酔客

      「すいませ〜ん!オーダーお願いしま〜す!」

      日も落ちた頃、駅前の居酒屋ではざわめく声、声、声、の中一際

      甲高く叫ぶ女性の声が店員を呼びつける。

      頬はかすかを通り越して熟したトマトのように赤く、カウンターの近くの

      座敷に通された彼女は手と顔を出した。

      しかし、それはいかにも脂ぎった中高年男性が後頭部に迫る前に連れに

      鷲掴みにされたお陰で未然に終わる。

      「おいおい、それくらいにしろ。そんなに酒強くないだろうが」

      「むぅ……紘人さんは私と逢えなくなっても寂しくないんですか!?」

      「そうは言ってないだろうが…」

      二人だけの割に豪華な食事がテーブルの上に乗り、ありもしない食欲が湧き、

      それが喉の渇きを訴えさせる。

      まだ、酒を覚えたばかりのにとってはそんな簡単な落とし穴に填りやすく、

      ビールをCMの俳優達と同じく、気持ち良さそうに飲んでいた金澤も次第に

      酔いが醒めていった。

      彼と違って色とりどりのカクテルや酎ハイなどを頼んでいる彼女の姿を見て

      いると、何だかこっちが胸焼けを起こしたような気分になってくるからだ。

      だが、当の本人はそんなこととは知らず、余程気に入ったのか厨房から駆け

      つけた店員に先程飲んでいた薄いピンク色のカクテルを頼み―――

      「紘人さんは、何か頼みますか?」

      「いや、俺はいい」

      彼の返事を、と言うよりも顔色で判断したのかすっかり桃色に上気した

      可愛らしい頬を同い年くらいの男性店員の方に向けた。

      その瞬間、に向けていた呆れ顔は険しくなりオーダーの復唱をする彼と目が

      合い、予期せぬ事態に忘れたのか営業スマイルは年相応の感情の中に

      呑み込まれた。

      
それでお願いします、と言葉を交わしただけでも許せない。

      
ここが居酒屋でなくて自室だったらとっくに、彼女を押し倒していただろう。

      何か言いたそうな表情のまま厨房に消えていった青年を気にする訳もなく

      がオム焼きそばに箸を付けようとすると、金澤がいきなり席を立った。

      「……出よう」

      「何言ってるんですかっ!?それじゃ、私がさっきオーダーしたのは…」

      「本当は俺と酒を飲みたいがために親御さんに「友達の家に泊まって

       くる」って嘘
を吐いたのか」

      「……」

      ざわついている店内にも関わらず、彼女が小さく声を上げたのを感じて

      今更こちらも動悸がイカレていたことに気づき、銜えていたタバコを

      灰皿に押し潰した。

 


      「…おい、仕事中に電話してくるなっていつも言っているだろうが」

      昼休み、星奏学院の森の広場ではそんな密やかな声が上がっていた。

      
木々の間に長身の体を押し込めるように一歩、二歩と進めた所で、足を止め

      腕時計を確かめる。

      
時刻は13時12分。

      
少しなら話せそうだ。

      
彼だって恋人の声を聞くのは嫌いではない。

      
いや、どちらかというと、毎日傍で囁いて欲しいくらい心地良い。

      しかし、そんな我が儘を顔にも口にも出せないなんて、きっと友人達なら

      馬鹿にするに決まっている。

      
尤も、金澤が一人の女性に入れ込んでいるのがモノを言っているのだろう。

      
彼自身、昔を思い出しても良い付き合いだったとは言えない。

      
だからだろうか、今の恋を大切にしたいとと最近では本気でそう考える

      ようになった。

      『紘人さん……今夜、逢えますか?』

      「ん?からの誘いは初めてだな。…っし、それじゃ、いつもの」

      『あっ…今日は成人式の時に連れて行ってくれた居酒屋さんにしませんか?』

      「はっ?お前下戸だろうが。良いのか?送り狼になられても」

      冬に背を向けるように葉を全て落とした樹に凭れてお得意の冗談を言う。

      『別に良いですよ。……それじゃ……いつもの時間で』

      「えっ?……って、おい!……ったく切りやがった」

      だが、それは受話器越しに聞こえる愛しい恋人とは思えない程の落ち着いた

      声色で、こちらの方が妙な声を上げてしまった。

      ツーツーと言う無情な音をBGMに舌打ちをすると、何も表示されていない

      携帯電話の画面を馬鹿みたいにじっと眺める。

      いつもなら金澤の冗談を笑って交わすか全力で否定するのに、先程話した

      声の主には全く温度を感じられなかった。

      彼女に何かがあった?

      でも、思い当たる節は……ある。

      
最近のはデート中でもどこかを見ているような目をしてため息を吐いていた。

      それに敢えて、見ないフリをしていた彼だって平気でいられず、授業中

      休憩中を問わず彼女と同じ行動を選んでしまっている。

      きっと、無意識にこうしていれば今、がいる世界を見ることができるのでは

      ないかと何の根拠もないことを信じているのかもしれない。

      電源をOFFにして草臥れた白衣の右ポケットの中に入れたまま、来た時と同様に

      木々を掻き分け、何人かの生徒達がすり抜けても決して何事もなかった

      表情は取り繕えなかった。

      
初めてと出会ったのもこんな日常の中だった。

      今から三年前のコンクール参加者だった彼女は勿論のこと、他の参加者や音楽

      科問わず普通科や教職員が異例のもう一人のヴァイオリンに腸では様々な

      葛藤が合ったに違いない。

      それは暗黙の了解とでも言うべきか本人にも伝わっており、それ故放課後や

      休日の街角で独奏していたのを見ている内に、頑張っているなぁと大勢の

      生徒達と一緒に応援していた。

      しかし、それはいつしか恋という感情に変わり、「コンクール担当教師」と

      言う肩書きで抑 えていたはずの気持ちも遙か年下の彼女は難解なメロディーを

      弾くように理性を外される。

      
歳の差がある前に、教師と生徒の関係は後、一年ちょっとまで続く。

      卒業するその時は……なんて考えながら校内のどこかで聞こえていた

      音がいなくなると思えば、自身を誤魔化すことができないくらいの寂しさと

      独占欲が渦を巻く。

      
毎年、見送るばかりの仕事に不満に思ったことはない。

      
中には、自分に伝えられない想いを抱いてくれていた生徒もいたのだろうか。

      
顔では教師という立前上の付き合いでどうだってできるが、心までは

      冷静な感情ではいられない。

      放課後、音楽準備室でケムっていても耳は職業病の所為もあり、どんな

      些細な音も逃さず彼女の音を探してしまう。

      
その調べで今日も元気か何かあったんじゃないかなど聞き分けていた。

      尤も、本人はそんなささやかな葛藤は知りもせず、最初はを受け入れられ

      なかった参加者や音楽科の生徒達と合奏をし始めた。

      
それは、親しみから恋慕に変わっても、終わることはなかった。

      
だが、彼女の指を止めるような真似はしない。

      これは、の才能を開花させるためには必要なことであって、自分には

      その芽を刈り取ることは職務の関係の前に出来ないことが解っていた。

      
その壁をより厚くしている教師と生徒と言う関係だ。

      
それは、先輩だからとか後輩だからとかの次元とかなり違う。

      
職場恋愛とも違ったそれは、最低限の接触しか許されない。

      
しかし、この抱いてしまった想いを過去にすることなんて金澤にはできない。

      静かな苛立ちを胸に秘めていた時、この学園に伝わる伝説を今も生徒が

      騒いでいることを思い出した。

      それは、彼が星奏の生徒であった頃も変わらずあったが、当時はバイオリン・

      ロマンスなんて生まれなかった。

      だから、周囲はその奇跡を伝説と変え、今日まで一部のジンクス愛好者達に

      より守られてきた訳だが、今年のコンクールは初っ端からそれまでの

      歴史を覆された。

      異例の普通科参加者だ、それもこれまで音楽とは全く関係ない人生を送って

      きた一人の少女は、いきなりのことで困惑しながらも次第に音楽の旋律の中に

      惹かれ出す。

      
それは、恰もが来るのをずっと待っていたようだった。

      っ……」

      最終セレクション後、報道部のインタビューに彼にしては珍しく教師らしく

      答えている頃だった。

      
フィナーレのため、誰も校内にはいないはずなのに、屋上からは「愛の

      あいさつ」が聞こえてくる。

      
しつこい天羽の手を身を翻し、その反動で一気に走り出した。

      正門を埋め尽くす生徒や教職員達はまるで
気づいていないみたいに彼を包む

      疾風のようにすり抜けていく。

      俺だけに聴こえるのか?

      いや、そんな疑問は自惚れだ。

      
階段を一つずつ駆け上がる度に高まるのは鼓動よりも希望。

      「金澤先生っ!……わ、私っ」

      屋上の錆び付いたドアを勢いよく開け放つ先に待つのは、ヴァイオリンを

      手にしていた彼女の姿だった。

      頬をその長く伸ばした髪のように紅く火照らすがとても愛しくて、こちらも

      妙に言葉を選んだことを今も覚えている。

      「だから、言葉にしちゃダメだ…想いを音に乗せるんだ……解るだろ」

      「っ!?……はい」

      再び弾くその音色には、もう魔法はない。

      
彼女の本当の気持ちがヴァイオリンを奏でている。

      
夕暮れに全てが金色に染まる頃、風に乗せたその音色だけが優しく、

      どこまでも愛しかった。


      マンションの一室に入ると同時に鍵を閉められ、慣れた手つきでの体を

      抱き、ベッドの上に優しく下ろされた。

      アルコール度数が少ないカクテルや酎ハイとは言え、元々下戸の人間が飲んだ

      のだ、店内にいた時よりマシになったがこうして見ているだけでイキそうだ。

      白い肌をほんのり染める赤は、まるで季節はずれの桜のように美しく、

      自分を怯えて見上げる瞳は潤み、今すぐ襲って下さいと傍観しているようだ。

      ロングブーツを脱がせたばかりの脚は次第に持ち合わせていた体温とは

      異なった熱を帯び、その間に金澤が割って入る。

      ここからの眺めは扇情的で、短めのスカート
の中に隠れている青のチェック柄

      ショーツを見ることなんて簡単なことだった。

      「あ…っ」

      異変に気づいたが起き上がるよりも先に足を閉じようとしたそれを逆に

      捕らえ、わざとパンストの上からイヤらしい音を立てて吸いついた。

      そんな所に刺激があるとは生まれてこの方想像してすらなかったのか、

      敏感に体を震わせ途切れ途切れに甘い鳴き声を上げる。

      
その息遣いにこちらも高鳴る鼓動と共に追い立てられる欲望がその存在を

      体中に脈を打って伝える。

      
もう一人の彼は、本能の赴くままにその凶暴さを変えている。

      焦る分身を制止、股に場所を変えて強く吸っていた唇を這わせ、薄い絹を

      脱がすと足の付け根から踝まで舌で這わせ、親指に軽く歯を立てて口に含む。

      「ん……っ……紘人さん……っ」

      何十年も生きていてとっくに忘れたが、哺乳瓶に吸いつくのはこんな感じ

      なのかと思い出しながら唇を動かしたり淫らに喉を鳴らしたりすれば

      こちらも妙に乗っているのが解る。

      
口を離すとそこは淫らに輝いていてこれ以上の刺激を求めている。

      辿ってきた道とは反対側に這わす頃、意地らしく逃げようとする腰を

      持ち上げ、何の抵抗もできない姿にさせる。

      短めのスカートは彼女の腹部を覆うように垂れ下がり、彼に差し出された

      青のチェック柄ショーツは触らなくても解るほどに濡れていた。

      「感じてくれたんだな、嬉しいね」

      「や…そんな所で喋らないで……ぁん」

      どこらへんで、と意地悪な質問を返しながら薄布の上から指で割れ目を

      そっとなぞった。

      そんな微かな刺激でさえ敏感に拾い上げてしまうの体はまるで、どこも彼処が

      性感帯にでもなってしまったようだ。

      
茂みを覆っている下着を伸びない程度に引っ張り、潤みきったそれに

      舌を差し込む。

      「ふぁ…あ、あ……っ」

      親指の時はわざと喉を鳴らしていたが、乾きを知らない泉からは香しい蜜が

      噎せ返る程に溢れ、息を吐くにもそうしなければ返ってうまくできない。

      
全て飲み干すには口では足らず、ため息を吐く度だらしなく端を濡らし

      シーツを汚した。

      「紘人さ……っ」

      舌を差し込まれたそこは鼓動のように脈打ち、それでも足りないと訴える

      そこは動きを止めない。

      その横からもう片方の指を差し込むが、これもずぶずぶと吸い込まれて

      内壁に歓迎されて締めつけられる。

      「熱っ……お前の中、熱くて……どうにかなっちまいそうだ」

      「ん……っ……あ」

      必死に目を瞑ってこの快感に声を抑えているというところだろう、後頭部を

      受け止めていた枕はこの情事ですっかり、置いてきぼりを喰らいその熱は

      敷いたばかりに戻りつつある。

      
疎ましくなったショーツをスカートごと下ろすと、水溜まりはハッキリ

      金澤の目の前に現れた。

      息も今更気づけば荒くなっており、寝室全体が夏の日差しを残しているかの

      ように熱く感じてズボンのベルトを鳴らすよりも着ていたシャツを脱ぎ去る。

      彼女が一瞬頬を今以上に頬を火照らせるが、彼には下半身を締めつける

      戒めでそれを気遣っている余裕がない。

      「……ほら、今度はの番だ」

      「はぁ、はぁ、はぁ……何?」

      「良いから。起きられるよな?」

      訳が分からないまま差し延べられたの手を取り起き上がると、今度は金澤が

      身を横たえた。

      「紘人さん?」

      「ん?どうした?この意味、解るだろ」

      そう目を丸くされても本人が認知していないが天然の彼女にしては

      この体制だけではかなり苦しいモノがある。

      ズボンのチャックから解放された高ぶりはが成人式を迎えたその日の夜に

      処女を奪われた時のように大きく白濁とした欲望が先走っている。

      
もしかしての可能性を否定しながらもイヤらしく笑う恋人に尋ねるのも

      恥ずかしくて唇を噛みしめた。

      
まだいつもの窮屈そうなモノは身に纏わせていない。

      
ごくりと大げさに生唾を呑み込んでから彼に尋ねた。

      「もしかして……そのっ……乗る、んですか?」

      「他に何があるんだ?あっ、舐めてくれてもいいぞ」

      「もっと、恥ずかしいですっ!」

      「そうか?俺はいつもやってるのに?」

      「だって…」

      まだ、アソコは疼いて消えない。

      
金澤を欲しがっているのが、いくら天然の彼女でもそれは理解できる。

      
しかし、初めての体位に戸惑いが全くない訳ではない。

      
おずおずとした調子で跨り、反り立つ塊に少し触れただけで彼が喉を

      鳴らした。

      普段、こういった時は自分だけでいっぱいいっぱいなのは自分だけなのかと

      胸の奥で不満を募らせていたが、それは馬鹿な被害妄想だと解った。

      
金澤が愛しくて、少し恥ずかしくても何かしてあげたい。

      
恐る恐る腰を下ろしてみると、やはりそれは淫らな音を立てて沈んでいく。

      「…あ……気持ち、いっ……あぁ」

      久しぶりに受け入れたというのに痛みはあまり感じられず、逆に快感が

      体中を駆けめぐった。

      
電撃よりも早く、本能よりも貪欲にそう思ってしまったのは全て彼の所為だ。

      気が変になりそうな痛みともっと自分を壊して欲しいと言う危ない考えが

      交差し、緩く腰が動き出す。

      「くっ……こ、こら……そんなに腰振ったら俺が我慢…できないだろうが」

      「……っ……もっと、ん……強く……」

      「……我が儘…だな」

      彼が気持ち良さそうな顔をした、理性はこれで満足なはずなのに貪欲な本能は

      そう素直にはいかない。

      
腰を一気に下ろし、根元まで呑み込むと意識的にその存在を締めつけた。

      その刺激に片目を強く閉じながら金澤は上着だけの姿になった彼女の腹部から

      大きな手を侵入させ、既に、堅く尖った頂を下着の上から指と指の間に挟む。

      「あっ……ン……っ、ああ!」

      欲しがっていた刺激に悦びの声を上げ、突き上げられる感覚に酔う

      潤んだ瞳は汗と一緒に肌を濡らし、火照る彼の胸の上に落ちた。

      「つっ、……はっ、も…いっ……っ!」

      「あぁ、……アアアァ!」



      空港にはビジネスマンやら芸能人やら様々な人が行き交う。

      今年の秋流行った紅いモミジのようなスーツケースを転がす彼女の隣を歩く

      彼は、ぽつりと言った。

      
あの日、の留学が決まった。

      元々、大学に入学した当初からそう言う話があり、今までどうにか蹴ってきたが

      プロの夢を捨てきれないは今回ようやく首を縦に振ったというわけである。

      
留学と言ってもそう何年もいる訳ではなく、二週間という短期期間だ。

      目を瞑ればあっという間に過ぎてしまう砂時計のような時間でも金澤の傍を離れ

      たくなかったからとベッドの中で夜を過ごした昨夜、顔を赤らめて話した。

      「んな顔するな。今年のクリスマスはホテル予約してやるから、な?」

      胸に顔をすり寄せてくる彼女があまり可愛くてそう言ってしまった。

      「紘人さん、約束忘れないでよっ!」

      「おうっ、さっさと行ってこい」

      搭乗口に消える彼女に手を振る彼はズボンのポケットにしまい込んだ小箱を

      握りしめながら、また渡しそびれたなとため息を吐いたのは本人しか知らない。



            ―――…終わり…―――



      ♯後書き♯

      
初コルダを飾りました金澤裏Dream小説でした。

      久しぶりだと、裏長っ!←自業自得

      それでも読んで下さる方がいらっしゃると嬉しいです。(逃)