The ache of my heat
「大石なんて嫌いだもんね」
空に浮かぶ雲眺めながらそう呟いた少年が一人いた。
夏の余韻は、既に秋の色に塗り替えられ、ここ青春台中央公園に植林されて
いる木々も彩らせている。
すっかり秋の風になってしまったそれが、彼の外に跳ねた独特の髪を持って
いきそうだった。
この中央公園では、休日に限らず、結構人の行き来がある。
犬を散歩させる中年の女性、明らかにストレスが溜まっているとわかる参考書を
片手に持った大学生、スーパーの袋を引きずりそうになっている小学生くらい
の少年、ひたすら走る年配の男性等いるが、それも一時で、日が段々落ちていけば
その姿も消えてしまう。
ベンチで仰向けに寝そべっている彼の瞳に映る雲たちは薄く平たく伸びていた。
それを見た少年は何かを思い出したように真っ赤な舌を出す。
周囲に人はいないためか、顔中にしわを寄せて先程の言葉が嘘ではないこと
を証明した。
今月に入ってから冬服に戻った学ランをジャケットのように着こなし、右頬に
バンドエイドを張っている。
長身なわりには、まだ幼さが残っている大きな瞳は段々暗くなっていく空を
じっと見ていた。
公園内のあちらこちらにある街灯が点き、中には一端光を放ったまま尽きたもの
もいる。
「ほいっと、腹も減ったことだし帰るか。ここで怒ってもおなか一杯にならないし」
夕暮れの景色をじっと見つめてきて心細くなったのかベンチの傍に置いたバックを
肩に背負って二、三歩足を進めた所で周囲の異変に気づいた。
「ここ…どこにゃ?」
思わず開いた口から零れ落ちた言葉が誰もいない公園内へ静かに響かせる。
平静を保ったつもりでいつもの口調が出てしまったが表情は固まってしまった。
大きな瞳を余計、丸くして今、自分が目にしているものを錯覚として処理し
たい思いだけが胸を埋め尽くす。
焦りが体にも通じてしまったようで、いつも運動をして流す汗とは違うものが
背筋を伝わった。
しかし、頬を擦るこの風の感覚がこのことを事実だと教えてくれるようにそれは
しばらく吹き続ける。
彼の前にある風景は、生まれてきてからずっと見てきた場所とはがらりと変わって
いた。
「何で?」
少年がここまで通ってきた道はアスファルトではなく古びたレンガになり、
樹木が管理なく伸び放題で、後数歩で枝にぶつかる所だった。
「さっき、来た時は、こんなに枝が伸びてなかったし道だってアスファルト
だったよね?」
余りの事に頭がパニックを起こそうとして勢い良く首を横に振った。
どんなに否定したくても脳裏にいつも目にしている中央公園の姿が浮かんでくる。
それと目の前の場所を比較しなくても面影なんて見つからなかった。
日が落ちたのか薄暗かったのが濃いものに変わり、世界を黒く染める。
それに連れて微かに聞こえていた野鳥の声もすっかりなくなり、今はちらほらと
聞こえ出した虫の声が耳を支配していた。
「しょうがない。まずはここを出て人を探そう。何かわかるかも知れないしね」
両手を軽く握り締めると同時に誰かに肩を叩かれたような気がする。
「?」
首だけ振り返っても誰もいなかった。
「おかしいなぁ?確か誰かに肩を叩かれたんだけど…」
そこまで口にすると、少年の頭に嫌な考えが浮かんでくる。
暗闇で当たりは誰もいない公園。
その中にぽつんと一人で歩いている彼。
これ以上の適した場所があるだろうか。
それを考えるたびに背筋が凍るような気がしてきた。
「あはは…、そんなわけ……ないよな?」
一人で笑ってみたが、それが妙に園内に木霊して気分を煽る。
しまいには何かが耳を掠めた。
「えっ?……今、何か聞こえた……よな?」
顔が引きつっているのが解る。
逃げ出したい思いで一杯だったが、真相を突き止めないのも怖かった。
しかし、体は可笑しいくらいに震えが止まらない。
自身を抱きしめるように腕を強く握り締めた。
「何しているの?」
「へ?」
いきなり自分とは違う人物から話しかけられ、今までの恐怖がどこかに
吹っ飛び、今度は全身で振り返る。
そこには、やはり誰もいなかった。
もっともそれは、この少年の普段の目線に限られている。
俯くように下の方を見れば、少女がこちらをじっと見ている事に気づいた。
「もしかして、さっきから俺の肩を叩いたりした?」
「えぇ。あなたは何だか、幽霊でも見たような素振りしてたけど、大丈夫?」
彼女の幼い顔からは信じられないほど大人びた答えが返ってくる。
「私はこの中央公園周辺に住んでいる者だけど、こんなに遅くどうしたの?お家の人
が心配するわよ?」
少女は彼が瞳を大きくさせるのを気にせず、言葉を極当たり前かのように発した。
外見はどう見ても小学生かもしくは自分と対して変わっていない。
それにも関わらず、見上げる瞳には困惑の表情を浮かべている自分がいて妙に
この場の雰囲気に浮いていた。
「えっ…と、ここどこだか解るかな?どうやら、慌てて随分違うところに
来ちゃったんだ」
「えっ?迷子なの?」
ぐさっ。
この言葉はいくらなんでも年頃の男である少年は深く傷ついた。
「年頃の男を捕まえて『迷子』ってのはないだろうっ!大体、見ず知らずのヤツに
声なんて掛ける、フツー!?」
唇を強く結び直し、怒りを堪える。
また、口を開けば何が飛び出してくるのかわからなかった。
もしかしたら、今時分が見下ろしている彼女をことごとく壊してしまう言葉を発して
しまうかもしれない。
それだけは良心がまだ残っている内は出来なかった。
見ず知らずな困っている彼に親切に話し掛けてくれたのだ。
こんな暗闇の中、きっと、声を掛けるのも戸惑っていたのだろう。
少女は直ぐに反省の色を浮かべ、ごめんなさいと呟いた。
「あの、家族以外の異性に話し掛けるの……初めてで……だから、その……
ごめんなさいっ!」
「あっ!?待って!!」
それだけ言うと、走り去ろうとしていた彼女の手首を無我夢中で掴む。
この機会を逃してしまうともう、自分の家に辿り着けないような気がした。
必死に掴んだそれは細くて少女より長身の少年の掌で簡単に握り締める。
「っ!?」
「ごめん。そんなに驚くとは思わなくて。俺もちょっと動揺してたんだ。急に、
変なところに来ている自分に」
勢いで振り返った彼女は先ほどの彼のように酷く顔を強張らせていた。
これが本来の姿としたら、この少女に申し訳ない気で胸が一杯になってくる。
表情には先程の大人びたものは取り去られていた。
今あるのは無防備な素顔。
感情を心のままに出している彼女自身だ。
「ホントにごめんにゃ。俺、菊丸英二。青春学園中等部3年、よろしく」
最後の方になると、ばちっとウィンクしてみせる。
こうすることで少女の緊張が取れれば安いものだった。
「青春学園って、あの男子テニスで有名な?」
「そうだにゃ。なぁ〜んだ、ウチのガッコ知ってんじゃん。ち・な・み・に、俺も
男テニのレギュラーだよん」
そう聞き返す彼女の顔から先程までの怯えは消え去り、彼も唇の端を気づかれないように
緩める。
「中学三年生君なんだ。私は。明媛大学三年。ここは、青春台の隣、梅香町よ」
「げっ、俺より年上」
「ん?なぁに?」
小声で呟いたため彼女には聞き取れなかったらしくて瞬きを繰り返していた。
「ううん、何でもない。あっ、そうか、俺が来る道を間違えて違う所に来ちゃったって
わけだったんだ」
自分で言っていて恥ずかしい落ちだと情けなくなる。
つまり、先程考えていたことで頭が一杯になって道に迷ったということが今、明らか
になった事の真相らしかった。
照れ隠しに視線を反らすが、は笑わずこちらをじっと見ている。
「大丈夫だよ。ちょっと歩くけど、すぐ青春台に戻れるから心配しないで」
彼女は英二がいきなり知らない町へ来てしまって不安になっていると解釈したらし
く微笑んで見せた。
その笑顔がとても幼く思え、何故だかこちらも知らない内に笑っている。
何が可笑しいわけでもなく、広い公園内で二人して微笑み合った。
「ふふっ。じゃあ、行こうか?」
口元に手を当てた少女が軽やかに背を向けて歩いていく。
「待ってよ。どこに行くのさ?」
慌てての肩に手を置いた。
すると、電撃が走ったかのように一瞬、彼女の体がびくっ、と短く震える。
「どしたの?」
彼女の顔をのぞき見ようと長身の体を折り曲げた。
「うっ…ううん、何でもないよ」
そう言うと、口元だけ笑みを浮かべてまた歩みを進める。
何故だかその様子がぎこちなく見えた。
「菊丸君は、どうしてこっちに来ちゃったの?」
「ぎくっ!」
不意打ちに本題を聞かれ、思わず口に出してしまう。
中央公園を後にした二人は暗がりな住宅街の通りを歩いていた。
ここが青春代の隣だと言うことは、言わなければ解らないほどである。
言ってから慌てても遅く、隣を歩いていたがじっとこちらを見ていた。
彼女は大学からの帰り道で、自宅が近くに在るためいつも通っているらしい。
その瞳には鈍く輝いている星が映っていた。
「どうしたの?」
「うっ、うんにゃ……何でもない!」
何も言わなければこのまま吸い込まれそうで、慌てて返答する。
顔が火照っているような気がして両手を頬に当てた。
自分がしていることに疑問を抱いていると、彼女が第二声を発する。
「もし、何だけど、私でよかったら話してくれるかな?」
「えっ?」
「だって、さっきもそうだけど、上の空って感じだから。事情は知らないけど私で
良ければ話し聞くよ?」
夜風が二人の間をゆっくりと通り抜けた。
もうすぐ冬の到来だと言うことを思わせるようなひんやりとしているものだった。
それが頬を撫でただけで、二人は身を縮めずに入られなかった。
今抱えている問題から目を離そうとしても、の瞳がそれを許してはくれない。
大きな瞳はこの少女を余計幼く見せるが、真実から背を背けるような輝きはなかった。
じっと見上げている彼女にため息を一つ吐くと、肩の荷物の位置を変える。
「俺、さ…ダブルス組んでるんだけど、その相方とちょっとケンカしちったんだ」
あれは放課後、男子テニス部の部室で着替えている最中だった。
『英二』
彼の隣で着替えていたダブルスの相方大石が詰襟のボタンをしっかり止め終わると、
不意に話し掛けてくる。
『なぁに?大石』
シャツをだらしなくはみ出したままジャケットのように袖を通した。
『英二は『昭和の貴公子』と呼ばれた相葉選手を目標にしているんだっけ?』
『そーだけど、それがどうしたの?』
お互い顔を見合わせたままロッカーを閉める。
いつも部員達が着替え終わってから鍵を閉める彼に付き合っているため、今は二人
しかいなかった。
マネージャーがいない代わりに、副部長である大石が雑用をしてくれるため部室内は
いつも清潔である。
もっとも、不規則な行いをしている者がいるならば部長である手塚の目に止まり、
グラウンドを何十週走らされるか解ったものじゃない。
彼は申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
『彼のことを悪く言うつもりはないけど、それじゃ、お前自身強くなれない。今のままで
終わりだよ』
大石の言ったことが信じきれず、妙に、室内に響く。
彼は口を開けたまま暫く何も言えなかった。
『なっ何だよ、急に!俺がそんなに相葉選手を目指しちゃいけないの!?』
『ち、違う!俺が言いたいのはっ』
何か言おうとした彼の言葉を払うように、手を大きく左右に振る。
『うるさいっ!うるさいっ!大石なんて大っ嫌いっだ!!』
握り締めていた荷物を肩に背負い、部室を飛び出した。
『英二っ!』
後ろから彼の叫ぶ声が聞こえてきたが、それから振り切るように力強く駆け出す。
力尽きて判断力が鈍っていた彼は梅香町中央公園を自分が幼い頃から良く知っている
青春台中央公園だと思い込んでいたのがこの事件の真相だった。
「残念だけど、大石君の方が正しいわ」
黙って話を聞いていたはすまなそうな顔をして言った。
「どうしてだよっ!俺がそんなに彼のことを尊敬してちゃいけないの!?」
睨みそうになって慌ててつり上がる目を元に戻す。
先程の彼女の動揺をすっかり忘れていた。
この少女は異性に恐怖感を覚えている。
それにも関わらず、英二がこうして態度を改めないでいては、逆効果が増すばかりだ。
現に、は体を小刻みに震わせていた。
「ごめん。俺さ、相葉選手のことを悪く言われるの我慢できなくて」
「ううん、私の方こそ……ごめんね。こんな変にびくびくして…」
そう言って自分を抱きしめるように腕を掴んでいる彼女が弱々しく感じて、そう
させてしまった己が憎かった。
ある程度、震えが納まると、小さく笑う声が耳を掠める。
「くすっ、本当にごめんなさい。口では強がっているくせに、私、本当は男の人が
怖いんだ」
「えっ?」
何となく想像はついていたが、いざ、本人からそういう言葉が出てくるとは
思わなかった。
湿気を含んでいる空気が嫌にひんやりとしている。
それが二人の間を妙に、遠い存在に思わせた。
彼女は風に飛ばされそうな長い髪をそっと押さえて口を開く。
「私ね、小さい頃、男の子からずっと虐められて……市外の高校に進学した時、電車や
外を歩いている時、不自然に男の人を避けて自分がやっと、男性恐怖症だって
気づいたんだ。でも、このままじゃいけないと思って、勉強して共学の大学に進学
して今では何とか話すことくらいは出来るようになったけどやっぱり怖いの」
そう告げるは少女ではなく、女性の顔をしていた。
彼はそれにドキっとしながら、体が自然に彼女の方へ動いているのを抱きしめて
から知る。
華奢なは長身の英二にすっかり覆い被されてしまった。
「きっ、菊丸君!?」
「…そんな顔、すんなよ。さんの男嫌いが早く治るようにって、俺手伝うから。
……だから、怖がらないでよ。俺のこと…」
自分で何を言っているのか、良く解っているつもりだ。
知り合ったばかりの二人。
相互に異なった時の流れ。
だが、そんなことはどうだって良かった。
出会った瞬間、彼女に一目惚れをしていたと、今更、気づく。
胸の中にいるを感じて鼓動は加速度を上げた。
戸惑いが混じった息遣いと同じく急上昇する心音。
「俺、さんが好き…だにゃ……あ〜!こんな時にいつもの口癖がっ!!」
唇を強く噛み締めると、突然、小さな背中を抱きしめる腕に微かな振動が伝わってくる。
それは先程の小刻みな揺れとは違っていた。
口元を両手で押さえて何かにじっと耐えている。
「えっ?俺、また変なこと言った!?」
余りの事で頭が一遍でパニックに陥った。
何もないただ闇で満たされている辺りをきょろきょろする。
どこかでを休ませる場所は……。
「菊丸君」
「ほいっ?」
急に呼ばれ、見下ろしてみると頬を紅潮させた少女がいた。
「私でいいの?絶対、後悔するよ?」
彼女の指しているものが解らない。
何に後悔をすると言うのだろうか。
「さんが泣かなくて良いんだったら何もいらない。ゆっくりで良いから
一緒に進んでいこう」
了解を得る前に、もう一度、少女の体を強く抱きしめた。
そうすることで、を救いたい。
この気持ちが伝わるように、と願いを込めて…。
「……」
二人は暫く口を開こうとはしなかった。
顔は熟れたトマトのように赤く、ただ足を動かすことに専念する。
あの後、互いに顔を上げると、変に意識してしまい、勢い良く背けた。
二人は沈黙を守りながら、ずっとさっきの事を考えている。
互いの唇を近く感じてその場所に触れたいと言う欲求を押さえられたのが不思議な
くらいだった。
そして、この沈黙を破ったのは、の方だった。
「そ、それに、私、あなたより六歳年上のおばさんだよ?」
「そんなのどうだって良いじゃん。それ言うなら身長の差だったら俺がロリってことに
なるじゃん」
「ロリって言わないでよ!真剣に考えているんだから!!」
瞳をきつくして彼を睨むと、何がおかしいのか気持ち良さそうに笑っていた。
その声が閑静な住宅街に短く響く。
「何がそんなに可笑しいのよ!?」
笑い終えてもまだ足りないのか、瞳はまだ笑ったままだった。
「ちゃんと、怒ることができるじゃん」
そう言われてみて彼女は先程の彼のように今更ながら、自分が普通に話していることに
気づく。
熱くこちらを見ている英二を視界に捉えていると、次第に、体から力が抜けていく
ようで足が小刻みに震えていた。
しかし、そんなの願いは叶わない。
「俺と付き合って」
「!?」
驚きと喜びで息継ぎが上手く出来なくて苦しい。
「……ん」
答える代わりに頬を染めて瞳を閉じた。
この行動が大胆だと分かってても言葉になんてできない。
だから、気持ちと一緒に時を受け取って欲しかった。
近くで彼が深呼吸をするのが耳に入る。
両手で肩に触れ、ゆっくりと英二の唇が近づいてくるのを気配で察知した。
『ファーストキスはどんな味?』
ふと、そんな昔のフレーズが何故か脳裏を過ぎる。
当時はそういうことに興味があり、子供向けの本で色々と調べた。
ミントの味、ソフトクリームの味やらのタイプがある。
もし、自分が体験するとしたら何の味だろうとマセた事を真剣に考えていた。
「私も……菊丸君のことが好きだよ」
「っ!?」
彼女の名前を呼んでから口を大げさに塞いでも遅い。
柔らかい微笑みを浮かべてからその手を自らの背に回させ、そっと爪先立ちになった。
「『』で良いよ。私も……『英二』って呼んでいい?」
自身の腕で彼の背中を抱きしめる。
互いの鼓動は可笑しいぐらいに高鳴っていた。
「うんっ!良いよん」
二人して子どもみたいに笑った後、どちらからもなく唇を合わせる。
すっかり、冷え切ったそれはお互いの体温で温め合った。
次の朝、彼はいつもより良い気分で鼻歌を歌いながら登校する。
昨夜は二人とも顔を赤らめながら菊丸家にたどり着いた。
「私がさっき言ったのは、あなたの敬愛する選手の悪口じゃなくてそれだけを目指してても
英二は強くならないってことなの」
青春台までという約束だったにもかかわらず、想いを通わせ始めた男女は離れること
がなかなかできずにここまできてしまった。
「どういうこと?」
訳が解らないとでも言いたそうな顔をして頬を膨らます。
「相葉選手を目指しても彼のコピーで終わってしまうでしょ?大石君はそれを伝えた
かったんだよ。誰よりもあなたを理解しているから」
少し、切なそうな顔をした彼女を不意打ちで抱きしめた。
「なっ!?英二」
「もしかして、大石に妬けた?」
「ちっ、違うわよ!」
「ウソついちゃって。そんなも好きだけどね」
そう言って今度は彼女の唇を軽く吸う。
「もう!急にキスするんだから」
「だってぇ、が大好きにゃんだもん」
子供が母親に甘えるようにぎゅっ、と強く彼女を抱きしめた。
長い間、疑問に思っていた味と言うのはなく、強いてあげるならば冷たい夜風だろう。
きっと、「味」というのは、キスをした場所の雰囲気や気持ちの表れなのかもしれない。
彼の体を叩いていた手を掴み、真剣な顔をして見つめた
こんな時、英二が憎らしく思える。
「キス……しよう…」
そんな顔をされては何もできなくなってしまう。
彼女は頬をほのかに染め、黙って頷いた。
「好きだよ。」
「…私もっ」
再び、唇に触れる。
「んっ」
最初とは違い、形を変えたそれに敬意を表して味わう。
思わず漏れてしまった彼女の声に反応しながら唇を離した。
「家に寄りなよ。の家に連絡してから帰ればいいし」
「大丈夫よ。すぐそこなんだから心配しないで」
そう言うと何かを思い出したかのように肩に背負っていたバックからメモ用紙と蛍光ペンを
取り出すと何やら書き出す。
「?」
「できた〜v」
彼女はニコニコしてメモ紙を切り外して彼に手渡した。
そこには何やら住所や携帯番号など書いてある。
「コレ、何?」
元の位置に戻し、肩に背負い直したに訊ねた。
「……」
「何?」
「何でもない!じゃあね!!」
慌てたまま闇の彼方に消え去る彼女を力なく、見送る。
「英二っ!」
青春学園の正門で荷物を背負ったまま立っていた長身の少年が彼に向かって走り
寄ってきた。
「おっはよ、大石」
鳩が豆を食らったように驚いた彼は小さく挨拶を返す。
「どしたの?朝っぱらからそんな暗い顔して」
「「どしたの?」じゃないよ。昨日、お前と別れてから俺なりに考えたんだが…」
言われてみてようやく昨日の事件を思い出して吹き出してしまった。
「何、笑ってんだよ。あれから俺は眠らないで考えたんだぞ」
「めんご、めんご。そのことだったら、もう、良いよ。大石の言ってたことが解った
から。これからは俺、相葉選手を意識しないで頑張るね!」
英二の急展開さに面食らって着いていけない大石と教室へ歩いていく。
(今日、家に帰ってからに電話してみよう。それにしても、昨日、何て言ったのかな?)
授業中、そんなことをぼんやりと考えて窓の外を見た。
グラウンドにはサッカーボールを追い回す男子生徒達、空にはほうきで掃かれたような
雲がある。
『私の住所だよ。上京してきたから一人暮らししているの。だから、……そのぉ
……家に泊まりに来ていいよ』
それを知るには随分と時間が掛かりそうだ。
―――・・・終わり・・・―――
#後書き#
はぁ、頑張りました。
一ヶ月ぶりになってやっと書き上げました。
こんな私に「待ちぼうけを喰らったぜ!」と言う方、申し訳ありません。(土下座)
最近、『profile』にも書きましたが、PCゲームにはまっていて活動を疎かにしていました
ことをお詫び申し上げます。
初菊丸ドリのつもりですが、彼を上手く捉えられたか疑問ですが、ヒロイン設定を初め
て「主人公と離れて暮らしている」にしてしまいました。
燃焼して良いのかして良くないのか解らない終わり方をしてしまいました。(滝汗)
このようなものでも宜しければ、ご感想を下さい。
ちなみに、このタイトル名は「テニスの王子様」不二周助アルバム『eyes』から頂きました。