米国人によるキューバ防災力の視察リポート
ガルフ・コーストは常にハリケーンに直面しているが、1995年から現在までの14年は、史上でいかなるそれ以外の期間よりも2倍も多く、その多くが、以前には記録されなかったほど大きい。
これは、明らかに気候変動、地球温暖化の結果で、なくなることはありそうにない。ハリケーン・カトリーナだけで失われた死者や巨大な資産を考えれば、こうした新たな嵐によって引き起こされる問題の重さがわかるだろう。
そして、嵐が大西洋の彼方から我々に向けて渦巻きながらやって来るとき、その経路に直接立ちはだかっているのはなんであろうか。キューバだ。
嵐はキューバに襲来し、それから、米国のガルフコーストへと北上するというのが、たいがいのパターンだ。このため、キューバと米国とがお互いに協力しあうことはますます重要になってきている。
ハリケーンの破壊に対する協力に関して議論するため、最近、三回の重要な視察団がガルフ・コーストからキューバへと出向いている。
ハリケーン直後に合同特別作業班カトリーナの元指揮官であったラッセル・ホノー中将が導いた最新の視察団は、2009年7月25日に米国に帰国した。この視察団には、ルイジアナ沿岸保護と復旧当局のギャレット・グラーブ代表、ルイジアナ東南部洪水保護局の地域代表ロバート・ターナーも参加した。
二番目の視察団は、2009年4月のもので、ガルベストンのライダ・アン・トーマス市長が率いたものだ。そして、第一回目は2008年で、ルイジアナ州立大学ハリケーンセンターのイヴォル・ヴァン・ヘールデンが参加している。
三回の視察団はいずれも、嵐を追跡するキューバの気象研究所の職員、避難を援助する医療関係者と市民防衛の代表、そして、外務省の職員と会見した。そして、三代表団とも、米国との連携に大きく関心を持つキューバ人と出会ったのである。ダゴベルト・ロドリゲス外務省副大臣は、ホノー中将にこう述べている。
「私ども二国は、いくつかの問題では見解が異なるかもしれませんが、こうしたハリケーンに対し共に並び立ち、助け合うというニーズのうえではなんら不一致があるべきではありません。それは、二国にとり、ますます深刻さを増す問題となりそうだからです」
この協力はどのように働くのだろうか。まず、二国は、嵐を追跡し、その影響を警告することで密接に調整しあわなけばならない。このことは、すでになされている。
マイアミにある全米国立ハリケーン・センターは、キューバの気象研究所と直接コンタクトし、情報交換を続けている。しかも、キューバは、米国の気象飛行機が領空を通って飛ぶことを許可しており、米国はそれが見つけ出した適切な情報をキューバと共有している。
気象追跡でのこの交流は確実に広げることができ、現在の水準でさえかなり有効ではある。とはいえ、さらになすべきことが多く残されている。
双方とも、医療援助、医師他の救援のための努力を片方にに提供する準備を行うべきである。それには、現在は絶対に存在しない二国間の政府機関の積極的なコミュニケーションを必要とする。例えば、キューバは、ハリケーン・カトリーナの直前にそれに対する支援を米国側に示唆したが、米国はなんら承認をせず、その襲来を受けた後もそうであった。
そして、双方は、片方の防災手順について、良い考えを持つべきである。そして、米国は、キューバを研究することで、とりわけ利益を得るであろう。
過去10年、キューバはますます深刻な嵐の襲来を受けているが、約30人の人命を失っているだけである。米国は、むろんのこと、カトリーナだけで1,500人以上を失っている。
この違いは、何よりも、キューバ側の準備と米国側でのその不足の結果生じている。キューバ人たちは、周期的なベースで避難訓練を行い、様々な非常時には、何をすべきかを市民に命じている。米国には、そうした訓練も準備もない。
幸いなことに、昨年やそれ以前にガルフコーストからキューバへと三回の視察団が訪れ、それに対しキューバ人から非常に前向きな対応があったことからわかるように、必要とされている協力を求める者は、両国側にいる。いまこの参加者たちは、2009年11月にニューオリンズで会議を開く計画を立てている。我々がお互いから学べる機会が得られることを期待したい。
ウェイン・S.スミスは、ワシントンDCの国際政策センターのシニア・フェローだが、元ハバナにある米国利益代表部の代表である(1979~82年)。氏は最近の二度のキューバへの視察団に同行した。
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