ハリケーンへの対応を超えて
人命の損失、ハリケーンのインパクト後の健康上の問題を確保し、復旧することがキューバ政府の政治的意思で優先されているが、その立派な努力は、市民防衛のための対策システムに割り当てらた国の資源を調整することに注がれている。
災害削減のための法的基準が存在し、それはしっかり励行されている。投資プロジェクトは、その人民の暮らしの質の向上を目的としている。医療、教育、文化、適切な住宅、仕事社会保障への権利が存在している。
ダム、下水、給水設備工事の実施、監視、モニタリング、早期警戒サービスの制度上の能力の開発と強化、市民防衛の対策システムのマネジメントとコーディネート、そして、組織化されたやり方での人民の広域な参加が、キューバでの我々の対応の成功にかなり寄与する不可欠の面である。
キューバ史では先例がない。二つのハリケーン、イシドレとリリーが、まさに10日間で、青年の島とピナル・デル・リオを叩いたのである。
9月14日早朝、イシドレは、小アンチル諸島の最南の島のひとつ、トリニダド近くで強い熱帯波から発達し始めた。9月19日、それは、ハリケーンの状態に達し、9月20日の朝には青年の島の南で既にカテゴリ2に達していた。同日、イシドレは西北西に近づき、青年の島の西部に向かった。この経路に続き、イシドレは朝に青年の島の西部を抜け、午後、2時にはピナル・デル・リオに近づいていた。
キューバの諸島を通り過ぎているときは、140km/時と風速をさげ、カテゴリ1に格下げとなっていが、それはいまだに豪雨と内陸150mまで届く大雨と高潮を引き起こしていた。
イシドレは、大西洋の向こへと動く前に、キューバの上をゆっくりと移動し続けてていた。
9月21日の午後、バルバドスからさほどはなれない場所で、リリーが強い熱帯波から形成されていた。9月30日の朝、キューバの東部に近づき、それは、ハリケーン状態に達した。リリーは、強度を増し、同じ経路に続いた。午前6時30分、それは、最大140km/時の持続的な風速で青年の島の南西部を超えた。2時間後には、最大160km/h、カテゴリ2のハリケーンとなり、より強風を伴いながら、ピナル・デル・リオへ向かい始めた。正午には、ピナル・デル・リオを叩き、リリーは、2時間後にリリーはキューバを出て、海へと抜けた。
全国テレビ放送でのインタビューで、犠牲者の一人はこう述べている。
「イシドレは6時間でも荒らさなかったけれど、リリーは2時間だけで破壊できました」。
イシドレは豪雨で特徴付けられ、リリーへの道を開くのに寄与した。リリーはイシドレとは異なって強風で特徴づけられ、その基礎や構造が既に弱められた建物を叩いた。何千もの学校と医療施設が影響を受けたか、完全に破壊された。いくつかの沿岸の居住地は文字通り洗い流され、それ以外の村も激しい氾濫のため孤立した。そのうえ、水道、電気、電話サービスはひどくダメージを受け、農業では、人々を養うための作物、家禽、牛が失われた。
こうした強さにもかかわらず、両ハリケーンでの死者は一人だけだった。約70万人が安全な場所に避難し、負傷の報告は皆無だった。
人々は、水、食料とヘルスケアを提供され、「エンターテインメント・グループ」に属する学生やコミュニティのメンバーたちが、避難民に数多くのレクリエーション活動を行った。
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| 2001年、ハリケーン・ミッチにより、16万戸以上の家屋が破壊されたか少なくとも酷くダメージを受けた。こうした家屋は1年未満で再建された |
影響を受けた地域で危険がひとたび去ると、ダメージや即座のニーズについてアセスメントが実施された。さらに、復旧ステージのために計画されていたすべての市民防衛の手段が実施され、人民たちがノーマルな状態に戻れるように多くの努力が注がれた。
住宅、医療施設、学校の再建が直ちに始まった。学生、教師、医療従事者、全コミュニティがこの過程に参加した。電力、通信、そして、給水サービスの再建が、このステージでは最も優先された。数時間以内に、地元の努力を支援するため、建設工事と専門のブリガーダが被災地に送られた。こうして、こうしたサービスのすべてが1カ月未満で完全に復旧した。
住宅、子どもたちの学校、ローカルのパン屋、あるいは地区の映画館が再建されるまで、かなり長い期間待たなければならない人たちもいる。とはいえ、彼らは自分たちの政府とキューバ革命を信じている。それは、彼らを決して見捨てないからだ。
彼らは、いまだに、2001年11月にカテゴリ4に達したハリケーン・ミッチによるダメージを覚えている。
ミッチは16万戸以上の家屋を破壊したが、将来の災害のための予防策として、適切な資材と技術を用い、より安全な場所に再建されたり、新たに建てられた。
国際人道救助は、キューバの災害対応能力を考慮に入れ、キューバ政府からは公式に求められなかった。とはいえ、国連機関や国際協力機関、NGOによる支援が提供された。この意味で、授けられた援助は、住宅、学校他の社会施設の再建用に割り当てられた国家的努力と資源の補足として用いられた。我々は、これが災害後にこうした資源を用いる最も客観的で効率的な方法と考えている
我々の努力のほとんどは、行動の費用便益や費用効率が大きいことを考慮しつつ、全人民のリスク防止や準備の促進のために注がれているが、今年のサイクロンのシーズンの間に学ばれた教訓は、今後の対応のための方法論と計画プロセスに組み入れられるであろう。これは、市民防衛のための対策システムを改善すること、そして、いかなる逆境に対しても我が同胞の社会的、経済的な成果を確実にし、保護することに寄与するであろう。
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