ねぇ、さん。



      季節は、もう、秋になりましたね。

      一月前が真夏だと言うことが、まるで、嘘だったかのように今日はどんよりと

      曇っています。

      風もどことなく肌寒く、駅前ですれ違う方々はみんな長袖を着用していました。

      あなたはどこで誰と一緒にいますか?


      信号機が赤になるたびこの想いを留め、青に変われば会いたくなる。



      ねえ、さん。



      そんな理由ではダメでしょうか?


      「雄大君っ!」


      まだ、耳にはあなたの声が残っています。

      いえ……耳だけではありません。

      体中の全神経がさんの温もりを覚えていると言っても過言ではありません。


      「好きですっ、あなたを愛しています」


      そんな言葉を囁いたあの瞬間が懐かしいです。

      ある日、あなたは突然、僕に置手紙を残して姿を消しました。


      ウィーンへ行くことになりました。もう……逢うことはないでしょう。サヨウナラ

       より

      もし、神という存在がいるとすれば、昼夜を問わず、互いの温もりを求めた

      僕らへの天罰のつもりですか?

      あれから僕なりに考えてみました。

      あなたは名門の音楽家に生まれた人でした。

      ですから、幼い頃からピアノを弾かされてきたと以前、僕に話してくれましたね。

      僕を繊細にも酔わせてくれるさんの指先は四角く、そんな些細なことからも馬鹿

      にならない練習量を積まれたのだと容易に窺えます。

      本当は音楽が好きなのではないですか?

      これもあなたが以前僕に話してくれたことですが、ピアノを見るのも弾くのも

      憎いと言っていましたよね?

      でも、本当はそうじゃなかった。

      建て前上、強制的な場面で旋律を奏でるさんの横顔は輝いていました。

      親元を抜け出してきたあなたは恋人である僕と暮らすようになりました。

      前々からウィーンの留学を進められていましたが、全く耳を貸そうとしません

      でした。



      なのに、さん。



      あなたは、たった二年半でその志向を変えてしまいました。

      僕との最後の思い出を共にして…

      ……いえ、終わらせません。

      今、空港にいます。

      これからさんを迎えに行きます。

      何が僕らを引き離すことが出来ますか?

      メモ帳に走り書きされただけの素っ気ない別れの言葉。

      でも、僕はあなたのことを忘れた日なんてありませんよ。

      僕に唯一残されたのはそれだけではなかったのですから。

      悲しみの結晶。

      僕が目覚めてから多分、何分も経っていないであろう、水滴の痕跡。

      微かに漂ってくるのは、塩分の匂い。

      僕はその正体がずっと引っかかっていました。

      けど、もう、何の迷いもありません。



      ですから、さん。



      もう一度、あなたに愛していると伝えるために。









      ♯後書き♯

      大和裏手紙はいかがだったでしょうか?

      こちらも私のお友達などになって下さいました、えかね様に捧げた作品の一つです。

      我ながらドラマ的なものを作業してしまったなぁと、振り返ってみてそう思い

      ました。

      彼は実年齢よりもかなり上に見えてしまうので、それに相応しくするために

      頑張ってみました。

      ちょっとネタが古かったかなぁと、今一番心配しています。

      それでは、これからも宜しくお願いします。