刀しか話し相手がいないのだから同期だと
知っている者がいる方が難しく、実際その件で話しかけてくる隊士は
一人もいない。
万年片思いとは言え、まだ今までの方が幸せだったし苦ではなかった。
まるっきり辛くはなかったとは言えないが、今より志はあったように思える。
だが、その思いが発端となったのかその夜から彼女の夢の中はがらりと色を
変え、あろうことか彼と夜伽をしている夢を毎夜見るようになり、改めて
欲求不満が積もり積もっていたことを知って数日間眠れなかったが、例え幻でも
温もりを感じたくて他の隊士達よりも就寝時間が早かったりする。
現は、いつも傍にいない。
偽りならいつも傍にいてくれるし、愛してくれる。
しかし、そんなのは虚しいと解っているのに今もまだ耳に体に市丸が触った箇所
を覚えており、寝静まった隊舎を後にして三番隊執務室で自慰を繰り返す。
それは現の彼に対しての一方的な当てつけでもあり、ここならば残り香が
あるのではないかと考えたからだ。
実際、隊長副隊長格が毎日この部屋に籠もると言う訳ではないが、それでも
この場所にいることは他より多いはずだ。
今日は一体何をしていただろう、休養は摂っているだろうか、そんな誰でも思い
つきそうな心配をしていながら市丸が座る場所に目掛け腰を揺らし、一番
恥ずかしい所を見て欲しいと指で広げて膣から零れてくる蜜を掻き出す。
だが、いくら夢で目にしているとは言え、所詮は偽りだ。
満たされることは恐らく一生なく、求めるものはいつも傍になくてただ歳だけを
重ねていく。
「ふぅ…」
深夜、誰もいない女性隊士専用の大浴場に一人湯船に浸かり、半ばため息の
ような深い息を吐く。
この時間だと自分の他に誰も入っていない所為か、余計に浴場に響いているよう
な気がするが、もう何千回か知らない行為に責任なんか持てず反響するそれを
聞いて項垂れ、湯に映る自身の顔と自然と目が合った。
水面に浮かぶのは、罪で汚れた己の情けない泣き顔。
だらしなく湯船に闇の色を宿した雫がぬるま湯に落ちる落ちる落ちるを繰り返し
てもそれが止むことはない。
一人でイッタ後、浴槽に浸かるのがすっかり習慣になってしまった。
尸魂界にも現世と同じくやって来た夏の夜はまだ虫の音は眠っており、足早に
その存在を現したのは蚊と季節特有の蒸し暑さだった。
この時期、意識して体を動かしていないのにも関わらず流れる汗は彼女を
淫らにさせる。
季節に関係なく言葉にしにくいことを致してはいるが、夏は魔物が住み着いて
いるようで肌に一滴走る度に日頃の行いを思い出させ、夜を必要以上に恋焦がれ
る自分が怖くてわざと無茶をしてキズを体のどこかに罪の証として刻んだ。
「……市丸隊長……っ」
あるわけもないのに夢の中で彼が赤い華を咲かせた左手首を見つめ、口元が
恋しくなったのか嗚咽と共にいるはずもない名を呟いて自分の弱さを心の
中で笑った。
「何や？」
誰にも気づかれたくなくていつも一人で湯に汚れきった躰を沈める時は照明を
点けず、夜空から零れるような星明かりを頼りに頬を滑り落ちる涙も闇の
中に溶けてしまったが、その声は逆に全ての時間を切り裂くような質が
込められている。
体中はいきなり頭上から冷水を被ったみたいに震え、肌にはそのもう一人の
存在感が振り返るのが怖い。
「僕のことを呼んでおいて無視か」
「ひゃっ？！」
急に無防備な肩を毎夜目にしていた手つきよりいやらしく抱かれたと思えば、
引き寄せられたと同時に鼻の頭に自分のモノを押し当てられ罪深い碧眼で
こちらを凝視される。
さりげない仕草には思えないほど掴まれた顎はしっかりした力で固定され、
まるで、先程のように顔を背けさせないかのようだ。
こんな彼は寝苦しい夜に見た残像でしか知らないが、これは現実だ。
もう逃げられないと確信したのか、次第に至近距離を無視した笑みに思わず顔が
強張り瞼を強く瞑ってしまったが、夜露を残した瞳の端に何か湿り気を帯びた
モノに浚われてそれが初めて舌だと知り、天を再び仰いだ唇が嵐のように
奪われたのは必然だった。
夢幻よりも近く、想像していたモノよりも妖しく、息を吸う間も与えさせては
くれない。
「気持ちを持て余しとったのが君だけやなんて思うなよ」
「市丸隊長っ…」
乱れた息を整えもせず彼の名を呼ぼうとしたが声に力が入らなく、艶めかしく
吐き出すようにしてそれだけを言えば、自然と涙が溢れて湯船の中に波紋を
作って沈んだ。
きっと、今頬を伝う雨は罪を映してはいないだろう。
「今まで煽ってくれた分たっぷり返してやるから覚悟しとき」
―――…終わり…―――
＃後書き＃
こちらは、「死神レクイエム」様への参加作品として作業しました。
この度、「求めるものはいつも傍になくて」を担当させて頂きました。
私の市丸裏Ｄｒｅａｍ小説は今回が初めてなので素敵な企画サイト様に参加
させて頂いたことにより勉強させて頂きました事に感謝しております。
それでは、ここまでご覧になってくださり誠にありがとうございました。