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改革はどこまでいくのか



2008年2月27日 ハバナ

この数カ月、キューバについての関心の焦点は、フィデル・カストロ前国会評議会議長がどうなるかの憶測に話題が集中していた。だが、その後、必要とされている国内の改革、そして、ラウル・カストロ新政権がそれをどこまでやるのかに変わってきている。


 キューバの街角では「何も変わりはしないさ」と悲観するものから、「いま起きていることが目にできます」と、慎重ではあってもそれなりに楽観的なものまで、実に様々なコメントが寄せられる。とはいえ、アナリスト、市民団体の代表、知識人、そして、政府の官僚たちは、いくつかの部門では大きな改革が期待されていると強調する。

「改革せざるをえません。さもなければ前進できないでしょう。問題はどこまでそれをやるのか。その改革の範囲を知ることです」とある32歳の大学教授は語る。

 さて、この絶対ラインは「キューバ社会主義」にあるように思える。キューバ社会主義とは、東欧や旧ソ連の社会主義体制との政治的な歴史の違いを区別しようとし、キューバの役人や学者、ジャーナリストたちの中でますます使われるようになっているフレーズだ。

 とはいえ、キューバ人たちの多くは、キューバ社会主義とは何であり、何がそうではないのかを一体誰が定義するのだろうと疑問に思っている。この問題は、知識人にとってはさらに重要だ。彼らは、文化政策やその原理について2007年に電子メール討論を行っている。

 彼らの上にのしかかっているのは、1961年にフィデル・カストロが知識人たちに寄せた「すべてが革命の内にあり、革命の外には何らなし」という原理原則だ。

 だが、何が革命的であり、何が反革命的なのか。そして、誰が、いかなる手段をもってして、いかなる基準に依拠してそれを決めるのだろうか。

 2007年1月30日、いわゆる「灰色の時代」(1971~1976年)やキューバの文化生活へのその影響について議論した会議の場で、エッセイストであるデシデリオ・ナバロは問いかけている。

 国家評議会議長として選出された際、議会の所信演説でラウル・カストロは「我々という形態での社会内に不一致があることを恐れる必要もなければ、最良の解決策は、多様な見解を深く交えることからもたらされる」と述べた。

「たとえ、情報の違いから見解の衝突が生じたとしても、法を尊重するならば、我々は人民の表現権を否定しない」

 だが、ラウルはこうも付け加える。

「我々は敵が眠っていないことを忘れてはならない」

 米国や他国、あるいはキューバ革命の死を目にしたい社会一派について明確にふれて警告した後、過去数十年にはよくあった敵に弾薬を与えないために批判の声を沈黙させるという落とし穴」に陥らないよう、キューバ人たちに呼びかけた。

「我々は誰しもの意見に誠意を持って耳を傾けることを避けてはならない。それは極めて必要なことで役立つ」

「改革」という言葉を使わずに、ラウルは国内にある課題を強調する。

 「優先事項を決定し、それを解決するペースは、常に使える資源や深く合理的で協力的な分析からもたらされるであろう。とりわけ、特別な社会セクターに属し、大量の輸入が必要な事項においては、市民との直接の対話が必要であろう」

 このため、2007年7月26日にラウル・カストロ国会評議会議長代行は、キューバ内の数多くの課題や懸念を演説で表明したが、それに続く人々の議論は、意志決定において、幅広い参加の機会をもたらす、恒久的、あるいは少なくとも、系統的なメカニズムとなっている。これは、長年キューバ社会に深く影響してきた感じられる課題を解決する際において本質的な鍵となろう。それは、様々な社会セクターが参加する効果的手段を欠き、現場のリアルな状況からかけ離れた当局によって、国がトップ・ダウンで運営されているとの感覚をもたらしたという課題だ。

「人民と手を携えた見解のコンサルテーション・メカニズムや交流以上に革命を強化するものはありません」

共産党中央委員会のエリアーデ・アコスタ文化局長は語る。氏はキューバ革命が光り輝いていた時には、人民とのそうした交流で特徴づけられていたと言う。

 アコスタ氏によれば、2007年の多くの人々から表明された意見に基づき、政府は、サービスのエリアで一連の経済的課題に直面しなければならない。それには、歴史的に革命によって克服されたと考えられてきた教育や医療といった分野さえ含まれる。

「それ以外に優先事項されているのは市民、モラル、文化的と政治問題です」

と氏は語る。氏の見解によれば社会主義とは、たんに人民の福祉を保証するためだけの社会プロジェクトではなく、人民の暮らしの質のことであり、それは、幅広い情報へのアクセスや心を豊かにする文化イベント、そして、科学技術に依存するのである。

「人民がただ良い暮らしをおくるだけでなく、よく食べ、良い服を着て、自由時間を享受するだけでなく、その時間をより豊かなやり方で使い、完全な人生をおこれるようにする社会はどうすれば達成できるのか。人民は、ただ受身の消費者としてではなく、活発な参加者として自らのためにそれを生み出すべきなのです」
と氏は述べる。

 キューバの市民団体は、繰り返し、参加や対話を求めてきた。コミュニティとの密接なつながりや社会主義体制の系統的な仕事を果たすうえで、歴史的にこうした組織は、解決策のための提案と同様に、主な懸念を分析する「声」としての重要な役目を果たしてきた。

「キューバは、開かれた民主主義で、参加型の社会主義を構築し始めなければなりません。これを行うには、短長期的な将来について、マルチ的な対話が必要です」

 バプテスト教会の牧師であり、反映と対話のためのキリスト教徒センターの、ライムンド・ガルシア代表は、ハバナから150キロ離れた地からこう述べる。

 上述した遅々とした経済部門の改革を越えはするが、多くの場合には攻撃的・暴力的となりがちなボキャブラリーを捨て、セクターの覚醒を改善し、違いへの尊重を進めることの必要性を強調する。

「多様性を受け入れ、考え方の違う人々の言うことを聞く方法を学び、課題解決のために一連のイニシアチブを促進し、権力の集中化を避けること。これにすべてがかかっています」
そう氏は述べる。

 今の文脈では、2007年に開催された公開討論には多くの人々が巻き込まれ、政府当局の問題認識が、そうした運動のレゾン・デートルを腐食させたと、いくつかの反体制の政治団体さえ表現し始めている。

 こうした状況変化は、反主流派の違法な論点をうまく避けている。とはいえ、国のより開かれた対話は、それに付きまとう米国政府の服従や金融依存体質という汚さを削除してはいない。それは、彼らが国内にある本当のオルターナティブの提案者となってしまい合法化されないようキューバ当局が使う主な議論なのだ。

 現在のところ、この問題への新政権の立場は、2月24日に明らかにされている。ラウル・カストロは「表現の自由の権利は法の統治内に保証されている。我々は過激派ではないが、ナイーブでもない」と述べたのだ。
 反主流派は、ラウル・カストロやキューバの指導者内で最も正統のラインの代表とされているホセ・ラモン・マチャド第一副議長らによって組織されたチームを傍観しているが、他のものは、生じた社会改革は不可逆のもので、「キューバが近代化されなければならない」と言う。

 「最善の道は徐々の改革です。キューバでは、政治改革は文化的な本質を持たなければなりませんから、ショック療法は全く機能しません。それゆえ、われわれの文化は急な改革を受け入れないのです」

 マヌエル・クエスタ・モリア氏は、穏健な反主流派のアルコ・プログレシスタのスポークスマンだが、こう語る。
「キューバ内におけるいかなる改革も国内の平和を保たなければなりません。いま暫定的な改革が始まり、次第に多くの組織の参加を増やし、多様なセクター間の政治、社会・文化的協定を求めなければなりません。我が国の何人かの人々は、多くの蓄積された憤慨と苦情があるのです」と氏は語った。


 Dalia Acosta, How Far Will the Changes Go? Inter Press Service, Feb 27,2008.