ガラスのシンデレラ ‡第一章スケープゴート‡


      熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

                          (『万葉集』巻一,八 額田王)



      一月もそろそろ下旬に入るこの頃、次第に太陽の速度が戻ってきている。

      現在の時刻は、16時8分。

      まだまだ夕方は寒いがそれでも西を向けば落ちかけている夕日が眩しい。

      駅や住宅地から何kmか離れた山奥にとある大学病院があった。

      建築は今から数十年は経っているらしく、外見だけでなく院内のあちらこちらで

      ひび割れを見ることができる。

      その四階の廊下を一人歩く少女がいた。

      彼女の名は

      春からはフリーター確定の氷帝大学の四年生である。

      二十年以上生きているというのに、平気で嘘を吐けば高校生の設定でも十分

      融通は利く。

      もっとも、151センチという小柄な身長と顔には大き過ぎる瞳がものを言うの

      だろう。

      水の入った花瓶を気にしながら一歩また一歩と足を運ぶと、この長く続くコンクリート

      の冷たさが永遠のもののように感じられる。

      黒のロングブーツのヒールが単調なリズムを刻む。

      病院は嫌いだ。

      台風で水気を帯びるより重たい気持ちが彼女の中には存在する。

      そして、に誰かが囁くのだ。

      ここに入院した者は二度と退院できない、と…。

      薬品の匂いには慣れた。

      だが、この場所にはもっと違うものがある。

      例えば、……死霊の放つ怨念の匂い。

      彼女は敏感過ぎた。

      きっと、自分と通り過ぎた人々は誰も気がついていないのだろう。

      車椅子を引く経験豊富な婦長や鼻に管を通した赤ん坊を胸に抱く母親。

      どれもこちらまで異臭が漂ってきて思わず眉間にしわを寄せてしまった。

      鼻で息を吸ってはいけない。

      そう、ここに通い始めた頃から決めてはいるのだが、いざとなると喉に残った異臭が

      鼻まで立ち上ってきては軽い吐き気が襲う。

      それがにいないであろう幻想を見せているのかもしれなかった。

      水道から約五分、エレベーターや待合室がある場所に個室病棟は四部屋ある。

      彼女はその右手から一番目の部屋のカーテンを潜ると、そこには一人ノートパソコンの

      キーボードを休むことなく打ち続けている青年がいた。

      「京兄!駄目じゃない、ちゃんと寝てなきゃ!!」

      「あぁ、だけど、今日は調子が良いんだ。こういう日に溜まっていた分を書かないで

       どうすんだよ?
それにこういう日の翌日は決まって寝込んだままになるんだぜ」

      「だけど、京兄の場合は命が掛かっているんだからそんなに無理しちゃ今書いて

       いるのだって無駄になるじゃない」

      「「未完の美」って奴だってあるぞ?」

      「京兄っ!!」

      「あはは、冗談だよ」

      「全く…」

      この世に元気な病人もあったものである。

      彼の名は京一。

      の双子の兄だ。

      これでも一応世に言われる小説家で、京夜というペンネームで活躍している。

      彼女は知らないが、ファンタジー系では結構名が通っているらしく、書店に行けば

      必ず京一の担当スペースが存在しており、過去の作品が並べられてあった。

      しかし、彼は生まれつき体が弱く、こうして入退院を繰り返している。

      だが、が氷帝大学に入学してからというものその度が増し、四年前から自宅に一度も

      帰されたことはない。

      酷い時は集中治療室に入ったきり何日も出てこないことがある。

      その度、彼女は昔聞いた両親の声を思い出して一人ベッドに潜り込んで

      涙を流していた。

      「それより京兄は何で椿が好きなの?これって普通お見舞いの時嫌われない」

      「おっ!さすが、文学部。やっとお兄様を尊敬する気になりましたか」

      先程抱えてきた花瓶をベッドの横に備え付けられている三段の棚の上に乗せると、

      自宅から切ってきた赤と白の椿を挿す。

      一応、気を利かせてここまでくる院内では花全体を新聞紙で丸めて持ってきた。

      今日切ったばかりだから鮮度は良く、新聞紙から顔を出した椿が枝に付いたまま

      だったことに何度安堵の息を漏らしたかしれない。

      「そんなの常識でしょうがっ!」

      「まぁ、そうなんだけどさ。良いじゃない、椿。和風で、時期が来れば潔く落ちる。

       ほかのものとは比べ物にはなんねーよ」

      「……」


      は白い歯を出して笑う京一を見てからノートパソコンの画面をチラッと盗み見た。

      彼は今日みたいに体調が良い日はこうして過ごすことが多い。

      だからなのか、京一はキーボードに指先を置いている時は無意識で本心を書いて

      しまう。

      これも悲しき小説家の定めなのだろうか。

      いや、やはり、彼自身の問題なのだろうと、心中ため息を吐きながら画面の

      字に目を走らせた。

      『確かに好きなのもあるけど、やっぱここが病院だからだな。いつも看護婦が診察に

      来る時の顔って言ったら面白いもんだぜ』


      京一、病人にして良い根性をしたものである。

      しかし、この感情は双子なのだからあって当然だった。

      外見は笑顔で誰でも受け入れる体制を取っているくせに、内心では一歩も二歩も

      線を引いて刃を構えている。

      それは、双子故の悲しき絆なのかもしれない。


      その日の夜、彼女は家に帰ると軽く食事を済ませて一人床に就いた。

      両親がこの家により着くことはあまりない。

      実質的に言えば兄弟二人で暮らしていたといっても過言ではない。

      父親は映画やドラマで引っ張りだこの俳優、母親は賞を何度も自分の物にしている

      澁谷瑛子という名で活躍しているミステリー作家である。

      だから、この家は周囲から除け者にされたような豪邸だと言うことは、敢えて言う必要

      はないだろう。

      『何でよ!?どうしてはあんなに元気なのに京一はっ!』

      湿っぽい声が彼女の闇を存在させている。

      あの人はもう忘れてしまっただろう。

      彼が酷い頭痛によって倒れたのは今から16年前だった。

      当時七歳だった二人は家庭用テニスを楽しんでいた。

      彼女は京一のことは十分承知で軽めの球を打ち返していたのだが、その途中で彼が

      頭を抱えたまま倒れこんでしまったのだ。

      だから、彼らの中では今もの所為になっている。

      自分も大人になって三年目の今、それがどういうものか理解できる。

      きっと、頭で解かっていてもやりきれない感情がそうさせてしまっているのだろう。

      そして、二人はその日から以前にも増して家に寄り付かなくなった。

      だから、彼女は本心から笑わない。

      だから、他人から何十にも線を引いて鞘から剣を抜いたままなのだ。

      「……」

      あれから二人のことを寝言でさえ以前のように呼ばなくなった。

      時々訪ねてきたとしても応対はしない。

      ほとんど家庭崩壊である。

      それでもこの家族を繋いでいるのは京一だった。

      彼がいなくなってしまうのではないかと考えるたびに怖くて鼓動が速度を上げ血液

      が逆流でもするような感覚に襲われた。

      そんなこと考えたくないと思っているくせに考えずにはいられない。

      日に日に体力が衰えている京一を毎日見ていると、それが当然のようにテイクアウト

      されて積もり積もってくる。

      明日には、今日とは明らかに違う彼がバイト帰りの自分を迎えてくれることだろう。

      (私がいなければ京兄はあんなに病弱にならずに済んだのに、私が変われたら私が

       京兄の代わりに死ねたら…)

      『その願い……、叶えてやろう』

      (えっ?)

      辺りは暗闇。

      きっと今はノンレム睡眠に入っているのだろう。

      辺りをきょろきょろと見回してみるが、誰かが自分の夢の中に侵入してきた気配は

      しない。

      それに、常識的にそんなことがあって堪るものか。

      『どこを見ている?私はここだ』

      (えっ?…ひゃっ!?)

      急に肩を掴まれ引き寄せられる形で振り返れば、そこには一人の少年がいた。

      それも眠気がさえてしまうほどの美少年である。

      思わず頬を抓るが、いつもの悪夢とは違って体の自由が利く。

      その事実だけで、動悸が速くなる。

      これは夢ではないとようやく理解した時にはことが起こった後だった。


      「…失礼します」


      翌朝、京一の病室の壁を叩いて入ってきた青年がいた。

      いつもならば調子の良い日の翌日は起きるのも億劫なのだが、今日は悪いどころ

      か今まで不調を訴えていた場所から痛みがすっかり消えていた。

      驚いたのは本人だけではない。

      馬鹿にして楽しんできた朝の診察を担当していた看護婦が今まで以上に腰を抜かした

      ことは言うまでもなかった。

      彼はそれをやはり心中で笑いながら「ザマーミロ」と唾を投げつけてやったが、われに

      返れば他人事のように不思議に思っている。

      「誰だ?今手が離せないんだが」

      時刻は11時48分。

      もうすぐ食べ慣れたまずい病院食が届く時間である。

      だが、23年間生きてきた中で一番今体調が良い彼はこうして次回作を作るのに、

      没頭して朝の食事もろくに摂っていない。

      ベッドに臥していた数だけの思いをキーボードを打つ指先に込める。

      「京兄…」

      「うへっ!?」

      しかし、それはカーテンからおずおずとした調子で入ってきた青年の一声でその糸は

      はさみで切られた。

      ハスキーボイスでこれまで双子の妹から聞き慣れていた呼び名を見ず知らずの人物から

      耳にしたのだ。

      それは今朝の仕返しかと思うくらいに驚きを隠せなかった。

      青年はベッドの傍まで駆け寄ると、内緒話でもするかのように声を潜めた。

      『そんなに言うのであれば京一の病気を治してやろう』

      (本当ですかっ!?)

      昨夜、暗闇の中で一人の少年と話をした。

      彼女が喜んでいるでいると、その顔に似合わずニヤっと嫌らしい笑みを浮かべた。

      『ただし、条件がある』

      (条件?)

      『そうだ。…お前は男として生き、兄のために雄雄しい生気を集めろ』

      (雄雄しい生気って一体どう集めるのよ?)

      『お前は運動神経が良い。それを活かして数多の強者と戦え。さすれば、雄雄しい

       生気は集まるだろう』


      「……と言う訳で私は男になっちゃったの」

      「……」

      やはりとは思ったが、彼は俯いたまま黙っている。

      いくらファンタジー界の神的存在でも現実に天使やらの類を信じるわけはないだろう。

      もっとも、彼女自身そう思っていたのだが、今こうして立派な青年になっている

      以上信じないわけにはいかない。

      バイト先には仮病を使って休むことにしたが、それも長くは続かないだろう。

      大学の卒業式には特典は卒論の受け渡し程度なので、はなっから行く気などない。

      だが、卒業式は家族内で誰よりも楽しみにしていたのは他でもない京一だった。

      彼は今まで体が弱かったため最高学歴が高校止まりなのである。

      だから、高卒で就職を考えていた妹をここまで進学をさせた。

      しかし、そのがこんなことになってしまって京一は一体沈黙の中どんな心境でいるの

      だろうか。

      「あ、あのぉ…」

      声を掛けるのでさえ、これまでに感じたこともなかった恥じらいがある。

      彼は自分のことを受け入れてくれただろうか。

      世界中の誰にも自分がであることを否定されても良い。

      だけど、やはりこの23年間を共にしたたった二人きりの兄弟である京一には信じて

      欲しかった。

      しかし、アレから俯いたまま何かを考え込んでいる彼を見ていると、無駄な事だったか

      と目尻が熱くなるのを必死に堪えた。

      ここで泣いてはいけない。

      せめて、誰もいない非常階段で泣き腫らそう。

      「急にこんなことを言ってごめんね。それじゃ……私、もう…」

      いつもとは違った重たい気持ちを背負ってこの通い慣れた病室の出入り口に歩み

      を進める。

      結局は京一までにも裏切られた。

      他人を拒むと、いつかはこうした竹箆返しが来るということだろう。

      そんな気持ち解りたくもなかった。


      (さよなら…)

      「っ!」

      それは彼女が心の中で別れを告げたのと同時だった。

      彼はベッドの柵に捕まったままこちらに向かって妹の名を呼んだ。

      いくら体調が回復したとは言え、すっかり鈍ってしまった足の筋力は低下して

      しまった。

      だから、昨日椿を二輪挿した花瓶を置いた三段の棚の横に車椅子が畳まれて

      しまってある。

      「俺はその話、信じるぜ」

      「京兄?」

      「だってさ、そんなに泣き虫な奴ってお前くらいなもんだし、それに俺ら双子だろ?

       何か気持ち的に解るんだよ。が男の格好してきても大して驚きはしなかったしな」

      振り返った瞬間に彼女は泣いてしまっていたことに頬を伝う湿りっ気で解った。

      「それじゃ、何で今まで黙っていたのよ!」

      だが、こんなの不意打ち過ぎた。

      いきなり今まで理解していただなんて言われても溢れ出した熱は消えそうもない。

      しかし、京一は苦笑してこう言った。

      「まず、その女言葉やめろ。いつか戻るかもしれないが、今は男なんだぜ?郷に

       行けば郷に従えって言うだろーが」



      「はぁ、はぁ…」

      「だらしがないなぁ。これぐらいで」

      辺りがすっかり黄昏に染まった時刻、彼女の姿は大学病院から何十分か離れたテニス

      コートにあった。

      正午で大体の男言葉を習得すると、早速任務へと向かってこの場所に来たという

      わけだ。

      この場所は強豪達に問わず、誰もがテニスを楽しむことができるストリートテニス

      場である。

      も学生時代に足を踏み入れたかったが、いかにも強面のメンバーが集っていたため結局

      は足を踏み入れることを恐れていた。

      だが、今は一人の立派な男性である。

      きっと、話し合えば仲間に入れてくれるはずだ。

      そう、心の中で何度も念を押しながらその中の一人の少女に話しかけた。

      しかしここはあいにくダブルス専門でシングルは取り扱っていないとのことだった。

      弱ったなぁと、肩まで伸ばした黒髪を弄んでいると、その彼女はみんなと話をつけ

      てくれまずはシングルで腕を見せてくれと言われたのがストテニ場の最後である。

      だが、元々運動関係の団体からのお誘いが耐えなかった過去を持つがそんな小手調べを

      舐めて掛かるわけもなかった。

      コートの外には何十人の屍がギャラリーで寝そべっている。

      今相手をしてくれている少年だってまるで眠りに就きそうな勢いでテニスコート

      に立っているのだった。

      彼の名は、

      昨夜までは女だったなんて誰も想像することはないだろう。

      名前は京一から貰った。

      ペンネームと同じ苗字だから彼の正体を知っている者ともし出会ってしまったらなんて

      考えると怖い。

      例えば、あの人達…。

      しかし、彼らが自宅に帰ってくることは極稀である。

      『ただし、条件がある』

      昨夜の声がまだ耳に残っている。

      『もし、雄雄しい生気を一年以内に集められなかった場合、お前は兄の代わりに

       死んでもらおう。それでも良いな?』

      死。

      元より覚悟していた言葉がいざとなると、怖くなる。

      だが、今更後には引けなかった。

      (解かった。でも、最後に、あなた誰かを教えてくれる?)

      覚めるほどの美少年。

      それだけでこれは夢だと解る。

      彼はその言葉を聞くと、もう一度顔に似合わないほど笑みを浮かべ、口を開いた。

      『私は悪魔。契約は済ませた。一年後を楽しみにしておるぞ』

      自称悪魔と名乗った少年と交わした契約のことは京一には話していない。

      彼のことだ。

      この無謀と言っても良い賭けを辞めさせようとするだろう。

      両親のいないあの無駄に広い家でたった二人で住んでいた兄弟。

      だからであろう、彼は家族中で一番大切に思っているを自分のために死なすので

      あれば、迷わず自ら死を選ぶだろう。

      それは是が非でも避けなくてはならない。

      目の前の十も年下の少年がコートに倒れてしまった後の処理は自分でやっていた。

      彼らが倒れてしまうのはきっと、雄雄しい生気を吸い取っているからだろう。

      雄雄しい生気、すなわち根性や精神力と言ったものだ。

      はベンチまで辿り着くと、その上に寝かすという地道な苦労を自分以外の誰かに

      任すことはしなかった。

      悪魔と契約を交わしたとは言え、彼らには悪いことをしたと思っている。

      せめてもの罪滅ぼしのため、こうして倒れた者をコートの外へ連れて出した。

      (ごめんね)

      心の中でが嘆くたびに少年達は照れくさそうに笑うように見えた。

      あれから何十人と言った選手と戦ってきた。

      日は既に落ち、ストリートテニス場の周辺に設置された街灯も白い光を映し出す。

      今から家に帰っても誰も出迎えてくれる者がいない彼としてはどうでも良い事で

      あるが、彼らにとっては待つ人がいるのだ。

      それを無視してはいけない。


      「ちょっと、待ってろ。今、コンビニでスポーツドリンクを買ってくるから」

      先程までコート上で敵同士だった少年の顔を見て言うと、駆け出した。

      辺りはすっかり冷え込んでしまったが、や雄雄しい生気を吸い取られた彼らにとっては

      心地良い真夏のクーラーの冷気だった。

      あんまり当たってしまったら逆に体に悪いだろう。

      ふと天上を見上げれば見事な上限の月があった。

      その神々しさしさに一時、手を合わせ、瞳を閉じた。

      (どうか京兄を助けて下さい…そのためなら私はどうなっても構いませんっ!)


      「えっ?」

      翌日、彼らの様子を見にバイト帰りにストリートテニス場へと向かった。

      彼女が働いていたのは、昨夜駆け込んだコンビニAfterである。

      スポーツ飲料を買うのと同時に、店長に話をつけると疑問を持たれずにバイトの

      延長が繋がった。

      もしかしたら、一年間が最後のバイトになるかもしれないが、今はそう暗くなっては

      いられない。


      「さん、こんにちはっ!」

      軽い救急セットとスポーツ飲料を片手したが現れると、わっとみんなが集まって

      きて代わる代わるお礼を述べた。

      昨夜、一人一人の少年達をたたき起こして買ってきたばかりの飲料水を飲ませてから

      一軒一軒の各保護者の元に送り返した。

      おかげで、彼らは親に怒られないで済んだというわけである。

      また、その地道な体制が保護者側にも彼らにも痛く支持される結果に繋がったのだ。

      やはり、若さの勝利とも言うべきなのか、昨日の今日というのにかすり傷があるくらい

      で大した怪我はない。

      「今日はあんたに紹介したいヤツらがいるんだ」

      昨夜はぐっすり睡眠を取ったらしく先日のぐったりした重たい気持ちを引きずって

      はいなかった。

      このコートでは有名な泉・布川ペアは彼に駆け寄ると、右の親指で各々後ろを指した。

      その方向には青と白のジャージが鮮やかな少年達が八人こちらを見ている。

      「誰?」

      「青春学園中学校のテニス部の奴らです」

      彼もバカではない。

      風の噂で、青学の名を聞かない日はなかった。

      関東では一、二を争う強豪校である。

      として生きてきた23年間、伊達に運動関係の部活に追い回されていたわけでは

      なかったようだ。

      それに彼が卒業する氷帝だってその枠に入っているのだ。

      本心は笑みの中に隠しながら長い足を一歩ずつ踏みしめる。

      玉林中が青学と当たったことは知っていたが、交流を深めていたとは知らなかった。

      昨夜も然ることながら若い雄雄しい生気を手に入れ、早速バイトに出かける前に

      看に行ってみたら弱弱しいものだったが自分で立つ事ができるようになっていた。

      それに、今ではという青年が彼の支えとなっているのだ。

      目に見えるファンタジーを何百ページも及んでネタにして喜んでいる兄を妹は心底

      嬉しかった。

      ようやく、京一の役に立てたのだ。

      「君達があの青学か。俺はだ。よろしくな」

      一、 二歩スペースを空けたところで、部長らしき長身の眼鏡を掛けた少年に話し

      かける。

      「存じております。俺は青春学園中学校男子テニス部部長の手塚です。今日は玉林中から

       あなたのお話を伺って参りました。宜しければ俺たちに指導をしてくれませんか?」

      「俺がコーチ?」

      想像もしていなかった言葉に思わず復唱してしまった。

      だが、彼は大真面目だと言った表情で一つ頷いて見せた。

      「はい。本来ならばこのような厚かましいお話しはこちらとしてもお願いしないの

       ですが、先日のあなたのご活躍を拝見したと言う者もおりまして、今年は必ず青学は

       全国に行きますから、顧問と話し合った結果こうしてお願いに伺った次第です」

      「はぁ…」

      答えてから口を覆っても後の祭りである。

      こう言った話し方は就職活動中に嫌というほど口にした。

      それなのに中三がこの言葉をすらすらと言えるとはさすが、青学である。

      思わず聞き惚れてしまったことに軽いショックを起こしながら手塚と言った彼の後ろ

      に控えている少年達を見回した。

      一見大人しそうな者、真面目そうな者、誰にでも人懐こっそうな者、自分と同じく

      笑みを絶やさない者、一匹狼な者、やる気十分を掲げている者、そして、怪しげなノート

      を脇に抱えている者。

      「彼らがウチのレギュラーです」

      大学出のを待つものは、男性としての新しい生活と名門と謳われた青学のコーチだった。




      ―――・・・続く・・・―――



      ♯後書き♯

      ふぅ……やっと、書き終わりました。

      これも私がデンジャラスなことを遣って退けている所為です。(土下座)

      そして、なぜ『万葉集』を引用したかと言うと、単なる前置きです。

      意味は敢えて書かないので、どう解釈して下さっても構いません。

      えっと、サイトが運営して二度目の正月開けに始りました「ガラスのシンデレラ」

      は如何だったでしょうか?

      またもや、余談に入ってしまいますが、今作は高校時代から温めていた連載作なのです。

      なので、上手く行くかは不安なのですが、応援して下さると嬉しいです。

      次回は、今回の二の舞を踏まないように致しますので次回もお楽しみ下さい。