2004年9月 本文へジャンプ


キューバの農業改革



 サルサの故郷、コイーバの葉巻、馬が牽引するワゴン、果物が山盛りされたファーマーズ・マーケット…キューバ、燦然とした夕日と子どもたちの笑顔。「すべてがほとんど可能であるところ」。

 2001年1月15日から22日、ミズーリ州カンザス市の「People to People International」は、キューバの幼児教育視察団を支援した。「People to People International」は、1956年にアイゼンハワー大統領によって設立されて以来、他国とのハイレベルな専門的な交流を通して世界平和を促進することが目的だ。われわれ視察団は米国財務省からキューバ旅行の許可を受け、ハバナ、シエンフエゴス、バラデロを訪問した。19人の幼児教育の専門家、3人の幼児の様々な分野の専門家がキューバへの代表として選ばれた。革命以来米国人のキューバの小学校の訪問はわずかしか許可されていない。われわれは期待と熱意を胸にフライトのために集まった。この記事は、われわれの旅の専門的なハイライトと、キューバの幼い子どもたちへの学校教育や芸術への印象を簡単に説明したものだ。

キューバでの幼児への教育とケア

 キューバでは教育が最優先されている。カリキュラムは全国で標準化され、6~11歳までは義務教育だ。1992年にユニセフからの支援で、キューバは「幼い子どもとその家族のためのコミュニティベースの全国プログラム」を開始した(UNICEF 2001)。1994年時点では、6カ月~5歳までの子どもたちのために、約1,160の保育所が運営されていた(Gasperini 1999, 22)。この両戦略を考えれば、キューバの幼時教育プログラムは6歳以下の子どもの98%以上に達している(UNICEF 2001)。ガスペリーニによれば「包括的な幼児と生徒のヘルスサービス、広範な識字力、成人と非公式教育プログラムが、誰しものための基本的な教育の目的を支えている」のだ(1999, 5)。3年の中等教育では、生徒たちは農村の寄宿校によくでかけ、そこでのクラスは、農業労働等の仕事と結び付けられている。それから、子どもたちは1年の兵役後、プレ大学や専門学校に通うかもしれない。

幼児教育でのアート

 1959年にカストロが権力を掌握した後、芸術や文学がキューバ政府の主な重点事項となった。芸術学校制度が文化センター内に確立され、文化センターは
(1) 博物館、美術館、映画館、図書館をガイド・監督、(2) 音楽、ダンス、ドラマ、芸術のインストラクションを提供、(3)芸術を通じて、モラル、社会的・政治的な価値観を浸透させる、という3つの目的のために創設された。学齢期の子どもたちは、ふつうの学校が終わった後、週に最低6時間は芸術の授業に出なければならない。音楽は、キューバ文化のハートでソウルだ。われわれのガイドの言葉によれば「音楽はどこにでもあります。私たちは暮らしで音楽を必要としています」というわけだ。スペインのギターとアフリカのドラムが、1700年代にキューバに住む奴隷たちよって発展した音楽、サルサの創造に貢献したのだ。

 シエンフエゴスの町を訪ねた際、われわれは13地区にサービスする政府の支援センターで、幼い子どもたちによるバレエ、ドラマとピエロのパフォーマンスを楽しんだ。最初にみたのは、小さなテープ・プレーヤの演奏で踊る8歳の少女たちのグループの歌「愛についての伝説」だった。ダンサーはクラッシックの黒いレオタードとタイツを着て、赤いリボンを付けた白いバレエシューズをはいていた。髪は赤い花で縛られ、腰周りには波立つ縁取りのある薄手の白いスカートをはいていた。彼女たちは大きな飾り付けをしたフープで踊り、パフォーマンスは魅惑的だった。

 次に、われわれは小さな芸術のクラスを見学した。そこでは子どもたちが色鉛筆で絵を描いていた。子どもたちは、ひとつのテーブルのまわりに群がり、補強したフレームとベニヤ板の席についた。掲示板にはホセ・マルティの誕生日に捧げられた鉛筆の画がかかれていた。ホセ・マルティは、キューバの子どもたちの英雄だ。マルティは、スペイン独立戦争を支えた首謀者で、詩と散文でよく知られている。最も著名な詩「白き薔薇」には、有名な「グアンタナメラ」の曲がついている。われわれのガイド、シルビア先生は、子どもたちの芸術は、キューバの歴史や文化と関連していて、芸術は教育で優先されていると説明した。その仕事が他国に対してキューバを表現する手段であることから、キューバ人たちは芸術家をとても誇りに思っている。

 センターの戸外にあるパティオで、われわれはフォルクロリコのドラマを楽んだ。劇のアート・インストラクターは、劇に登場したのは、サンテリアで重要な人物だと説明した。サンテリアとは、18世紀のスペイン時代にキューバで奴隷にされた西アフリカのヨルバとカソリックがミックスされた宗教である。演じる子どもたちは、特別な聖者を表現するのに特別な色の服を着て、小道具を使った。一人の小さな少女は、黄色いガウンを着て、銅の聖霊を表す金冠を着けていた。私たちは、子どもたちに合流するよう誘われた。訪問は詩の暗唱で締めくくられた。

 ツアー全般を通じて、ビジュアル・アートのための空間や資材が不足しているのは明らかだった。訪ねた保育所、学校、コミュニティーセンターでは、絵の具、筆、色紙、はさみ、彫刻の材料を目にできなかった。ハバナの小学校では、プラスチックのボトルやアルミのビール缶を含めて、リサイクルできる材料から作られた子どもの図工の一作品を目にした。

教育でのリテラシー

 現在のキューバの学校での識字力教育を理解するには、革命以来の識字力教育の歴史を理解することが役に立つ。ある早朝、われわれ代表団は、バスでハバナの自由市を通り抜け、1961年の識字力向上キャンペーン博物館へでかけた。ルイサ・カムポス館長が、博物館の展示物をガイドしてくれた。1959年のフルヘンシオ・バチスタ政権が倒れた後、知的エリート、技術エリートの大量の流出があった。この流出に対応するため、1961年、カストロは、その市民に読み書きするのを教えるため、学識がある大人や子どもを用いることで国全体で識字力向上キャンペーンを行った。キャンペーンには、25万以上キューバ市民がかかわり、それには、主婦、労働者、さらに11歳の子どももかかわっていた。ブリガディスタス(brigadistas)として知られるこれらの旅団は教師として働いていたが、通常の学校は8カ月閉鎖された。こうした新たな教師は、10日の徹底的なトレーニングコースと指導、「Alfabeticemos」(私たちにアルファベットを)を受けた。さらに、潜在的な学生たちのために1冊の本「Venceremos」(われわれは勝利する)が、新任教師ひとりひとりに配布された。

 識字キャンペーンのモットーは「もし、知っているならば、教えよ。もし、知らないならば、学んでほしい」だった。識字力のボランティアたちは1日中農家と一緒に土地で働き、夜は読み書きを教えた。農村の人々は確実に学んだ。キャンペーンが始まって11カ月後、国の非識字率は26.3%から3.9%まで低下した。革命から45年、今、キューバは97%の識字率を誇っている(CIA2004)。

車庫の中の教室

 われわれの旅のハイライトは学校を訪ねたことだった。到着に先立ち、「People to People International」が、キューバ教育省を通じて、訪問許可をアレンジしていた。ハバナで、もっとも忘れられない訪問は、400人ほどの1~4年生徒がいる小学校だった。建物は1950年代に建てられたスペイン風の地域に位置し、学校中の壁には、カストロやゲバラの写真、「集団」の重要性を主張する多くのポスターが貼られていた。われわれが目にした10ほどのクラスのほとんどは3.6×4.2mだった。壁の塗料は剥げ落ちて、タイル張りの床は何年もワックスがかけられずシミが付いていた。目にした10部屋のうち3部屋は、開いたソケットにワイヤがぶらさがり、電気が全くなかった。長い蛍光灯の電気が付く部屋は薄暗かった。

 私たちは校舎から、教室になるように転換した2台用の車庫につれていかれた。子どもたちは、フレンドリーでコミュニケートをしようとベストをつくした。共産党が支援する子たちのグループ、パイオニア・プログラムの彼らは白と赤か白と青の制服を着ていた。子どもたしはひとつの机に2人並んで座り、教師は優しく親切に読書をファシリテートしていた。教師が指導する読書は1961年の識字力向上キャンペーンで開発された活動と同じだった。キャンペーンや現在の教師の読書は、次の3ステップからなる。

①子どもたちは自分たちの読む姿を見て議論する
 どの話もテーマは政治的で、子どもたちが、革命から学べる価値を実践し、社会主義国の愛国者として学び暮らすことを奨励している。

②子どもたちの前で教師がテキストを読み、一緒にそれを読む
 次には、教師はどう読まれたかを子どもたちにたずねる。子どもたちは声を出してテキストの部分を読んで、クラスではひとりひとりの誤りを分析する。

③筆記帳にテキストの部分を写す
 この読書活動を見た後で、それがそれ以外の学校の子どもも経験することなのだろうかと思った。われわれは、キューバには国のカリキュラムがあり、同学年のすべての子どもたちは、その日に同じ読書活動をすると言われていた。各教科での子どもの進歩は、年に4回評価され、学期末にも再評価される。子どもも教師もともに国から提供された期末試験では評価される。キューバでは、教師の実績と給料は、生徒の進み具合に基づいているのだ(Worthman & Kaplan 2001)。

 われわれは小学校を訪問した終わりに、絵本、テニスボール、アートの資材をわたした。子どもは本を受け取るときに最も興奮した。校長室を通る間、壁に掛かった引用文を読んだ。「友人を持つことは重要だが、敵を持つことはもっと重要だ。敵がなくば改革への機会が限られるからだ」

 キューバと米国の教師にとって面白い内容だ。キューバはサルサと葉巻以上のものだ。笑顔と踊るステップ、政治上の教えに根ざす心をもった子どもたちの国だ。この子どもたちは、読むことを練習し、ボールと同じように贈り物の本が好きだ。彼らは家族や国の未来だ。そして、彼らを通してキューバは発展し続けることだろう。



 Gwendolyn Coe and Judith Lynne McConnell, The Children of Cuba, Beyond the Journal: Young Children on the Web,September,2004.