キューバの経験をそれ以外の国にあてはめてみると、多くの複雑な問題が提起される。このリポートの第Ⅱ章では、キューバの社会・経済開発モデルが、普遍的なサービスへのアクセスと公平さへのコミットメントを通じて、脆弱性や格差削減につながっていると論じた。1998年のPAHOのディレクター・リポートは、ハリケーン・ミッチの惨事を分析しているが、このことがなぜ重要なのかを示している。リポートは、ミッチで犠牲となった最も一般的な要因が貧困であると結論づけているのだ。そして、このリポートは同じく、厳格な結論にも達している。ハザードへの脆弱性を減らすための抜本的な長期戦略としては、貧困を減らし、社会的・経済的な公平さを促進する以外に、いかなる包括的な代替措置もないということだ。キューバの事例のように、識字力、道路、電気に全国民がアクセスできるようにすることが、災害への備えや対応手段の効果を高め、こうした社会発展がない国においては、リスク軽減のための手段の成果がでないのだ。この点からすれば、キューバが有利なことは明白だが、その制度が実際に人命を救済していることが明確であるとき、それは他国に適用できるモデルではないとして、その全制度を見捨ててしまうのは、近視眼的であろう。この論文で前述した「リスク=ハザード×脆弱性」という災害の方程式に立ち返れば、気候変動で極端な天気が起こり続けるにつれて、気象と関連する災害の影響を受ける人の数も、こうした災害の数もともに増えている。そして、完全に一致するわけではないものの、こうした高まるハザードに対して、最も脆弱な人々は、グローバルな南側の貧しい国の辺境、確実にハザードが増えている地理的領域で暮らしている。
理想的には、この状況に立ち向い、こうした国のすべての政府が、リスクを減らし、人命を守るために、災害緩和、準備と対応のための国家構造を構築するために、長期的な持続可能な開発に心がけるべきであろう。理想的な世界においては、政府の懸念が、人命を救済するための政治的なコミットメントからスターとして、リスクを削減するガバナンスの良きルールであるウィスナーの「金色の12原則」を採択するであろう。キューバは、その厳しい経済事情の中で、人命救済への政治的なコミットメントが、それ以外のなによりも基礎であることを示している。
「格差で苦しめられる人々は、広大な辺境域に住む人々であって、よく建てられた安全な住宅、基本的な医療サービス、教育、情報にアクセスできない…。こうした要素は、不平等な開発の結果であり、それが地域にゆきわたり、貧困やマージナリティを生み出している。そのことが、自然であれ、人工であれ、とりわけ、災害に直面する中での脆弱性の要素となっている」
ハリケーン・ミッチの惨事を分析したPAHOの年次ディレクター・リポート(1998年) |
21世紀前半のまことに非理想的な現実の世界において、国家レベルにおける政治的なコミットメントが欠落していることが、南側の国々において、リスク削減に対処するための決定的な障害のままにとどまってしまうという状況は、とりわけ、脆弱性の高まる重大な本質を考えれば、認められない。だが、ネオリベラル・モデルでは国家の分権化が好まれているが、このことによって、たとえ、国家としてのコミットメントが不足していてさえも、州やムニシピオ段階の政府が、リスクを削減するために働くことが可能となってきている。前項で議論した中米のケースのように、ローカルな政府では、当局は人々に対してより責任を持ち、より機敏な対応で介入する機会が得られるのだ。
とはいえ、ローカル政府段階でのいかなる試みも、リスク削減に対して、持続可能な開発を組み入れるまでは、制約がいつも残るであろう。そして、リスク削減と気候変動に対して、良きガバナンスを取り入れる国は、これを着実に逆転できる。
かように、3つの長期的な問題に対して働き続けることが重要なのだ。とはいえ、災害と関連する天候による死者が増える中、その脆弱性を減らすためにコミュニティの能力を強化するというあらゆる可能な短期的な手段を講じることも必須だ。
キューバの印象的な仕事は、国家レベルにおいて長期的には抜本的に欠かせない手段、構造、そして、資産を生み出している。だが、キューバのリスク削減モデルを分析することからは、ローカル・レベルに重点をおくことで、多くが達成できることも示している。それは、まさに、キューバが次のような無形資産に依存していることにある。
- 地元の指導力
- コミュニティの動員
- 計画への人民参加
- ライフライン構造のコミュニティでの実施
- ソーシャル・キャピタルの創設と構築
リスク削減における国の有形資産は、これによって、さらに高められ、成果をあげている。我々は、このリポートで、国民参加のための、こうした地元に重点を置く手段が欠落しているときに、国家レベルの資産にも最小の効果しかあげられないと主張した。つまり、キューバの事例は、国家レベルの政治的意思やリソースがないときですら、ローカルなレベルにおいて、他国がリスク削減に取り組むうえでの豊かな教訓を提供してくれているのだ。
前述した5つの無形物は、程度は様々であれ、中米のローカル・レベルにはすべて存在しており、その歴史から、過去にはそれが機能していたことも示されている。レンパ川沿いのコミュニティの事例は、キューバ以外のコミュニティであっても、リスクを減らし、人命を救済するために、地元の資源を有効に使えることを最終的に示している。エル・サルバドルにおいては、防災のための国家構造も災害法もなく、コードも構築されてはいないものの、地元住民の組織力、地元の指導力、信頼、協力、そして、彼ら自身の透明な関係性が、最終的に人命を救った。中米には、コミュニティに基づく災害管理のためのニーズも能力もともにあれば、「コミュニティに基づく災害管理」はますます一般的なアプローチとなってきている。だが、たいがい、それは散発的に不規則に適用されているだけだ。キューバでは、それをローカル政府と結びつけ、壮大な規模で「コミュニティに基づく災害管理」を実施するというユニークな経験がある。このことは、キューバや中米でリスクの削減のために働くものに、わかちあいや議論のための本当の場をもたらしている。
第一のステップは、中米のNGO、研究所、ローカル政府、そして、キューバ市民防衛の関連する主体同士が徹底的に議論しあうことであろう。彼らは、中米の様々な国のローカル・レベルで適合できるかもしれない、キューバモデルの要素をともに分析するかもしれない。これに、UNDP等、カリブ海でリスク削減に働いている横断的な組織を加えることも大いに役立つ。
第二のステップは、「コミュニティに基づく災害管理」が中米に成功している事例を、キューバモデルの観点から見て、将来的に何を適合できるのかを調べてみることだ。
中米での第三のステップは、最も傷つきやすい人々のリスクを減らすためのコーディネートをいかに改良するかについて、持続可能な開発において働く組織や災害・非常時の救済で働くもの、そして、コミュニティ組織との間で、ローカルなレベルにおいて、より密接なコーディネートを開発・促進することであろう。
この論文が、意図したのは、高まるハザードで最も脅威を受ける人々の脆弱性を減らせるように、キューバモデルが他国にどのように適合できるのかについて、さらに議論するための場とインセンティブとして働くことだ。もし、この論文によって関心をいだかれ、境界を越えた新たな学びが始まるとするならば、その目的を果たしたことになる。
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