生まれ来ることは罪でしょうか?

      名も知らない山中。

      遠くの方から川音が聞こえ、トンビが空に円を描いている。

      無造作に成長している樹木からセミの鳴き声が熱気と混じって、夏を感じさせていた。

      それを耳にした者は気だるくなってしまうのだが、一人だけ現在いる場所を忘れ

      させるくらい駈けている者がいた。

      その人物はこの暑さが理解できていないのか、全身黒ずくめで顔も覆い隠しており、

      まるで、芝居のアシスタントをする黒子の様である。

      しかし、前は良く見える様でただひたすら奥地に走っていた。


      「山中の奥深くに赤屍蔵人がいるとの情報が入った。お前は『ミスタージャッカル』を

       連れて来い。抵抗する場合は殺してしまえ」

      「……解りました」

      ここに入る前、豪華な装飾が施された椅子に男性が深く腰掛け、跪いていたこの

      人物に命を下した。

      本心では殺したいほどこの男性を憎んでいたが、彼には何十万の殺し屋が雇われて

      いて、万が一成功したとしても、その追っ手から逃げ切ることはできないだろう。

      今度のターゲットもその中の一人に加えるだけの話だろう。

      この人物を上手く殺せたとしても無事に逃げ切る保障はなかった。

      ナンデ、ウマレテキタノ?

      アンタナンテ、イチドモ、イトシイトオモッタコトハナイワ。

      オマエハコノヨニイルダケデ、ツミナンダヨ。

      ミニクイ…。

      そんな言葉が脳裏を過ぎり、疾風のごとく走る足をさらに速める。

      「赤屍蔵人っ!何処にいるっ!!」

      「私に何か御用ですか?」

      背後から冷たいものを感じたと思い、その声の主を確かめろため、勢い良く後ろ

      を振り返った。

      すると、いつの間にか彼はこの人物の至近距離に立ち、お得意の微笑みを浮かべ

      ている。


      「っ!?『ミスタージャッカル』か?」

      「如何にも。私は赤屍蔵人ですが、あなたはどなたですか?」

      「私は然るお方に仕える者。私は、その方の命を受けてきた。お前を雇いたいと仰せ

       だ。もし、抵抗するなら始末するまでだ」

      「おやおや、物騒ですね。その言葉遣いは余り感心しませんね」

      何がそんなに可笑しいのか、彼は口元を軽く手術用の手袋をしたもので押さえていた。

      「何がそんなに可笑しい!?私に赤屍蔵人をヤレないとでも言うのか!」

      「さぁ、……どうでしょう?あなたが私を楽しませてくれるというのなら、この

       お話しはお断りしますが」

      「上等。私を殺せるものならヤッテみろっ!!」

      そこから十メートル飛び、勢いをつけ、彼に向かうがどの攻撃も軽くかわされて

      しまう。

      「逃げるなっ!私と戦えっ!!」

      「あなたの実力はそんなものですか?私をがっかりさせないで下さい。もっと、私に

       恐怖を与えて下さい」

      赤屍がそう唇の端を緩めると同時に手から何かを取り出す。

      「っ!?」

      それは彼が今まで見てきたものの中で、GetBackersに似ていた。

      「ダークデモネーションっ!」

      彼が目の見開くと、黒いものが段々大きくなり、それはまるで生き物のように凄い

      音を立て、こちらに向かってくる。

      風圧がそれとともに巻き起こり、赤屍の自慢の黒いロングコートが靡いた。

      近づくたびにじりじりと静電気のように、体内を射してくる。

      「くっ!……良いですね。そうでなくては面白くないですよ」

      手に赤い光を放出させ、長く伸びたそれを手に取り、長身の前に構える。

      「ブラティソード…」

      巨大な黒い物体がそれに近づくと、爆風と光でまわりの木々が吹っ飛び、黒い服

      に身を包んだ人物もその巻き添えに遥か遠くまで飛ばされ大木に強く打たれてぱたりと

      動かなくなった。

      「おやおや、こんな時に気を失われては困りますよ」

      爆風を掻き分けるようにその人物に近づくが肝心な当人はピクリとも動きはしない。

      それでも顔を黒い布で覆われ、正体を確かめようとそれを押し上げた。

      「っ!……これはこれは」

      彼が目にしたのは十代半ばを過ぎただろうか長い髪の少女である。

      笑顔の中に驚きを隠した赤屍は彼女を軽く抱き上げて山の奥へと去っていった。






      「いやっ!許して!!」

      四、五歳少女は木造の床で何かから身を守るように体を縮めている。

      目の前にいるのは、般若の形相をした腰に手を当てている若い女性。

      「本当に何でお前なんて生まれてくるんだよ!途中で流産になれば良かったのに…お前

       なんていらないんだよっ!!」

      罵声を飛ばす彼女は一頻り殴る蹴るの暴力を繰り返す。

      彼女が気絶すると、荒々しくその場から出ていてしまった。






      「お母……さん。……待っ、て…私を……っ…置いていかないで………!」

      「気が付かれましたか?」

      「っ!?」

      その声に気づいて起き上がると彼が木造の壁に寄りかかった状態でこちらを見ている。

      辺りは薄暗いが、所々から外の明かりが漏れていた。

      不意に、風が少女の顔に触れ、急いで頬に手を当てるがいつも覆っているものがない。

      「あぁ、あなたが被っていたものでしたら、熱そうだったので外して置きました」

      「返してっ!あれがないと私はっ!!」

      身を起こすと痛みが体に走り、先程の戦闘を思い出した。

      「ダークデモーション」は全身の力を込めた技なので一日に一回しか使えない。

      その日によって区々だが、その衝撃で体内に激痛が走り、何時間か経たなくては

      使い物にならないという諸刃の剣であった。

      彼女が焦っている内に彼はゆっくりと近づいてくる。

      「くっ!殺すなら殺せっ!!」

      顔を背けると、顎を掴まれ赤屍の冷たく笑う顔が薄暗がりに慣れた視界に入った。


      「いけませんね。レディーがそんながさつな言葉を使っては」

      「私の顔を見たのかっ!?」

      「えぇ、とても素敵でしたよv」

      「やめろっ!私のことは殺していい。だが、顔の事は言うなっ!!」

      言う事を利かない体に鞭を打ち、首を振ってみたが思うように力は出ず彼の指からは

      逃れられない。

      「どうしてですか?あなたは素敵ですよ。何にも動じない私の心を意図も簡単に

       動かしたのですから」

      そういうと、自分の唇を彼女のものに押し当てた。

      「んっ!?」

      初めての感触に瞳を大きく見開けば鼓動が段々、高ぶってくる。

      唇には血と死の味。

      顎を押さえているのは、手術用の手袋。

      少女の視線に気づいたのか、彼が瞳を細く開けた。

      それが、彼女の鼓動をさらに高ぶらせるには十分な行為で、それをずっと見続けていた

      瞳は重たくなり瞼を下ろす。


      「あなたは名前を教えて頂けますか?」

      ようやく唇が解放されると、赤屍がそう訊ねてきた。

      「…」

      そうキスの熱気で言葉が思うように出ない。

      しかし、彼は笑って彼女の髪を撫でた。

      「素敵なお名前ですね。それに…美しい」

      「やめてっ!やめてよっ!!」

      赤屍の胸を強く押し返そうとするが、細いからだの何処にあるのか強い力でそれ

      を拒んだ。

      「何故です?何故、あなたはそう、容姿に拘るのですか」

      顔を両手で覆い隠すが、それは彼の片手ですんなり外される。

      瞳には涙の影が過ぎり、頬を濡らしていた。

      「教えてください。あなたのことを私に教えてください」

      顔を近づけ、両の瞼に光った雫を軽く吸う。

      その味が彼に生を感じさせた。

      「私は生まれ来てはいけない子どもだった…私にはこんな力があるから物心つく

       前にスパイとして育てられた。私が求めれば返ってくるのは蔑んだ眼差しと激しい

       暴言と暴力。だから、こうして季節に関係なくこんなカッコをしているの」

      「どうして、あなたは要らない人間なのですか?あなたは素晴らしい。あの技は

       私を大変楽しませてくれました」

      「私は……無理やり……抱かれた子なの」

      そんな言葉を出すことさえ、どんな思いをしていたのだろう。

      動かすのさえ困難なのに、顔にしわを溜めて涙を再び流しだした。

      途切れ途切れの声でも赤屍の耳にそれは充分、理解できる。

      しかし、そんな衝撃的な事実を目の当たりにして、大して驚きはしなかった。

      そんな事情は、彼らが生きる世界にはごろごろしている。

      だが、自分の腕の中で力無く泣き続ける彼女を見ていたくはなかった。

      少女の顔中に優しく唇を寄せる。

      そうすることで、の永遠と感じている悲しみが消え失せるように願った。

      通常の赤屍からは信じられない行動を一人の少女がすんなりとそうさせる。


      「私はあなたが愛しいと思っていますよ。例え、どんな事情があったとしても

       私はを愛しています。だから、…泣かないで下さい」

      その言葉を聞いて小さな胸が震えた。

      恐る恐る彼の顔を見上げると、優しく微笑んでいる瞳と合う。

      その瞳は何処までも黒く、まるで闇を見つめているようだった。

      段々、それに吸い込まれそうで瞼をそっと伏せる。

      胸は苦しく、速く波を打って赤屍に伝わってしまいそうで恥かしかった。

      間もなくして、彼の唇が降りてくる。

      先程とは違い、そこには普通の男性がいた。

      「私の事……を…愛してくれるの?」

      頬を上気させ、自分を甘く見る人物を見返す。

      「いいえ、私が故意にあなたを愛するわけではありません。私は必然的にのこと

       を愛してしまったのです」

      「ジャッカル…」

      平然とした顔で凄いことを言われてしまった。

      彼女は頬を赤く染めた。

      「本当はこの場で抱きしめたいのですが、今日はあなたが疲れているご様子。私が

       ベッドまでお運びしましょう」

      そう言って、の体を軽く持ち上げ古びた階段を上る。

      彼の話によると昔は使っていた人が居たらしいが、今はこうして空き家になった

      山荘らしかった。

      古めかしいデザインの中に品の良い老人の絵画が飾られている。

      この家の持ち主だったのかもしれないと思い、敬意を表して唯一できる微笑を

      浮かべた。

      すると、どこかその老人も笑ったように見え、階段を上りきるとその現象は幻と化して

      消え去る。

      すぐ行った場所に四つ個室が並び、赤屍はその内の一つである右端にあるドアを

      肩で開けた。

      中に入るとシンプルの作りだが、外の光が木漏れ日となって降り注いでいる。

      「私は薄暗いのが好みなのですが、あなたにはこちらの方が宜しいのではと思い

       まして」

      片手でを抱えたまま、もう片方で掛け布団を足元へずらした。

      ベッドの上に横たえさせた彼女にかけて自分は彼女の左手を優しく握って床に跪く

      体制をとる。

      「ありがとう。私は生まれてから闇の世界に暮らしていたからいつかお日様の下

       に居られたらって思っていたの。こんなに…温かいなんて知らなかったな……」

      重たくなった瞼に赤屍が口づけた。

      意識が遠退いて行く瞬間、は幻聴を聞いたように覚えている。

      とても優しい声で、耳を済ませていると睡魔を誘う詩に変わった。

      「…お眠りなさい。あなたの悪夢は私が終わらせますから」







      「少々、楽しめそうですかね?」

      彼女が来た方向を辿り、木々から視界が晴れると、重たい空気が流れる洋館が現れる。

      次第に、闇に染まり出す頃、大げさと言えるほどの照明がいくつか点灯した。

      どうやら、あっちはジャッカルに使いを出したがは殺され、今夜でも攻めて来る

      と思っているらしい。


      「ふふっ、良いでしょう。お望み通りにして差し上げましょう」

      彼が、口元に手を当てると、不意に彼女の温もりを思い出した。

      「私があなたの長年の悪夢を終わらせます」

      そう呟くと風を味方につけたかのように崖から飛び降りる。

      黒いコートがふわりと優雅に靡いた。

      この瞬間は夜の闇に混じったようで、赤屍は好きだった。

      だけど、今はそれ以上に胸を焦がすことがある。

      顔面に垂れ下がった黒子のような布を捲し上げると、それとは打って変わった白い少女

      の顔があった。

      だが、唇だけが妙に赤く、まるで、血のようだ。

      でも、耳を近づけると吐息が掛かり、生存がやっと確認できたほどであった。

      瞳まで伸びた前髪をそっと分ければ、とてもきれいな顔立ちが広がる。

      気がつけば、夢中になっている自分がいた。

      音も立てずに敷地内の中庭に侵入すると、ライフル片手にシェパードを連れてい

      る人物がうようよしている。

      本来ならここで皆殺しにするのが、彼のいつものスタイルだが、当初の目的を忘れて

      はいけなかった。

      普段なら決してしない裏口からの侵入。

      館内はろうそくの明かりに照らされて、まるで命の灯である。

      少し微笑むと彼の経験上で黒幕が居る場所へ急いだ。

      階段を何回も上がり、長い廊下に出ると、奥に他とは違った大きな扉がある。

      コンコン…。

      近づいて礼儀正しくノックをしてみた。

      「誰だ?」

      それに応じたのは、中年の男性である。

      この人がの言っていた「然る方」。

      そう思いながらドアノヴを握った。

      「失礼します…」

      室内に入ると、廊下と同じような豪華な作りになっている。

      「ん?ミスタージャッカルか」

      呼ばれて正面を見ると、壁にかけられた絵画と全く同じ人物が中央の椅子に深く

      座っていた。

      「あなたですか?ここのボスの方は?」

      「無論。私がこの屋敷の主、元宮カイルだ。あいつが居ないようだが、殺したか?」

      冷たい氷のような青い瞳には何の感情もないようだ。

      低い声を立てて笑いを抑えている。

      「彼女はあなたのお子さんですか?」

      そんなことに少々の怒りを覚えながら平静を装った。

      「あぁ……そういえば、そうだな。しかし、俺はあいつのことを娘と思ったこと

       はない。ただの奴隷だ」

      「ならば、私に下さりますか?」

      「何?まだ、生きているのか。ならば、どうしてここに来ない?」

      椅子から立ち上がる彼に赤屍は笑って答えた。

      「あなたから奪うため私はここに来ました」

      「ははっ。何を言うかと思ったらそんなにあいつのことが気に入ったのか?あれより

       もっと美しい女はこの屋敷には山ほどいる。すべて俺の所有物だが、お前が俺

       のものになるんだったら一人ぐらい分けてやっても…」

      「いいえ……が良いんです」

      元宮の言葉を遮る彼の顔は赤く光る瞳を宿している。

      「そ、そんなに、気に入ったのか?解った。ミスタージャッカル、お前にくれてやる」

      「ありがとうございます」

      その言葉を聞くとそれを伏せて笑った。

      まるで、飢えた獣のようだ。

      まさに、『ミスタージャッカル』という名はふさわしい。

      彼は額に手を置いて頭を左右に振った。

      「一体、あれのどこが良いんだ?常に、黒い服に身を包んでいる。まぁ、罪人だから

       仕方はないが」

      「罪人?彼女が何か」

      元宮の言葉が何を言っているか解らない。

      あのが罪人。

      あの美しい容姿のどこにそんな闇を隠しているのだろうか。

      「あいつはな…」





      『お前なんていらないのよっ!あの時まで私は幸せの絶頂期そのものだった。なの

       に、結婚式当日にあいつが現れて……お前なんて要らない子なんだよ!!私の

       幸せを返してよっ!!!』

      目の前には瞳から涙を溢れさせる女性が一人。

      しかし、その顔は険しく足元に転がっているモノを思い切り蹴り飛ばした。

      『あっ!』

      それからうめき声が短く聞こえる。

      彼女は疲れたのか肩で息をして光り輝く方に消え去った。

      残されたものに目を向けると、小さな幼い少女が泥まみれになって倒れている。

      『ま、待っ……て…お母さん。私が……悪かっ、たんだよね?何……でも、言う

       こと聞くから……だから……一人にしないで』

      しかし、そんなか細い声が怒りで我を忘れている母親に届くはずがなかった。

      『おいっ!時間だ。遅れるな』

      間もなくそんな声が聞こえてくる。

      『はい…』

      重たくなった体を引きずりながら通い慣れた体育館のような広い場所に向かって

      駆け出した。

      『打てぇっ!!』

      『ダークデモネーションっ!』

      物心ついた頃から他の子どもとは違うと、どこかで気づいていた。

      こうして個人訓練を受けても人より物覚えが良く、一時間もしない内に百以上の

      技を覚える。

      今は彼女の力を結晶した大技のコントロールを目的にしていた。

      暗闇の強大な力が風船のように膨らんで行く。

      この瞬間が一番難しい所だ。

      集中しなければどうなるかわからない。

      すると、背後に人影を感じた。


      『…』

      いつもとは違う優しい声。

      その主は振り返らなくてもわかる人物だった。

      『きちゃダメ!』

      彼女は短く叫んだが、その人物は近づいてくる。

      『…今までごめんね。あなたには関係ないことなのにいつも当たって』

      『お願いだから来ないでっ!!』

      『私が大好きだよ……?』

      『っ!?』

      そう言うと、彼女の肩に柔らかい大きな掌を置いた。

      『…だから…私を殺して』

      母親は彼女の正面に出る。

      『やめてっ!お母さぁーーーん!!!』





      彼の話を聞き終わり、暫く沈黙が続く。

      あのにそんな過去があったとは、正直言って驚いた。

      「どうする?そんな女でも、ものにするのか?」

      しかし、それは彼女への想いの翼となる。

      「そのような言葉使いはお止めになった方が宜しいですよ。にどんな過去があっ

       たとしても私が守り抜いてみせます」

      「そんなに良いのか?あいつが…」

      「えぇ、とても美しい方ですよ」

      冷たく笑っていた元宮の顔色がその言葉を聞いて変わった。

      「美しい?あの顔を覆っていた奴がか?」

      「そうですが、何か?」

      腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、葉巻に火をつける。

      白い息を吐くと厭らしい笑みを浮かべて口を開いた。

      「そうか。あいつ、あの後から顔を隠すようになったが…そうか、あいつが……

       ふっふっふっ」

      口元に手を当てて湧き上がる笑いを堪えている。

      「何ですか?急に」

      彼の顔を冷たい視線が指した。

      「いやいや、失敬。…お前にはあいつはやらん」

      そう言うと指を甲高く鳴らす。

      天井からは数人の黒いスーツ姿の男性が降り、各々の武器を赤屍に向けて構えた。

      しかし、彼は無表情で元宮を見つめる。

      「やれやれ、どういうことですか、これは?」

      「君にはすまないが消えてもらうよ」

      唇の端に笑みを残したまま残酷なことを言い渡した。

      しかし、それは赤屍も同じ言で静かに噴出す。


      「失敬。あなたとのお話にも興味を持ちましたが、私にはこういった歓迎の方が

       喜ばしいのです」

      そう言い終えると、体内から一本のメスを取り出し、目の前で怪しく光らせた。

      「やれっ!」

      彼の掛け声とともに数人の人物はこちらに向かって飛び掛ってくる。



      しかし、それは一瞬で終わった。

      生々しい音がしたと思ったとたん、彼らはその場に立ち止まってまるで合わせるように

      倒れる。

      その体の中央には深く「J」という文字が刻まれていた。

      「くっ…」

      悔しさと部屋中に充満する死体の匂いで唇を強く噛む。

      「では、お聞きしますが、私からを奪ったとしたらあなたはどうするのですか?」

      「知れたこと。我が娘は俺の女にするんだよ」

      「っ!?あなたは禁忌を犯すつもりですか!!」

      これにはいくら彼でも声を上げた。

      元宮に肩を抱かれた彼女を想像する。

      その瞳が悲しみで潤んでいるよう見えれば、大粒の涙が一つ流れた。


      (っ!?)


      「俺にはそんなことはどうだって良いんだよ。俺さえ、楽しければそれで良い。

       何せ、俺自身が禁忌でできた子供だからな」

      「あなたのことには一切、興味はないですが、は私が守ります」

      そう言うと、体中からありとあらゆるメスを取り出し、天にかざす。

      「あなたには勿体無いですが、私から大事なものを奪おうとする報いです。

       ブラッティレイン……」

      そう呟いた瞬時にそれは怪しく光って彼に降り注いだ。

      「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

      そんな叫び声も数秒のことで中年の男の体は容赦なく雨に打たれて赤い染みを作る。

      まさしく、それは血の雨だった。

      赤屍はいつもなら何かをぼやくのに、今はただ、愛するものの元へ急ぎたい気持ち

      でいる。

      このことを一刻も早く、彼女に伝えたかった。

      もう、自由だと…。

      自分と一緒に居て欲しい。

      そんな気持ちが心から溢れていた。


 


      山荘にたどり着いたのは、既に夜明けを迎える頃だった。

      二階の寝室に音も立てずに入ると、予想していた通り瞳の端には、何筋かの後が

      残っていて今もまだ大粒の雫を溜めようとしている。

      恐らく、彼が語ったあの事を今も悪夢として見ているのだろう。


      「それなら私はあなたを悪夢から助けるバクになりましょう」

      そう、呟いたのが早かったのか、赤屍はそっと涙を口に含んだ。

      その刺激でか、がぴくりと反応して瞳を開ける。

      それと視線が合い、お早うございますと微笑んだ。

      「起こしてしまいましたか?」

      「ううん……今ね、昔の夢を見てたの。私の消えない罪。でも、さっきあなたが

       私を優しく抱きしめてくれたの」

      言い終わると頬を赤く染める。

      その仕草が愛しくて、思わず抱き上げてしまった。

      「ちょっ!ジャッカルっ!!」

      「その呼び方は止めて頂きませんか?私には赤屍蔵人という名前があるのですよ」

      抱えられたは寝起きというのに、妙に暴れて昨日のことが嘘のようである。

      「体調、直ったんですね」

      そう言うと、額に唇を押し当てる。

      そのまま今度はの唇を強く求める。

      角度を変えるたびに異なる鳴き声がして赤屍の理性をどこかへ飛ばしてしまいそうだ。

      「「蔵人」とお呼び下さい」

      唇を名残惜しく離すと優しく微笑んだ。

      「……愛しています」

      この喜びを伝えたかった。

      「くっ……蔵人」

      ぎこちないその呼び方も愛しい。

      もう一度、唇にキスをすると、真剣な顔をして告知した。


      「あなたを縛り付けられていたものは取り払いました。ですから、あなたの心を

       私に下さい」

      「蔵人!?」

      あまりのことで驚いたのか瞳を瞬きさせる。

      再び、ベッドの上に彼女を座らせると、黒い帽子を取り床に跪き、手の甲に口付けた。

      その行為をすることで、にこれは夢ではないという無言のメッセージを送る。

      微笑みかけると彼女の瞳からは綺麗な涙がこぼれ出していた。

      しかし、その口調はしっかりして彼に向かって微笑む。

      「はいっ…喜んで…」

      朝の陽射しが二階の窓を照らす頃、二人は静かに唇を重ねた。


      「愛しています……」

      遠くからは小鳥たちのさえずりが聞こえ、それはお互い新しい世界を手に入れた

      瞬間だった。


 

 


      ―――…終わり…―――

 

 

 


      #後書き#

      書き上げるのが、すっごーーー…く遅い私が仕上げたのは夜中の十二時過ぎ。

      新しく『GetBackers 奪還屋』の赤屍ドリを追加してみましたが、如何

      な物でしょうか?

      私の地方では毎週土曜午後六時半に放送されているのですが、先週と先々週を逃し

      ました!(哀)

      オフの友達に借りて少し漫画の方も読んでみましたが、やはりちょっと18禁めいた箇所

      もあって「うわぁ…」と言葉を失いました。