2007年
農民参加型種苗開発

 世界中がこの地球を維持できる能力をはるかに超えた消費生活をしている中、世界野性生物基金(World Wildlife Fund report)の最近のリポートによれば、キューバは、持続可能な開発が行われている唯一の国なのです。ソ連の崩壊で援助金付の貿易や原油供給が途絶えた後、キューバは危機に直面しました。ところが、45年以上も米国から経済封鎖を受けているにもかかわらず、今、キューバは繁栄しているのです。まっとうで、ほぼ有機で、健康な食をその人民に提供できるほどの食料を生産しているのです。教育も優先され、それが、高い教育水準の人民と医師と科学者の高い割合に通じ、キューバの乳児死亡率は米国のそれよりも低いのに、平均寿命はその巨大な隣人と同じなのです。

 キューバを訪問した誰もが、その人民の人懐こさや高い文化水準に熱狂することでありましょう。音楽、ダンス、美術、文学、そして、どの街角にもある歌に。ですが、ほとんどの旅行者は、化石燃料をほとんど利用できない中で、達成されたキューバの経済の奇跡については何も知りません。ですが、これはいったいどのようにして達成されたのでしょうか。

 ウンベルト・リオス・ラブラーダ博士は、持続的農業の権威として国際的にも賞賛されているキューバの科学者です。ブリストル南部の緑の党(Bristol South Green Party)は、キューバ連帯グループと一緒に、2007年2月1日に、このリオス博士を基調講演に招聘し、サウスビレ・センターで会議を主催できました。会議は充実した情報に加え、ウンベルト博士がとても愉快な人物だったため、とても素敵で楽しいものとなりました。

 私ども、サウスビレ(Southville)の評議員、チャーリー・ボルトン(Charlie Bolton)が、持続性と緑の党の持続可能な原則を定義した後、リオス博士は「なぜ、キューバでは違った発想を取るのでしょうか」という質問への答えを披露します。博士の回答は、ごく普通の庶民の技と知識への信頼でした。

 革命後のキューバの組織は、「高収量にはハイテク農業と農薬が必要である」と考え続けてきたと、博士は説明します。西側諸国ではいまだにそうなのですが、地元の農民たちは科学者たちから脇に追いやられていたのでした。ですが、ソ連崩壊で、利用できる石油や石油化学製品が大幅に減り、貧困と食料不足がもたらされます。十分な食料を生産するという挑戦は、農民たちと科学者とが手を携えて働くことで、答えられました。

 リオス博士は、食用作物の増産のための品種改良プログラムに取組んでいたのですが、博士が気づいたのは、その仕事に農民たちがかかわりだすまでは、収量は最低であるか、悪影響さえあることでした。農民たちの知識は、種子選抜に用いられ、これが品種を増やし、農業生物多様性、知識、収穫高が増加するという連鎖反応を生み出したのです。作物の遺伝子の多様性は5~20倍も増え、病害虫への抵抗力は格段に高まり、研究に農民たちが参加することで、あらゆる環境下での育種の助けとなり、気候不順にも対応できました。また、それが信用を産み、農民たちが幸せになるにつれ、農民たちの態度も変わったといいます。もちろん、農民たちはいまでは、さらに繁栄しているのです。有機生産で土が肥沃になるにつれ、食料生産のコストも下がります。誰もが勝利者になったのです。

 リオス博士は、参加型の品種改良でのキューバの経験は、それ以外のラテンアメリカ諸国とも分かち合われ、同じ結果を生み出している、と語ります。その鍵は、種子を自分たち自身の土地で選抜する際に、農民たちの知識を用いることにあります。

 慣行農業で見にされるような多くの「単一作物」はありません。ですが、数多くの作物が一緒に栽培されていますし、まずなにより、大規模農場は、労働力を輸送し、機械を操作する石油がなく、管理できなくなってしまいました。ですが、作物の多様性で収穫量が増すにつれ、小規模な農場単位の方が、ずっと効率的なこともわかってきたのです。

 農民たちは、種子を交換して買い入れるのに「多様性フェア」を用いています。そこでは、自分で選ぶ前に、それぞれの作物や品種を目にできるのです。

 遺伝子組換え作物への質問にリオス博士は、「どんなGM作物もキューバにはない。そして、自分たちで規格を管理している農民たちが、多国籍企業の種子生産者から要請されるGM製品に支配力を与えてしまうことなど、ありえそうにありません」と答えました。

 キューバの農民たちは、自分たちで管理し、より安く、より健康な有機農業の成功経験をしているのです。キューバの農民がどう自分たちの種子を選んでいるのか、さらに知りたく数人が質問したが、その答えは、自分たち自身の土壌条件や気候条件、作物の色や味の好みで決め、「多様性フェア」は農民たちが情報や種子を交換する主な場になっている、とのことでした。そして、自分でそのプロセスを経験するようキューバを訪問するよう誘われたのです。

 最後に、リオス博士は、「地元の農民たちにコントロール力をゆだねてしまうことが科学者としては難しかったのではないですか」と尋ねられました。ですが、博士は、「いま、何千人もの研究者が、自分と一緒に働いているのです。おかげで、私の仕事はさらに安全なんです」と答えたのです。

 答え切れないほどの質問が寄せられましたが、時間がなくなり、博士は歌で終わりたいと約束しました。博士は、自分のバンドと一緒に農場やキューバ農業の歌を歌いました。音楽は 「agri」で「culture」を戻すのです。博士はそう語りました。集会は活気に満ちた歌と足のタップで最高潮の中で終わったのであります。おそらく、農業だけではなく、さらに多くのコントロール力を世間一般の人民に戻すべき時がやってきているのでありましょう。

  Tess Green, The Quiet Green Revolution of Cuba, Bristol South,GreenVine,  The Newsletter of the Bristol Federation of Green Parties, April 2007.
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