| 2003年 | |
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1959年のキューバ革命以降、国民の高まる食糧需要を満たし、原材料を確保して食品産業を強化するための輸出基金を設立し、農村部の貧困を根絶するために、キューバ農業は変わってゆきました。とりわけ、換金作物生産用の高入型農業では、中央集権的な品種改良モデルが用いられたのです。国土全域で適合する品種育成が政策として奨励され、ほとんどの政府機関では、科学者たちもこうした品種を普及することに熱心でした。正規の品種改良セクターには、世界の様々な地域の品種を手に入れ、突然変異育種(mutation breeding)、体細胞変異(somaclonal variation)、交雑(hybridization)といった様々な手法を通して、品種を育成する力を持っていました。高投入型農業によって、均質な農業生態系の需要を満たすためにこうした方法が確立されたのです。 ところが、キューバで用いられていた農業化学資材の75%以上を提供していた社会主義圏が崩壊すると、1990年代の始めにはキューバの基幹作物のほとんどの収量は指数関数的に減少していきます。予算不足で正規の研究ネットワークも縮小を余儀なくされ、投入資材の不足で中央集権的な国家種子システムも深刻に苦しめられることになります。
キューバにおいて農業生物多様性を再建し、オルターナティブな取り組みを行うには、どうしたらよいのでしょうか。この方法を調査するために多機関が関与するプロジェクトが参加型育種でした。プロジェクトは、経済危機で開かれた新たに空間を用いることで、参加型の種子生産、改良、流通を発展させることを目指しています。農業化学資材利用を減らすため、種子を多様化する戦略として、種子フェアや参加型の種子選抜を含めて、実に様々な手法を用いているのです。
国家研究機関の植物育種家(plant breeder)が、農民たちがトマト、マメ、トウモロコシ、米の多様な品種を手に入れられるようにしたのが、種子フェアです。正規、非正規の種子制度からの品種が、比較的投入農業資材が少ない条件のもとで、播種、植えつけられ、農民、植物育種家、農業普及員は、圃場で種子を選抜する責任を担います。
多様な種子フェアを通じて、選抜がなされた後で、農民たちは自分たちの農場で実地試験を行います。科学者は実験デザインの原則を説明しますが、科学者たちと協働し、農場の特性に応じて、自分たちで実験を設計するのは、農民たちなのです。参加型育種では、とりわけ、トウモロコシの害虫、ツマジロクサヨトウ(fallarmyworm, Spodoptera frugiperda)の対応を目的としています。これは、正規の種子セクターから提供されるハイブリッド品種や自然受粉品種(open pollinated varieties)では、トウモロコシを栽培し、害虫を防除するうえで、ある一定量の農薬が必要なのですが、農民たちは、トウモロコシでは、こうした投入資材を手にする術を持っていないからなのです。 そして、種子フェアで選抜されたあるハバナ州の農民のトウモロコシ個体群の遺伝子プール(gene pool)は、次のような構成になっていることがわかりました。
その後、熱帯農業基礎研究所の遺伝子銀行(gene bank)に保存されていた38種の在来種と国家農業科学研究所が維持していた56種の半兄弟系統群、4種の実用品種、一般的なハイブリッドの雄の交配母体(male parent)が集団交雑(bulk population)されました。集団交雑された品種は、地元の農民育種家のあだ名にちなんで、フェロ(Felo)と命名され、二度の集団選抜(mass selection)にかけられました。現在、フェロ種と呼ばれるこの個体群は、種子を増やし、継続的な選抜をする過程にあり、ムニシピオのすべての農業関係者から認められています。
マメはふつう、自家受粉の作物です。キューバの参加型育種プロジェクトでは、種子フェアで選抜された品種を比較するため、実験ネットワークを実施することを重視しました。農民たちは、コミュニティ・レベルで実験のデザインを固めるという原則に基づいて、自分たち自身で実験プランを立てたのです。わずか2シーズンだけで、品種数は指数関数的に増え、参加型育種で導入された品種は、ピナル・デル・リオ州のラ・パルマ(La Palma)やハバナ州のバタバノ(Batabano)、ヒルベルト・レオン農場(Gilberto Leon)で、以前の品種とほぼ同じ平均収量が得られました。
多様性のための種子フェアや農民実験によって、植物育種家やそれ以外の関係者は、新たな状況の下での農民たちがおかれた状況をよく理解したうえで、種子管理をすることができています。興味深いことに、農民たちは、料理上の特長や気に入ったマメの形や色があることを気づきました。参加型育種プロジェクトによって、種子が多様化したことで、正規の種子セクターと非公式の種子セクターからの提供や農民たちの手にしていた品種を合法化することができたのです。 このように多様な種子を手にする前にも、農民たちは、導入されたどんな資材よりもすっと素晴らしい在来種を分類していました。種子フェアや農民たちの実験がなされた後、今では、それ以外の地区の在来種や育種家の品種を、種子制度に盛込むというオルターナティブが可能になっています。また、正規セクターによる遺伝子管理も、地元の種子体制の強化に重要なことがわかっています。その上、農民たちは歴史的に自分たちの農業や料理の好みに応じて、多くの品種を管理してきました。ですから、正規と非公式な部門の種子を地元と国家の品種改良プログラムに円満に組み込むことができたのです。 キューバの参加型育種は、まだはじまってそれほどの歳月は経ていません。ですが、種子フェアや農民たちの実験は、今のキューバの状態で、多様化を強めるうえで有望な代替手段であるように思えます。今、農業生物多様性は、参加、実験、そして、キューバ科学の社会化に、実に興味深い扉を開いているのであります。 |
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