可愛くて優しくて、何よりも愛しい君と。
             このまま2人、どこまでも一緒に行けたなら、どんなにか僕は幸せだろう。















             鈍行列車











             人気のないホームで手を繋いで2人並んでじっと立って。
             そうしてもう6本の電車を黙って見送った。
             俺が繋いだ手の力を緩めないことを、彼女は咎めもせずに。
             俺の話すたいして面白くもないだろう世間話に優しく笑って相槌を打つ。
             俺の好きな、高くて甘く響く声。



             7本目の電車がイヤなブレーキ音を響かせてホームに滑り込んだ瞬間に、
             彼女の細い指に少し力がこもって、爪がきゅっと俺の手に食い込んだ。
             つけてるかつけてるかわからないくらい薄いピンクのマニキュア。
             綺麗に塗られた薄い爪。



             「あたしもう乗らなくちゃ」



              食い込む爪と響く言葉。



             「もうすぐ日も沈んじゃうし」



             そう言われて空を見上げれば、真っ赤な夕焼けが瞳に映った。
             透き通るように白い彼女の頬がいつもより赤く見えたのは、夕日を映していたからなんだと今更のよう
             に気がついた。
             大きな黒い瞳が真っ直ぐ俺の方を見た。
             何か言いたげに唇が動いて、食い込んでいた爪が俺の手から離れた。
             うっすらと赤い爪あとだけ残して。



             「……それじゃあ、またね」
             「うん」



             力を抜いたつもりはないのに、俺の手の中から彼女の手はするりと簡単に抜け出して。
             さらさら髪をなびかせながら華奢な身体が無機質な金属の箱の中にすいこまれる。
             頭上で響く発車の合図。
             ノイズ混じりの駅員の声。

             飛び込み乗車は危険ですのでおやめ下さーい、扉が閉まりまーす……



             ―――そんなこと言われたって知らないよ。



             そう呟いたのは誰でもない俺で。
             無意識のその呟きに背中を押されたように、閉まりかけの扉に飛びついて細い隙間に無理やり身体
             をねじ込んだら。
             彼女が大きく眼を見開いて、ピンク色の指先が俺に向かって伸びるのが、まるでスローモーションの
             映像みたいに網膜に焼きついた。
             パールの混じったピンク色が夕焼けの光を弾いてきらきらと。
             宝物みたいに光ってた。










             「―――キヨ君、ダメだよあんなことしちゃ……!」



             他に人のいないがらんと広い車両に、咎めるように甘い声が響く。
             走り出した電車の揺れに合わせて目の前でさらさらと揺れる髪をひと房、指先ですくい取ってそっと
             口付ける。
             黙り込んだ彼女の額に自分の額を寄せて、俺はいつもの俺らしく悪戯っぽい口調で囁いた。



             「送ってくよ。て言うか送らせて?」
             「……最初からそう言ってくれればいいのに!」
             「うん、そうなんだけどね」
             「キヨ君に怪我させたら、あたし南君たちに怒られちゃうよ」
             「そしたら俺がやり返してあげるから大丈夫」
             「もう……あたしも心配するの!キヨ君に怪我なんかして欲しくないんだから!」
             「ああそっか、そうだよね」



             うっかりしてた、と呟いた俺の顔を睨んで、ぷくっと頬を膨らませる。
             そんな表情すら愛しくて、俺は他に誰もいないのをいいことにその腕を取って華奢な身体を胸の中
             に引き寄せた。
             ふんわりとマリンノートが鼻先をくすぐって、ますます愛おしさは募って。
             ずっとこうしていられたらなぁと、頭の片隅でぼんやりと思った。



             「キヨ君、危ないから座ろうよ」
             「ああ、うん、そうだね」
             「こっち」



             俺の腕の中から抜け出して、1番近い3人掛けの席じゃない方へと俺を引っ張る。
             他に誰が乗ってる訳でもないのに(そしてこの後の駅でも他の人が乗ってくることはまずない)優先席
             を避けて座る。
             そんな彼女の無意識の行動が、また俺の中の愛しさを募らせる。
             可愛くて優しくて大好きな女の子。
             俺たちはまた手を繋いで、広い座席に2人くっついてぽつんと座った。



             ガタンゴトンと揺れるたびになる音と、次の停車駅を知らせる車内放送がBGM。
             窓から差し込む夕焼けの赤い光が少しずつ薄れていくのを二人じっと眺めて。
             ありきたりな表現だけど、このまま時間が止まったらいいのに、と思った。



             「―――あたしもそう思う」
         「え?」
         「このまま、時間が止まっちゃったらいいのにね」



         まるでエスパーみたいに。
         俺の思ってることをぴたりと言い当てて、繋いだ手にきゅっと力を入れて。
         朱色の光を頬に受けて優しく笑う。



         「何で考えてることわかったの?」
         「うん?」



         小さく横に首を傾げる可愛らしい仕草。
         薄くリップを塗っただけの桃色の唇が、笑った形のまま小さな声を紡ぎだす。



         「それはねぇ」





         ―――あたしはキヨ君のことが大好きだから。心が通じ合っちゃってるんだよー。




         桃色の唇が、にっこりと笑った。



         その頬が赤いのは、きっと沈みかけた夕日だけのせいじゃないんだろう。
         そんなことを言われたら、またこの手を離せなくなるよ。
         君の降りる駅なんか通り越して、その次の駅もそのまた次の駅までも。
         このまま手を繋いで、ずっとずっとどこまでも、俺は君と一緒にいたいんだから。




         今ひとつだけ神様が願いを叶えてくれると言ったなら。
         優しくて可愛くて、何より誰より愛しい君と。
         各駅停車の、この古ぼけた電車で、君と2人どこまでもどこまでも行きたいと。
         そんなふうに俺は願うだろう。





















             ・・・・・・・・・・ あとがきという名の懺悔・其の二 ・・・・・・・・・・

             キヨ夢、なんですけれども。
             すいません、名前変換がないんです……!(それは既に夢小説と呼べないのでは)
             しかも前回は異常に長かったくせに、今回はえらい短いし!両極端でホントすいません!!
             こんなんでよかったら受け取ってやって下さい。それでは。

             †柊沢のありがたくもない感謝状†

             蒼依さん、連続しての参加ありがとうございました。

             二人の想いがお互いを考えていてとても素敵に仕上がっていました。

             きっと二人は「本当の恋」をしているのでしょう。

             夕日に染まった彼らならどこまでも行けそうですね。

             それでは、お疲れ様でした。

             また、次回も宜しくお願いします。