■模範的なキューバの事例
やむなくして大きな経済激変と緊縮の制限に耐ええた国。キューバは、持続可能なやり方によって、その農業生産をどう多角化させ、エネルギー需要を満たすために何ができるのかの模範である。
1959年にキューバ革命が起こる以前は、キューバは、ほとんどの貧しいカリブ海やラテンアメリカの国々と同じく、米国の実業界のいいなりになっていた。それは、環境にとっても悪いニュースだった。巨大な森林は失われ、サトウキビやタバコのプランテーションに置き換えられた。クリストファー・コロンブスが、1492年にキューバにたどり着いたときには、国土の約90%が森林だったのだが、これが1959年には13.4%まで低下していた。だが、今では、それは熱心な再植林によって、21%以上まで回復している。
キューバと貿易を行う国を罰する経済封鎖を米国が科したため、キューバはやむを得ずソ連や東欧圏と強力な貿易関係を育んだ。それは有益ではあったものの、食料や燃料の輸入への過剰依存を生み出すことになった。これと同じく、革命以前から存在していた問題をそのまま引き継ぐ農業も採用された。モノカルチャーの広大な適用、農薬や化学肥料の大量使用、そして、機械や他の資源の非効率な利用である。
1980年代後半、キューバはソ連と連携して導入した経済や社会的なひずみを修復するため、意識的な試みとして「修正キャンペーン」を立ち上げる。それは、1989年に東欧圏の崩壊と共に瓦解が起こった事態への準備の一助となった。キューバ政府は、革命が獲得したことを守るため、やむを得ずして劇的なステップを甘受する。
キューバにとって、最重要課題は、輸入していた食料の損失(57%)と消費されていた廉価な燃料(そして、主要な外為獲得源として転売されていた)をどう埋め合わせをするかであった。1993年、「人民と大地とを結びつける政策」が着手される。食料生産を短期間で高める手段として、キューバ政府は、国有地を再編成する必要性を認め、そのほとんどを協同組合農場に転換した。最終的な成果に基づく賃金体系を確立する一助として、協同組合には新たな経済的インセンティブが導入された。生産すれば生産するほど、ずっと稼げるようになったのだ。
このプロセスと関連していたのが、オルガノポニコ (床を高くした有機菜園)の創出によって「新たな土地」を都市内で開発し、空き地や公園を耕し、集約的なパティオ菜園を支援することだった。キューバ政府は、バイオテクノロジーや農業科学に力を注いできたが、この高い科学的な研究水準が、食料生産の再構築計画の強化につながった。キューバの食料生産と資源管理の成功は、驚くべきものであり、それは今も続いている。1999年には、18の主要作物のうち16で高収量が達成され、ジャガイモ、キャベツ、マランガ、マメ、コショウの収量は、中米や世界の平均収量と比べるとはるかに多い。
2000年末には、キューバの食料は日あたり2600カロリー、タンパク質68g以上に達した。FAOは、日あたり2400カロリーとタンパク質72gで十分であると考えている。
2002年には、1万4000haの都市菜園が340万トンの食物を生み出している。ハバナでは、生鮮食品の90%が地元の都市農場と菜園からもたらされており、いずれも有機である。2003年では、20万人以上のキューバ人が拡大した都市農業部門で働いているし、2003年にキューバ農業省が使用したディーゼル燃料は1989年に使用したものの50%未満、化学肥料は10%未満、化学合成殺虫剤は7%未満となっている。220の生物農薬センターが、病害虫防除に安全なオルターナティブを提供し、土壌改善と保全で進行中の全国計画で恩益を受けている土地は、2003年に2万3000ha増え、2004年には47万5000haとなった。ミミズ農場のネットワークによる年間500万トンの堆肥生産は、この過程の一部である。
いまだに砂糖に大きく依存しているとはいえ、大規模な非生産的なプランテーションや精糖工場は閉鎖され、資源は「再配分」されている。有機農法を活用することで、栽培されたサトウキビの量を増やす計画もある。
農業生産の改善のメリットは、はるか遠くまで及んでいる。例えば、食事を例に取ってみよう。伝統的に、キューバの人々は野菜や果物を食べてこなかった。一人あたりの野菜生産量が1995年の36㎏から、2000年に99kgに高まったことのひとつの結果は、多くのキューバ人の食事がより健康的になり、心臓病の25%の低下に寄与する一助となったということだ。
国が運営する有機農場のネットワークは、保健省により使われる薬草用のハーブを栽培しており、それは薬局、病院、診療所に配布され、キューバ人の医師たちはすべて何らかの代替医療のトレーニングを受けている。キューバの各地区には「緑の薬局」があり、そこではオルターナティブ医薬品が作られ、販売されている。
キューバは研究開発を重視しているが、バイオテクノロジーの分野での世界のリーダーとしての正当な評価を受けている。この科学面での投資が、持続的農業の分野(生物農薬、天敵の増殖、土壌処理)や薬品分野
(製薬品、ワクチン、健康治療)でかなり助けとなった。
ハバナの分子免疫センターでの肉体の免疫機構を高めるようデザインされた癌治療の最近の進歩には印象的なものがあり、ロサンゼルスのジョン・ウェイン癌研究所の所長は、「ユニークにして空前の大発見」と記述する。肺癌の最新の治療法は、今年、米国でテストされる予定である。
エネルギーの効率利用と、大量の再生可能エネルギー源の使用も重要な別の功績である。サトウキビの収穫期では、キューバのエネルギーの30%はサトウキビの副産物バガスを使用した再生可能な資源からやってきている。ソーラー・パネルは、2364の学校、350の診療所、そして何百もの病院に電力を提供している。年間2万の割合で農村の農家10万戸をさらに電化するため、プランが2003年に始められた。
農民や都市菜園者から、リーダー的な技術者、エコノミスト、科学者にいたるまで、たとえ、経済封鎖が撤回されたとしても、現在、成功している農業やエネルギー政策からシフトすることはないだろうとの強い感情がある。
キューバの状況は、時には極めて不利な条件下で社会的で経済的課題に対処するうえで、合理的で統合的なアプローチを取る場合に、何が可能であるかを示している。ベネズエラなどのように、キューバ革命と同じような道をたどろうとする国々や運動を、米国帝国主義が、ひそかに害そうとすることは驚くことではあるまい。ベネズエラに入ってみよう。
ウゴ・チャベス(Hugo Chavez)大統領により率いられるベネズエラ政権の開かれたボリバリアン革命(Bolivarian Revolution)は、抜本から人民や環境に向けたさまざまな社会経済政策を追求している。かなりの反対を受けながらも、比較的短期間で、チャベスによる農村や都市の土地改革政策は、何百万人もの小作農、都会の貧困層、そして、先住民の経済安全保障を高め、貧困やむさくるしさから引き上げている。2001年末に導入された農業開発法は、人口の2%未満の国民が土地の60%を所有している不公正な土地体制を揺さぶっている。リバプール大学のラテンアメリカ研究所のデヴィッド・レイビー(David Raby)氏はこう指摘する。
「ベネズエラの農業改革は、小作農民の土地への餓えを満たし、貧困を減らすことを越えている」
それは、可能な限り有機的な実践に基づいており、自給自足と持続性と「内発的発展」に向けた、完全に新たな社会的で経済的モデルの基礎として意図されているのだ。
農地改革法は、ベネズエラの土地所有エリートと資本家階級からは、徹底的に軽蔑されている。資本家階級は「カストロ・コミュニズム」の法や「キューバの奴隷制度」を導入する試みとして、それを糾弾した。2002年にはクーデターが失敗するが、このクーデターのリーダーたちがやった最初のことは、まさしくこの法をひっくり返すことだった。
石油産業に大きく依存してきたため、ベネズエラの耕地は、慢性的に利活用されず、あやまって管理され、結果としてベネズエラの食料の約70%は輸入されている。多くの豊かな農地が利用可能だが、農業生産は低くGDPのたった6%にすぎない。ベネズエラの農業部門はラテンアメリカ全域で最も生産性が低い。
小作農民に利益をもたらし、土地なし人民が土地を手にするための以前の土地改革プログラムも、最終的には、大牧場主や大地主に邪魔された。
全国土地機関のリカウテ・レオネテ(Ricaute Leonete) 長官によれば、こうした地主は資本家にさえなっていない。
「資本家たちは、彼らの土地を使おうとします。ヨーロッパの資本主義は、この種の寄生的なふるまいをはるか昔にぬぐい去っています」
2003年のラテンアメリカの北米会議(North American Congress)でのインタビューで、チャベスは、農業革命としてのベネズエラの農地改革政策をこう述べた。
「40年間にもわたって、彼らは農業改革について話をしてきた。そして、ただ旧態依然とした植民地体制を強化する以外に何もしてこなかった。第一に、我々は、農村地域で、真の、そして、恒久的な改革を獲得するため、効果的な憲法の原則を入れている。食料安全保障を最優先し、重視するような原則だ」
「地主が、どれほど彼らが土地を持っているのか、そして、どの国でもそうであるように、それへの税金を支払うこと。そして、どれほど彼らが多く生産するか。それ以外の他の国のように生産税を支払うことについて、土地所有者が宣言し、それをする必要があることを確立しよう」
「もし、彼らが生産されていない5000ha以上の広大な土地を保持していれば、その土地を所有していることを示すよう依頼されることだろう。そして、もし、彼らが失敗すれば、彼らはそれを生産しなければならないタームが与えられることだろう。そして、地主や所有者がそれを生産的にするのに失敗すれば、法律は、それを生産するため農民に割り当てるよう、実勢価格で政府がそれを購入できることを確証している。土地を取り去りはしないが、彼らはやむを得ずそれを販売することだろう」
貧しい農民や土地なし農民に土地を引き渡すと共に、政府は健康や教育センターと同様に、農業協同組合の創設をのばし、技術支援、特別資金、農産物を販売する倉庫を提供している。協働組合のメンバーを悩ませる自警団や警察を使う反動的な州知事や地元の牧場主に対し、いくつかの地域では国家警備隊がセキュリティを提供した。1999年~2003年の間に120人以上の農民が、地主の暴漢によって殺されているのだ。
ベネズエラの大都市と町では、人口の85%が住んでいるが、市街地の土地改革がなされており、何十万人もの人々が恩恵を受けている。カラカスや他の都市の貧しいバリオス(barrios)で、都市の貧民層が、自分たちで家を建てた土地の正式な所有権を獲得している。土地に関する法令第1666号は、市街地の所有権を規制し、土地がそこで暮らす人民のものであることを認めている。
2004年10月のカラカスのペタレ(Petare)・バリオで3000を超すタイトルを持つ公衆を前に、チャベスはこう語った。
「我々は、人民を支配し、彼らを貧困に投げこもうと試みる人々により、ここに導入されている恐ろしい資本主義的なシステムを取り去る必要がある。これを終わらせること。それが、我々がここにいる理由だ」
食料生産を高める一部として、2003年以来、キューバの成功をモデルに都市農業がカラカスでは生まれている。キューバの技術支援は、この新鮮な有機食品の生産を支援している。チャベス政権は、こうした都市菜園からベネズエラの野菜生産の20%を供給する目標を設定している。
土地の再分配やそれと関連する改革を実施する過程は、問題なくては進まなかった。協同組合の中には適切に機能するよう戦っているものもある。初めはペースが遅々としていた。その一部は、改革を監督する政府機関、国家土地機関(INTI=
National Land Institute)が非能率であったためであり、土地に餓えた農民たちによる自然発生的な土地の占拠も生まれていた。
2003年10月13日付けのルモンド紙の記事によれば、土地法の導入に続く、最初の9カ月で、たった1000haしか再分配されていないことを知ると、チャベスは激怒した。INTIのオフィシャル・ミーティングでチャベスはこう宣言する。
「私は、2003年8月までに150万haを再分配したいと思う。さもなくば、あなた方は、全員が解雇される。議長から最低階級の職員までだ」
そして、2004年なかばまでには、約220万haが協同組合に組織された、11万6000家族に分配された。これは、感銘を与える業績だ。2004年4月に開催されたボリバリアン革命との第二回国際連帯会議では、参加者のひとりとして、チャベスはこう指摘する。
「デマゴギーか、単なる改良主義として、ボリバリアン革命をしりぞける人々は、別のものを見るべきだろう。サンディニスタ(Sandinistas)がニカラグアで権力を掌握して以来、これはラテンアメリカで最も深遠な変化だ」
リコール国民投票での反対派の敗北と、市長選と州選挙での親チャベス派の候補や現職の強化に続いて、農地改革は速度を増している。モナガス(Monagas)州の知事は12月下旬に、領域での遊休地の収用を発表し、大地主に対してプレスリリースを発行した。それは、4万5000人の個人の手にある約5万haに影響するものだ。
チャベスは、1月前半に政府が「大きな地主との戦争を始めた」との発表をした。それは、農地改革の過程がますます個人的が所有する土地に焦点を合わせることであったことを意味する。
6カ月以内に貧乏人や土地なし農民たちに約10万の新たな土地交付が発行されるだろう。これに加えて、2000人の政府の職員からなるチームは、所有権と生産性レベルをチェックするために、4万以上の私有地のタイトル(いくつかは1847年までもどる)を評価するだろう。
調査されるべき最初の大きな地所のひとつは1万3000haのアグロフロラ(Agroflora)の大牧場だ。それは、国際的な肉の業界の大手Vesteysの補助を受けている。
アグロフロラ牧場を調査するのに役人を武装した国のガードがエスコートしていることは、大牧場主やイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙での編集の警告というヒステリックな激論をもたらした。
チャベス政権は、いくつかの複雑な経済的、社会的な問題に直面している。環境に関しては、採掘とエネルギー発生の問題についてかなりの討論がされている。
農地改革に向けて取られた現在のアプローチがこうしたセクターで適用されるなら、いくつかの創造的な解決策や転換が行われることが目にされるべきだろう。
政権が着手した環境ステップのいくつかは、①環境・天然資源省による計画で、カラカスの大気汚染レベルを2005年に50%、2007年には80%減少させ、2010年には汚染ゼロにする目標、②水路と釣り場のとりわけ、石油探査と掘削で影響された場所の保護の改善、③ユニークな生態領域や360万haのイマタカ(Imataca)森林リザーブ等のような固有の土地の保護。
2005年には、環境面で持続可能な有機コーヒーと野菜協同組合を証明するための支援がアンデス山脈地域のコーヒーを栽培する何千もの家族にも提供されるだろう。
ベネズエラの土壌での遺伝子組換え作物の耕作を禁止し、世界中の農民運動のための在来種子を維持するために、大きなシード・バンクの創設も確立された。
キューバとベネズエラ人民、そして、その他の人民のための闘争との連帯は、資本主義の狂気に対するグローバルな公正のための戦いの主要項目でなければならない。
チャベスは最近、ハバナ訪問中に、こう主張した。
「キューバ革命とボリバリアン革命は、よりよき世界が可能であるだけのみならず、完全に達成できることを示している。もうひとつの世界は命の惑星を救うためには欠かせないものなのだ」
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