卒業は花嫁修業の始まり!?


      「なっ!?どうしてそんなカッコしてんだ!?」

      彼は、目の前にいる彼女を指差した。

      今日は三月としては良い天気で、何処かの学校では卒業式をやっていることだろう。

      海堂は気温も暖かい昼下がりに、いつもの日課となっているトレーニング

      メニューに出かけるはずだった。

      彼女は

      ちょっと見ではわからないが、花の女子大生である。

      彼が緑のバンダナに黒のランニングとグレーの短パンという姿に対して彼女は

      艶やかな袴姿だった。

      「…どうっかな?……似合うかな?」

      頬をほのかに赤く染める仕草は決して人見知りだとかの所為ではない。

      淡い紫とピンクが混じった赤紫の袴がを彩らせてより愛らしくさせた。

      海堂はふしゅーと言ったまま顔を逸らし、
彼女もまた顔を俯かせた。

      彼とは従姉弟同士。

      しかも、六歳も、歳が離れていると言うのに、は彼のことを異性だと意識している。


      そう感じ出したのは彼が青学に入学した頃だった。

      「……っ!!」

      「わっ!?」

      いきなりのことで持っていた卒業証書の筒を落としそうになった。

      「もう!落としそうになったじゃない。それで薫ちゃん…」

      「その呼び方、止めろっつっただろ!」

      思わず、昔の愛称を口にしてしまった彼女はその声にびくっと、体を震わせる。

      あれから海堂はのことを呼び捨てにし、は海堂を薫君と呼ばなくてはならなかった。

      「ご、ごめんね。それで何なの?」

      彼が怖いわけではない。

      「あっ……ふしゅー……寄ってけよ、母さんも喜ぶだろうし」

      それは、まわりなど海堂を恐れて近づかないものが少なからずいることは事実だ。

      しかし、本当は優しくて繊細な所があることをはよく知っている。


 

 


      「あら?ちゃん。まぁ!?きれいねぇ、どうしたの!?」

      彼の勧めで海堂家の玄関に開けると、何事かとやって来た母親が出迎えてくれた。

      「あっ、こんにちは。今日は卒業式だったんです」

      久しぶりの彼女の笑みに何でもなかったように微笑み返す。

      「あら?そうだったの。上がって頂戴。何のお構いも出来ないけど

       お茶を入れるから」

      通されたリビングはもう何年前のことなのかは覚えていない室内とどことなく

      違って見える。

      「ちょっと待っててね。お湯を沸かすから」

      「お構いなく」

      海堂が幼い頃は良くお互いの家を行き来していたのだが、あの日からそれさえも

      無くなった。

      リビングに一人取り残されたは、仕方なくソファーの上に腰を下ろす。

      途中まで一緒だった彼は、二階にある自室に行ってしまった。


      何故だが無性に泣きたくなる。

      「どうした?」

      聞き覚えのある声に顔を上げる。

      着がえて来たのだろうか、バンダナを外し清潔感のある白のワイシャツに

      ジーパン姿だ。

      「な、なんでもないっ」

      どうにか涙を堪えると、海堂に笑いかけた。

      しかし、彼はそうかと言って隣に座らない。

      ただ、こちらをじっと見つめた。

      「……」

      「どうしたの?」

      彼女が声を掛けてもただこちらを見つめているばかりだ。

      次第に胸が高鳴り出し、頬が熱く上気してくる。

      「っ」

      彼がようやくそう言った。

      「…な、に?」

      平静を保とうと声を出してはみたが、言葉が上手く繋がらない。

      「何を考えている」

      「っ!?」

      まるで、彼女の行動を見ていたかのような発言で、何も口にすることが

      出来なかった。

      ただ、瞳を捉えて離さない海堂が怒っているのがわかる。

      自分は何か彼を怒らせるようなことをしただろうか。

      それが脳裏を駆け巡り、体中を震わせた。

      「俺には…話せないことか?」

      海堂の顔が険しい。

      だけど、外見を見ては駄目だ。

      人間は『心』なのだから。


      「わ…私っ」

      「……俺を信じろ」

      そのままの状態で彼がそう呟いた。

      「駄目だよ…」

      「自分を『駄目』呼ばわりすんな。お前は、俺よりずっと多くの物を持っている。

       まわりの奴らだって
笑顔に惹かれて集まる。でも、俺のまわりには誰もいない」

      「違うよっ!薫君の傍には家族のみんながいるじゃない!……私だって」

      我慢していたはずなのに彼女の瞳からは涙が流れた。

      一度、溢れ返ったこれはなかなか止まりそうではない。

      化粧が落ちることなどどうでも良かった。

      ただ、目の前にいる海堂に自分の気持ちを伝えたい。

      例え、それが悲しい結末になろうとも…。


      「私は薫君が好きだよ。あなたがそう思っていなくても、私はっ」

      気の利いたことを言いたかったのに、口からこぼれ出たのは、有り触れた

      慰めの言葉だった。

      こんな時、自分の不甲斐無さに腹が立つ。

      唇を強く噛むのと、全く同時だった。

      「えっ?」

      彼女は、いきなり何かに優しく包まれる。

      一瞬、何が起こったか解らなかった。

      「どうして…」

      「……馬鹿っ……んな事、言われたら照れるだろうが」

      そう言うと、彼女の背中に回した腕に力を込める。

      「俺も……ずっと好きだった」

      再び、甘い音色を奏で出したの胸が響く。

      彼の力で押し付けられた形になっているため、それは二重奏となった。

      「薫君?」

      「本当は、ずっと前から好きだった。だから、お前に『薫ちゃん』なんて呼ばれるの

       が嫌だった。
だが、の傍にいたかったからそれも我慢できた。……あの時までは」

 


      海堂が青学に入学したある日の帰り道。

      その日は偶々、彼と帰りが一緒になり、学校でこんなことがあったと話していた。

      彼はふしゅーと言うだけで、大した言葉を交わしたことはないはずなのに、

      今も鮮明に覚えている別れ際。

      抱き寄せようとしたら彼がそれから逃げ、もう、俺はガキじゃねぇと、

      捨て台詞を残して海堂家に消え
去ってしまったのだ。

 

 


      「あの時はもう、昔みたく呼ばれたくなかった。俺を……一人の男として

       見て欲しかった」

      あれから彼はを避けて、まるで、今までのことが嘘だったかのように

      色を変え出した。

      「ごめんなさいっ……あなたの気持ちに気づかなくて……ごめんなさいっ」

      そう言うと、彼の体を抱きしめ返した。

      瞳には卒業式とは違う涙が浮んでくる。

      「…」

      不意に彼女の名を呼んだ海堂は、腕に力を込めた。

      急に、体中に受けた衝撃が強くて思わず口から出た吐息が彼の胸に掛かる。

      それによってか、海堂の鼓動がワンステップ違う音色を奏でた。

      「…きついよ。……もう少し、腕の力を揺るめ…」

      顔を上げると、いきなり顎を掴まれ唇を奪われる。

      それをキスだと認識するには少し時間が掛かった。

      唇から海堂の気持ちが伝わってくるようで呼吸が苦しい。

      やっと、解放されると、以前より強く抱きしめ合った。


 

 


      二度と離れないように……のはずだった。


      「薫も男になったのね。お母さん、嬉しいわ」

      「「っ!?」」

      その声に慌てて振り向くと、海堂母がお盆に紅茶を乗せて立っていた。

      「母さんっ!?」

      「叔母さんっ!?……もしかしてっ」

      「えぇ、見させてもらいましたよ。あぁ、本当に嬉しいわ。あの薫が

       ちゃん以外の女の子を家に連れて
こないからがっかりしていたのよ」

      二人は抱き合っていた体をばっと、放すと顔を逸らし赤く染めた。

      テーブルに紅茶を置くと、向かい合わせのソファーに腰を下ろす。

      「所で、ちゃん。いきなりで悪いけど、卒業後はどうするのかしら?」

      「あっ、はい。おかげさまで、女子大に編入することが決まりました」

      「あらあら。それは、おめでとう」

      「ありがとうございます」

      座ったまま深くお辞儀をする。

      再び、目が合った母親が意味あり気に笑ったのが引っかかった。

      「じゃあ、そこを卒業したらどうするのかしら?」

      「そこまでは考えていません。企業説明とかで地道に探そうかと思っています」

      「なら、話が早いわね」

      そう言った母親の表情が先程のように微笑み、こちらは何のことやら解らず

      微妙な顔を浮かべ、ごくりと唾を飲み込んで待った。

      「ちゃん。あなた、今日から家に来なさい」

      「えっ!?」

      母親の言ったことに間の抜けた声を出した。

      「あら?あなた達、愛し合っているんでしょ?だったら、家で花嫁修業しなさい」

      「ちょっ、母さんっ!」

      右頬に手を当てる母親に海堂が声を発した。

      「年頃の男と女が一つ屋根の下に住むってのは、無理だと思う」

      「あら?それなら大丈夫よ。ちゃんのお母さんと私はお友達じゃない?だから、

       いつかこんな日が
来るといいわねって話してたのよ」


      「けどよっ」

      「あっ、心配はいらないわよ。ちゃんは私達の寝室で泊まって。薫が変な気を

       起こさないように
見張っておくから」

      「「……」」


      こうして、の花嫁修業は幕を開けた。


 

 


      ―――・・・終わり・・・―――


 

 


      #後書き#

      こちらは紅葉楓様と御幸様に捧げた作品となります。

      海堂初Dreamいかがだったでしょうか?

      私はヤッチまったよって感じです。(何がっ!?)

      初作品をこんな形で終わらせて良いのか、自分?!