2000年


「私たちは、ニームの木を圃場の北東に植えました。吹く風を利用するためです。蒸発散の過程で、それらは天然の農薬を放ちます。そして、風が吹くとき、それは畑に広がるのです。それが私たちの生態的な防除方法の一つなんです」。首都公園プロジェクトの農業主任、アニバル・ザヤス(Anibal Zayas)氏はこう説明する。畑を横切る道すがら、ザヤス氏は、椰子の並木の若木を指さす。

アニバル・ザヤス>首都公園プロジェクト生産主任

「畑を通り抜ける道に沿ってココナツの木も植えました。作物の日陰にはそんなになりませんし、育てば美しい並木になるからです。そして、食料も産み出すんです」。

 この農場はハバナの中心部にある。畑をまわると近くの大通りからの交通の騒音が聞こえてくる。農場の周囲には住宅や工場があるのだが、農場では、トマト、緑豆、レタス、ホウレンソウ、キャッサバ、グァバ、パパイヤ、バナナ、カーネーション、百日草、金魚草、マリーゴールドを含めて、様々な作物が豊かに収穫されている。

 この農場は「首都公園プロジェクト」のコアとなる9つの有機都市農場の一つだ。農場のうち三つは、再植林による在来樹種の回復に重点がおかれ、他の6農場は、販売用の果物、野菜、花卉を主に育てている。農場の管理上では、生物多様性の確保、輪作、生物的防除、堆肥利用が中心をなしている。

■首都公園プロジェクト

 この大規模な都市コミュニティの開発プロジェクトは、1990年にキューバ政府によって始めれた。キューバのNGO、研究諸機関とともに、オクスファム・カナダ(Oxfam Canada)、エバーグリーン財団(Evergreen Foundation)、カナダの都市機関(Canadian Urban Institute)といった国際機関が何年も支援している。プロジェクトはハバナにとって「緑の肺」を作り出すだろう。そこで公園の80%は再植林や農業がなされることになる。

 環境教育プログラムの普及を通じた汚染がひどい河川の浄化、全年令層へのレクリエーション機会の提供、社会的・文化的・経済的な発展も、総合プロジェクトの戦略プランとなっている。さらに、主には農場からの収入だが、自主財源化も目標とされている。

 首都公園はハバナ市内の4区にまたがり、アルメンダレス(Almendares)川沿いの9.5kmほどで広さは700ヘクタールに及ぶ。公園は部分的には開発されていたが、何十年も夢とされてきた。ハバナに一大中央公園を作ろうという計画構想のルーツは、1920年代半ばにまで遡るが、1930年代の不景気やその後の土地投機、第二次世界大戦、そしてハバナの工業化によって中断していた。

 過去何年も、ふつうの公園、動物園、レクリエーション施設、植物園、ピクニック用地、河川敷の散策の建設等は実施されてきたが、公園の本来の概念は決して完全には理解されてこなかった。食料を生産し、かつ、生物多様性も高めるという公園の潜在力は、1990年代はじめにキューバが深刻な経済・食料危機を経験するまでは探求されることはなかったのだ。

 キューバは、危機に対して、その農業を地域に基づく、小規模で持続可能な有機農業に転換することで対応する。この農業の転換は、広くみれば、エコロジカルな社会のビジョンに向けたシフトも伴っている。首都公園プロジェクトの戦略目標は、この新ビジョンを反映したものである。

■都市農業

 30年近くにわたるソ連からの援助で、1989年まではキューバは全ラテンアメリカ中でも、最も機械化され、化学資材に依存する農業を発展させてきた。だが、ソ連が崩壊し、その経済協力関係が瓦解すると、キューバは、大量の外貨や廉価な石油を得て、サトウキビを輸出する最高の市場を失ってしまう。新たな状況に対処し、経済を再構築するという困難な仕事を遂行すべく、政府は「平和時のスペシャル・ピリオド」を宣言。輸入農薬、化学肥料、燃料を購入する資金もないなか、キューバの農民たちは、いかにして有機農業を行うかをほぼ一夜のうちに学ばなければならなかったのだった。

 都市内での有機農業は、キューバの食料確保の活力源となっている。キューバでは国民の80%は都市に居住しているが、空き地を利用して食料を生産するで、生鮮食料が市内の各地区で日々低価格で入手できているのだ。輸送や冷蔵コストは、事実上なくなっているし、生物的な防除と耕作法が、化学合成農薬の代替となっている。事実、ハバナ市内では化学殺虫剤を使用することは違法行為なのだ!。農民たちは、土地を牛で耕すが、都市内の狭い土地ではそれはトラクターよりも格段に効率的だし、家畜が産み出す厩肥は、堆肥化され肥料として用いられている。

 90年代はじめの食料危機への自発的な対応策として、キューバ人民は、食用作物を市内の空き地で育てはじめた。政府はこの運動を支援する対応を行ったが、現在では都市農業は、農業省の他、政府の6省庁が支援している。また、それ以外の農業もそうだが、技術支援、研究、教育・普及ネットワークを含め、都市農業を支援する総合的な国家農業プログラムがある。その目的とするところは、農家収入を確保し、土地のエコロジー的な健全さを維持し、新鮮で栄養価がある食料を手に入る価格で、全キューバ人民に提供するため、生産を増加させることにある。ハバナだけで、約18,000人の農民たちによって、約1800ヘクタールが耕作されている。

 首都公園内の農的空間は、プロジェクトが発足する以前からその場所にあった農場をベースにしており、60ヘクタールの農業プロジェクトの一部として農場を発展させることへの合意がなされている。その目的とするところは、首都公園の戦略プランによれば、「都市農業が、美しく、有機的で、効率的で、参加型で、包括的で、かつ、環境に優しいやり方でやれることをデモンストレートする」ことにある。プロジェクトには農的要素が、一歩一歩その場所に組み入れられていくことだろう。目標は、各4~5ヘクタールの1ダースほどの小規模農場を設けることだ。プロジェクトは、生産者にサービスを提供することだろうし、農民たちは、生産計画と作物販売の面で公園に協力することだろう。そして、プロジェクトは、生産技術力の向上にも機能することだろう。首都公園プロジェクトの農業プログラムは、都市有機農業を広めるキューバの国家計画のモデルとしても、縮図としても見ることができるのだ。

■多彩な都市農場

 キューバの都市有機農場にはいくつかのタイプがあるが、その多くは、個人や家族が運営する農場だ。例えば、農民、ラルフ・サンチェス(Ralph Sanchez)氏とセレスチノ・ペレス(Celestino Perez)氏は、ともに地区の空き地の利用権を地区の行政府から得ているが、土地を使い食料を生産し続ける限り、税金の支払いは求められない。しかし、野菜は通常の農場価格よりも20%廉価で販売しなければならない。とはいえ、地方の農民が市場で販売するには必要となる輸送や保存のための労力やコストがかからない分、これは大変なことではない。

 もし、消費者に基本価格を支払う金銭がなくても、ラルフ・サンチェス氏は、支払えるだけの値段で売りもする。

「誰も飢えたままにはさせたくないんだ」

 サンチェス氏はそう語る。氏や3人の労働者が農場から得られる収入はつつましいものなので、氏は、収益を上げるため生産を拡大したいと思っている。

 セレスチノ・ペレス氏は、もっと広い農地を所有しており、歳入の5%を税として支払っている。ペレス氏は、アボガド、グァバ、レタス、ココナツ、タマネギ、トマト、マンゴー、ニンニク、胡椒、トウガラシ、マンゴ、レモンを栽培し、鶏や豚も飼育している。畑仕事はほとんど自分自身でやってはいるが、氏が引退する時には、まだ幼いが農業を楽しんでいる娘が、後継者として土地を引き継ぐはずである。 ララザ(Lazara)さんは、ペレス氏の消費者の一人だが、彼の店で毎日購入しており、こう語る。

「欲しいものがいつも見つかるんです。値段が良心的ですし、家に近く、食べ物の味も良いのです」。

 アウトコンスモス(Autoconsumos)は、労働者のカフェテリアに食材を供給するため、団体、公営企業や工場により運営されている農場である。例えば、ヘオ・クーバ(Geocuba)社には、イデリオ・イズキエルド・ララゴサ(Ydelio Yzquierdo Laragoza)氏が管理するオルガノポニコ農場を持つ。その生産物の約70%は昼食用となり、残りは近隣の店舗で農民市場価格よりも20%安く販売されている。その生産物販売が、農場労働者の賃金や道具と生物肥料や生物農薬といった供給資材を購入する原資となっている。ヘオクーバ・オルガノポニコは食用作物とあわせ、薬草も生産している。キューバでは、健康省と農業省とは多くの面で連携しているが、輸入薬品の購入経費削減のためのひとつの方法が、「緑の薬品(green medicine)の使用なのである。この医療システムが、ハーブ治療について数多くあったキューバのアフリカ由来の知識を復活させている。医師たちは薬草の使用方法のトレーニングを受けているし、薬局には「緑の薬品」部局があり、人々はヘオ・クーバのような店舗で直接ハーブを買うことができるのだ。

首都公園のオルガノポニコ

協働組合で都市農場を運営している場合もある。こうした農場はたいがい規模が大きく、雇用労働者たちは給料を支払われ、年末に農場の利益の分け前を得る。協働組合は、ローカル政府が立てた計画に従って、よくその食料を病院やデイケアセンターといった施設に提供している。さらに、余剰農産物を地元の消費者に直売することもできる。協働組合は収入の一部を納税し、その残りが労働者の賃金や農場機材の購入に使われる。協働組合の中には、経済的に大成功を収め、労働者が多くの専門家よりも高所得を得ていることもある。

 アウトコンスモスや協働組合農場の多くは、長く、狭く高くしたコンテナを用いるオルガノポニコ(organoponicos)である。この設計は1989年以前にキューバにあった水耕栽培農場(hydroponic gardens)に基づいている。経済危機が直撃したとき、輸入されていた水耕栽培の溶液を得る資金がなくなった。そこで農民たちは、ハイドロポニコの土台をコンテナから取り出し、それを堆肥にした有機資材に置き換え、ハイドロポニコのパイプを灌水設備としたのだ。この「オルガノポニコ」のイノベーションは、成功をおさめ、キューバの重要なシステムの一部となったし、土壌が汚染されていたり、極端に締まっていたり、さもなければ全く土が存在しない市街地に、とりわけ適している。

 6ケ月ごとに有機資材は交換されることが、高収量や年間を通じた生産を可能にしている。ほとんどのオルガノポニコは、レタス、中国野菜、ニンニク、チャード、薬草といった葉菜類や根が浅い作物を生産している。このシステムが集約的な管理を可能としている。例えば、レタスは25日間で育つ。作物が収穫されると、土の天地返しがなされ、必要があればさらに有機資材が加えられる。そして、翌日には次の作物が作付られるのである。もし、病害虫が蔓延しているようであれば、コンテナ内の全作物が取り除かれ、天地返しがされるか、全部の土が交換される。問題点は容易に特定され、すみやかに対処される。また、地力増進と病害虫問題を防ぐため、輪作も用いられている。

 首都公園の農場は、ウエルトス・インテンシボス(huertos intensivos)と称され、集約管理はなされるものの、オルガノポニコのような高床式のコンテナは用いない有機農場である。土は作物の必要度に応じて調整されている。

 農地の一部はひどく侵食されているため、農民たちは、土壌侵食を防ぎ、土づくりの技術を用いている。土壌改良は、ほとんどの場合は堆肥化した厩肥が、有機的な資材が加えられることでなされている。また、収量をあげるため、レタスやトマトとの間作も行われている。害虫の発生を抑えるうえでは、様々な植物のアレロパシーの特性を活かしたり、益虫に住みかを提供するコンパニオン・プランツが一助となっている。

 首都公園、森林農場は、食料生産を優先していない。むしろ、地元の潜在植生を再現し、ダメージを受け、破壊された森を回復することを目指している。プロジェクトには、他の農場に果樹や良質な樹木の苗を提供する育苗も含まれる。それは、キューバの自然植生や生物多様性を回復させる一部でもある。1940年代のキューバの自然植生を示す包括的な植物カタログとコレクションとが、樹種再生のガイドとされている。

 新型の都市有機農業として、垂直菜園(vertical gardening)もシエンフェーゴス大学のアレファンドロ・ソッコロ(Alejandro Socorro)氏によって開発されている。これは、PVCパイプや再生プラスチックを用い、土や水を供給する簡単な技術ではあるが、バルコニーや屋上といった狭い場所でも葉菜類を育てることが可能となる。ソッコロ氏の評価によれば、この垂直菜園で、キューバの作物面積は4.5倍も増えるという。都市内の可耕地のほとんどは、すでに都市農業が必要としているため、今後、さらに土地が不足したときに、生産増の手段として垂直菜園は重要になるだろう。

■商業化

 ハバナの都市農業が成功する鍵は、農家収入をいかに増やすかだ。同時に政府には全人民に十分な食料を確保するという責務がある。調理油、砂糖、肉といった食品は、本質的で、公正な分配を担保するため、配給店を通じて得られている。人々は農民市場で、果物、野菜、豆、米、肉を買うこともできる。首都公園の農場は、食用作物と同様に花も栽培しているが、そのいくらかは葬儀用のものである。こうした花卉は、家族を悲しませることがないように廉価で販売されている。その以外の花は花束用として作られ、通常の農民市場や地区の値段で販売されている。

 都市農場の店舗では、サラダ野菜、カボチャ、タマネギ、トウガラシ、薬草、マランガ・キャッサバ・ヴィアンダス・ビーツといった根菜類、レモン・バナナ・パパイヤといった果樹を販売している。都市農家には、農民市場よりも農産物を20%安く売るという取り決めがあるが、それが人民が地場農産物を購入することを奨励している。農民たちは、生産物を販売するのに何の障害もないし、倉庫に資金を投資する必要もない。

 生産物の商業化や市場化は、大規模な協働組合は、近隣で直売する以上を生産するから、農産物の市場販売が少しだけ複雑でになっている。協働組合の農産物のいくらかは、ディケアセンターや病院といった他の施設をまかなっている。

 首都公園でも、農場の商業化を進めることが必要なことは認めているし、現在でも、まずは地元コミュニティに販売し、次にハバナ市内の農民市場で販売を行っている。首都公園のフリオ・レジェス・ヴィラフレウラ(Julio Reyes Villafruela)代表はこう語る。

「農民たちは生産面ではとても優れていますが、販売面が弱いのです。そこで首都公園が、農民たちのために、生産物を売る手段を見つけているのです。農産物をハバナの農民市場に搬送することにも課題があります。首都公園は、こうした困難を克服するために働いているのです。農場を経済的に成功させるための改革のすべてが、プロジェクト全体をより早く前進させることにつながることでしょう」。

■知識の普及

 持続可能な農業に魅了されていたキューバの大学の研究者たちは、ソ連からの援助があった時には、やや孤立していたが、1994年からはキューバ農業転換の指導者となっている。変革に応じるには新たな知識が必要とされていたからである。キューバは新たな発想や技術を農業セクター内で発展・普及させるため、驚くべきネットワークも開発しつつある。例えば、普及員たちは、適切な方法を導入するだけでなく、課題を見出すために、定期的に農民たちと会っている。研究者が農民たちから学び、課題解決のために働け、農民たちが課題を特定できるようにである。

 農業省は都市農業グループも創設した。ハバナだけで65名の普及員がいる。普及員たちは、農家を定期的に訪れては、技術支援を行っている。農業省は「シード・ハウス」のネットワークも運営している。各地区に店舗があり、農民たちに、種子、種苗、農具、肥料 (例えば、尿素、アゾトバクター)、生物農薬 (バチルス・チューリンギエンシスとフェロモントラップを含む)といったバイオ製品を提供しているのだ。

 自然と人間のためのアントニオ・ヌネス・ヒメネス(Antonio Nuñez Jiménez)財団は、NGOだが、首都公園プロジェクトと連携し、農家、地域コミュニティ、ハバナの農業普及員たちの教育も行っている。財団は、パーマカルチャー・デザインの免許取得につながる4コースを設けている。パーマカルチャーとは、地球と人間に配慮した倫理に基づき、余剰物をすべて活かして、居住地をデザインするシステムである。住居のデザインや水の供給まで取り扱うため、パーマカルチャーは持続可能な農業を越えている。

 教育成果の効果をなるたけあげるため、農民たちはパーマカルチャーのデザイン方法だけではなく、コース設定のやり方や他の人々の教育方法も学んでいる。財団が、まず最初に直接、中級・上級水準で何百人もを訓練し、そしてトレーニングを受けた一人ひとりが他の人々を訓練していくのだ。普及員たちの65 ~70%は、この財団のパーマカルチャー・デザインコースを受講している。

 熱帯農業基礎研究所(INIFAT=Instituto de Investigaciones Fundamentales en Agricultura Tropical)の都市農業プログラムの設立者、ネルソ・コンパニオーニ(Nelso Companioni)博士は、先駆者のひとりで、キューバの有機農業の啓蒙をリードしている。熱帯農業基礎研究所は、都市農家を研究面や技術面で支援しているが、熱帯農業基礎研究所の都市農業プログラムには、野菜生産、小家畜飼育、林業、コーヒー、有機資材(堆肥)、灌漑、科学技術トレーニング、農業産業トレーニング、種子といった分野ごとの研究で22のサブプログラムがある。そしてまた、熱帯農業基礎研究所は、トレーニングや普及の仕事も行っている。研究所は、コース制講座も設けているが、都市農家との仕事の大半は、畑で直接行われている。研究所の研究員たちは、農場にでかけ、農民たち自身が特定した問題にしたがいアドバイスを行っている。もし、普及員たちが改善方法を知っていれば、農民たちと語り、研究員がアドバイスをするわけを説明することだろうし、地元状況に精通している農民たちは、地元状況に応じた調査・研究を直接できるのだ。

 コンパニオーニ博士は、有機農業のトレーニングは、新しく農家に新規参入した者たちの方がやりやすいと見ている。化学農業を経験してきた農民たちは、新たな発想に抵抗しがちになるからだ。また、地方の農業と比べると、新しい都市農民になる者たちには、多くの女性や若者、退職者が含まれている。

 都市農業の普及体制は、各農家が少なくとも1年に4回は訪問指導を受けられるようにセットされており、農民の40%は、毎週なんらかの訓練を受けている。訓練は、熱帯農業基礎研究所、アントニオ・ヌネス財団といった機関を通じたり、地区、州、国家段階の農業省の職員を通じて行われている。

「私たちの最も重要な仕事は、地元の農民たちが困っていることを見つけ出すことにあるのです。そうすれば、彼や彼女たちは問題を解決するためには、そして、効率良く生産できるよう訓練を受けるには、どこにでかけて専門家からの援助を求めれば良いのかがわかるわけです」。ネルソ・コンパニオーニ博士はそう語る。

 都市農業グループは、各州、各市、各区における成績を統計データとして収集している。ヘクタール当たり、一人当たりの生産性や総生産量の測定値は、毎月国の新聞であるグランマで一覧、公開されている。これは進歩の足跡という貴重な情報をもたらすだけではなく、農民たちが技術を向上させるうえでのインセンティブにもなっている。

 年に4回、国内で都市農業生産が、最高であった地区と最低であった地区からの代表が集まり、農業大臣出席のもとに、全国会議が催されているが、会議には400~500人の農民たち、普及員、研究者、行政官が参加し、生産技術上の革新的な知識や成功や困難な課題をわかちあう契機となっている。このフォーラムでは、生産者たちは恐れることなく、質問をし、アイデアを論ずる。会議の中では、自分たちの経験やかかえている問題を説明するため農民たちは立ち上がる。コンパニオーニ博士によれば、農民たちに機関から書籍や文献を送ることもできるが、農民たちは、考えを論じたり議論しあったりする習慣を持っているため、新技術について顔を交えて語り合う生産者会議からもっとも良い成果が得られるのだという。

 都市農業にとってもう一つの資源となっているのは、ハバナから南方にあるシエンフェーゴス大学の農業科学部である。学部は、スペシャル・ピリオドの間に必要とされる生産改革の一助とし、持続可能な「アグロエコロジー」を発展させる努力に取り組み、コミュニティに根ざし、研究と普及活動を総合する原則に基づいて設立された。シエンフェーゴス大学には、有機都市農業、種子生産、医療植物、家畜治療と実に様々な講座やワークショップが設けられ、行政官や女性農業者や研究員といった特別な受講生向けのカリキュラムや教育手法も準備されている。

■都市農業はどのように成功しているのか

 熱帯農業基礎研究所の統計からは、小規模な都市農業の方が、大規模な生産よりも格段に効率が良いことが示されている。例えば、生産ユニットが小規模な場合は、生産コストは、1ドルあたり23~28セントだが、生産ユニットが大きくなると、労働者も多く必要となり、生産コストは高まる。アントニオ・ヌネス財団は、首都公園農場とハバナ東部地区の農場に重点を置いて、都市農業プログラムの経済的インパクトを研究しているが、この研究によって、都市農業が農家世帯に経済面でどう影響しているのかがわかることであろう。財団は、農家が現在、どのように成功しているのかの情報を収集する予定だが、この調査結果分析は報告されることだろうし、この研究をオタワにある国際開発調査センターも支援している。

 都市有機農業は、生き残るための農業ではないが、国家社会経済計画の一部となっている。キューバの目標は、全市民に少なくとも、FA0が推奨する日あたり300gの野菜を提供することにある。1999年には、都市農業により日あたり215gが生産されたが、2000年は300g以上生産することが目標とされている。

 都市農業の成功は、政府による高水準の支援と、一般人民がそれを支援したことによる。ネルソ・コンパニオーニ博士はこう述べる。

「人民の栄養摂取を支援することは最も重要な仕事です。ですから、農業は社会問題なのです。私どもは、これを都市農業を通じてやっています。すべての問題を解決するわけではありませんが、これは重要な貢献をなすのです」。

 挑戦と機会。その次は何だろうか。なるほど、キューバは都市有機農業で世界をリードしている。だが、まだ挑戦できる分野はある。都市内の利用可能な土地は、現在ほとんどすべてが耕作されているが、さらに成長していくには、スコロ博士が開発中の垂直菜園を実施するか、その場所を都市の縁辺に移動させなければならない。

 給水やその水質もハバナの都市農業に限界をもたらしているかもしれない。多くの都市の水道施設は修理が必要だし、農業がさらにそれに負荷をかけている。供給に負担をかけないよう、普及指導員たちは、可能なかぎり効率的に水を使うよう、雨水を集めたり、水を再利用し、マルチ用いたり、貯水システムに投資するよう農民たちを励ましている。

 首都公園プロジェクトによるアルメンダレス(Almendares)川やその支流の浄化の取り組みが、この水問題を緩和する一助となるだろう。

 肥料を有機資材として適用することが、限界に達している場所もある。厩肥やサトウキビ残さは、ほぼ完全にリサイクルされているが、残りの有機廃棄物は、まださほどは収集されていない。アントニオ・ヌメス財団は、首都公園プロジェクトや近隣の学校と連携し、コミュニティ堆肥プロジェクトを先導している。生ゴミが各家庭から集められ、堆肥化されており、堆肥は学校のグランドの土壌改良にも使われている。これは、人民がもはや河川にゴミを投げ捨てないことにもなるから、河川は浄化されることだろう。多くの人々はコミュニティ堆肥プログラムの前進を望んではいるものの、組織化には時間がかかり、支援資金も限られている。

 都市農業にはまた別の新たなチャンスも芽生えてきている。キューバは、国際的な有機農業認証団体IFOАMの規準に合致する自前の有機認証手法を開発している。もし、認証が可能となれば、農民たちは、有機生産物を観光業にプレミアムをつけた価格で販売することで、収入を増やすことができるだろう。例えば、キューバは利益があがる有機認証のトロピカルフルーツの輸出市場を獲得できるかもしれない。そうすれば、経済的利益は国内農業に還元できる。

 米国による経済封鎖がなくなることを見越して、アントニオ・ヌネス財団のロベルト・ペレス(Roberto Perez)氏は、将来的な変化を熟慮している。例えば、市内の農地のいくらかは住宅用に開発されることだろう。だが、都市農業は、いまやキューバ文化の重要な一部となっている。それは確実に生き残るだろうし、さらに資源が利用できればさらに拡大していくことだろう。

 首都公園プロジェクトは、固有種を回復し、地元の樹種や作物品種を取り入れることで、将来的に生物多様性を高めることを目指している。もっと浄化された河川、さらに良質の水供給、技術改善と土の再生によるさらに生産的な農業。そして、十分な情報をもたらされることで、エコロジーの世界観をさらに意識する目覚めた人々を見つめているのだ。


 この物語はカナダの国際開発機関(Canadian International Development Agency)を通じたカナダ政府の助成によって産み出された。

■首都公園の戦略目的

  • 少なくとも公園地区の80%を再植林、農業、菜園とすることで、ハバナの「緑の肺」を創出する
  • 地区の環境的な健全さ、とりわけ、公園の中心をなすアルメンダレス川を改良する。
  • 地区の都市的社会的なインフラを強化、発展させる
  • 環境保全への支援、政策への支援が得られ、取り組みを後退させることに対して人民が反対するよう、人民間の環境意識を促進させる
  • 全年令階層の人民に、レジャータイムとリクリエーション、教育的な機会を提供する
  • 経済的に自立できるよう公園の経済的な発展を促進する
  • 公園管理に必要な施設基盤を発展させる
(カナダのオクスファム・カナダのHPより)
Cathy Holtslander,The Metropolitan Park Project: Cuba's Organic Urban Agriculture in Action,2000.

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