春眠暁を覚えず


      「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!!もうっ、起きてよぉ」

      「ん……後、10分」

      そう言って越前リョーマは顔を布団の中に顔を埋める。

      それを腰に手を当てて睨みつけるのは、従妹である

      四月から小学五年生である。

      彼女は朝に弱いリョーマをこうして毎日起こしに来ているのだ。

      「『越前。グランド二十周!』」

      「あっ、はいっ!」

      手塚部長の口調を真似すると、リョーマはまんまとこの作戦に引っかかり飛び起きた。

      寝癖の強い髪が鳥の巣を作っている。

      キョロキョロと辺りを見回す彼の視界に映ると、にっこりと笑いおはよといった。

      その瞬間、リョーマの顔色はすごい勢いで曇り出す。

      「部長の真似は止めろって言っただろ!」

      「そんなこと言っている暇があるんだったらさっさと出かけてよ!」

      時刻は既に八時を回っていた。

      「うわっ!何で、早く起こしてくれなかったんだよ!!」

      「『ん……後、10分』って言ったのはどこの誰よ!」

      「もう、良いよ!着替えるから出て行けよ」

      「いわれなくったって、出て行くわよ!」

      そう叫ぶと、ドアを勢い良く閉めた。

      「ちゃん。あの子、起きたかしら?」

      「知らないっ!」

      そういうと、彼女はリョーマより早く学校に行った。



      「もぅ!信じらんない。何で、私が朝も早く起きてお兄ちゃんを起こしに行かなくちゃなんないのよ」

      道端に落ちていた小石を強く蹴る。

      「相変わらず、荒れてるわね」

      「美夏ぁ!おはよう。もう、いつもいつも頭きちゃう!!」

      そういって勢い良く拳を空に放った。



      その様子を同い年だと思えないくらい落ち着いている女の子は須々木美夏、の親友である。

      「そんなに嫌なら、止めればいいのに」

      そう、いたずらな笑顔を寄せた。

      「もう、知ってる癖にそんなこと言わないでよ」

      彼女は頬を赤く染めて走り出した。

      物心着いた頃からずっと彼のことを想っている。

      しかし、それがいつからなのか解らなかった。


      「待ってよ!ごめんってば」

      声のする方に振り返ると、後ろから腰まで伸びた髪を揺らして走ってくる彼女が見える。

      ランドセルの中身の教科書がリズムを刻むようにがたがたと音を立てた。

      美夏は、成績は優秀だが運動神経はない。

      その反対に彼女は抜群で体育はいつも「5」を取っていた。

      これも、越前家の血筋を受け継いだせいだろう。

      足を止めると、彼女がぜいぜいと言いながら追いついてきた。

      「もうっ、……ったら……少しは手加減してよ」

      「ごめん。つい、力入っちゃった」

      頭に手をやると、赤い舌を少しだけ覗かせる。

      「そんなに好きなら早く告白しちゃえば良いのに…」

      「無理言わないでよ。私は従妹だよ!万一、振られたりしたら一生あの人の顔を見ないといけないのよ」

      「じゃあ、このままで良いの?」

      「うっ!」

      美夏が言っていることが先程の仕返しのようにも思えたが、確かにそうだ。

      このままで良い訳ではない。


      「でっでも、いざとなると緊張しちゃって」

      「何、言ってるのよ。いつもクラスをまとめている学級委員様が言う言葉?それって」

      「そう言うあなたは生徒会でしょうが!?」

      例え、結果が良くないとしても先に進むことを恐れては何も始まらないのだ。

      「あら?私の役割は書記だから記録を残すだけよ」

      「さいですか」

      再び学校に向かって歩き出した頃には、他の生徒も歩み始めていた。

      『そんなに好きなら早く告白しちゃえば良いのに…』


      そんな事、いわれなくったって解っている。


      でも、今までの関係が無くなってしまうのではないかと思うとそれが出来なかった。

      それでも、勇気を出してもここまで出掛かっていつも喧嘩してしまう自分が情けない。

      『じゃあ、このままで良いの?』

      そんなのなんて嫌だ。

      例え、それが原因で今までの関係が崩れてしまっても想い続けていたい。



      「お兄ちゃん?入るよ?」


      午後六時を回ったところだろうか、今日はさっさと帰ってきたかと思えばずっとこもりっ放しで
母親共々心配していた。

      今夜は有香の両親が帰りが遅いとのことで、越前家にお世話になっている。

      夕飯を早々に片付けると、リョーマの部屋の前まで駆け出した。

      ドアノブを回すと、何かが耳を掠める。

      「お兄ちゃん?」

      小さくて聞こえ辛く、何か良くわからない。



      部屋は暗く、手探りで電気のスイッチを探った。

      (あった!……っ!?)

      急に足元に転がっていたものにぶつかり、そのまま体制を崩した彼女は床に転倒した。

      「あたたた……何よ、これ」

      先程、ぶつかった物の正体を確かめる。

      すると、の餌食になった物は彼がいつも持ち歩いているラケット入れだった。

      何故これがここにと思ったのと同時に先程から聞こえてくる音が横から聞こえてくる。

      「えっ?」

      目を細めてそれが何なのか確かめようとした。

      「お兄ちゃん…」

      いつも見慣れているはずのリョーマの無防備な寝顔があった。

      練習で疲れたのだろうか、すやすやと寝息を立てている。

      先程から彼女の耳を支配していたのは、どうやらこれのようだ。

      私服に着替えてから少し横になったようだが、睡魔には勝てなかったらしい。

      いつもきついことを言っているリョーマから想像の出来ない幼い寝顔。

      色々と騒がれているが、彼はまだ中学一年生だ。


      まだ、始まったばかりの人生なのだ。


      その顔から目が放せない。


      まだ、中学に入りたてのせいだろうか、髭やニキビなどないすっきりとした頬。

      少し開け放たれた唇からは洗いたてのシャツみたいに真っ白な前歯が覗いている。



      (何?何をしようとしてるの?)


      自問してみるが、答えが返ってくるわけではない。

      ただ、やけに鼓動を高鳴らせていた。

      こんなに響いてしまったらリョーマが起きてしまわないかと思い、部屋を出て行こうとしたが足が言うことを聞こうとしない。


      段々、彼の顔がの目に入り込んできた。

      自分はこんなにも好きなのかと瞼を閉じる。


      「?」

      何か唇に温かいものが触れた。

      それが何なのかわからず目を開ける。

      「お兄ちゃん……っ!?」



      急いで自分の口を塞いだ。


      (私っ今、何を?)


      目の前には安らかな寝顔。

      その唇に触れた感覚がまだ残っている。

      そこから離れようとした時、後頭部を何かで勢い良く押された。

      「えっ!?」

      力強く抑えられているため、再び触れた唇に押し付けられる。


      (何で?)

      そんな言葉が頭の中に漂っていた。

      「ん…んふっ」

      余りのことで息継ぎが上手く出来ない。

      瞼をゆっくり開けた。

      「んっ!?」

      彼と目が合う。


      (どうして?)


      こちらをじっと見つめていた。


      まるで、そうさせているかのように。

      「んん!」

      彼女が考えをまとめていない内に、一瞬の不意を着いて、リョーマの舌が入り込み逃れようとした それを甘く絡める。

      今だ感じたことのない刺激に翻弄されながらも自分なりのリズムを刻み出した。


      (何か…気持ち良くなってきた……このまま、続けていたら……私っ)

      いきなり唇を放され、再び目を開いた時は彼と自分の間に銀色の糸が見えた。

      いつの間に逆転したのだろうか、彼女はベッドの上で寝かされリョーマはそれに覆い被さるように
見下ろしてくる。

      「どうして?」

      呼吸がやっと収まると、そう呟くので精一杯だった。

      彼は、急に知らない異性のように笑い、利き手である左手での頬を触った。

      彼に触られた瞬時にびくりと震えた。

      「「どうして」って言うんだ?俺がこんなことをしてるのに」

      そう言うと、また笑い出す。

      「何が可笑しいのよ!」

      口の中にまだ彼の唾液が残っている唇をとんがらせていった。

      そういい終えると、リョ―マはこちらを向き直り整った顔がこちらへゆっくりと降りてくる。

      「なっ!?」

      「が悪いんだよ?俺の部屋なんか、入ってきたから。年頃の男の部屋なんか入るから。

      俺、もう、止められないよ?さっきの声、聞いたから」

      「あっ…」

      彼女は先程上げた自らの声を思い出した。

      今まで聞いたことのない音色。

      それを思い出すと、胸が熱くなる。

      「お兄ちゃん、私っ」

      「あぁ、その呼び方も今日でおしまい」

      彼に押さえつけられているため、首を傾げることが出来ない彼女は不安そうな顔をした。

      「それを聞いていると、何だか『近親相姦』してるみたいでやだ」


      リョ―マの口から出た言葉に、今の状況を忘れてくすくすと笑う。

      彼はの顔を睨み付けた。

      「笑うなよ!俺、ずっと気にしてたんだからな。……従妹を好きになって良いのかってさ」

      「えっ!?」

      「今更、驚くなよ。大体、好きでもない奴にこんなことする?フツー」

      そういえばと、真剣なリョ―マの瞳を覗き込む。

      それは今にも、彼女を黒い渦の中に吸い込まれそうだ。

      「じゃあ、何て…?」

      嬉しさの余り言葉が上手く浮かんでは来ない。

      「『リョ―マ』」

      はにかんだ顔がとても優しく思えた。

      「リョ……リョ―…マ、好き…」

      「もう一度、言って」

      そう耳に甘く囁き、キスを落とす。

      「私も、リョ―マが好き」

      「俺も…が好き」


      そう言うと、お互い深く口付けを交わした。



      「……で、この後、どうするの?」

      「もちろん、するつもり」

      唇を離しても体制を崩さない彼に尋ねる。

      すると、リョーマはいつものような意地悪な笑みを寄せるとそう言った。

      「何をっ!?」

      予想は付くが、それを言うことは出来ない。

      それを言ってしまうことで何かが音を立てて崩れてしまうような気がしたからだ。

      リョーマはそんな彼女のことなんかお構いなしに、耳元に甘く囁く。

      「『何をっ!?』って、知ってるくせに」

      くすっと、笑うと首筋に自分の唇を強く押し付けた。

      「あっ」

      その刺激に何故かドキドキする。

      彼女が声を上げると、それが合図だったかのようにそれがいやらしく動き出した。

      「やめっ…リョ…リョー……マ」

      「……」

      やっと声を出しても、彼は知らないふりをしてそれを止めようとはしない。



      「……これで良いか」

      そう言うと、首筋から顔を上げた。

      リョーマが離れた場所には小さく赤い花が咲いている。

      まるで長距離走をした時のように大きく呼吸を繰り返していた。

      彼はそれを見ると、今度は触れるだけのキスをする。

      「冗談。この続きは中学に入ってから。これが消えたらまた、やるから覚悟しといて」




      ―――・・・終わり・・・―――




      #後書き#

      こちらは私には勿体無い朝月様にお送り致しました。

      終わり……と言おうか、強制終了です!

      私は時々(毎回の間違いでしょうが)、キャラが一人歩きをしてしまうことが良くあるのです。

      もう少し、主人公の設定を幼くしてしまったら危うくロリになってしまうところでした。(汗)

      かと言って続き物は18禁だったりして…。(苦笑)

      ご感想などお待ち申し上げます。