ハリケーン・ミシェルは、21世紀にキューバに襲来した最初の大型ハリケーン(カテゴリ4)だった。市民防衛制度の一部として、キューバ医療制度は緊急対応が求められる。奇妙なことに、同じパワーでキューバを襲った20世紀最後の1952年のハリケーンも同じ場所を襲来したのだった。だが、49年もの空白期間がある。その間には弱い熱帯低気圧しかなかったから、2世代はハリケーンのパワーを体験していなかった。ハリケーン・ミシェルに立ち向かうことは、国やキューバの医療制度への挑戦でもあった。
ハリケーン・ミシェルは、低気圧シーズンに、2001年の10月29日に西カリブ海の熱帯波No.15から発生したハリケーンだ。同年、11月4日午後6時。ミシェルは、カテゴリー4のハリケーンとして、マタンサス州のプラヤ・ラルガとプラヤ・ヒロンとの間のピッグス湾に上陸する。最大風速240km/h、最大持続風速220km/hで、約15km/hの速度で北上する。その後、カテゴリー1のハリケーン(最大持続風速150km/h)へと徐々に弱まり、ビジャ・クララ州のサグア・ラ・グランデの北部を通過し、11月5日午前1時には海に抜けた。ミシェルは直径500kmの大型ハリケーンで、暴風の影響は、青年の島や隣接する岩礁を含め、ピナル・デル・リオ州の東部からシエゴ・デ・アビラ州まで及んだ。
1997年5月の国家防衛法第75号と政令第170号で確立されているように、緊急時に医学的な災害対応を担保する責任を厚生省は政府に対して持つ。これは、全国市民防衛の司令部(ハイ・コマンド)が統合する政府構造を通してなされる。
非常時・災害プランは、こうした特殊状況下で取るべき行動を定め、形式化するツールとなっていることから、さらに重要なものとなっている。現実的な防災プランは、とりわけ、厳しい自然現象に直面し、かつ、それを防ぎ緩和する資源がわずかしかない貧しい国にあっては、絶対に必要なものだ。
こうした計画は、その場しのぎではなく、全機関、地方政府、全市民のリスク削減に向けた行動を調整できるように機能するツールであり、損害を減らすための人間と技術的資源の効率的な利用でもある。
この目的のための手段は、いずれも実施可能な手段で計画され、リスクが高い人々がタイムリーに避難するためのアドバイスも含まれる。ここで、重大なことは、結果として、タイムリーな警告と計画に含まれる予防の実施、緩和、そして避難でハリケーンの被害が防がれていることだ。
こうした計画は、毎年、最初の3カ月で、全ムニシピオで策定されるよう規定されている。ハリケーン・シーズンが始まる前に、各ムニシピオは、歴史的な前例や防災マップ、建物を研究することで、アセスや評価を行い、どの地区が最も脆弱で、どの家屋や公共建築に破損の危険性がある構造なのかを決定する。
かくして、どれだけの人数の子どもや成人が避難すべきか、避難を確実に担保するうえで必要な手段を知ることができる。しかも、このことによって、あらかじめ避難所を定め、その収容力や衛生状態、給水、固液のゴミ処理や医療を保証することが、避難センター委員会ではできる。
われわれの医療制度は、ハリケーン・シーズンが始まる前に、毎年、全国市民防衛の司令部が計画する緊急事態シミュレーション、メテオロにも参加する。
ここで、医療従事者が訓練されることが、決定的に重要だ。計画の中で実施されるべき対策の中で、どんな役割を果たすことになっているか、保健教育や緊急時にとるべき行動基準を誰もが知っているからだ。
ファミリー・ドクターと看護師の概念によって、全コミュニティに永続的に医院を割り当てることが可能となったが、これは、災害に対応するうえでも前向きな経験となっている。この構造によって、まさに被災地の中心かその環境で、資格のある医療関係者がいることが可能となっている。そこでは、「応急処置」と「ベーシックなケア衛生チーム」で、国民の保健教育や準備の活性因子となっている。
誰しも、簡単な衛生や基本的な保健教育の方が、ずっと後から多くの専門家が介入よりも格段に効率的であることがわかっている。
キューバの総合的な緊急制度は、主な緊急ポリクリニックによりプライマリケアで実施され、ポリクリニックは、救急病院と密接に連携し、ファミリー・ドクターの医院のネットワークを調整する。しかも、医師と看護スタッフは全レベルで、重いトラウマの支援教育やコースにも参加している。
それ以外の資源となっているのは、疫学監視のコンピューター化システム、医療分析・傾向ユニット(HATU)である。全レベルの全国ヘルス制度とコネクトし、国民の健康に影響するいかなる自然災害や誘発された現象に直面しても、是正措置の制御・実行行動を取れることとなっている。
こうした災害プランは、あらゆる地区の政府の指導者と特別な災害管理職によって管理される。このポストは、役立つ災害の段階が発表される前に「オペレーション・グループ」で組織される。
このような統一され、連携しているポストは、各地区で最高の統治機関として、採択すべき防災政策に従事する。コミュニケーション手段を備え、前から訓練を受けている管理職やコーディネート職員を備えている。そして、政府の働く機関として、災害時に国民を保護するための手段の実施を直接、指示する。このことについては、「ハバナのハリケーン:ある市の物語」を見て欲しい。
10月30日に熱帯低気圧としてミシェルが誕生したとき、すでに多くの行動が実施されはじめていた。まず、ピナル・デル・リオ州、ハバナ州、ハバナ市、マタンサス州と青年の島において、周知段階となり計画通り防災体制に入る。西部の州では97時間早く周知段階に入った。現行法、とりわけ、市民防衛制度の政令第170号では、危険に際して人民を保護するため、4段階が設けられ、ハリケーンの際にこうした段階を適用するため、以下のパラメターが確立されているのだ。
- ハリケーンと国土との距離に応じて、影響を出る72時間前に「周知段階」が設立され、48時間前には警戒段階、24時間前には警告段階に入る。ハリケーンが去り、もはや危険でなくなれば、復旧段階が直ちに実行に移される。
- サイクロンの特性、風力、影響、関連した降雨量
- 降雨時間とその振舞い、ダムの水位
- 農村部にある学校と農村にある一時的なキャンプ場の状況、それ以外の危険にさらされている人々や経済的目標
こうした段階は、ハリケーンと激雨に対応する医療セキュリティ計画の一部とも考えられる。上記の情報や気象研究所の予報センターから発行されるサイクロン・リポートに基き、以下のハリケーン段階が、早期から国で確立されるのだ。
周知段階:上陸が予想される西部地域では97時間前、それ以外の危険な州では79時間前
警戒段階:西部地域では79時間前、中央部では上陸の55時間前
警告段階:シエゴ・デ・アビラ州では25時間前、西部と中央部では37時間前
復旧段階:ハリケーンがもはや危険でなくなった段階で影響を受けた全領土で確立
| 大型ハリケーン、ミシェル、2001年11月3日~5日 |
- カテゴリー4
- 最大持続風速:220 km/h
- 最高風速:240 km/h
- 24時間最大降雨量:ハバナのアロヨ・アリーナスで234.3 mm
- 最高波高:青年の島の南海岸とハバナ市のミラマルとベダドで4~5m
- 最も内陸まで海水が入り込んだのはマタンサス州のカルデナスで1キロ
- ハリケーン目の直径::40キロ
- ハリケーンは直径で500キロに達する
- 影響者、人口の52%、580万人
- キューバの死者5人
- カリブ海と中米の死者17 人
- 完全に破壊された家屋数12,579
- 破損家屋数15万3,936
- 砂糖被害40万トン
- 柑橘類被害39万8000トン
- 農業被害額は約5億7700万米ドル(3億1700万米ドルの損害と2億6000万米ドルの生産喪失)
- 復旧費用額7億8500万米ドル
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a) 州12人、ムニシピオ151人、防衛ゾーン1,132人と1,295人の災害管理職が動いた。
b) 10万2468人が動員され、うち、41%は医療部門の職員だった。
c) 計画されていた82%にあたる6,095の交通手段が様々な役割で用いられた。これには1,000台以上の救急車や医療関連のそれ以外の輸送が含まれていた。
d)ハリケーンの警戒段階で21万9,729人の農村部の学生が避難した。うち、21万9206人は自宅に避難したが、522人は避難所に滞在した。全員のためのプライマリ医療として、ファミリー・ドクターが確保された。
e)56万4,031人が避難し、うち、16万6,339人は避難所で寝泊りした。それ以外の避難者は親類や隣人の家で保護された。これは、歴史上、避難者が最も多いハリケーンのひとつ ではあったが、避難の過程で事故も人身事故もなかった。なお、2004年9月のハリケーン・イワンでの避難者数は、189万8,396人で3倍以上であったが、やはり事故も負傷なかった。
f) 32万364頭の牛、28万8,590頭のそれ以外の家畜、37万6,198羽の鶏を含め、77万7,668頭の家畜が、安全地帯に避難した。
g)事前に計画されていた1,028 カ所の避難所が全国で動いた。医療プランに基づき、その全避難所に診療所が設けられた。ファミリー・ドクターの全医院は、親類の家に避難したり、ハリケーンで影響を受ける地区の住民のケアのために開かれていた。
h)予防医療と疫学監視が被災民に提供され、衛生上の管理対策では、給水の質、固体液体の廃棄物の処分、食品衛生、そして、昆虫や齧歯動物の管理が実施された。
i)それ以外に実施された対策
国民、建物、電気に危険であった場合は、ハリケーンの前に、樹木の伐根が加速された。それ以外では、ゴミ収集、掲示板の取り外し、風で飛ぶ看板他の撤去がされた。
専門部隊が、レスキュータスクと緊急ダメージのトラブルシューティングのために動かされた。
補償手段の責任を負う主要な省庁は、国民や経済の保護を担保するための緊急対策を講じる。
疫学上の監視措置
各段階でいかなる手段が講じられるかによって、人々は指示を受けた。最も重要な役割を演じたのは、ファミリー・ドクターである。衛生や衛生上の手段、こうした状況下での行動の仕方を知らせ、ハリケーン後に精神的なケアを行ったからである。
基礎産業省が創設したように、風速が70km/hを超えた場所では、国家電力委員会のコーディネートで電力回路はスイッチを切られる。電機のショート、変圧器でのやけど、そして、事故で人命に影響するのを防ぐためにだ。
ハリケーンが上陸する数時間前に、厚生大臣は、保護対策の詳細を成立させるために調整会議を召集し、健康と関連する活動では以下の7行動がとられた。
- 予防により人々の健康へのダメージを防ぐ
- 医療用に病院内外の適切な病床数を確保する。病床の20~30%が利用可能できるようにし、新たな入院は救急に限られ、相談業務はキャンセル
- 医学のブリガーダの支援で、通常では孤立する地区に特別なケアが提供
- ヘルスユニットへのダメージを防ぐ
- 災害のための統合医学的な緊急サービスを実施
- 避難者への医療と衛生健康診断のケアを保障
- 被災者への流行病の予防(疫学の監視)
一般に、青年の島を含め、ピナル・デル・リオからカマグエイ州まで、ハリケーン・ミシェルに対して防災対策を講じることが必要だった。国民の53%にあたる約500万人、国土の52%に影響したのである。
ハリケーン・ミシェルでは、5人の死が報告され、他の10人が軽傷を負った。13万1,000戸と数多くの家が被災し、製糖工場や農業施設を含め、何百もの学校、その他の社会的施設と経済施設も被災した。電線、電話線、水道管とガス管、そして、道路網でも被害は深刻だった。
農業では、柑橘類、バナナ、養禽、様々な作物のほとんどが被災した。とりわけ、重大な損失が、国内用の牛と鶏の様々な種で報告された。
医療部門では主な損害は、全国ヘルス制度の839ユニットが影響を受け、うち609はわずかに破損し(72.5%)、214は部分的に破損され( 25%)、16は完全に破壊された(2%)。
ほとんどの被害は、屋根の被害や天井の落下、ドア、窓、変圧器と電線の破損であったが、この状態や医療サービスを提供し続ける必要性から、代替の解決策を実施することが必要だった。
災害復旧
ハリケーン・ミシェルがキューバを抜けた約2カ月後の2002年1月14日までには、被災施設の48%にあたる400の医療ユニットが復旧した。どれほどのダメージがあったとしても、その状態を回復し、国民に医療を提供し続けたことは強調しなければならない。また、密接なコーディネートにより、同州内か、必要があれば、他州の他の機関の支援で、治療への制約問題は解決された。
結論
ハリケーンの大きさや国のインフラへの影響を考えれば、医療制度と関係するものを含め、市民防衛制度の手段によりなされた予防、準備、対応手段は指摘されるに値する。人命や健康に対するハリケーンの影響を減らすうえでの主な鍵はある。必要に応じて医療の活力を担保し、疫学監視制度を維持し、人々の衛生基準への理解を強化し、医療部門が受けたダメージからの迅速な復旧を確実にした。その結果、我々の国民生活の質を維持・回復するのに貢献しているのである。
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