眠れない夜
連休を利用して、は友達と《ホテル異人館ガーデン》で
行われるミステリーナイトに参加していた。
夕方【問題編】となる舞台を観るために会場に行った。
ストーリーは推理小説によくあるものだったが、舞台俳優の
迫真の演技に引き込まれて、ついメモを取るのも忘れてしま
う。
それくらい、本格的なものであった。
舞台が終了すると、観客の推理の始まり。
ホテルの中にもヒントが隠されていたり、ティーラウンジにも
情報提供者がいたり、はわくわくしていた。
食事をしながらも、たちはああでもない、こうでもないと
話していた。
夜も更け、友達は早々とダウン。
「んもう、犯人は誰だっていいや。あ、私あの弁護士でいい。
おやすみ〜」
「ちょっとぉ!もうちょっと付き合ってよ、まだ11時じゃない」
「頭使ったから、眠ぅい…。今日はミステリーナイトだからこの
ホテル消灯しないっていってたし、一人でも大丈夫だよ…怖く
ないって」
無責任な言葉を最後に、友達はくうくうと寝息を立て始めた。
はあきらめてデスクに行くと、もう一度メモの内容を整理
し始めた。
「紅茶を入れたのが、19歳の孫娘。弁護士は頼んでいない
紅茶を飲んでしまった。
頼んでない?…あれ、どうだっけ?
…あーやっぱここで一人はきついわ。忘れてるトコあるもん」
は思い切ってラウンジに行くことにした。
ラウンジに行くと、思ったより人がいては安心した。
でも、みんなグループになっていて、なんとなく入りにくい。
仕方なくあいているテーブルに一人座り、置いてあったストー
リーを要約してある資料に見入っていた。
「すいません、ここは空いてますか?」
突然声をかけられ驚いて顔をあげると、すらりとした長身の
――こんなイベントには珍しい――男の人が立っていた。
「あ、あっはい、どうぞ」
はテーブルに広げていた資料を自分のほうに寄せた。
「あ、いいですよ、そのままで」
その人は穏やかな口調でそう言いながらの向かい側の
席に座った。
「もう犯人のめぼしはつきましたか?」
知的で、そこらにいるタレントよりも綺麗な顔をしたその人
は、やっぱり穏やかに聞いてきた。
「いいえ、全然。…実は一緒に来た友達が早々にギブアップ
してしまって、困ってここに来たんです」
「そうでしたか。私も同じようなものですね。
妹がどうしても参加したいとダダをこねまして、私が保護者代
わりについてきたのはいいんですが、
妹にはこの推理は難しいようで、適当に犯人を決めて寝てし
まいました」
「結構難しいですね。私は初参加なんですが、こんなに本格
的だとは思いませんでした」
はふうとため息をつくと、メモをめくった。
「あ、自己紹介がまだでした。私、柳生と申します。もしよかっ
たらご一緒に推理しませんか?」
柳生は、器用そうな長い指先でフチのないメガネの中央を押
し上げて、優しく微笑んだ。
「はい、ぜひ。一人ではもうどうにも…。私はです。中2です」
「中学2年ですか?私は3年なんでひとつ違いですね」
柳生はひとつ上だと言ったが、どうみても高校生、いや大学
生といっても通るくらい落ち着いた雰囲気を持っていた。
「さんは誰が犯人だと?」
「19歳の孫娘は絶対に違うと思うんです」
「どうしてですか?」
「だって、殺されかけたおばあちゃんにかわいがられている
し、
紅茶をいれた本人が犯人だなんてちょっと芸がないかなぁって」
「芸がない?」
柳生はくっくっと楽しそうに笑った。
「わ、笑わなくても〜」
「スミマセン。芸がないかどうかわかりませんが、〈絶対〉とい
うことはありませんよ、さん。
私が得た情報によると、この孫娘は男に貢いでけっこう借金
があるそうです。
この人も十分動機がある、あやしいです」
ペンの背でトントンとメモをはじきながら言う。
「そうなんですか?…消去法でいこうと思ったんだけどなぁ。
で、柳生さんはどんな推理ですか?」
「私はですね…」
柳生の推理はとても面白くて、は夢中で話しに聞き入っ
た。
「すっごい柳生さん!それ正解じゃないですか?
正解じゃなくてもその話は十分面白いですよ」
「そうでしょうか」
柳生はがあまりにも感動するので、照れくさいのか長い
指で前髪をかきあげた。
「柳生さん、のど渇きませんか?私なにかとってきます」
は立ち上がってドリンクバーの方に歩いて行った。
が紙コップを柳生の前にひとつ、自分の前にひとつ置く。
「…あ!何かひらめいた…。犯人ならティーカップに自分の指
紋がつくのは嫌がりませんか?」
「…!そうですね。さんもすごい推理力じゃないですか。
そうすると…」
柳生は、右腕にはめた腕時計をちらりと見て言った。
「もうこんな時間ですが部屋に戻って眠らなくても大丈夫です
か?」
「あんまり眠たくありません。…柳生さんとお話ししていると楽
しくて。もっと一緒にいたいです」
がそう言うと、柳生は驚いた顔をしてふっと笑った。
「柳生さん?すいません、私なにか変なこと言いましたか?」
は座りなおして、柳生の顔を覗き込んだ。
「いえ、あなたの直球発言を、私が勝手に深読みしただけで
す。
私も、出会ったばかりのあなたと話しているととても楽しいで
す。」
柳生はそう言いながら、自分のポロシャツの肩にかけてあっ
た薄手のセーターをとると、そっとの肩にかけた。
「空調が効いているといっても冷えてはいけませんからね。
これで安心してもう少しあなたとお話していられる」
「柳生さん…優しいんですね。妹さんが羨ましいな。
私も柳生さんみたいなお兄さんがいたらよかったのに」
は肩にかけてもらったセーターに頬をよせて、目を閉じた。
柳生は、伏せられた長い睫毛に胸の奥の泉がざわざわと波
立つのを感じた。
「…私は、あなたのような妹は欲しくないですね」
「え?」
「何故なら、いつ悪いムシがつくかと心配で夜も眠れないと思
います」
柳生が真面目な顔で言うので、は目を丸くする。
それからくすくすと笑った。
「びっくりした。柳生さんて真面目な顔で冗談言うんだもん」
柳生は少し赤くなって、メガネを直しながらうつむいた。
「私は、柳生さんのようなお兄さんなら、彼女ができた時きっ
とやきもちを妬くと思うわ」
はふふっと笑うとメモをめくった。
「さ、柳生さんまとめていきましょう」
翌朝、【解答編】を観るために全員昨日の会場に集まってき
た。
入場する前に、犯人の名前とそこに至った推理を書いた所
定の紙を提出する。
「あ〜よく寝た。はびっしり書いてるねぇ〜」
友達は伸びをしながら、犯人の名前と「なんとなく」とだけ書
かれた紙を回収BOXに入れた。
は会場内に柳生を探すけれど、薄暗くてよく分からなか
った。
舞台が始まり、次々に容疑者が消えていきとうとう3人に絞ら
れる。
(ここまでは柳生さんの最初の推理どおりだわ。…すご
い…!)
そしてとうとう物語のラスト。
―――『紅茶に毒を入れたのは………お前だ!』
刑事役の男が一人の男を指差した。
(柳生さんの推理とほぼ一緒…。すごい…!正解じゃないの
かなぁ…)
そしてフィナーレ。
会場の中で、的確な推理をした人の名前が呼ばれる。
柳生と。
二人は客席の盛大な拍手の中、数時間ぶりに光の中で出会
った。
舞台の上で、会釈をする。
刑事役の人がそのまま司会者として進行するうち、
柳生とはお互いの通う学校やフルネームなどを知る。
「立海大ってテニスの強いところですよね?」
「氷帝って東京の、ですか?」
二人はステージ上で、小声で会話する。
そして司会者に賞金と、ホテル支配人に食事券をもらって舞
台そでに引っ込んだ。
二人とも席に戻らず、名残惜しむように視線を絡めた。
「あの…っ、さん、もしよろしければ連絡先を教えてもら
えませんか?」
「はいっ、私もお聞きしたいと思ってました」
は黒目がちの瞳を揺らした。
「…やはり、あなたは不思議な女性です。
会ったばかりなのに、こんなにも私の心をかき乱します。
夕べあなたと別れてから、ほとんど眠れませんでした」
柳生は呆れたように肩で息をつくと、一度視線を落とし
を見つめた。
「前言撤回します。妹であっても誰であっても、あなたのような
人は心配です。
昨日会ったのが私でなければ、おそらく部屋には帰してもら
えなかったでしょうね」
柳生は長身をまげ、の耳元でそう言ってこっそり頬に口
付けた。
おわり
+++あとがき+++
はじめまして。
「ICE
TEA」管理人の茉莉花恋 と申します。
この作品は記念に贈ってもらったもののお返しにと思って作
ったものですが、重大なことに今頃気づきました。
このタイトルは「眠れない夜」ですが本当は「夜」の部分を
「knight」にして「night」と引っ掛けようとしてたんです。
あれ?柳生って「ナイト」じゃなくて「ジェントルマン」だった…
(汗)
こんなうっかり者ですが、これからもよろしくお願いします…。
‡Plun'derer=柊沢の有難くもないお礼状‡
茉莉花恋様、本当にありがとうございました。
こちらは、私には勿体無いお友達のえかね様から頂きました。
今回の作品は柊沢がリクエストさせて頂いたものです。
最近、と言っても今年に入ってから人様にお願いする時は決まって、「ヒロインは他校生で、
オリジナルではないアニメや原作で登場している学校にしてハッピーエンド」と言う設定でお
願いしています。
我ながらバッドエンド系は駄目なんですよ。
というか意地で形を変えてハッピーエンドの作品を作ります。
まぁ、中には黒い柊沢が作業したものもありますが・・・。←暴露っ!?(笑)
それでは、ご感想の方は直接でもこちらの足跡でも構いませんので、宜しくお願いします。