ねぇ、さん。

      君は覚えている?

      俺がこれまでの俺を壊そうとしている瞬間を


      覚えているわけないよね?

      あれは俺にとって一種の革命だった。

      コレまで俺は草摩の家から出たいと足掻いていた。

      でも、同じ十二支のみんなはそうしようとはしない。

      あの時の俺の目からそれは諦めているように見えた。

      俺は、そうなりたくないって、ずっと同じところをぐるぐると回っていた。

 


      そんな時に君に出会った。

      ほかのみんなとは違って俺を外から見ようとはしなく、俺の心をずっと見ていた。

      ねぇ、さんは覚えている?

      俺は君とずっと前に会ったことがあるんだよ。

      それはあの事件が在った後、俺の正体がさらされてはとりに隠蔽処置をされた後、

      僕は、ちょっとした人間不信に陥っていた。

      あんなに仲良かったのに、俺を同等に扱っていたのに、それを知ると簡単に捨てた。



      もう、誰も信じない。

 

 

      もう、誰とも関わらない。

 

 

      そんな時だった。君に会ったのは…。

      君は、いつも笑っていた。

      そんなさんは……俺の初恋の人だった。

      あの事件の前に、昔の映画みたいにスパイの真似をして君の住居を調べた。

      もしかしたら、母一人子一人のさんが羨ましかったのかもしれない。

      二人だけの家族なのに、幸せそうな君が…。

      あの事件の後、俺はまっすぐにさんの家へ走っていった。

      どうか……どうか、彼女だけは俺を捨てた人間ではないように、と確かめに。

      たどり着いたそこには落ち着きなく、住居であるアパートの前で動き回る彼女の

      母親がいた。

      その様子から君が迷子になったのが解り、俺はあちこち探し回った。

      口も利いたことがないのに、脳裏にはさんがこびりついている。

      だから、見つけるのは簡単だった。

      ようやく見つけた君は涙を流していた。

      俺はそのまま放って置くこともできたのに、結局は裏切られた人間を助けてしまった。

      もしも、あのままさんを泣かしていたら、今の俺自身はいなかっただろうね。

      それでも俺は深くキャップ帽を被って近づこうとはしなかった。

      仲間でも草摩の人間でもないただの他人の女の子だ。

      もしも、抱きつかれてしまったら、この子の俺と出会ったこの瞬間が消えてしまう。

      そんなことは他人だし、どうでも良いはずなのに、俺は妙に恐れていた。

      あのことが在ったすぐだから怯えていたのかもしれない。

 

 

      誰も失いたくない。

 

 

      君を失いたくない。

 

 

      自宅へ送り届けた後、この瞬間を、俺を覚えて欲しくて被っていたキャップ帽を被せた。

      でも、よく考えてみると、それは馬鹿だったなって思う。

      だって、小学校に行くか行かないかの年齢でそんな素性も知らない存在を覚えている

      はずがない。

      俺の初恋はそこで途切れた。


 

      中学まで草摩家が指定する学校に通っていた俺は、高校受験で飛び出し、共学を選んだ。

      だが、俺は変わったつもりで、実は何も変わっていないことに苛立っていた。

      「無知の知」とはよく言ったものだと授業に上の空だった俺は、そう思った。

      そんな時、君が先生に呼び出されて早退し、その後を友人たちも追っていった。

      それの真相を知ったのはさんが家で一緒に暮らす頃だった。

      そして、君が俺の初恋の少女だということも、知らないだろうな。

      もしも、覚えていたとしても、それは掴むことのできない空。

      俺はほの暗い水の底から眺めていることしかできないだろう。

      コレって、諦め?

      それとも、これで良いの?

      崖の上で咲く可憐な花。

      でも、それは採れそうで手にしたら消えてしまいそうでそれすらできない。

 

 

      『怖い?』

 

 

      そんな声が聞こえそうなくらい、俺は動揺している。

      怖い?

      ……そうかもしれない。

      草摩の家から出ても、結局は手の中で躍らされているだけ。

      俺にはどうすることもできない。

      けれど、さんは俺が守るから。

      だから、いつも笑っていて。

      俺が恋している…君のままで…。

      いつか、俺も夾みたいに言えるかな?

      『』ってさんのこと呼べるかな?

      まだそんな勇気は俺にはないけれど、いつか持てたら俺にも呼ばせてよ。

      愛しい君の名を…。

 

 

 


      #後書き#

      『返事のない手紙シリーズ』最初の作品は由希君ですv

      なるべく彼を意識して書き上げてみましたが如何でしょうか?

      敢えて名前変換にしたのはちょっとした私の拘りですvv←こんな短いものに拘り

      を持ってどーする

      もし宜しければ、ご感想を頂けると光栄です。