キューバの市民防衛発展史
キューバは、ハリケーンが襲来しても、その死傷者数が減っている。このため、ハリケーン・リスク・マネジメントのモデルであると国連から考えられている(Sims
and Vogelmann, 2002; ISDR, 2004b; ISDR, 2004c; ISDR, 2004a)。この結論と見解を異にするものもある。そのひとつはAguirre
(2004)のもので、「災害再建、復旧、緩和で極めて不十分な記録しかない」と結論ずける。とはいえ、ハイチ、ジャマイカ、あるいは米国のように経済的・社会的・政治的文脈が異なる隣国においては、同じハリケーンで数多くの死傷者が出ているとき、これはより衝撃的である。この問題を分析する統計はWisner
et al. (2006)に見いだせる。
「キューバのやり方は、同様の経済状態のそれ以外の国にも簡単に適用でき、キューバがやっているようにその国民を保護しようとはしない豊かな資源を持つ国にさえ適用できる」
ジュネーブにある国連国際防災戦略事務局の、サルヴァノ・ブリセノ事務局長はこう説明している(ISDR, 2004b)。それ以外の著者は、こうした成功が「それ以外の諸国が用いることができない権威主義的な政治形態」によるとしている(Glantz,
2004)。
この達成理由は「社会的平等の推進と政府のサービスへの普遍的なアクセスを通じて脆弱性を減らし、ソーシャル・キャピタルに投資する社会経済モデル」を基礎とした「印象的な多次元のプロセス」に由来すると特定されている(Thompson and Gaviria, 2004)。とはいえ、キューバの市民防衛システムのルーツや全体としてどのように発展してきたのかについては、まだ一度も分析されたことがない。キューバの防災の成功に包括的に答えるには、その要素やそれが発展してきた枠組みをさらに深く分析することが必要だ。そして、市民防衛システムが過去50年にわたり改善されてきた経過は、外国メディアや当局、地元住民の多くにさえまだ知られていない。その連続した進展の詳細や社会経済体制とどの程度まで統合されているのかは、これまでまだ完全に説明されてこなかった重要な点だ。この論文は、そのスタート時点からキューバの市民防衛システムを分析することを目的とする。また、新たな挑戦のひとつとして実施されているマルチなハザードリスクアセスメントプログラムに重視をおく。この成功の鍵となる課題についての議論は、既存リポート(Thompson and Gaviria, 2004)、市民防衛評価基準(EMNDC、2007b)、そして、著者の見解に提示されている。
世界の市民防衛のツールは、1949年に8月12日にさかのぼる。第二次世界大戦中に民間人保護のために実施された経験やミッションに基づき、「戦時における文民の保護に関する条約」がジュネーブで調印されたのである。1977年6月8日、さらに二つの追加議定書が、「国際的武力紛争の犠牲者の保護」と「非国際的武力紛争の犠牲者の保護」に関して調印されたのである。ここで、市民防衛の数多くの定義、範囲、そして、サービスが定義された。その後、大きな自然災害の発生とともに、その政治的社会的経済的なかかわりから、数多くの国が災害の脅威に市民保護のサービスを用いることで対応し始める。1970年代から80年代にかけて、この傾向は先進国で高まり、まもなくそれ以外の国々でも強まった。こうして、国家市民防衛や民間保護組織は、ある程度の違いはあれ、市民と共に政府の義務の一部として、災害削減のための活動を率いる官製組織なのである。とはいえ、いくつかの軍事政権国家では、その軍隊への威信の不足のため、市民保護のため、大統領府に附置された国家委員会を創設し始めた。こうした国においては、市民防衛組織の役割は下がっている。
同時に、災害時に民間保護の特定のタスクをカバーする数多くの国際NGOや国内NGOが多くの国々で創設された。数多くのイニシアチブが同時に行われたため、国連国際防災戦略と称される複数機関からなる国連組織が90年代に創設された。国連国際防災戦略は、自然災害やそれと関連した技術的災害や環境災害による人間、社会、そして、経済と環境の損失を減らす目標を持ち、持続可能な開発の不可欠の要素として、防災の重要性の認識を高めることで、災害にレジリアンスのあるコミュニティの構築を目的としている(Web site ISDR, 2007)。
1959年以前のキューバでは、洪水や熱帯暴風他のタスクは、赤十字、消防ブリガーダ、警察がカバーしており、システムとしての市民防衛が始まったのはその後のことである。そもそも、その当初から革命では、数多くの人民が反乱軍と協力し、とりわけ、秩序の維持や施設保護をし始めていた。それは、1961年4月に米国CIAによって組織されたピッグス湾侵攻のように軍事侵略にまで及ぶ日々のサボタージュを含め、内外の動きと戦うことと関連していた。このため、全国革命軍(National
Revolutionary Militia=MNR)が創設されたが、1961年から1962年まではこうした人々はMNRに参加できなかった。なぜならば、彼らの働く義務は、産業軍組織(OMI=
Military Organization of Industries)と処される新たな組織にグループ化されていたからである。その主な責務は、国、とりわけ、国有化された企業に重点を置いた、経済的、政治的目標の自警と保護だったからである。
防衛システムの組織の一部として1962年2月にOMIは転換され、一般に人民防衛(Popular Defense)として知られる人民防衛中央本部(Central Headquarter of Popular Defense)が創設された1962年4月以降は、人民防衛は全レベル(州、地域、ムニシピオ)のあらゆる産業に組織化された。1962年の6月と8月には、後に国家市民防衛校(National School of Civil Defense)となる、創設された全国人民防衛校で、最初の人民防衛のインストラクターのコースが開かれた。1962年7月31日に、軍の代表は、様々な領土の代表とミーティングを行った。そこで、人民防衛に対する彼らの責任が議論され、合意された。この日がキューバの市民防衛の始まりと考えられている。それは、すぐに機能することとなる。1962年10月のミサイル危機が、人民と経済の保護についてのいくつかのミッションを科したからである。
キューバの市民防衛に対して次の衝撃は1963年10月のカテゴリ1のハリケーン・フロラであった(Celeiro and Hernández,
2002)。死亡者数は約1200人で、巨大な資材が失われ、人々は被害を受けた。首相(フィデル)の直接の命令で、軍と内務省は避難や救出等の多くの活動を行ったが、人民防衛はこうした規模の災害に対処する準備がまだできていなかった
(図1)。
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図1 ハリケーン・フロラの救助活動と、当時首相であったフィデル・カストロ(National Civil Defense提供)
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この災害の損失の大きさは、キューバの大きな変化を意味し、軍事目的だけでなく、自然災害のためにも人民防衛のミッションが始まった。この出来事から、数多くの経験が分析され、その後、数多くの行動が実施された。例えば、「水力意志」と称される貯水用のダムを建設するための全国プログラムが導入され、1965年10月12日には、気象水害の危険を検出・モニタリングする責任機関として、気象研究所が設立された。この間、市民防衛の概念はマルチな制度となる必要性を育み、その人民と密接に統合された。その後に起こる法的枠組みでの市民防衛システムの発展は、そこから説明できるのである。
その後、数多くのミッションが達成され、構造と機能が発展し、1966年7月に法第1194号(Ley No. 1194, 1966)が公式にキューバ市民防衛として宣言される。同法を策定するための議論の中では、その人民と経済を保護するため軍事と自然災害の両方があった。同法はまさにその設立の始めから、国、党、軍、人民を含め、あらゆる部分の連携参加を伴っていた。この時の市民防衛のミッションは次のようなものだった。
- 警報システムを組織すること
- 全人民、とりわけ、障害者、子ども、高齢者を保護するため避難と避難所を計画し、発展させること
- 軍事侵略と自然災害の中でいかに生産を続けるかを計画すること
- 軍事侵略と自然災害の中で交通、コミュニケーション、給水等の特別なサービスを組織化すること
計画、コーディネート、実施を良好に実施するため、「国家市民防衛委員会」が発想され、それは全省庁の代表と政府の代表に統合された。同法は、三つの関連する特徴も確立した。
- そのタスクは全組織と市民に市民防衛が義務として命ぜられる
- 全大臣は、市民防衛が占有する必要があると命ずる財政的、物的資源を含めなければならない
- 市民防衛のコーディネーターとそのマネジメントチームのテリトリーの代表を含め、全領域と組織レベルには、特別のミッションを持つ市民防衛の職員がいなければならない
ハリケーンや豪雨のために開発されたプランもいくつかあったが、市民防衛は公式の創設から、そのほとんどが攻撃性が常にある米国からの脅威に対し、その人民を保護することが目的であった。1967年から80年代末までは、多くの軍人が旧ソ連の市民防衛コースで訓練された。60年代末には市民防衛はそれ以外の関連する課題として、小学校、中学校、プレ大学、その後は大学の教育制度での準備を導入し始めた。
1976年には市民防衛の組織構造を完全とするため法第1316号(Ley No. 1316, 1976)が採択される。同法は、人民権力のローカル政府の創設と国の新たな政治的、管理上の分布、現在14州と1特別自治区に応じたものであった。同法は、閣僚委員会議長(President of the Council of Ministries)が、国防大臣を通じて市民防衛に命令すること。近代的な破壊や汚染の手段に対し、そして、自然災害に対して、その人民と経済を保護するため、平和時にも、救助活動時にも、市民防衛手段をすべての様々なレベルで、計画と組織化、要請する「市民防衛本部」の創設を確証した。この法と最も関連する問題は、キューバにおける市民防衛が単一組織でないと明白に説明されているにもかかわらず、国による「防衛手段のシステム」が実施されていることである。
その後、自然災害、技術的、衛生上の災害を含め、市民防衛が直面した数多くの国内問題が、実質的に市民防衛システムの組織を改良した。こうした改良は、1986年以来現在もある国家運動「メテオロ」を含んでいた。メテオロとは、毎年のある週末になされる全国での準備運動である。当初、運動は、サイクロンシーズン(6〜11月)に備えるようデザインされていたが、その後、地元住民の参画の下、あらゆる災害マネジメントのレベルにおいて、それ以外のすべての災害タイプを含み始めるようになった。
この運動で、カタストロフィーとそのコーディネートに対してプランを改良していく市民防衛システムの様々なタスクのための、準備、組織化、そして計画を試し、高めることができるようになった。以来、地域とローカル当局は、ダム決壊、化学汚染、流行病等を含め、様々なあらゆるシナリオを考慮し、幅広い災害の視点を持ち始めた。こうして、当局と市民防衛は、災害対応に重点を置きつつも、防災手段(緩和を含む)により多くの関心を向け始めたのである。
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| 図2 グアンタナモ州の被災写真。1~2: 熱帯暴風雨エルネスト(1/9/2006)、3~11: 豪雨(様々な時期)、12: ヤテラス(Yateras)での地滑り(28/05/1994)、13~16:ハリケーン・フロラ(1963年10月4~8日)。写真は「Venceremos」と「Revolución」誌に出版された |
1990年代にはソ連と社会主義圏の崩壊により、キューバは深刻な経済危機に直面し、その防衛体制の再編成が必要となる。「全人民の戦争」と称される国防政策が、公式に実施され、1994年12月21日の国会開催中に法第75号(Ley
No. 75, 1995)として採択された。
同法(章XIV)では、市民防衛とその原則、そして、それがいかに国の全防衛体制にフィットするかを再び断言し確立した。これら定義に基づき、1997年5月の省令第170号は、現在のキューバの「市民防衛手段システム」を設けた(法務省1997年)。同省令が規定したのは以下のものである。
- 市民防衛手段に関する様々な組織、企業、民間団体の役割
- 人民と経済を保護するための市民防衛手段の組織化と実行
- 熱帯サイクロンの様々なフェーズの設立
- 市民防衛プランと手段のための資金
そして、図3に示されたように組織機構が設定された。

キューバの中央集権的な組織のため、ほとんどの省は、州、そして、ムニシピオでさえその代表を持ち、企業も行政単位に常に合致するわけではない領土とローカルで代表を持つ。市民防衛システムのヒエラルキー構造が、国や政府の組織のように構造化されているのは明白である。
2004年、キューバは比較的短期間に二度の大型ハリケーン、イワンとチャーリーに見舞われる。起きた事態についてすべての経験を批判的に分析するために、数多くの地元と組織での会議が直ちに開催された。この分析の過程は、数多くの配慮や提案が調べられた11月の全国会議で統括された。その後、実施されることとなった三つの手段は以下のとおりである(EMNDC,
2007a)。
- 災害対応と復旧段階での活動を調整するため、それ以前のマネジメント単位の代わって「防衛委員会」を全レベルで動かす。これでより統合され強化される。
- あらゆる領域や組織の計画が「カタストロフィー時対応プラン」から「災害削減プラン」へとシフトされた。これは、リスクアセスメントと構えと準備を含め、全フェーズにおいて防災計画を実施するため、危険を知り、対応復旧を計画するように概念を変えた。
- 防災手段は社会経済計画に統合されるであろう。今後、国家予算は、防災と関連する基金活動の項目を含むこととなろう。
翌2005年6月、「省令1/2005」と称される新たな文書が「災害時の国家計画、組織、準備」のため国家防衛委員会副会長によって製作•調印された(CDN, 2005)。同文書の主な内容は次のとおりである。
- 管理体制の強化
- 防災計画の改善
- 国家社会経済計画の開発過程と災害削減サイクルの計画を統合
- 様々なレベルの様々な組織のリスクアセスメントを公的に命令
- 様々な対応フェーズを活性化するための評価基準を確立
- 計画プロセスを改善
- 情報の周知とコミュニケーションを強化
リスクと関連し、省令1/2005は、地域や様々な経済セクターで、災害を減らすための計画手段の基礎としてリスクアセスメントを認めている。また、自然、技術的、衛生上の災害の一般的な評価がなされ、ある規模の災害が国家安全保障に影響することが認められ、災害状況のために「非常事態」が宣言できた。そして、この文章は、あらゆるレベルを含めその計画でいかに災害削減のプロセスを組織化するかも説明した。
- ハザード、脆弱性、そして、極端な状況を見通すリスクアセスメント
- 災害減少のため、あらゆるフェーズでの主な手段の計画
- あらゆる状況のニーズを分析し、異なるミッションを満たすための手段と人間の利用
- 供給の組織化、
- マネジメント、協力、コントロールの組織化
災害削減プランのための詳細な内容の詳細な表が、あらゆる領土とあらゆる組織が持たなければならないコア文書として記述された。また、リスク、早期警戒、または危険のタイプに応じて、新たな洞察のようなマルチな基準に基づき計画をアップデートすることも考慮され、年に一度はそれらをアップデートしなければならないとされた。
キューバには169のムニシピオがあるが、全ムニシピオにおいてリスクアセスメントを行うコーディネーターとしての公的責務は、図3に示したように科学技術環境省が割り当てられている。このリスクアセスメントは、危険の種類に応じて、それ以外の数多くの組織が学際的なチームとしてかかわることとなっている。また、最小空間単位としては、ムニシピオよりもさらに小さな特別行政単位、人民委員会(Popular
Council)もしくは、防衛ゾーン(Defence Zone)が設定された。その主な考えは、プライオリティを与え、リスクを削減の進歩をモニタリングするため、空間的(ムニシピオ内)と時間的(何年も)にリスクを合致させる方法論を確立することであった。この意味で、脆弱性がリスク方程式(risk
equation)と関連した役割を果たしている。リスク削減のマネジメントは、あらゆる関わる組織を含め、国の責務と考えられている。あらゆるムニシピオと州がそれを実施するため、プライオリティにより、リスク削減マネジメントセンターには、PNUDの資金援助がある(図3)。こうしたセンターは、このレベルでの政府の代表に直接従う。彼らは、最初のマルチなハザードのリスクアセスメントのアウトプットを受け、災害削減の進歩をコントロールする。その主な機能は以下のとおりである。
- その地域でのリスクを定期的にアセスメントし、評価し、モニタリング
- 対応と復旧のフェーズで、設備と情報で防衛委員会(ムニシピオと州)をサポート
- 災害削減でとられた行動を記録
- 災害減少のための手段を普及すると同様に地元住民のトレーニングに寄与 (EMNDC, 2006)。
こうしたセンターには、様々な早期警戒システムからの定期情報を受け取る以外に、それ以前の災害についての歴史的なデータがあるべきである。2006年に、科学技術環境省は、ハバナ市の15ムニシピオから、マルチな危険リスクアセスメントを始めた。当初は、出来事は台風や豪雨が主に関連し、洪水、海の大波、強風が含まれていた。基本手順は図4のように4ステージからなる(AMA,
2007)。最初のフェースは、それがおこるかおこらないかに関わらず、災害がある自然状態が分析される。それ以外のステージは、ハザード、脆弱性、リスク等の知られているステップに従う。

現在、この著作の準備時点において、地滑りや地震等のそれ以外の災害のリスクアセスメントを行うための方法論が様々な組織により準備されていた。地滑りのリスクアセスメントにとかかわる主なタスクは図4に示した。そして、実施のためのマニュアルが準備されている。マルチな危険リスクアセスメントは、以前に全国グループにより訓練を受けて、それ自身の資源に頼りにしながら、あらゆる州で行われている。危険に応じて、州のグループは、ムニシピオによって全州のためのアセスメントを開発している。国のすべてのムニシピオのためにマルチなハザードのリスクアセスメントの方法論を確立するには、全国状態でのいくつかの含意を科し、標準化が必要である。このため、7つの原則が、それぞれのタイプの災害の方法論を達成するために提案されている。
1. 目的:この方法は、常に最も最も高度なものではなく、適正な技術を用いることで現在の可能性により、国の災害減少のニーズ応じるものでなければならない。
2. 適切: 要件は、全領域で達成可能で、既存情報に基づくべきである
3. 再現可能: 方法は、明確で正確であるべきで、独立した専門家による再現が可能であるべきである
4. フレキシブル: それには、ローカルのニーズと現地の状況に適合する可能性があるべきである
5. 空間的に合致: フレキシブルであっても、異なるムニシピオや州との比較が可能であるべきである
6. 時間的に合致:結果も災害リスク軽減手段の効果をモニタリングするため時間を通して比較できるべきである
7. アップデートできる: 方法論は様々なデータ結果をアップデートするための手順を含むべきである
キューバの様々なレベルにおける地滑りのリスクの最近の研究の結果は、国内の地滑りのリスクアセスメントのための方法論に設定するうえで重要な重要なインプットである。科学技術環境省のマルチ・ハザード・リスクアセスメントのグループは、現在、様々な州にトレーニングを提供し、その領域で領リスクアセスメントを行うため、地元の専門家を用いている。将来、それがリスクアセスメントの最初の全国ラウンドとなるとされている。
キューバの市民防衛が成功を治めていることに対しては国際的にも認められている(ISDR, 2004a; ISDR, 2004b; ISDR, 2004c)。とはいえ、この成功がいかにして可能となっているのかについては議論がある。市民防衛そのものは、その成果を正当化するため、いくつかの原則を特定している。かいつまんで説明すれば、こうなる(EMNDC, 2007b)。
(a) ハイレベルでのマネジメント。達成されるべきミッションと災害の潜在的な破壊性のため、市民防衛システムはそれぞれの組織か地区の代表によってのみ管理されている。彼らは、その活動の範囲で市民防衛手段の責任を負う。
(b) 保護の多目的な性格。市民防衛システムは、あらゆるタイプの軍事侵略、あらゆるタイプの自然的、技術的、衛生上の災害に対しても、その全人民と経済を保護しなければならない。
(c) 全国と制度上の範囲。市民防衛システムは、国内の全領土、全組織と全機関のすべての管理レベルをカバーし、それはいたる所にある。
(d) 保護の計画と組織化の異なるやり方。完全にカバーされた範囲にもかかわらず、あらゆる領土や施設は、特定のハザードから保護され、それ自身の特性と災害のあらゆるフェーズのサイクルに対処する能力を考慮し、それ自身の脆弱性とリスクを減らさなければならない。
(e)軍と内務省の有効な協力。その人民と経済を保護する際、定期的なミッションを達成するうえで、災害時にローカル政府に従属させられる両方の力の積極的な参加が決定的である。
(f) 国内の社会経済発展に応じた組織。市民防衛組織は極めてダイナミックにどのような観点からも社会に発生した変化にも定期的に適応している。そのことで、国のリアリティから遠ざける時代遅れにならないようになっている。手段を計画するにあたって、実際の人間、資材、財源が常に考慮されている。
こうした原則の他、市民防衛が成功しているそれ以外の要素も認められている。Thompson and Gaviria (2004)は、防災でのキューバの経験を分析したリポートを準備している。彼らは、貧困削減、識字力、基幹施設(道路、電気)への投資、医療制度等の長期戦略の理由を論じている。彼らはそれ以外の国においても模写できた5つの無形資産でキューバ人の「印象的な仕事」を支持している。
- ローカルなリーダーシップ
- コミュニティの動員
- 計画への人民参加
- ライフライン構造のコミュニティでの実現
- ソーシャル・キャピタルの創造と構築
本当に、確実な社会的な枠組み、とりわけ、医療と教育制度は、国の災害防災の基礎の一部となっている。社会組織のレベルは高く、一般に政治的意志と同様に指導者との信頼できる関係がある。それが、、災害削減にかかわるあらゆる要素での効果的なコーディネートを可能としている。それには、あらゆる災害のフェーズで、意識的に適正な水準で連続して情報を普及するマスメディアの重要な役割も含まれる。それ以外の問題は、市民防衛システムでの興味深い科学技術の使用である。リスクアセスメント法とその特定領域への適用を含む、災害と関連した様々な分野の研究開発のため、政府により資金供給された国家研究プログラムを創り出している。国家科学技術プログラム(PNCIT)は、市民防衛と関連した研究のため特別なコード化されたプログラムを持ち、その結果を利用可能としている。
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| 図5 市民防衛が注意を指摘したハリケーン•イワン(2004)でのキューバの対応フェーズ |
災害を減らすうえで早期警戒システム(EWS= early warning systems)は欠かせず、詳しく説明するに値する。Rubiera(2005)は、ハリケーンの早期警戒システムの技術的な表現とそれがキューバでいかに実施されているかを説明している。隣国との比較はWisner et al. (2006)に見いだせる。キューバでは、早期警戒システムは、その社会経済特性、制度的能力、組織、教育のレベルと当局の準備、そして、その人民に適合させられている(EMNDC, 2007c)。キューバの早期警戒システムの主な要素は以下の通りである。i)科学的組織がある脅威を検出、モニタリングする、ii)ある潜在的な脅威の情報を受ける各レベルで当局が意志決定、iii)マスメディアと社会組織は、脅威と意志決定の情報を広める、iv)情報を受けた人民がそれに応じて対応。キューバの早期警戒システムは、市民防衛システムの一部であり、それらは2段階で組織化されている。熱帯サイクロンのような国家規模の危険性のためには中央集権化され、流行病やローカルな降雨等地元と関連したもののように、地元で始められる危険性は分権化されている。早期警戒システムと共に、市民防衛も公式宣言を出すことで4つの対応フェーズで行動できる。図5は、2004年のハリケーン•イワンで、この現象の予測された経路の気象研究所の予報に応じて、いかに国全体が様々なフェーズで変化したかを示す。この場合、フェーズは州で活動したが、それ以外のケースでは、ムニシピオ、さらに沿岸ゾンのようなさらにローカルな領域でも可能である。いずれのフェーズでも、州とムニシピオ当局にとって特定の意味がある。なされるべき対策は、熱帯サイクロンの場合は、既にあらゆる領土のための防災プランに書かれている。
ハリケーン•イワンでは、予測が予報された経路を変え(図5)、ハリケーンは、南に向かい、西部の州だけに向かった。結果として、222万6066人が避難したが、死傷者はまったく記録されなかった(EMNDC,
2004)。それゆえ、この場合、早期警戒システムの4原理が適切に働いていた。早期警戒システムは、今日ではサイクロンの5日か3日前に検出し、モニターできることから、実施することはさほど難しくはない。表1は、死者を含めたキューバに影響する選択された低気圧と災害管理統計を示したものである。多くの避難と低い死者数は、効果的な早期警戒システムにのみ可能である。キューバにおける地滑り研究の長期目的は、熱帯サイクロンが諸島に近づくとき、ある降雨の敷居が引き金となって地滑りが引き起こされると予想されるエリアの早期警戒システムを含んでいる。Naranjo
Diaz (2003)はこう結論づけている。
「適切な早期警戒システムの達成は国家当局(政治上、公共、そして、全国民)がその国民を教育し保護する手段を確立する持続するコミットメントを行う意志があるときにのみ、可能である。そして、これは最も難しいタスクである」
表1キューバでの選択した災害管理統計。 DT: 熱帯低気圧。 (出典: 全国市民防衛)
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避難
|
避難所
|
輸送
|
移動
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死者
|
|
Flora 1963
|
175,000
|
|
|
|
1157
|
|
Kate 1985
|
473,400
|
143,200
|
14,600
|
41,800
|
2
|
|
Lili 1996
|
421,200
|
276,700
|
5,600
|
74,500
|
0
|
|
Georges 1998
|
818,800
|
215,200
|
10,300
|
118,100
|
6
|
|
Mitch 1998
|
50,600
|
1,900
|
1,800
|
22,400
|
0
|
|
Irene 1999
|
33,600
|
11,200
|
1,500
|
12,600
|
4
|
|
Michelle 2001
|
783,400
|
166,300
|
6,100
|
102,400
|
5
|
|
Isidore 2002
|
307,000
|
34,500
|
2,700
|
48,800
|
0
|
|
Lili 2002
|
385,300
|
56,300
|
5,000
|
81,700
|
1
|
|
DT no. 14 2002
|
70,000
|
3,300
|
1,500
|
20,900
|
0
|
|
Charley 2004
|
224,449
|
35,749
|
2,444
|
45,082
|
4
|
|
Iván 2004
|
2,226,066
|
416,123
|
13,016
|
215,122
|
0
|
|
Totals (exc.
Flora)
|
5,793,815
|
1,360,472
|
64,560
|
783,404
|
22
|
キューバにおける市民防衛システムの実施の多くの事例は説明できるが、その主な要素は上に示したとおりである。災害マネジメントは死傷者数の削減では最少となっているが、物理的な損害額はいまだに非常に高い。既に90年代の危機の始まり以来、国家経済は、毎年、直面する1、2回の破壊的なハリケーンで蓄積する負担を受けている。説明されたように、このシステムは、ダイナミックで改善し続けている。最近、重視されているのは以下のとおりである。
- リスク削減のマネジメントの改善と対応と復旧活動のマネジメントの強化を考慮した、より実効性のある防災手続き
- 国の経済社会計画への災害削減サイクルの統合
- 供給を含め、様々な危険性のタイプと軍事侵略のための行動と手段の連続した改善
キューバにおいて災害は、市民防衛の統制によって減少している。市民防衛は、正常な時期にも例外的な状況でも活動しているため、単独の組織ではなく「防衛手段のシステム」とみなされている。その目的は「敵や自然災害、その他のタイプのカタストロフィーの破壊的手段に対し、人民と国家経済の保護」である(Ley
No. 75, 1995, Art. 111)。市民防衛システムの枠組みには、国内の全組織と全人民がかかわり、その能力に応じ、それぞれがシステムに貢献したり、システムから支持されている。
市民防衛は、キューバ社会経済体制の最高のものを手にしている。こうしたシステムの性格上、防災の成功は一要因ではなく、多くの理由によると言える。しかも、各要素は良好な結果をあげながら、密接に相互につながっている。全体はその部分の和よりもすばらしい。
キューバにおける市民防衛システムと災害の減少は長期にわたる改良のプロセスである。過去50年の政治的安定も、当局が連続した評価や強化を行うことを可能としている。そのうえ、このシステムは、国や世界の新たな状態への適応力でも特徴づけられる。経済危機が90年代に始まると、全システムが新たな状況に適合させられた。ローカルでは、新たな内部の危険や災害に対処するための資源不足といった新たな状況に、毎年ベースで災害削減プランをアップデートしている。システムのアップデートと改善は、国の上層部からサポートされ、最優先されている。
このため、あらゆる下側の管理レベルがこの優先順位づけを引き継ぎ、意識の高さは当局でも人民の間でも一般的である。ここ数年の低い死傷者数は、気象災害に対する効果的な準備と対応のフェーズによる。対応フェーズの下位には、正常、情報周知、警報、警告、回復があり、各ステージで達成されるための準備のため特定のタスクがあらかじめ確立され、その都度、死傷者や被災者をより少なくすることを可能としている。「危険予測」「警告のコミュニケーション」「人民からの反応」のチェーンは長年にわたって統合されていることから、適切に働いている。そして、今取り組まれているのが、i)気象システムへの連続した投資増、ii)
よく訓練され経験を積んだ災害時の決定決定者、iii)警告レベルで人民に適切に情報発信できるメディア手順の確立である。この達成は、究極の目標を決めて保護されることを決める高レベルの認識と教育を備えた人民なくしては明らかに不可能であったであろう。
しかしながら、経済的損失はいまだに増えており、復旧段階は、Pielke et al. (2003)のキューバでの正常化したハリケーンの損失を分析で示されるように、次の災害と重なっている。90年代以来の共産圏の崩壊と45年間以上続く米国の経済封鎖のエスカレーションは、災害復旧を含め、社会全面に及ぶ経済危機を生み出している。社会福祉と平等を基本的な権利として保つとの政府の決定には、資源へのアクセスが劇的に減少したのに応じて、国の発展で意味がある。投資とインフラの維持の停止や落ち込みと最新の気象災害の大きさは、大きな経済的なダメージを生み出している。そのうえ、大災害の頻度は増えており、全快のための十分な時間がない。住宅への国家投資は、開発計画に続く代わりに最新の災害で影響を受ける領域に位置している。利点はi)被災した全市民と資産が国から資金供給された状態で完全に回復されているである。それは、政府への信頼関係を高めている。ii)復旧したエリアは、たいがい災害多発地帯だが、回復プロジェクトが新たなインフラが確実にレジリアンスがある状態を確保しているため、長期的には再び影響を受けることはほとんどない。これは、あらゆる新投資が災害削減と「互換性」がなければならないとの保証を取り締まる互換性工程で達成されている。
最近では、災害損失を抑えるという連続した目的で、2005年からマルチなハザードのリスク•アセスメントが行われている。このプログラムは、ムニシピオ•レベルでの災害リスクについてのローカルな知識を高めることを目指している。リスクアセスメントは世界でもまだ十分に定義されておらず、各国にはそれ自身の特性があることから、最終的な方法論にはまだある程度時間がかかろう。農村と都市部のムニシピオでの違いににもかかわらず、データの有効性とアクセスは直面する問題にある。そのポジティブな面は、アセスメントは地元住民により実施され、災害削減プランの実施が自分たち自身によりなされることである。国内の169のムニシピオが初めてこうした研究を完成するとき、国の災害減少にとり、これは疑いなく大きなステップであろう。
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